映画評「最高の人生の見つけ方」2012年10月09日

 二日前に、テレビ放映された映画「最高の人生の見つけ方」の録画を観た。いい映画だった。もちろん何をもっていい映画と思うかは、人それぞれである。観る人の心にどう響くかによって感動は異なる。普遍的な感動があることを否定しないが、観る人の年齢や境遇や経歴や環境が、その作品のもたらす感動の深さに大いに影響を与えることもまた現実である。
 この作品は、人生の終末の過ごし方をテーマとしている。医者から余命半年を宣告された高齢の男二人が主人公である。全く赤の他人だった二人が偶然同じ病室で同じように余命宣告を受ける。自動車整備工として家族のために46年間ひたすら働き続けた黒人のカーターと、会社を大きくし金を生みだすことを追い求めた大金持ちの白人実業家のエドワードの二人である。
 カーターは大昔の恩師の勧めを思い出し、「棺おけリスト」を書いてみる。棺おけに入る前に、やりたいこと、見たいもの、体験したいことの全てを書きだしたリストだ。二人は棺おけリストをヒントに自分たちに残された時間の大切さを思い、二人で自分たちがやりたかったことを全て叶えることを決意する。二人は分別も医師の指示もかなぐり捨てて冒険の旅に出る。アフリカやインドやエベレストを巡り、スカイダイビングやサファリドライブや最高級レストランの食事を体験する。旅の途中でお互いに触れられたくない部分にお互いの友情から触れてしまう。激高し喧嘩別れで二人の旅はあっけなく幕を引く。それぞれの日常に戻った二人をカーターの最後の発病が引き寄せる。カーターの病床で二人は喧嘩別れした原因である家族について語り合う。そしてそのかけがえのない家族と向き合うことを気づかせる。
 エドワードをジャック・ニコルソンが、カーターをモーガン・フリーマンが演じている。 ともに75歳のアメリカの実力派俳優である。作品の圧倒的な場面は二人の掛け合いが占める。語り合い、助け合い、怒鳴り合い、笑い合い、理解し合って永遠の別れを迎える。こうしたシーンを安定したベテランの演技で見事に演じきっている。経歴も今の環境も真逆の白人と黒人が人生の終末に出会い、無二の親友として絆を深めその幕を引く。この二人の俳優抜きには考えられなかった作品だろう。
 感動をもたらし、考えさせられた作品だった。それは私が人生の終末を意識せざるをえない年代を迎えているという要因が多分にある。リタイヤ後の人生で多くの国内外の旅をした。公民館講座の講師など自分好みの活動にも多くの時間を費やした。人生のエンディングテーマをどのように奏でるかを迫られているのも現実だ。この作品への共感の多くはそうした自分の境遇と無縁でない。

コメント

_ 和道 ― 2012/10/10 08:42

 私はこの映画は見ていませんが、更新記事によるとアメリカでも人生の終末の過ごし方が注目されているようですね。「棺おけリスト」の作成と実践は、日本の終末観からはあまり出てこない発想で、欧米人のドライさが出ているように思いました。日本の仏教的な思考回路では、そのような執着こそが死という再生(往生)の妨げになると排除するところでしょう。最後にたどりつくのが「家族との絆」というのも仏教的な視点とは少し違うように思います。
 家族も含めた他者への思いやりを自分の利害よりも優先させるという慈悲の世界こそが、死に向き合って到達すべき世界だと教えるところでしょう。国民性の違いか、仏教とキリスト教の違いか興味の尽きないところです。

_ 明日香 亮 ― 2012/10/11 10:28

確かに終末の過ごし方は、言われてみれば欧米との発想の違いがあるようですね。この作品の個人的評価は、その終末観よりも二人の主人公の演技力とストーリー展開でした。
今、五木寛之の「親鸞」を共感しながら読んでいます。先日久しぶりに会った姫路の旧友K君に勧められて、津本陽の「無量の光(親鸞聖人の生涯)」も購入しました。彼は単行本のあちこちに書き込みをして何度も読んでいる様子でした。
貴方のブログの山中教授のiPS細胞とパーキンソン病との関わりを読んでなるほどと嬉しくなりました。

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