「時代は中古」を訴える花嫁姿の愛娘2010年07月01日

 東尾修・理子の親娘CMが面白い。大手中古車販売のガリバーのCMである。「ほんまにいいんだな、中古で!」とモーニング姿の親父がうろたえ気味に言う。「いいのッ!、私決めたの。パパは知らないのよ、中古のよさを。10年保証はつくし、納得の価格だし。」とウェディング姿の花嫁・理子が断固として言い返す。「もっと新しいええのあるやろ」と未練たらしく呟く親父に「いいの、中古が。」と駄目押しする娘。「中古車選ぶならガリバー~」のメッセージで結ばれる。
 巧みなCMだ。親父の狼狽の原因がバツ2の中古の娘婿・石田純一にあることを視聴者は誰もが知っている。それだけに「ほんまにいいんだな、中古で!」とオヤジが言えば誰もがドキッとして画面にくぎ付けになる。なんや、このCMは?と固唾を呑んで見詰めてしまう。中古でもいいものはいいと、毅然として言い放つ娘に、親父世代の視聴者の気分は複雑だ。頑固親父の東尾ですら娘の決意になすすべもない風情に、何やら溜飲を下げてしまう。親父の心情を重ね合わせると東尾に同情もする。「時代は中古かもしれないが、自分の娘には新車を選んでほしい」という気持ちは拭えない。それでもどこかで娘の成長を喜んでいる。
 我が家にも東尾理子に近い世代の娘がいる。ひょっとして理子と同じ選択をしたらどうしよう。やっぱり親父の心情は複雑である。

畑山は旗振り山?2010年07月02日

 今にも降りそうな梅雨時の早朝だった。有馬温泉方向に向かう有馬川緑道を歩いた。初夏のさくら並木は濃い緑の葉っぱが生い茂り、うっそうとしたトンネルにも似ていた。
 銭塚地蔵堂の甍の上に丸山と畑山の見慣れた姿があった。昨日、公民館講座のパワーポイントデータの「畑山は旗振り山?」という記事を書いたばかりだ。畑山の頂上にはパラボラアンテナが建っている。パラボラアンテナが建つ山の立地は限られる。電波障害の少ない見晴らしの良いひと際高い山の筈だ。
 江戸時代に大阪堂島の米相場が山から山へ手旗信号で伝えられていた。畑山はその山のひとつで「旗山」が変化して畑山となったとのことだ。確かにパラボラアンテナの立地条件が畑山の旗振り山説を裏付けている。そんな感慨を抱きながら畑山山頂のアンテナを見つめた。

公民館講座のパワーポイント資料の完成2010年07月03日

 3月25日以降、HP「山口風土記」の更新をしていない。5月15日の第1回講座を皮切りに3回に渡って開講する公民館講座「山口風土記探訪講座」の資料作りに専念したためだ。
 HP「山口風土記」のコンテンツをもとにプロジェクターによる講座用資料をパワーポイントで作成することにした。今日、ようやくその作業が完了した。講座資料は、結果的にパワーポイントのスライド数で104枚にものぼった。
 これでライフワークと考えている「山口風土記」の発信が、ネットだけでなく、講座でも可能になった。住民が自信が在住する地域をよりよく知ることで地域を好きになる。故郷でもある共通の地域を通して、住民同士の交流につなげたい。地域外の人たちにもこの街の素晴らしさを知ってほしい。この街を訪れる人たちに住民自身が案内できるボランティアガイドができないだろうか。そんな想いをこめた営みが徐々に形になりつつある。

雨の日のモーニングコーヒー2010年07月04日

 本格的な雨の中の散歩だった。住宅街を縁どっている街路端で紫陽花が我が世の梅雨を謳歌していた。紫陽花ほど雨に濡れた風情の似合う花はない。雨露を宿した濃い緑の葉っぱに薄紫の花弁のグラデーションに見とれてしまう。
 早くなった雨足を避けて早目にモーニングコーヒーにありついた。いつも込み合う日曜のマクドナルドの早朝だが、さすがにこの天気だ。人気の少ない店内のいつもの窓際の席に着いた。いつものジャズのBGMを聴きながらボンヤリ窓の外を眺めていた。走る車もまばらな国道の静けさが寂しさと不安をもたらした。

