畦道のクモの巣のとおせんぼう2016年08月11日

 真夏のこの時期に隣町・平田まで足を伸ばす早朝散策コースには途中に厄介な関門がある。有馬川土手道の北の端を右折した先に田圃一枚を隔てて旧丹波街道が名残りをとどめている。元々、土手道から旧街道へ繋がるルートはない。田圃の畦道が辛うじて繋いでいるばかりである。
 いつもなら難なく通過できるこの畦道を前にして躊躇した。畦を覆っている生い茂った雑草は朝露をたっぷり含んでいる。それでもこの時期の平田の田園地帯を歩く爽快感は魅力的である。意を決して畦道に踏み込んだ。歩みのたびに露がハーフパンツの裾から上を濡らし、スニーカーには見る間に露水に浸される。
 真ん中あたりで畦を遮断する障害物を目にした。伸びた左右の雑草を足場にしたクモの巣だった。糸にまとわる露が朝日を浴びてキラキラ光っていた。巣のど真ん中で薄茶色のクモが8本の足を放射線状に伸ばして張り出した糸に掴まっている。通れるものなら通ってみろとばかりにふんぞり返っていた。この光景を前に再び前進をためらった。進むにはクモの巣を払いのける他はない。左端の一本の糸を払って進入路を作り突破した。
 畦を渡り終え旧道に辿り着いた時、パンツの下半分を露水に濡らしスニーカーをグッショリ濡らすという代償を支払った。

27歳の孤高のレジェンド2016年08月12日

 リオ五輪の体操男子個人総合で内村航平が前回に続いて金メダルを獲得した。この優勝で内村は世界選手権と合わせて8大会連続で世界の頂点に立ち続けている。日本人アスリートとしては今最も輝いている選手と言って過言でない。金メダルを争ったライバルのベルニャエフ(ウクライナ)をして「航平さんを一生懸命追っているが簡単じゃない。この伝説の人間と一緒に競い合えていることが嬉しい。世界で1番クールな人間だよ」と言わしめた。今や内村は世界の舞台で伝説の人(レジェンド)となっている。
 8大会連覇のスタートは20歳の時の2009年世界選手権である。以来、世界選手権6連覇とロンドン、リオの五輪連覇で7年間に渡ってトップに君臨し続けている。7年間もの間、世界の頂点に立ち続けるためには想像を絶する努力があった筈だ。競技内容のたゆまない進化を誰もが認めるかららこそのレジェンドなのだろう。
 早朝のライブ映像をはじめ彼の決勝の舞台の映像に何度も見入った。ベルニャエフとの息詰まるような歴史的な名勝負を最後の鉄棒の演技での劇的な大逆転で制した。鉄棒の最後を両足を揃えた微動だにしない見事な着地で終えた瞬間だった。両拳を挙げてガッツポーズを示しながら瞬間的に瞼を閉じた。「美しい体操」をめざして極め続けた技と精神力が見事に結実し、その満足感に満たされた瞑想のように見えた。直後に「美しさの向こうにある何かが見えた」とコメントした。極めた果ての孤高の言葉だろうか。とは言え彼は弱冠27歳の若者である。若者のセルフとも思えないその成熟した言葉に王者の孤独を垣間見た。
 孤高の王者の後をようやくベルニャエフという優れたライバルが迫ってきた。世代交代という苛酷な現実を素直に喜んでいるかのようなコメントは、孤独な自らとの闘いの重荷を降ろせるという安堵の想いがなかっただろうか。リオ五輪映像の中でも最も感動的なドラマを堪能した。

お盆休みの花ちゃんシフト2016年08月13日

 子どもたち家族が帰省するお盆を迎えた。息子夫婦が今日の夕方、娘家族が明日の朝にやってくる。毎年の恒例行事だが、今年からいつもにない風景が加わることになる。いうまでもなく新たに登場する孫娘・花ちゃんがもたらす風景である。
 家内は何日か前から子どもたち家族を迎える準備に余念がない。それぞれの子ども時代の部屋がそのまま帰省時の宿舎となる。布団を干したり部屋を掃除したりと忙しい。とりわけハイハイを始めた花ちゃんへの備えが欠かせない。所かまわず這いまわる花ちゃん向けに家具や植木鉢の花ちゃんシフトが敷かれた。
 子どもに恵まれなかった息子夫婦にとっても初めての姪との久々の再会である。前回お正月の初対面はまだ3カ月の乳飲み子だった。今や9ヵ月の幼児である。花ちゃんと叔父夫婦との本格的な交流が見ものである。
 私にとっても半月ぶりの再会である。育児の骨休めも兼ねて娘は花ちゃんと一緒に一週間ばかり我が家に滞在するという。花ちゃんとのたっぷりあるふれあいが楽しみだ。

