我が家の「ノルウェーの森」談義2010年12月19日

 義父の一周忌法要で家内の実家の岡山に出かけた。山陽自動車道経由で2時間の道のりである。車中、娘に昨日観てきたばかりの「ノルウェーの森」の感想を聞いた。原作を読んでいる娘にはやはり物足りなさは否定しがたいようだった。とりわけ原作ではもっと存在感のあるキズキや永沢さんが余りにも軽く描かれていると具体的な不満を口にした。
 同感だった。ただ「活字文化と映像文化は別物だということがよくわかる作品だった」と私の感想も伝えた。直子が療養している高原のシーンの見事な表現は映像ならではのものだ。併せて外国人監督の限界なのか映像で表現されている1970年代の舞台が余りにも現代的で当時の時代背景が描き切れていないとも述べた。
 それに関連して娘から質問された。「大学の講義中に学生が教授に対して講義を中断して集会に切り替えるよう要求するシーンがあったけどホントにそんなことあったん?」。あの時代に学生だった私の出番だった。実際そんな事例は多くの大学であったこと。当時の学生たちの考え方や行動原理。その後の学生運動の経過やソ連崩壊と冷戦の終結などの国際政治との関係などを話して聞かせた。
 家族揃って出かけた車中が共通の映画体験で思わぬコミュニケーションの場となった。