自浄能力2010年07月05日

 昨日、日本相撲協会の野球賭博問題に一応の結論が出た。一夜明けて今日、新聞各紙の朝刊はじめテレビのワイドショーはこの問題の報道でもちきりだ。
 角界の不祥事連鎖が止まらない。数年前の八百長疑惑に始まり、朝青竜騒動、時津風部屋傷害致死事件、ロシア人力士の大麻所持事件と続き、今回の野球賭博である。不祥事発覚のつど協会は陳謝し、二度とこうした不祥事を起こさないと語ってきた。これだけ繰り返されると、もはや協会自身の自浄能力を喪失しているといわざるをえない。
 一般的に、組織の自浄能力喪失には共通する要因が見られる。ひとつは、その組織における決定権限がトップをはじめとした少数の特定メンバーに集中している点である。構成メンバーの自由な発言が制約されているケースが多い。相撲協会の理事長と執行部といわれる少数理事の権限の強大さが問われている。
 今ひとつはその組織自体の閉鎖性である。国技という伝統社会の独特の風習、慣行が一般社会と隔絶した風土をつくりあげてきた。部屋という閉鎖社会を基礎単位として構成された角界でもある。一般社会の常識とかけ離れた常識が横行していた。
 自浄能力を喪失した協会が、外部理事を中心とした特別調査委員会に一連の対応を委ねざるを得なかった背景である。権限の集中を排し、多様な考え方を容認する構造や仕組みづくりこそが自浄能力を確立する上で不可欠である。大嶽親方と琴光喜の解雇を協会としての世論向けのスケープゴートに終わらせてはいけない。

朝6時のサイレン2010年07月06日

 ウーーーーッ。突然、腹に響くような低い唸り音が聞こえてきた。付近の静寂を切り裂くように、音響は徐々に大きくなり音程も高くなる。発信源は、有馬川を隔てて建つすぐ近くの山口センターだった。センター屋上に立つポールに四方に向けて音源のスピーカーが設置されている。
 朝6時になるといつも聞こえてくるサイレンの音だ。自宅のベッドで、散歩途中の畦道で、場所は違ってもよく耳にする馴染みの音だ。どこから聞こえてくるのか知らなかった。今朝の散歩の時間と場所の偶然の一致が音源を教えてくれた。
 受け止めようによっては、迷惑な騒音の筈である。就寝中の近隣住民は否応なく眠りを覚まされるに違いない。それでも永年地域に受け入れられ慣習化してきた音でもある。今や風物化した感がある。遠くでその音を耳にした時なぜかホッとする気分になる。農耕社会の風土が色濃く残るこの街独自の慣習なのだろうか。かって住んでいたいくつかの地域では記憶にない。
 13年前に家内との初めての海外ツアーでマレーシア半島を訪ねた。夕刻、マラッカのホテルの部屋で突然大音響のコーランの祈りを聞いた。市街の各所のスピーカーから流されていたようだ。身近にサイレンの音響を聞きながら、なぜかその時のコーランの響きを思い出した。

パワーポイント応用編2010年07月07日

 公民館講座のプレゼン資料が完了した。ホッと一息ついて、プレゼン自体のグレードアップに挑戦してみようと思った。入力データはパワーポイントという強力なプレゼン・ソフトに納められている。この際、パワポイントの応用編の履修に挑戦するのも悪くない。
 昨日からマニュアル本を片手にやってみた。とりあえずスライドに動的な変化をつけることで受講者の注意を惹きつけたい。そこでアニメーション設定に取り組んだ。これがなかなかの優れものだった。スタートページの表示に動きをつけた。スタートのクリックで背景画面を左から右に流れるように表示させられる。更にクリックすると「山口風土記探訪講座」のタイトル表示をズームアップさせられる。次のクリックでは「第2回 歴史と史跡」のサブタイトルを画面下から中央に浮上させられる。面白い! 動きのパターンは幾通りもある。コンテンツに応じて選択すればよい。
 ひとつの画面の中に小見出しをつけて様々な内容を盛り込んでいる。小見出しにアニメーション設定すればクリックごとに小見出しが表示される。逆にいえばクリックしなければ小見出し自体が表示されない。これは便利だ。説明漏れの防止策にもなる。
 第2回講座が10日後に迫ってきた。全く動きのない第1回講座からどこまで進化したプレゼンができるだろうか。初めてのおもちゃを手にした幼児のように、わくわくするような気分で楽しんでみよう。