花ちゃんとちっちゃなお友だち2016年08月14日

 婿殿から花ちゃんの近況写真が送られてきた。ソニーの写真・動画クラウドサービス「プレイメモリーズ」のアプリを私のPCにもインストールしてもらった。花ちゃん宅、婿殿の実家にもインストールされており、花ちゃんの写真や動画をアップすれば瞬時にそれぞれに送られる。その結果、ほぼ毎日花ちゃんの近況を目にすることができる。
 昨晩送られた写真は思わず微笑んでしまう愛らしい画像だった。婿殿の友人夫婦が生後6カ月の女の子の双子ちゃんを伴って来訪したようだ。写真には花ちゃんと双子ちゃん二人が無邪気に遊んでいる様子が写っている。
 婿殿が広げた絵本を3人の乳幼児が見入っている。 花ちゃんはお座りして双子ちゃんたちはハイハイしたまま見つめている。そうかと思えば双子ちゃんたちが思い思いに遊んでいる傍で所在なげにお座りしている花ちゃんのシーンもある。
 高齢出産の孫である。母ちゃんの友人たちの子どもたちのほとんどは花ちゃんより年長である。花ちゃんにとって長時間接する初めてのちっちゃなお友だちなのかもしれない。今日にも花ちゃん一家がやってくる。花ちゃんとちっちゃなお友だちとのふれあいのようすを聞いてみよう。

大家族の中心に花ちゃんがいた2016年08月15日

 一昨日、昨日と相次いで息子夫婦と娘夫婦が帰省した。老夫婦二人の静かな生活が俄かに大人6人と乳児ひとりの大家族となった。玄関のタタキには普段履きも含めて9足もの履物が埋めている。近い将来、これにもう一足ちっちゃな可愛い履物が加わることになる。
 息子夫婦は今年正月に生後三カ月の姪と初めて対面した。6カ月ぶりの再会であるがそんなことは知る由もない花ちゃんである。おじちゃん、おばちゃんの抱っこにはすこぶる愛想がない。すぐにむずかりだして抵抗する。半月ぶりに再会したじいちゃんの抱っこでさえ同じ反応なのだからやむをえまい。おじちゃんは顔を合わせないようにバック抱っこでしばしのスキンシップを楽しんでいる。
 リビングで大家族が団らんしている時も花ちゃんが中心に居る。一挙手一投足の愛らしさが大人たちの目を細めさせる。突然、我が家の働き者ルンバが花ちゃんのすぐそばで唸り声をあげて徘徊を始めた。怯えて泣き出すのではないかという懸念をよそに花ちゃんは意外にも平然としている。はじめはちょっぴり及び腰だったがすぐにルンバに立ち向かっている。向かってくるルンバを手で押し戻していたりする。花ちゃんちにもルンバがあってこの不気味な徘徊物に対する免疫はできているようだ。
 束の間の花ちゃん中心の大家族の団らんが繰り広げられる。

花ちゃんの傍若無人!2016年08月16日

 花ちゃん一家の滞在三日目である。間近に接する花ちゃんの思いがけない振舞いをしばしば目にしてその成長ぶりに舌を巻く。
 何よりも自分のやりたいことをやろうとする。素早くなった動きを武器にやりたい放題といった風情である。リモコン類が大好きだ。床のリモコンを目ざとく見つけると手に取ってすぐにおしゃぶりしだす。大人たちがテーブルに戻しても立っちして手を伸ばす。届かないと分かるとつかまり立ちで回り込んで取ろうとする。
 しょっちゅうおしゃべりをしだした。バウバウバウ・・・。ブウブウブウ・・・。ア~ア~ア~。ウ~ンウ~ンウ~ン。マンマンマン…などと意味不明な言語をひっきりなしに口にする。時には掴まり立ちしてバヴ~~と雄叫びをあげている。やっぱり女の子なのだ。将来のおしゃべりオバちゃんの素質じゅうぶんである。
 極め付きは「母ちゃん馬乗り」だ。実家に帰った母ちゃんは育児の束の間の休息を味わうつもりだ。じいちゃんが花ちゃん相手に遊んでいると横になってひと眠りを始めた。しばらくはじいちゃんと遊んでいても長くは続かない。飽きてきてキョロキョロしだす。横になった母ちゃんを見つけて猛然とハイハイして近寄る。目の前の母ちゃんの顔もなんのその。顔に手を乗せて這い登る。顔や首を踏んづけて母ちゃんを横断した。母ちゃんの顔を舞台にひとしきり遊んでも最後はやっぱりお腹の上にうつぶせになってしがみついている。その仕草がまたなんともかわゆい。

