ジジババ保育園三日目---だるまさんの!---2017年04月01日

 花ちゃん保育三日目である。花ちゃんと一緒に遊べる新しいツールを見つけた。パソコンモニターを使った動画再生である。「赤ちゃんが泣きやむ・笑う」動画というのがある。その中で「読み聞かせ・ だるまさんシリーズ」が目についた。原画は花ちゃんの好きな絵本のひとつである。
 パソコンデスクに向かって花ちゃんを膝に抱っこして試しにこれを再生してみた。大当たりだった。「だ る ま さ ん が・・・」と、くぎったナレーションに応じてだるまの絵が回転する。場面が変わって「どてっ」と転ぶ。同じように「ぷしゅーっ」「ぷっ」などと続く。
 驚いたのは次の「だるまさんの・・・」バージョンである。「だ る ま さ んの・・・」に合わせて花ちゃんが首を左右に振っている。そしてその後に続く「め(目)」「て(手)」「は(歯)」「け(毛)」ではそれぞれに「め」「て」「は」「け」と口にして目に指をあて、片手を広げて突き出し、口を開けて歯に指をあて、自分の髪の毛を摘まむ仕草をみせる。ちゃんと顔のそれぞれを発音し指さしている。おそらく保育園で何度もやった仕草なのだろう。それでも1才4カ月の孫娘の驚くほどの学習ぶりに舌を巻いた。 膝の上で何度も同じ動画を繰り返し「じいちゃんと花」のかけがえのないふれあいに浸った。

コンディション不良ながら大盛況のさくらまつり2017年04月02日

 3月末の肌寒い気候が続いていた。おまけにさくらまつりの前日の午後から時雨に見舞われた。それでも当日の予報は曇り後晴である。当日の早朝、さくらまつり決行の連絡が入った。
 9時前の有馬川緑道のさくらまつり会場は予想通りの最悪のコンディションだった。さくら並木はどこを見渡してもピンクの彩りは皆無である。堅い蕾が身をこごませているばかりだ。屋台エリアの前の歩道は雨水を浮かべたぬかるみだらけである。
 それでも9時半頃からあちこちでテント張りが始まった。社協分区の屋台用の二張りのテントも10時過ぎには中学生ボランティアとボランティアおじさんたちの手で組立て完了。テーブルと椅子を並べて会場設営が終了。ここからはボランティアの女性陣が中心となる。二十数人の皆さんが喫茶、パスタ、けんちん汁、おにぎりの販売とスーパーボ-ルや魚釣りゲームの準備に余念がない。
 11時前にはすっかり準備の整った屋台前を来場者たちの行きかう姿が増えてきた。屋台・ゲームコーナーは11時半開始だがそうも言ってられない。なにしろコーヒー50円、パスタ、けんちん汁、おにぎり各100円の格安価格である。準備終了に合わせて販売が始まり、閉店30分前の1時半頃にはほぼ完売した。ゲームコーナーは幼児連れのヤンママたちが2時を過ぎても列をなす大盛況だった。午後からの薄日の指す暖かな気温にも助けられて予想以上の来場者だった。
 閉店時間と同時に始まった撤収作業は中学生たちの応援が大きくあっという間に完了した。借り入れた軽四輪トラックが二往復して安心プラザ、自治会館、小学校体育倉庫にテーブル、椅子、テント等の備品を戻した。
 搬送作業を終えて安心プラザのボラセンに3時半頃顔を出した。ボランティアコーデネータの女性陣10人ほどが後片付けをしながらお茶していた。さくらまつりの各コーナーの責任者たちである。彼女たちを中心に40人余りのボランティアの皆さんい支えられて今年も地域の一大イベントであるさくらまつりが無事終了した。

