藤沢周平著「又蔵の火」2011年08月09日

 藤沢周平の短編集の再読が続いている。これはもう蔵書を読みつくすまではおさまるまい。今回は表題作のほかに「帰郷」「賽子(さいころ)無宿」「割れた月」「恐喝」の4編をおさめたものだ。
 おさめられた作品全てに共通するのは、どうしようもない「暗さ」である。「又蔵の火」は暗さに加えて、ラストの場面の叔父・甥の果たし合いの救い難い「凄惨さ」が圧巻である。主人公・又蔵が放蕩者の末に叔父たちに殺害された兄の仇を討つという物語だ。討つ側に正義はない。それでも又蔵は兄の抱えた地獄と闇を引き受けようとする。誰もが非難する兄の行状に潜む苦悩を仇討という形で知らしめようとする。その一点に藤沢作品としては異色の物語のなかで辛うじて作者の持ち味と繋がっている。
 作品としては「帰郷」が良かった。60歳近い老いた徒世人・宇之吉が長い放浪の末に故郷・木曽福島宿に帰ってくる。そこで今は地元を仕切る大親分となったかっての兄貴分・九蔵の行状を目にする。宇之吉のかっての女に産ませた実の娘を助けるために九蔵との勝負を挑むといった物語である。昔テレビで夢中になった「木枯し紋次郎」を彷彿とさせる舞台設定である。勝負に結着をつけ、娘とその男を救った後、帰郷した筈の宇之吉は再び故郷を後にする。そのラストの余韻が何ともいえない味わいがある。