ある民生委員の活動日誌2016年08月17日

 今年の12月1日をもって3年任期の民生委員が全国で一斉に改選される。新たに民生委員に就任予定の知人や友人の情報がチラホラ伝わってくる。民生委員就任9年目を迎えた私にその活動内容を打診される場合もある。そこで以前に市の民生委員会広報紙に寄稿した「ある民生委員の活動日誌」と題する以下の記事をブログでも掲載し、打診があった際に紹介することにした。以下はその記事である。

1月某日 健やか赤ちゃん訪問
 朝10時、健やか赤ちゃん訪問で主任児童委員のご婦人と連れ立って訪問先を訪ねた。チャイム音で玄関先に姿を現わしたのは若々しい20代のお母さんだった。お母さんと会話を交わすのは専ら子育ての先輩である主任児童委員さんである。リタイヤオヤジの出番は少ない。挨拶を交わした後は、世代を超えたお母さん二人の会話を見守った。

3月某日 地元中学校の卒業式に来賓参列
 民生・児童委員に就任して以来、地元の小中学校の式典の来賓出席の案内状が届くようになった。出席してみて思い知らされた。式次第の中に来賓紹介があり、一人ひとり名前を呼ばれ紹介される。保護者席には担当地区の保護者も多い。地区の皆さんに児童委員であることを伝える絶好の場である。可能な限り参列することにしている。「子供たちの式には行ったことないのに」。帰宅後の妻の皮肉が身に沁みた。

4月某日 社協分区の総会に出席
 社会福祉協議会分区の総会に出席した。今年の総会では「高齢者見守りの推進」をテーマに「安心キットの導入」が提案され承認された。高齢者や児童等の地域の見守りや支援を目的としたとした組織である。民生委員就任とともに分区役員にも就任している。少子高齢化に拍車がかかる現状で、この地域組織の役割は重い。

6月某日 青愛協で知るイマドキの子供たち
 地区の青少年愛護協議会の会合に出席した。会合では地域の児童が通う幼稚園、小学校、中学校、高校の先生方も参加され、時節の行事や子供たちの様子が報告される。報告で気になったのは小中学校での子供たちの問題行動である。中学校では減少化し小学校で増えるという低年齢化が顕著なようだ。児童委員として子供たちの情報に接する貴重な機会である。

8月某日 ご近所のおばあちゃんからの情報
 散歩中にご近所のおばあちゃんに声を掛けられた。「昨晩、チャイムが鳴りモニター越し見慣れないおじいさんから『入れてくれ~ッ』と繰り返された。認知症の方の徘徊のようだった。民生委員さんには伝えておこうと思ったので」。お話を伺い、認知症徘徊者の地域の見守り環境づくりが急務だと痛感した。担当エリアは広く高齢者も3百人を超える。民生委員には地域の皆さんの情報提供がありがたい。

10月某日 高齢者実態把握調査での出来事
 永年車イス生活だったご主人を昨年亡くされたお宅を訪ねた。毎年訪問の際ご夫婦と玄関先で親しく雑談を交わしていた。奥さんからぜひお参り下さいと仏間に招かれた。笑顔のVサイン姿の遺影に手を合わせた。しばらく思い出話を交わし永年の介護生活にねぎらいの言葉を掛けて辞去した。民生委員の職務を越えたふれあいにウルッとしながらこの役職の手応えを実感した。

11月某日 証明事務で状況確認書を作成
 近所のご主人が来訪され申請書を渡された。児童扶養手当受給者の現況届だった。民生委員の状況確認書に署名捺印してもらい、届出書類に署名捺印してお渡しした。民生委員の役割のひとつである証明事務である。

 12月某日 地区民児協の忘年会
 恒例の地区民児協の忘年会に出席した。毎月の定例会の淡々とした議事進行と違って、年に1度の忘年会は委員相互の忌憚のない意見交換ができる貴重な機会である。所属の地区民児協は旧来の街と新興住宅街の委員の混成部隊である。交流は進んでいるが、住民間の垣根は尚残されている。忘年会の懇親を通じて新旧住宅街の風土や意識の違いを理解できたことも民生委員という役職の賜物である。