公智神社の夏祭り2010年07月08日

 昨日の七夕の夜、地元山口の氏神・公智神社で夏祭りがあった。朝の散歩で神社前を通った。境内入口の年中行事の掲示板には、「夏祭 七月七日」と祭礼の札がある。なぜか掲示板の上には境内の住人・野良猫ペペが寝そべっていた。 
 この祭礼は山口地区補導委員の定番補導活動の対象行事でもある。夕刻7時に神社向かいの駐車場に補導委員6人が集合し補導活動を開始した。車両通行止めとなった神社前の通りや境内には、多数の露店がぎゅうぎゅう詰めに軒を並べていた。露店の周囲を溢れんばかりの人出が肩をぶつけあうようにそぞろ歩きを楽しんでいる。女性の多くはゆかた姿である。とりわけ小学生の女子たちのゆかた姿が目につく。
 それにしても驚くばかりの参詣者の数である。境内の露店が向かい合う筋では、身動きできずにしばしば立ち往生する。祭礼とはいえ単に多くの露店が並ぶだけのことだ。露店を楽しむことにこれほどの人出があるものだろうか。人出の中心は子どもたちのように見える。子どもたちの楽しみに両親や祖父母たちが付き合っているようだ。
 思えば楽しみの少なかった昔に始まった祭礼の筈だ。露店に持ち込まれる数々の駄菓子や玩具やゲームに子どもたちはわくわくしてやってきたことだろう。その後、テレビやゲーム機が普及し露店の祭礼に子どもたちが魅力を感じなくなっているのではないかと思っていた。ところが目の前の光景はそうした予想を見事に裏切るものだった。子どもたちはハイテクゲームにない魅力をこのイベントに見出しているのだろうか。だとすればそれはバーチャルでないリアルな本物の手触りであり、むせかえるような人の息吹の感触ではないだろうか。
 久々に訪れた昔ながらの祭礼と露店の泥臭さに、子どもたちの郷愁への回帰のかすかな変化を見た。

ナズナ・・・ゲゲゲの女房の世界2010年07月09日

 NHK朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」を欠かさず観ている。今朝の番組で印象に残ったのはナズナだった。ゲゲゲの女房と若い漫画家志望の女性はることの別れの場面である。摘み取ったナズナを手にしながら雑草の可憐さとたくましさがゲゲゲの一家の生活になぞらえられる。
 ペンペン草とも呼ばれる。私の子どもの頃にはガラガラと呼んでいた。ハート型の果実の小枝を茎から引きはがして花ごと振るとガラガラと乾いた心地よい音がした。道端のどこにでも生えている馴染みの草だった。「ペンペン草が生える」といわれるほど、どんな荒れ地にも生えるたくましさが信条である。
 「ゲゲゲの女房」の魅力のひとつに郷愁がある。戦後の昭和を生きた世代に共通する清貧生活の味わいを蘇らせてくれる。それはナズナの可憐さとたくましさにオーバーラップする郷愁でもある。
 めっきりナズナを意識することが少なくなった。ナズナ自体の生息が少なくなったのか、ナズナと身近に接する生活パターンが少なくなったのか。格差社会の新たな貧困が拡大している。ナズナのようなかっての清貧と根元の部分で違っている気がする。「ゲゲゲの女房の世界」は郷愁でしかないのだろうか。

長梅雨の合間の散歩道2010年07月10日

 長梅雨の合間のつかの間の青空だった。早朝の久々の爽やかな空気がTシャツとハーフパンツの薄着の肌に心地よい。そんな浮き立つような爽やかさが遠出の散歩コースを選ばせた。
 隣町の田園地帯の農道から山口の北の外れを振り返った。植えられたばかりの稲の苗が、長雨の恵みを享受して一気に背丈を伸ばしていた。成長した苗が水田の隙間を埋め、広大な緑のじゅうたんを敷き詰めていた。
 山口を縁どっている神戸層群の丘陵の上に、ひと際高い畑山の山頂が顔を覗かせていた。頂きのパラボラアンテナの姿がくっきり見える。三田のさんしょう山に向かって振られたという旗振りの光景を想像した。今立っている場所は畑山とさんしょう山を結ぶルートだったとあらためて気づいた。またひとつ散歩道の愉しみを見つけた。