遠藤周作「男の一生(上・下)」2009年12月10日

 遠藤周作著作の「男の一生(上・下)」を読んだ。書棚にあった15年前に発行された文庫本を見つけて再読したものだ。豊臣秀吉配下の戦国武将・前野将右衛門の一生を描いた物語である。主人公は実在はしたようだが著名な歴史上の人物ではない。幼友達だった蜂須賀小六とともに木曽川周辺に根を張った川並衆と呼ばれた土豪の一人である。作者は一般的な歴史書に登場しないこうした歴史の舞台裏に生きた人物を通して歴史のあらたな側面を描こうとしているかにみえる。
 作者のこうした試みの動機となったのは「武功夜話」という古文書のようだ。伊勢湾台風で壊れた前野家の子孫宅の土蔵から発見された古文書である。この全21巻もの古文書を読み込み現地を歩き古老の話しを聞いてこの作品を書上げたという。
 さて読後感である。残念ながら期待に反した出来栄えだったと思う。戦国の苛烈な時代を、ごく平凡な武将の内面から照準を当てながら描こうという試みは突き詰められることなく平坦に流れた感がある。主人公の妻や憧れの女性への思慕を通しての「女の一生」や、戦国の世のキリシタン信仰といったサブテーマにまで広がった散漫さの故かもしれない。代表作「沈黙」での作者の圧倒的な力量への期待が大きすぎたのかもしれない。