藤沢周平著「冤罪」2011年09月03日

 藤沢周平の珠玉の短編時代小説9編を堪能した。作者が「暗殺の年輪」で直木賞を受賞した翌年から1年間の間に執筆された「武家もの」の作品集である。時代小説作家として本格的な執筆活動に打って出た時期の作品群といえる。短編時代小説の醍醐味を存分に味わえた。
 短編時代小説の醍醐味とは何か。巻末解説の中で作者の次のような言葉が引用されている。「小説を書くということはこういう人間の根底にあるものに問いかけ、人間とはこういうものかと、仮りの答を出す作業であろう」。非常に説得力のある言葉である。短編小説といえども「人間の根底にあるもの」が表現され、起承転結の妙を得たストーリー性を備え、日本人の原風景ともいえる江戸期の時代背景の中で物語られる。そんな要素が見事に盛り込まれた作品群だった。
 それぞれに楽しめた9編の作品だったが、特に「臍曲がり新左」はユーモアたっぷりなタッチのなかで主役三人の巧みな人物像の描き方にぐいぐい惹きこまれた。お庭番を主人公とした「夜の城」もサスペンスタッチの秀作でスピード感のある作品である。表題作の「冤罪」は下級武士の部屋住みという武家社会の悲哀を具現化した人物が主人公の物語である。婿養子の口を求めるほかない部屋住みの主人公がハッピーな結末を迎える過程が鮮やかに描かれている。作者の得意とするジャンルでの真骨頂ともいえる物語だった。