映画「ALWAYS 三丁目の夕日'64」2013年02月18日

 テレビ放映の映画「ALWAYS 三丁目の夕日'64」を観た。7年前に封切られ、大ヒットした第一作「ALWAYS 三丁目の夕日」の第三作だ。1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催の年を舞台とした作品である。第一作は劇場で大いに共感し、ウルウルしながら愉しんだ。第二作は残念ながら見逃していた。番組表で第三作放映を知って飛びついた。
 やっぱりいい作品だった。もちろん50年前の昭和の良き時代の郷愁もある。個人的にも青春真っ只中の頃の時代風景である。その風景がリアルに再現されて展開する。冒頭の模型飛行機が飛び交うシーンで一気に引き込まれた。竹ヒゴと薄紙で作られたその飛行機は、我々の世代には限りない愛着を思い起こさせるものだ。
 この作品の素晴らしさは、単なる郷愁の世界に浸れることではない。50年後の今の社会が失くしたかけがえのないものを浮かび上がらせてくれることこそ、この作品の真価だ。売れない小説家・茶川竜之介一家と自動車修理工場・鈴木オート一家を中心とした夕日町三丁目の住民たちが織りなす物語である。そこで繰り広げられる様々なシーンは、かっての日本のどこにでもみられた「向こう三軒両隣」の風景だ。近所の世話焼きオバサンやオジサンが何にでもイッチョカミする。何かあるとごご近所総出で絡み合う。互いの家にもずかずかと入り込む。一見何とも煩わしい関わりの根底に、助け合い、寄り添い合うご近所の絆が強固に横たわる。
 格差社会、ワーキングプアー、無縁社会、孤独死・・・。50年後に私たちが手にした社会のなんと殺伐とした現実だろう。それは、昭和40年代の高度成長、バブル経済とその崩壊、失われた10年、グローバリズムと小泉構造改革、政権交代といった変遷の果ての手にした現実でもある。物質的豊かさを求めて経済成長にひた走った果ての現実でもある。
 作中で茶川に向かって妻ヒロミが語りかける言葉が重い。「あなたが、成功して豊かにならなくても、出世して偉くならなくても私は幸せ・・・」。

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