乙川優三郎著「夜の小紋」2013年04月17日

 乙川優三郎は、存命の時代小説作家で最も好きな作家である。彼の発刊済みの文庫本で未読だった「夜の小紋」をネットで入手して読了した。いずれも「女」と「職人」というテーマが底流に流れる短編小説の佳作5編が納められている。
 「解説」で川本三郎氏が指摘しているように、「女たちが鮮やかである」。娼家の女あるじ、小料理屋の女将、ひとり暮らしの老女、焼き物に賭ける娘、旅で不在勝ちの仏師の妻などである。女たちの独自の存在感と心情が見事に描かれている。「なるほど女たちはそんな風に考えているのか」と、男の私に説得力のある文章で伝えてくれる。それを伝えているのは60歳の男性作家なのである。つくづく乙川優三郎という作家の女性についての洞察力の鋭さと想像力の逞しさとに感服してしまう。
 最も魅力的だった作品が表題作の「夜の小紋」だった。主人公の深川の魚油問屋の主人・由蔵の二人の女との関わりの物語である。ひとりは由蔵が若い頃に小紋に惹かれて修行した紺屋で知り合い将来を誓い合った染め職人・ふゆである。もうひとりは小紋に精通した着物好きのゆきつけの小料理屋の女将・はやである。小紋という共通項で結ばれた三人の関わり方が巧みに構成された物語である。しかもふゆは物語の中では生身の人物としては登場しない。由蔵の語りの中だけで登場する、いわば幻の女性である。見事な小紋を仕立て上げ職人として大成したふゆ・・・。読者はその幻の女性の美しさと気品を想像して深い余韻に浸らされる。たいした構成である。