日曜朝のマクドナルド物語(後編「明かされる真相」)2011年03月05日

 以下はリョウ創作の物語である。

 トラック運転手の徹三は、朝から続いていたチョッといい気分が萎えてくるのを感じ始めていた。
『たかがハンバーガーにありつくのに、なんでこないに待たされんとアカンのや。三日がかりの長距離の仕事を終もうて、昨日遅う帰ってきた。日曜の今朝、久しぶりに家で目が覚めると、娘の智恵が声をかけた。「朝ご飯作るん面倒やからマクドナルドのハンバーガーでも食べに行こか」。嫁はんが家を出てしもうてから五年近うなる。智恵もやっと高校に入ってくれた。家事もようやってくれてる。大きゅうなってゆっくり話しするんもなんとなく気恥ずかしい年頃や。それでも二人きりの家族や。ハンバーガーなんか趣味やないけど、一緒に外で飯喰うんも悪ないなと思た。それにしてもなんでこないに混んでるんや。この長い列だけはたまらんなぁ。アレッ!なんやあのオッサンは。勝手に横這入りして。ネエチャン呼んでコーヒー入れてもろてるやないか。ワシらが大人しゅう待ってんのに。一言も挨拶なしに当たり前みたいな顔して奥に行ってもた。アカン。辛抱でけん。言うてきたるッ』。

 智恵は、イラチで短気な徹三が、予想外の店内の混雑に不機嫌になり始めたのに気づいていた。
『昨日の晩遅うにオトンが帰ってきた。居ったら居ったでウザいけど、居らんかったらチョッとは寂しなる。なんせウチのために一生懸命働いてくれてんのやから。久しぶりに朝ご飯はマックにでも行こかと誘てみた。オカンが居った時は三人で時々行ってたもんや。永いこと行ってなかったし、たまにはオトンと外食するんも親孝行や。あんまりハンバーガー好きやない言うてたけど、可愛い娘の言うことや、素直についてきてくれた。それにしても日曜の朝がこんな混んでるんは知らんかったなぁ。案の定、オトンいらつき始めよった。ヤバッ!コーヒーお代わりのおっちゃんに目ぇ剥いてる。横這入りをマジ怒ってる目ぇや。コーヒーお代わりは順番待ちせんでエエんやけど。そんなこと知らんわな~。目で合図して腕も抑えてみたけど全然きかん。アカン!おっちゃんを追いかけて奥へ行ってもた。ワ~ッ、大きな声で怒鳴っとる。最悪やっ。もう知らんッ!』

 徹三が追っかけて行った先のテーブルには家族連れ三人が楽しげにハンバーガーを頬張っていた。
『ちっちゃい女の子と嫁はんと一緒にアイツはニヤけとった。女の子見て一瞬ひるんだけど怒鳴りつけたった。「みんな並んで待っとるのに何でお前だけ勝手に横這入りするんやッ!」。一瞬キョトンとしとったけど、すぐ立って謝りよった。そっちがそんなら許したるかと思とったら、途端になんか言い訳がましいことを言いよった。コーヒーのお代わりがどうたらこうたら。「なにゴチャゴチャ言うとるんや。謝ったんチャウンか」と怒鳴り返した。そしたらアイツ、店のモンに聞きに行こ言うてカウンターに連れてきよった。このくそ忙しいのに誰が相手にしてくれるんや。しょうことなしに「お客さんも、みんな知ってるで」とぬかした。こうなったらもう容赦せんど。「そんなルール、誰が決めたんやッ。どこに書いとるんや。だいいちお前はいったん謝ったんチャウんか。自分でも悪い思たんやろ。それを何でいまさらぐちゃぐちゃ言い訳するんや」。そのうちようやく店長が出てきよった。何やらムニャムニャ言うとるだけでわけわからん。いよいよ切れそうになって、どついたろかと思た時や。智恵と目が合うてしもた。今にも泣きそうな顔して「やめてくれ」言う目ぇしとった。これは堪えた。その一瞬を見透かしたように店長が割って入って、アイツと一緒に入口のドアの外に押し出しよった』

