亡き友の闘病を偲んだ2019年03月27日

 青春時代を共にした現役時代の古い友人が亡くなった。半月ほど経ってから生前の彼と親しかった共通の友人から連絡をもらった。一緒に亡き友のお宅をに訪ねてお悔みすることを約した。
 ちょうど亡くなって一カ月後に二人で大阪郊外のお宅を訪ねた。住まいは建ち並ぶ幾棟もの高層マンションの高層フロアの一角にあった。案内されたリビング横の和室に飾られた遺影を前に手を合わせた。はにかんだような笑みを浮かべた懐かしい顔をしばらく見つめた。
 リビングのソファーに席を移して奥さんをまじえて2時間ばかり亡き友を偲んだ。彼は現役中の50歳の若さで脳疾患の重い病に倒れた。一時は言葉もしゃべれない寝たきりの症状だった。以後、奥さんとの苛酷な闘病とリハビ生活が続いた。その甲斐あって徐々に回復し、不自由ながら話ができるようになり杖をついての散策を楽しむまでになった。
 ところが一年ほど前に誤嚥性肺炎が発症し、入退院を繰り返すことになった。吸引や胃ろうを巡る措置について家族で何度も話し合いがもたれたという。本人は延命措置は希望しないという強い意志を示していたとのこと。
 2月下旬に容態が悪化し、奥さんの毎日の不安な病院通いが続いた。26日の深夜に病院から容体急変の知らせがあった。駆けつけた奥さんの目には枕元のモニター表示が辛うじて生命の印を刻むばかりだった。そして最後が訪れた。
 20年もの闘病と介護の日々を、たんたんと時に声を詰まらせて話して頂いた。病と闘いながらその進行と向き合う彼の姿勢が伝わった。明るくて強靭で自分を失わない振舞いに、苛酷な運命にあって尚自分らしく生き抜いた彼らしさが伝わった。奥さんや家族に支えられて早すぎる闘病生活を見事に耐え抜いた。20年の闘病生活を懸命に支えながら多くのことを学んだという奥さんの愛情と強靭さに心打たれた。
 2時間近い訪問の暇を告げて玄関ドアを出た。高層フロアの目の前に淀川河川敷の広大な絶景が広がっていた。彼が元気だった頃にしばしば散策したという眼下の遊歩道を感慨深く眺めた。