そして花ちゃんがいなくなった2017年04月03日

 四泊五日の我が家での滞在を終えて花ちゃんがいなくなった。車の後部座席のチャイルドシートからじいちゃんばあちゃんにバイバイする花ちゃんの顔が心なしか寂しげだった。物心ついて「別れ」ということをチョッピリ味わったのだろうか。それにしても花ちゃんの成長ぶりに目を丸くした今回の滞在だった。
 サイズ違いの色とりどりの丸い10個のカップがある。これまでは伏せたカップを一番大きいものの上に順番に載せていく遊びを喜んでいた。今回は仰向けにしたカップを大きい順に入れ込んでいく遊びを覚えた。驚いたのはサイズ違いのカップの入れ変えをチャントできたことだ。小さいサイズのカップの上に大きいのをいれようとした。当然ながら入らない。癇癪をおこしながらも小さいのを取り出してから大きいのを入れた。入ったッ!思わず自分で手を叩いてパチパチしながら「どうだ」とばかりドヤ顔でじいちゃんを見つめる。
 滞在初日に仏壇前で「まんまんちゃんアン」を教えた。何度か繰り返すうちに三日目ごろからは仏壇前に行くと自分から仏壇に向かって「アン」をしている。
 四日目の最終日にはぽかぽか陽気の中を父ちゃんと一緒に公園で遊んだ。二日前には嫌がっていたブランコにひとりで乗れた。両手で鎖を掴んで板におとなしくチャンコしている。後ろからそっと押すとブラーンブラーンしながら緊張した顔つきが固まっている。それでもじいちゃん父ちゃんが口々に「ジョウズ、ジョウズ」「デキタデキタ」と声を掛けるとようやく顔をほころせた。すべり台遊びでも進歩を見せた。登り口のはしご段を3段まで登ったし、てっぺんから自分で腰を振ってスライダーを滑り落ちた。父ちゃんの話ではつい最近までブランコにも乗れなかったし、すべり台でも自力で滑れなかったようだ。
 そんなこんなの成長ぶりを目にできた四泊五日の滞在記だった。

五分咲の桜ノ宮公園で現役同期の花見会2017年04月04日

 毎年この時期に現役時代の同期のお花見会が開催される。場所は大阪の天満橋駅の大川を挟んだ向かい側の桜ノ宮公園である。過去6回ほど開催されているようだが、地域行事と重なって私は今回2回目の参加だった。
 ほとんど出かけることがなくなった大阪の喧騒を愉しみながら天満橋駅で下車した。京阪シティモールの食品売り場でお花見弁当を、会場近くのコンビニでビールを調達した。弁当とお酒は各自持参がこの会の習わしである。天満橋北詰から公園に入り仲間たちをさがして西に向かった。五分咲のさくら並木がなんとかお花見の風情を醸していた。
 ほどなくブルーシート前で缶ビールを手にした二人を見つけた。追加ビールを調達しに行った幹事役も戻り、遅参のメンバーも加わって最終的に総勢8人の旧友たちが顔を揃えた。各自の近況、旧友の訃報、現役時代の思い出話が相次いだ。そんな中で最も盛り上がったのが寄る年並みにふさわしい健康問題である。認知症予防の対策やら健康番組の実践やらでいかに健康を維持しているかの談議に花が咲いた。
 夕方の地域の会合が待っていた。2時過ぎに仲間たちに別れを告げて一足先に帰路についた。

乙川優三郎著「喜知次」2017年04月05日

 乙川優三郎の長編時代小説「喜知次」を読んだ。同じ作者の長編時代小説「蔓の端々(つるのはしばし)」に続いての読了だった。乙川優三郎ワールドを満喫している。
 喜知次とは東北地方で通称され一般にはキンキと呼ばれる海水魚のことである。この物語ではヒロイン花哉の呼び名でもある。主人公?小太郎の家にもらわれてきた幼い花哉の「くるりとした大きな目に赤い頬」をみて小太郎が「花哉はまるで喜知次のようだな」と口を滑らせたのが呼び名の由来である。この小太郎と花哉の出会いの場面で始まった物語は、晩年に小太郎が哀しい別れの果てに夭折した花哉を訪ねる場面で完結する。出会いと別れを物語の始まりと結びに展開するのは作者が好んで使う手法のようだ。
 「解説」でも指摘されているが、作品タイトルにあるように作者は「喜知次(花哉)」こそが主人公であることを暗示している。ところがこの長編を読み進みながら読者は主人公は小太郎としか思えない。藩内抗争に明け暮れる藩の裕福な上士の嫡男である小太郎の藩政改革に挑む成長物語が主題と思える。
 にもかかわらずなぜ作者は「喜知次」を主人公と暗示したのか。藩政改革を表面上の主題としながら、何のための藩なのか、何のための藩政改革なのかを問うている。物語の節々に苛酷な運命を受入れながら明るくひたむきに生きる喜知次の姿が登場する。小太郎と喜知次の結ばれることのなかった恋を絡めながら「生きる」ことの意味を暗示し、そのことを読者は否応なく考えさせられる。
 爽やかな読後感をもたらした作品だった。