 誠は、突然目の前に野獣のような男が現れたのを見て仰天した。
『一瞬何がなんやわけ分からんかった。角刈りのヤクザみたいな背の高いオヤジが、突然やってきて「なんで横這入りしたんや」と物凄い剣幕で怒鳴った。日曜朝のいつもの楽しい家族の憩いのひと時やった。娘が5歳になって初めて日曜のマクドナルドの朝食に連れてきた。娘はエライ気にいって日曜朝になるとここに連れて行けとせがんだ。妻も朝寝できるんで結構乗り気やった。以来、日曜の朝マックは我が家の楽しい定番イベントになっている。そんな貴重な団欒の席に突然訪れた惨事やった。「横這入り」という怒鳴り声で、辛うじてさっきコーヒーのお代わりしてもろたことに思い当った。それで瞬間的に立って「すんません」言うてしもた。ただその後が今となってはまずかったかもしれん。「コーヒーのお代わりは順番関係ないのに・・・」とついホンネをこぼしてしもた。途端にオヤジは血相を変えて喚きだした。こうなると妻や娘の手前もある。怖かったけど、こん限りの勇気出してオヤジの背中を押してカウンターまで連れて行った。店の人に証言してもらうつもりやった。そやのに忙しいのか誰も来てくれへん。しょうなしにオヤジと言い合いの続きをするしかなかった。その内やっと厨房から男の人が出てきた。なんかわけわからんことムニャムニャ言うだけで、らちアカン。オヤジはますますいきりたってきとる。ヤバッ、こら一発やられる思た時や。一瞬間があって店の人がスッと中に入り、そのまま二人を店外に押し出した。なんでか知らんけどオヤジもエライ素直に従うとった』

 花江は、恐ろしそうなオッちゃんを連れていく夫の誠を、呆然と見送った。
『いつものように日曜の朝を娘のアコを挟んで楽しんでいた。突然、一見やくざ風のオッちゃんが私らの席に乱入してきた。誠に向って怒鳴っている。誠が席を立っていったん謝った後、なんやら言うたみたいや。途端にまた揉めだした。その後、誠がオッちゃんを強引にカウンターの方に連れて行ったんにはビックリした。普段は気が小そうて優しい人や。そんなトコが好きで一緒になったんやのに・・・。一緒になってみて分かったことがある。たまに家族と一緒の時なんかに、変に意地張ったり強がったりすることや。今もその悪い癖が出てしもうたみたいや。あ~ぁ、大きな声で怒鳴られてる。「アコ、ちょっとだけ大人しゅう待っといてな」。カウンター前に来てみると、二人の横に高校生風の女の子がいた。オッちゃんの娘さんみたいで、真っ赤な顔してうつむいてた。10年ほど前のことを思いだした。私のお父ちゃんも酒癖悪うて、お母ちゃんをよう怒鳴ってた。家ん中なら我慢できたけど、外で怒鳴るんを見た時はホンマ恥ずかしゅうて泣きそうやった。この娘の気持ちよう分かるわ。怒鳴り声が一段大きゅうなってオッちゃんが殴りそうになった時や。オッちゃんがこの娘と目を合わして一瞬ひるんだようになったんを見逃がさんかった。そこを店の人がうまい具合に連れ出してくれた。もうええやろ。ヤマは越えた筈や。お父ちゃんの時に懲りてるさかい、その辺のことはよう分かる。アッこの娘、ちゃんと私に挨拶してる。でけた娘ぉや。アンナお父ちゃんと永いことつき合うとるとヤッパリ人間ができるんや。私とおんなじや。「お互いさまや」と心をこめて返しといた。アカン、アコのことが心配になってきた。席戻ろ』。

