高橋克彦著「火城」2015年12月28日

 高橋克彦の初めての歴史小説である「火城」を読んだ。東北・蝦夷を題材とした作者の一連の歴史小説を読み終えた私にとっては残された唯一の歴史小説作品だった。
 「火城」のサブタイトルは「幕末廻天の鬼才・佐野常民」とある。佐野常民なる人物は全く知らなかった。1年前に佐賀を旅した時、佐賀城本丸歴史館を訪ねた。佐賀城本丸跡に復元した施設で、幕末に先進的な藩主として佐賀藩を牽引した鍋島閑叟を中心とした事跡が展示されていた。佐野常民はその閑叟に愛され、類まれな行動力と知力で西洋の先端技術を導入し佐賀藩を雄藩に押し上げた人物のようだ。
 明治維新を導いた雄藩として薩長土肥が語られる。ところが薩摩、長州、土佐は、藩士であった歴史上のヒーローたちの活躍を通してしばしば耳目を集めているが、それに比べ肥前・佐賀藩はかなり地味で、幕末期のその実情が語られることは少ない。個人的にもこの作品を通して初めて幕末期の佐賀藩とその傑出した人材である佐野常民を知った。
 佐賀藩と藩主・鍋島閑叟の先進性は、外国船が頻繁に出入りする長崎警護の役割を担うという地理的条件と無縁ではない。その先進性と「葉隠れ」に象徴される「志に殉ずる」という佐賀の精神風土が生みだした傑物が佐野常民なのかもしれない。
 歴史的には佐賀藩は討幕の流れに薩長土の三藩に出遅れる。それでも維新の雄藩として中核の一角を担えたのはその技術力ゆえである。尊王攘夷といった思想でなく世界に通じる技術によって維新を支えた佐賀藩の姿を巧みに描いた作品だった。