プラド美術館と古都トレド(スペインの旅六日目)2010年11月20日

 スペインの首都マドリッドでの初めての朝だった。スイートルームの目覚めはすこぶる快適だった。早朝散策を済ませ豪華ホテルの楽しみな朝食に向った。レストランの環境こそ優雅だったが食事内容にそれほどの差があるわけではないと知らされた。どのホテルにも共通するハムソーセージ、スクランブルエッグ、サラダ、フルーツ、パン、飲物がメインのアメリカンブレックファーストである。
 9時に大型バスでマドリッド観光に出発する。バスには今日一日の現地ガイドの「ようこさん」という50代後半の日本人女性が同乗した。最初に訪ねたのはスペイン王家のコレクションを中心に展示する世界有数の美術館であるプラダ美術館だった。膨大な数の展示品を限られた時間で観賞するのは至難の業だ。そこで現地ガイドのレベルとノウハウが問われる。その点我がようこさんのガイダンスは見事だった。プラド美術館が誇る三大画家であるグレコ、ベラスケス、ゴヤの作品に絞り込んで年代順にガイドした。グレコの「聖三位一体」「羊飼いの礼拝」「胸に手を置く騎士」の三作品を前にして、それらが描かれた当時の時代状況やグレコの境遇などを織り交ぜながら語られる。同時に個々の作品の構図や色調などにも触れどこに注目すべきかも教えられる。同様のガイダンスでベラスケスの「槍(ブレダ開城)」「ラス・メニーナス」「織女たち」を観賞し、ゴヤの「裸のマハ」「着衣のマハ」「カルロス4世の家族」「1808年5月3日の銃殺」を観賞した。個人的に最も興味深かったのはベラスケスの「ラス・メニーナス」だった。キャンパスの中の皇女マルガリータを中心に11人の人物の多彩な描き方を通してひとつの奥行きのある小宇宙を提示している。それぞれの人物はこの作品を観る者を逆に見つめ意識している様がありありと見て取れる。絵画の表現力の凄みをあらためて教えられ観賞の視点を学んだ。
 美術館前のブランド物の服飾雑貨の店に立ち寄った。家内はここで先頃スペイン旅行から帰国したばかりの近所の知人お勧めのスチームケースLekueを買い込んでいた。その後市内観光となる。スペイン広場を訪ねた。ドン・キホーテの作者で16世紀スペインが生んだ大作家セルバンテスの没後300年を記念してつくられた広場である。中央モニュメント前にセルバンテスの石像がドン・キホーテとサンチョ・パンサの銅像を見下ろすように建てられている。続いて王宮に行く。広大な白亜の宮殿はマドリッドの高台の西の端に18世紀中頃に建てられた。2700もの部屋があり現在も公式行事に使われている。正面の広場には王宮玄関を背にするようにベラスケスの絵画をモチーフにした見事な騎馬像が立っていた。巨大な像を後足二本だけで台座に固定する技術は当時としては希少なものだったようだ。
 午後は自由散策組とオプショナルツアー組に分かれた。二組を除く14名がオプショナルツアーの古都トレド観光に出発した。マドリッドの南約70kmのトレドまで約1時間の道のりだった。三方をタホ川に囲まれた旧市街は、16世紀中頃にマドリッドが首都とされるまで歴史的にもイベリア半島の政治、文化、経済の拠点であった。それもあってか旧市街全体が世界遺産に指定されている。はじめにタホ側南の展望地で下車し中世にタイムスリップしたかのような旧市街全体の絶景を望んだ。旧市街に入り昼食をとった後、散策観光となる。まず旧市街の中心にデンと位置するフランス・ゴシック建築のカテヂラル(大聖堂)を見学。一歩堂内に入ると丸いステンドグラスや高い円柱に支えられたアーチ型の天井が幾重にも重なる厳粛な空間となる。堂内一角の宝物室の聖体顕示台や中央の聖歌隊席がこの聖堂の司教座聖堂という格式の高さをうかがわせている。続いてグレコの傑作「オルガス伯爵の埋葬」を展示するサント・トメ教会を訪問。ギリシャクレタ島生まれのグレコは後半生をこのトレドで送った。観光の後、トレド伝統工芸の象嵌細工の製造販売の店に立ち寄った。
 バスでマドリッドへの帰路についた。夕食会場はマドリッド繁華街にある生ハムで有名なレストランだった。生ハム、シーフードパエリア、メルルーサの煮込みなどが出てくる。ツアー初日だったら感動的なメニューだったに違いないが現実は6日目のスペイン料理にヘキヘキしていた残念な時期の料理だった。9時頃ホテルに戻り、スペインでの最後の眠りについた。