 信二は、自分のいつもながらの弱気を呪いながらカウンターのドアを押した。
『朝のピークで厨房もてんてこ舞いやった。そんな時、客席から大声で怒鳴り声が聞こえ出した。その内怒鳴り声はカウンター前に移ったようや。覗いてみるとヤットル、ヤットル。見るからに怖そうなヤクザっぽいオヤジと人の良さそうなサラリーマン風が喧嘩しとった。厨房のバイトの俺には関係ないことやと思てたら、風向きが変わってきた。パートのおばちゃんたちやバイトの女の子らがよってたかって、「店長は外出中やし、後は女ばっかりで男はアンタだけや。あんな人には男やないと相手してくれん筈や。どう考えてもアンタの出番や」みたいなこと言いだした。「なんでバイトで厨房担当の俺やねん。だいいち俺はどうみても草食系男子や。あんな肉食系の野獣みたいなオヤジの相手になれるわけないやないか」と言い返したが、多勢に無勢やった。カウンターの外に押し出された。しょうことなしに二人に近づいた。二人は口々に自分の言い分を速射砲のように浴びせてきた。一緒に言うもんやから何言うとるかよう分からん。何の口出しもできんで適当に相槌うちながら、ひたすら聞き役に徹していた。その内、野獣の咆哮が一段高うなった。こらアカンどつきよると思た瞬間、オヤジの目が一瞬泳いで黙ってしもた。ここやと思た。「他にもお客さん居てはるし。とりあえず外に行きましょ」と、イチかバチかの勝負かけた。二人の背中を押して何とか店の外に連れ出した。そやけどなんでオヤジの目が一瞬虚ろになったんやろか。それにしてもラッキーやった。あのお陰で何とか外に連れ出せたんやから・・・』

 智恵は、店の人に連れ出される徹三を半べそになりながら見送った。
『なんでオトンはイッツモ揉め事起こすんや。まわりの人はウチのことさぞ可哀そうに思てんやろな。それがどんだけ辛いことなんか、なんでオトンは分からんのや。ホンマ情けないヮ。オカンが家出て行ったんもオトンのそんなとこに辛抱仕切れんかったからやないか。ウチかてほんまは出て行きたかったヮ。ひとりになったオトンのこと思たら可哀そうで、結局ウチだけ残ったげたんやないか。そや、ウチだけでもしっかりせな。おばちゃんに謝まっとこ。「すんません。ウチのお父ちゃん、短気でイッツモあんなんです」言うたら、「ええんよ。ウチの人もムキになることなかったんや。お互い苦労するなぁ~」みたいな言葉をかけてもろた。ええおばちゃんや。それにしてもオトンはまだ表で喚いとるがな。ウチもだんだん腹立ってきた。こらウチがガツンと言わんとアカンな』

 徹三は、外で口論を続けながらジワッと気分が萎えてくるのを抑えられなかった。目を合わせた時の智恵の泣きそうな顔が利いてきたのだ。観客がいなくなって少し頭を冷やせたせいもある。おんなじことの繰り返しもええかげんアホらしなってきている。その時、智恵が出てきた。半べそだった顔つきが怒りを押し殺したようなキツイ顔つきに豹変している。「お父ちゃん!いつまでウチに辛い想いさせるんや。ええかげんにしときッ」。智恵の口から繰り出された強烈なパンチが徹三をまともに襲った。『アカン!智恵のあの目つきはほんまもんや。あの目つきになってしもたら四五日は口もきいてくれへん。おまけにキツイ一発もかましよった。こらここらが潮時や。しゃあないからアイツに言うたった。「ワシも言い過ぎたかもしれんけど、お前もこんなけ混んどる時に当たり前みたいな顔してお代わりするんはどやネン。並んどる客にチョッとは気いつこうたらどやネン」。それと横でヘラヘラしとる店長にも言うた。「お代わりサービスするんやったら、どの客も腹立たんようにせなアカンのとチャウか。混んでる時は控えてもらうとか、順番待ちの列に並ぶとか張り紙でけんのか」。二人ともホッとしたように頷いてた。ワシも言うこと言うたし、気が済んだ。智恵のご機嫌取らんとアカンし、もういっぺん店に入るか』