ほっこり・・・三味線演奏会2017年04月06日

 一カ月ほど前に近隣の焼き鳥やで社協広報部会の懇親会があった。メンバーは女性3名、男性2名だったがいずれも呑める口で提案すると即座に決まった。当日、メンバーの1人の趣味の三味線演奏が話題になった。同席のひとりは92歳の母親を永く介護している。その母親に三味線演奏をぜひ聴かせたいという要望があった。その場で部会メンバー対象に三味線演奏会の開催が決まった。
 そして迎えた演奏会当日である。会場のコミュニティセンターに予想外の聴衆の姿があった。奏者であるメンバーの知人や所属の婦人部の会員など広報部メンバーを含めて19名がつめかけた。もちろん今回の主役のメンバーのお母さんも娘二人と一緒に車椅子で観客席最前列に陣取った。
 広報部メンバーに加えてパートナーのお二人による演奏が始まった。ソーラン節、祇園小唄、黒田節、炭坑節、武田節などの民謡を中心に13曲が演奏された。10年以上に及ぶ年季の入った演奏ぶりが会場を沸かせた。合間には日本舞踊が舞われたり、唄や余芸も披露された。合間の休憩中には奏者からの差し入れの駄菓子やお茶も提供され至れり尽くせりの演奏会だった。娘たちに労わられながら演奏を聴きいっているお母さんの後ろ姿にホッコリした気分を味わった。

五月人形に花ちゃんの反応は?2017年04月07日

 2月初めに我が家の和室床の間に雛人形が30年ぶりに復活した。娘の雛人形を孫娘に披露するためだった。先日まで我が家に滞在した花ちゃんはこの人形に大いに関心を示した。何度も床の間によちよち歩きをして、「んぎょ、んぎょ」と舌足らずの言葉で雛人形を指さした。
 4月に入り花ちゃんが自宅に戻った後、家内はせっせと雛人形の片づけを始めた。二階の押し入れに片付けたその足で今度は五月人形を収納した段ボールを持って降りた。ところがこちらは一向に飾る気配がない。「これはお父さんが飾るもの」というわけだ。
 我が家は一男一女である。二人とも独立して世帯を持ちとっくに家を出ている。子どもたちの祖父母にそれぞれに五月人形と雛人形を揃えてもらった。息子の成長とともに鎧人形が飾られることがなくなって久しい。30数年ぶりの復活である。孫娘に五月人形でもあるまいとは思うが、要は花ちゃんにみせてやりたいだけだ。
 段ボールを開け具足ごとに収納された鎧、兜を取り出した。簡単な飾り方の説明書きを見ながらあっという間に飾り付けを終えた。久々に眺める鎧人形はなかなかの迫力だった。今月末には再び花ちゃんがやってくる。雛人形ですら最初はおっかなびっくりだった。それでもしばらくしたなじんでくれた。今度の鎧人形はどうだろう。雛人形以上に怖がるはずだ。それでもすぐに怖いもの見たさの感情が芽生えるだろう。今度も「んぎょ、んぎょ」では芸がない。「ヨロイ、ヨロイ」と教えることにしよう。その日が今から待ち遠しい。

「分区20年誌」出稿!2017年04月08日

 朝からパーソナル編集長とにらめっこが続いた。昨年4月の社協分区総会で承認された「分区20年誌」の40頁の最終校正のためだ。総会後の執行委員会で「1年後の分区総会で発行・配布したい」と宣言した。多少無理かなと思えても敢えて宣言して退路を断つことで自分を追い込んだ。これまでも課題を達成する際にしばしば用いた手法である。
 以来、分区の三役6人で構成される6回の編纂委員会を経てようやく全ての原稿を脱稿した。編集責任者として20年の通史と多くの添付資料作りを担当した。印刷業者との見積りと校正等の打合せも済ませた。見積りはほぼ当初予算通りの金額で納まった。編集ソフトを使ったPDFによる完全編集版での出稿で約10万円の編集手数料が削減できたことが大きい。今月23日の分区総会での発行・配布も確認できた。
 初めての冊子編集だったが、同じ編集ソフトを活用した広報紙編集の経験が活かされた。素人ながら何とか格好のついた冊子に仕上がったと思う。人生の晩年を迎えて最後のライフワークに「自分史」出版を目論んでいる。今回の冊子編集を通してその目論見もメドがたったような気分になった。