姪を挟んだ久々の兄妹の風景2016年08月18日

 子どもたちのお盆の帰省も後半に入った。息子の配偶者は実家に戻り、娘の配偶者は出勤を控えて帰宅した。我が家に両親と息子娘の束の間の家族水入らず風景が訪れた。10数年前に息子が結婚して家を出るまでは当たり前だった風景がプレイバックした。
 ソファーで寛いでいた息子の傍にようやく慣れてきた花ちゃんが近づいた。愛想を振り巻くかのような花ちゃんの仕草におじちゃんが思わず抱っこした。途端に花ちゃんがむずかりはじめ手足をばたつかせて脱出を試みる。たかだか三日ばかりでは抱っこされるわけにはいかないとでもいうように・・・。ソファーの反対側にいた母ちゃんの膝に無事脱出した。
 この顛末を微笑ましく眺めながら思いついて写真におさめた。一抹の感慨がよぎった。兄妹二人の写真を撮ったのはいつのことだろう。花ちゃんが加わった十数年ぶりの兄妹のツーショットにこの間の歳月を想った。兄妹が巣立ってそれぞれの生活を始めて久しい。帰省しても共通の話題がなくなった二人が言葉を交わすことも稀になった。花ちゃんという新たな血のつながりが、兄妹のコミュニケーションを促している。

ミーちゃんとはな&じいちゃんと花2016年08月19日

 花ちゃんの我が家での滞在5日目である。花ちゃんはすっかりなじんできたようだ。初めてのおもちゃにも興味津々。
 ばあちゃんが押し入れに仕舞いこんでいた「もじあそび」というおもちゃを出してきた。表には50音のひらがな文字が、裏にはその文字で始まるアイテムの絵が描かれた木札である。子どもたちが幼い頃に遊んだものだ。花ちゃんが遊ぶにはまだ早いが、絵柄が気に入ったようで次々に手に取って遊んでいる。何しろ30年以上前に買ったものだ。そろばん、マッチ、ラジオ、輪投げなど今は殆ど目に触れることのないものもある。花ちゃんにひとつひとつの札を見せながらお話しできる日も近い。
 じいちゃんと花ちゃんの絶好のふれあいは絵本を読み聞かせることだ。中でも「ミーちゃんとはな」という絵本がお気に入りだ。滞在中何度も読みきかせた。読み終えると必ず繰り返すことがある。表紙の子猫と花をひとつずつ指指して「ミーちゃんとはな」と口にする。続けて私と花ちゃんの鼻を順番につついて「じいちゃんと花」と言い聞かせる。お気に入りの絵本とじいちゃんとを一緒に記憶にとどめさせようという魂胆である。
 そんな努力の甲斐もあって花ちゃんはようやくなついてきた。仰向けに寝そべったじいちゃんに馬乗りになったり思い切り顔を近づけたりする。顔を近づけるのはじいちゃんの襟元のシャツのボタンをかじるためだ。ボタンをみるとしきりとかじりつくのが目下の習性である。
 こんな楽しい孫とのひと時もまもなく終了する。

リオ五輪男子400mリレー決勝の劇的な舞台2016年08月20日

 リオ五輪前半の日本勢の活躍は目覚ましいものがあった。後半に移り陸上競技が中心になると期待はやや薄れる。日本人の体格、体力という肉体的な制約がこの分野での好成績の壁となって立ちはだかる。個人競技主体の陸上競技では体格や体力の優劣が競技結果を左右しやすい。
 そんな中でリレー競技は二つの点で肉体的ハンディを乗り越える可能性を秘めた種目である。ひとつは個人種目でなく4人の連携競技という点であり、今ひとつはバトンの受渡しという高度な技術を介在した競技という点である。
 リオ五輪男子400mリレー決勝では4人の日本人若者たちがこの可能性を見事に実証してみせた。100mを9秒台で走る記録保持者たちに交じって誰一人9秒台の記録を持たない。それだけに個人記録の優劣でなく4人の連携による総合力の発揮が問われた。体力面をカバーできるバトンパスは日本チームの技の本領発揮の場であった。コンマ0秒を争う短距離走にあってこの技術の優劣のウェイトは大きい。リオ五輪に向けてチームの総合力とバトンパスの抜きんでた技術力が鍛え抜かれた。
 リオ五輪男子400mリレー決勝の舞台でそれは如何なく発揮された。その劇的な舞台をテレビのライブ放映で食い入るように観た。第3走者までの見事なバトンリレーを経てアンカーのケンブリッジにバトンが渡った。画面右側をあのレジェンド・ボルトが走っている。ボルトのゴールの直後にケンブリッジが予選1位のアメリカを振り切ってゴールした。オリンピックの陸上競技決勝の舞台で日本人選手が世界のトップスターと肩を並べるようにゴールする画像は信じがたいものだった。そのゴールはアンカーだけのものではない。アンカーを含めて4人の走者が紡いだものだ。総合力とバトンパスの技術がもたらした輝かしい成果である。