 誠は、オヤジが娘の一言で一気に態度を変えたのがアリアリと分かってびっくりした。
『おとなしそうな娘さんやと思てたら、キツイこと言いよんなぁ。そやけどヨウ言うてくれた。助かったぁ~。お陰でオヤジは急に言うこと変えよった。それにしてもオヤジの説教には参った。僕に向って「気遣い」を求めとる。およそ気遣いと無縁に生きてきたようなオヤジがや。思わず「こんなけ混んでる店先で大声で喚き散らすんも気遣いか!」と言い返しそうになったけど、そこはグッとこらえた。鎮火しかけてる火の手が再燃するんは目に見えてる。おんなじ過ちを繰り返すほどアホやない。それに言うてる本人のキャラに目ぇつぶれば、言うてる中味には一理ある。確かにオヤジの言うように、あんなけ混んでる時の割り込みたいなお代わりは、気遣いせんとアカンはな~。痛いとこ突かれてしもた。これからは気いつけよッ』

 信二は、最悪の事態だけは回避したものの、外に出てからも納まりそうにない口論にウンザリしていた。
『このトラブルにいつまで付き合わされるんや。俺は日本一気弱でお人よしのバイトや。そんなサイテーな気分で二人のいつ終わるかわからん言い合いに付き合うてた。ところが突然オヤジの娘が登場して、コトが一気に納まってしもた。意表を突いた急転直下の決着やった。俺は娘にマジ感謝した。それにしてもよう聞いたらこのオヤジもええこと言うとる。確かに混んでる時でもコーヒーのお代わりはいつでもOKちゅうんは考えんとアカンな。ヘタしたらこれからも今日とおんなじトラブルが起こりかねん。こら次のミーティングでちゃんと言うたろ。みんなも俺に嫌な役押しつけたんやから、賛成してくれるやろ。考えたらええ経験やったな。二人を店外に押し出した時の俺も、これまでの俺の行動パターンからは画期的なことやった。なんとなく一皮むけた気がするし。ヨッシャ、次のミーティングもこの調子でやったろ』

 徹三があっけなく矛をおさめるのを見て、智恵は拍子抜けした。『オトン、えろー素直やんか。エライエライ。言うとることも結構まともや。確かにおっちゃんももうチョッと済まなさそうなそぶりがあっても良かったやろし・・・。マックも混んでる時のお代わりサービスは、なんかやりようがありそうなもんや。オトンが怒らんでも、いつかおんなじこと起こりそうやもん。アレッ、オトンまた店に入るつもりや。あんなけ騒いどって、ええ根性してるなぁ。好きでもないハンバーガーつきおうてウチの機嫌とるつもりなんや。けどウチはゴメンや。皆の前でもう一回「気の毒な娘」続ける根性ないわ。その代わり家でオトンの好きな焼き鮭、卵焼き、具沢山味噌汁の豪華朝ご飯でも作ったろ』

 智恵は、店に入ろうとする徹三を呼び止めた。「もうウチに帰えろ。お父ちゃんの好きな朝ご飯作るワ」。それから横にいるおっちゃんと店の人に「お騒がせしました」と丁寧に頭を下げて、サッサと車の方に向った。徹三は「朝ご飯つくる」という智恵の言葉で、許してくれたと思た。それで救われたように頬をゆるめた。何といってもたった二人の家族なんやと、不覚にもウルウルしてくるのを抑えきれなかった。そこでハッと我に帰った時だ。娘の言いなりになっている自分を見つめている二人の観客に気づいた。二人に照れ隠しにチョッと口元をほころばせた後、バツ悪そうにすごすごと娘の後を追った。
 
  誠と信二は、オヤジが最後にみせた笑顔に呆気にとられた。思いがけない人なつこいメチャ愛嬌のある笑顔だった。嬉しくなった二人は思わず呟いていた。「なんや。ええ人やったんや」。                                    <了>