復刻版日記22「文楽鑑賞教室・曽根崎心中」2010年06月16日

(2002年6月9日の日記より)
 家内と2人で国立文楽劇場で初めての文楽を鑑賞した。思ったほどには広くない劇場は1階席だけの753席。人形中心の舞台では広すぎる劇場では鑑賞に耐えられない。舞台の中に様々の仕掛けを持つ文楽は、上からの視線が可能な2階席は設置できない。舞台上手には文楽専用の設備である「出語り床(ゆか)」がある。太夫と三味線の演奏席だ。開演間近の客席はほぼ満席。
 11時開演。第1部は鑑賞教室ならではの舞台「解説・文楽を楽しむために」。登場したのは若手の大夫。舞台から床に席を移した大夫から文楽のイロハを手解きしてもらうという趣向。舞台正面の大型プロジェクターに本番中の大夫の映像が映し出される。遠目には分かり辛い手の動きなどがアップで映され、ハイテク装置も備えた伝統芸能劇場の威力を見せる。床が回転し、三味線弾きが登場。大夫と三味線弾きによる浄瑠璃のサワリが披露される。舞台に戻って今度は人形遣いの舞台裏が紹介される。ナント文楽人形は3人で操られていたのだ。人形のカシラ、胴、右手を担当する「主遣い(おもづかい)」、左手担当の「左遣い」、両足担当の「足遣い」の3人だ。なるほどこれは大変な技に違いない。3人で1つの人形を、1人の生きた人間のように動きや感情を表現しようというのだから・・・。3人の呼吸をピッタシ合わせるためには、指示者である主遣いの高度な技量に支えられた絶対的な権威が不可欠なのだろう。
 10分間の休憩の後、いよいよ第2部の「曽根崎心中」の開演である。300年前に実際にあった若い男女の心中事件を題材にした近松門左衛門の代表作のひとつである。ここからイヤホンガイドが始まる。作品の時代背景や、難解な用語の解説、舞台での見所などが、大夫の語りの合間を縫って見事なタイミングで解説される。これは間違いなく実況生放送に違いない。併せて舞台上の大型プロジェクターには、大夫の語りに合わせて台本の口語訳が次々と映され初心者にも分かりやすい。観客の中には双眼鏡持参の姿もあちこちに見られる。それほど広くはないとはいえ、人形の表情、手足の細かな表現はヤハリ遠目には見辛いものがある。双眼鏡はここぞという場面のポイントをフォーカスする上で強力な武器に違いない。
 大夫が背景説明、情景描写から、登場人物それぞれの台詞、心情まで1人何役もの役回りを見事に謡いあげる。日本の伝統芸能である落語、浪曲にも共通する1人語りの芸である。大夫は、腹の底から絞り出す腹式呼吸で朗々と謡う。長時間の腹式呼吸をサポートするための腹帯、オトシ(懐に入れ込むおもり)、尻ひきという独自の道具まである。弾き語り風の抑えた音色、荒々しい撥(ばち)さばきから繰出されるダイナミックな響き・・・変幻自在の三味線の効果音が舞台を盛り上げる。
 舞台では、お初、徳兵衛の主役二人(二体)を中心に、敵役の油屋九平次、天満屋主人等が絡み合い熱演する。人形一体に3人の人形遣いがついている舞台上では、文字通り絡み合いなのだろう。主遣いだけは顔を出し羽織袴で生きた人間として出演している。左遣い、足遣いは黒頭巾に黒装束姿といういでたちでまさしく黒衣(くろこ)に徹する。
 曽根崎心中は「生玉社前の段」「天満屋の段」「天神森の段」の三段で構成されている。舞台は、心中を決意したお初、徳兵衛の道行きの場面に移り、いよいよクライマックスを迎える。回転した盆床にはナント大夫4人、三味線4人もの多数が勢揃いし、大合唱、大合奏が場内に響き渡る。背景の大道具が移動するという意表をついた大仕掛けで、二人の道行きが、展開される。突然飛び交う人魂の灯りも効果的。照明を落とした未明の闇夜の舞台に、お初の白装束が鮮やかに浮かびあがる。愛する男との死を喜ぶお初の心情が切々と語られ、それに合わせた人形の見事な演技が繰り広げられる。お初の生きているかと思うほどの艶めいた壮絶ですらある演技に息を呑む。
 太夫、三味線弾き、人形遣いの織りなす見事な演劇空間。大仕掛けの舞台装置、舞台のリアリズムを演出する小道具の数々、艶やかな衣装に彩られた巧みな舞台効果。初めて見る「文楽」の世界は、数百年の伝統に支えられて積み上げられたきた総合芸術だった。「世界に類をみない究極の人形劇」の思いに浸りながら劇場を後にした。

コメント

_ 釈千手 ― 2010/06/16 16:41

2002年の素晴らしい日記を拝読いたしました。もちろん東京の国立劇場でも文楽はやりますが、大阪はうらやましいですね。ちなみに私は九段目が大好きです。

_ 明日香 亮 ― 2010/06/18 14:24

釈千手様
コメントいただきありがとうございます。6日前に国立文楽劇場を訪ねたものですから、思い出して8年前の記事を読み返して更新し直しました。

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