山本周五郎著「松風の門」2018年08月06日

 山本周五郎著「松風の門」を読んだ。昭和10年代から30年代にかけて執筆された「武家もの」「下町もの」を中心とした13編の短編集である。
 各作品はそれぞれに水準以上の質を備えているものの、特筆するほどの作品もなかったという印象である。ただ「解説」でも触れられているが作者の多彩な創作手法を味わえた作品集だった。
 とりわけ興味深かったのは作者が「一場面もの」と名付けた作品群だった。文字通り作品の舞台が一場面で展開する物語である。「ぼろと簪」は下町のごくありふれた居酒屋が、「夜の蝶」は下町の屋台の店が、「月夜の眺め」は漁師町の船宿が、「砦山の17日」は隣藩との領境の隠し砦が唯一の舞台となって展開する。
 一場面だけを固定して一定枚数以上の物語を展開するということの困難さは想像に難くない。場面の詳細な描写を可能にする筆力や登場人物の設定と相互の関係性を巧みに描ける構想力が欠かせない。固定された場面と登場人物をもって尚、豊かな物語性を紡げる創造力が求められる。
 四つの作品はこれらの要素を巧みに実現した物語性のある作品だった。プロの小説家の技量に舌を巻いた。