”主語、述語がない”話の顛末2014年12月28日

 朝刊の人生相談欄によく目を通す。リタイヤ夫婦にとって「他人(ひと)の振り見て我が振り直せ」のヒントがあるからだ。
 結婚30年の主婦の相談である。「思いやりのある夫をできの悪い自分の不用意な言葉で怒らせてしまう。すぐ聞く。何度も聞く。主語と述語がない等々。挽回の手だてはないものか」。この相談に評論家の高齢女性が回答している。「主語と述語がないという小言は私もさんざん亡夫から言われました。男がよく言いたがるせりふです云々」。
 この人生相談を読んでいくつか気がついた。以前、このブログで「おばさんトーク入門講座」なる一文を更新した。 http://ahidaka.asablo.jp/blog/2010/01/08/ この人生相談でもおばさんトークがテーマになっている。主婦の会話に主語・述語がないのは我が家だけではなさそうだ。それどころか亭主族の多くが嫁のその性癖に悩まされ小言を言っているらしい。相談者にはまだその点を認め改めようという素直さがある。「オバサンはみんなそうなんや」などと開き直らないだけ救いがある。
 それにしてもなぜ主婦たちの会話に主語・述語が乏しいのか。思うに亭主族に比べ会社勤めの無さや乏しさ故ではなかろうか。会社勤めの亭主族は会議や文書によるコミュニケーションが欠かせない。職場や人間関係の壁を越えて意思疎通するにはそれしかないからだ。会議や文書での主語・述語の欠落はビジネススキルの基本の欠如にも等しい。いやでもそれは叩き込まれることになる。
 他方で主婦の日常生活の領域や人脈はかなり閉鎖的で限定的であるようにみえる。仲良しさんたちとの濃密なコミュニケーションが日常的に繰り広げられる。留まることのないおしゃべりは亭主族の想像をはるかに超えている。そうした閉鎖的で濃密な日常会話には主語や述語は不可欠ではない。繰り返される会話の中でお互いに暗黙の内に通じ合うからだ。仲良しさんとの日常会話は、ぶっきらぼうなリタイヤ亭主をはるかに凌駕している。主婦にとってはご近所さんとの会話スタイルこそが基本でそれがそのまま亭主との会話に持込まれる。
 以上、どこまでも理屈っぽい「主語・述語型」亭主族の分析である。世のオバサンの皆さん!何かご不満でも?