乙川勇三郎著「逍遙の季節」2017年01月18日

 昨年の6月以降、読書は好きな歴史小説・時代小説を断って、直面している介護・医療・認知症関連の専門書に絞った。以来12冊の書籍を読了した。この読書を通じて自分なりのこの分野での基礎的な知識と基本的なスタンスを学んだ。この分野の次の読みたい書籍は見当たらず、再び蔵書の中の時代小説の再読に戻ることにした。
 その最初のチョイスが乙川勇三郎の「逍遙の季節」だった。どちらかと言えば藤沢周平風の穏やかで静謐な世界に浸りたい気分だった。ところが藤沢周平の著作はほとんど再読済みである。同じような作風のお好みの作家が乙川勇三郎だった。書棚の中から比較的記憶に薄い作品として「逍遙の季節」を手に取った。
 三絃、蒔絵、茶道、画工、根付、糸染め、雛細工、髪結い、活け花、舞踊といった工芸の世界を題材とした七篇の短編集である。芸を恃みに生きる江戸の女たちの物語である。作者のそれぞれの分野の造詣の深さに驚かされる。それぞれの物語の中に芸と人との葛藤が描かれる。読み継ぎながらひと時をそうした世界に浸れるのも作者の卓越した文章力の故だろう。現役作家としては乙川勇三郎はもっとも魅かれる作家に違いない。