五木寛之著「風の王国」2017年06月03日

 五木寛之の異色の大作「風の王国」を読了した。この作品も知人のブログの紹介記事で興味を抱き手にしたものだった。
 これまでの読書体験のどのジャンルにも属さない「歩き」をテーマとした単行本400頁余りもの長編小説である。「歩き」を原点として様々な営みが語られる。「山窩(サンカ)」「山の民」「化外の民」「遍路」「遊行」「千日回峰」等々。それぞれに作者の膨大な資料を読み込んだ確かな実証性に裏付けられた記述である。
 この長編を5月中旬の二泊三日の房総半島ツアーに持参した。たっぷりあるバス移動の車中で一気に読み切った。それほどに興味深く物語性に富んだ作品だった。
 この作品を読み終えて思った。私たちが学び受け入れてきた歴史とは「定住の民」の歴史ではなかったか。農耕を受入れて以降、民は定住が基本となり、権力者たちは定住を正義とする歴史を刻んできた。農耕以前の途方もない長い縄文の歴史は軽んじられ顧みられることは永く稀だった。他方で定住を潔しとしない少なからぬ民が脈々と生き続けた。定住の民の歴史や文化の限界が見え始めた。その究極の姿がグローバル資本主義という醜悪で強欲な怪獣のようにふるまっている。
 山の民、里の民の狭間で流浪した民の学ぶべき息遣いを知った。