地域ボランティアグループのお花見会2017年04月09日

 住宅街のど真ん中にある公園でお花見会があった。住宅街の公園の清掃や花壇づくりのボランティアを永年続けているグループの主催である。代表者はちょい呑みオヤジ会の世話人でもある知人である。忙しさにかまけて公園ボランティアに参加しなくなって久しいが、代表者に声を掛けて頂きビールにつられて馳せ参じた。
 11時から始まったお花見に20人の老若男女が参加した。一週間前の山口町のさくらまつりでは蕾のままだったさくら並木がほぼ満開である。1500円の会費で呑み放題のビール、お酒、ワインと手作り料理を中心としたアテやお寿司が用意された。早朝には霧雨模様だったが開催の頃にはなんとか曇り空がキープされた。参加者の自己紹介が始まった。スポーツ21の関係者が多い。5人ほどのオヤジ会メンバーも参加している。社協の役員だったご婦人方もいる。
 和気あいあいの懇親が2時間ばかり続いた頃に突然俄雨に見舞われた。ちょうど解散時間でもあったので一斉に撤収作業にかかった。
 懇親の中で誰かが感想を述べていた。「この町の雰囲気が好きだ。色んな人が色んな形で地域に関わっている。それぞれにささやかながら地域の役に立とうと頑張っている。そうしたつながりを通してこうした懇親の場に集えることが嬉しい」。同感である。住民たちのそんな素朴で誠実な想いが地域コミュニティの原点を支えている。

大荒れの自治会総会!〇に近い△という選択肢は?2017年04月10日

 住宅街の自治会総会が開催された。定刻の9時半には152名の自治会員が会場の小学校体育館に集まった。会場の雰囲気がいつもと違う。聞けば明日の入学式に備えて体育館はすっかり入学式バージョンに衣替えされている。その装いのまんまの総会設営だった。
 自治会執行部から事前配布された議案書には問題の多い原案が記載され波乱含みの総会が懸念されていた。蓋を開けると予想以上に激しい意見の応酬と混乱に満ちた総会となった。閉会予定の12時になっても会場を二分する議案の収拾のメドがたたない。議長の精一杯の議事進行の提案にも関わらず、採決に至る手順すらコンセンサスが得られない。最終的に私から次のような収拾案を提案し拍手承認されて決着した。「対立する二つの論点を新会長をはじめとする新役員が関係者の意向を聞き取りながら継続審議することとし、これを前提に他の議案はすべて承認する」。新副会長による閉会挨拶を終えたのは1時過ぎだった。ようやく大荒れの総会が出席者にかつてない亀裂と分断をもたらして幕を閉じた。
 混乱の背景のひとつに自治会で永年継続されてきた予算措置に対する自治会長の修正意欲の強さがあったと思う。具体的には「募金の自治会拠出」と「関係団体助成金」である。昨年現役をリタイヤした直後に就任した会長にはそれらの措置は改革すべき因習のように見えたのだろう。ところがそれらの措置はそれぞれに地域のコミュニティを維持する上でかけがえのない予算措置であるという根強い声もある。それぞれの立場の違いによる意見の相違はあって当然である。
 問題はその協議の在り方である。自治会役員は任期1年で一斉に入れ替わる。そのため方針変更を意図した場合短期間で決着する他ない。今年に入り二三回の班長会議での協議で重大な方針変更が一気に議案として決定された。しかも議案提案でなく予算案の数字変更のみの提案である。そのため総会の場で会長の口頭による趣旨説明が延々と繰り広げられた。加えて「班長会議という皆さんの代表が決定した方針がなぜ受け入れられないのか」といった会長の総会の意義を否定するかのような発言が火に油を注いだ。
 非加入や退会が相次ぎ自治会基盤の脆弱化が懸念される昨今である。そんな状況での自治会の最優先の課題は自治会員の共感とコンセンサス形成に留意しコミュニティ機能をより強化することではあるまいか。会長のリーダーシップとはそのためにこそ発揮されるべきであり、決して自身の考えを通すことがリーダーシップではあるまい。今回の総会では班長会議での決定という大義をかざした会長の自身の考え方の固執が、自治会の亀裂と分断をもたらすというもっとも避けるべき事態を招いたように思えてならない。「〇か×か」という二者択一の選択肢でしか議論できなかったことの不幸な結末でもある。
 とはいえ辛うじて新役員のもとでの二つの論点の継続審議というコンセンサスが得られた。執行部原案に反対した側も現状の問題点については改善にやぶさかではない筈である。関係者のひとりとして冷静な協議を通して「〇に近い△」という選択肢を見い出だしたい。