モグラの亡骸と地中のバトル2019年09月01日

 日曜朝の散歩道である。名来橋袂を東に折れて丹波街道に合流する農道を歩いた。三田を望む北側には棚田が広がっている。たわわに実った稲田の黄金色が目にしみた。
 前方の路面の異物が目に入った。近づくと小動物の亡骸だった。モグラに違いない。地中に住んでいる筈のモグラがなぜ地上で死んでいるのだろう。帰宅後、Wikipediaで調べてみると、地上に出て太陽の光に当たって死ぬという通説はガセネタであるらしい。仲間との争いで地上に追い出されて餓死したものと考えられるとのこと。穏やかな晩夏の自然のもとでの目に見えない地中のバトルを想像した。

老後の我が家の家計管理2019年09月02日

 40歳の頃から独自の試算表を作成して定期的に我が家の資産を点検してきた。それまで全ての家計を家内に委ねていたが、38歳の時に持ち家を購入し住宅ローンの負担が過大になったことから資産と負債の実態の把握に迫られた。家内の節約志向もあって日々の家計は任せられたが、こうした全体像の把握は不得手でありその知識やスキルもない。
 預貯金、保険、株式等の流動資産に自宅の土地建物の不動産を加えた「資産」から住宅ローン残高の「負債」を差引き試算して我が家の資産の実態を把握した。資産収支は年々改善し、52歳で住宅ローンを完済して以降は、ゆとり資金を老後の積立にストックできるようになった。
 63歳のリタイヤ後は「老後の生活設計試算表」をエクセルで独自に作成し、定期的に年間の家計収支を点検してきた。平均寿命から夫婦の余命を算出し、これをもとに試算した余生の生計費総額を算出し更に住宅リフォーム、旅行、車関係費、病気介護等の特別支出を加算して老後の必要生計費を算出する。一方で現在の預貯金や保険・共済の受領額、公的年金受給額等の調達資金の見込額を算出する。前者と後者の収支の差異がプラスであれば老後生活はひとまず安泰である。年金以外の収入が途絶えた後もプラス幅は維持しておりひとまず安堵できる状況にある。もっとも今後の年金額の縮小等の変動も予想され予断は許されない。

ボランティアセンターの在り方は?2019年09月03日

 市社協主催のボランティアコーデネーターの北部地区全体研修会が塩瀬公民館講堂で開催された。当地区社協の8名を含め5地区40名のコーディネーターが参加した。
 はじめに市社協地域福祉課長から15分ばかり「孤立のないあたたか色の地域づくりへ」と題したミニ講義があった。世界でトップレベルの平均寿命の日本では健康寿命との間の寝たきり期間も10歳前後と長い。健康と介護の中間の「フレイル(加齢による心身の衰弱化)予防」が必要。他方で日本は社会的孤立が先進国では最下位。フレイル予防や孤立防止のための「誰もが社会参加できる地域づくり」が必要という趣旨の講義だった。
 続いて「春風地区ボランティアセンター(VC)の支え合い活動」の事例を紹介した動画を観た。楽しみだったいきいき体操の参加が認知症発症で難しくなったおばあちゃんをVCが市社協と連携して送迎することで続けられるようになったという事例である。これについての会場の何人かの意見をもとに課題や役割を共有がはかられた。
 最後に市社協から「地区VCに求められる視点」についてのまとめがあった。①身近な相談窓口②住民による支え合いの仕組み③地区社協活動との連携④地域の支え合いの拠点の4点である。
 1時間半の時間を効率よく整理しそれなりに意義深い研修だったとは思う。ただまとまりすぎて本質的な切り込みに欠ける印象は否めない。地区VCは今岐路に立たされている。最大の課題は、登録ボランティアの高齢化と引退による減少と高齢化の進行に伴う利用者ニーズの増化のギャップである。丁寧できめ細かな支え合い活動もこの現実の前では虚しさが募る。介護制度のすき間をカバーすることよりもVC活動自体のデイサービス事業等の制度との連携こそが求められているように思える。

ブトはなぜ顔にまとわりつくのか?2019年09月04日

 早朝ウォーキングを有馬川土手道沿いのコースに変えて、自然を満喫できるようになった反面で困った問題も出てきた。ブトが飛んできて顔の周りにまとわりつく。特に片側が丘陵の迫る地点ではその頻度が高くなり手で何度も払いながら歩く羽目になる。払いきれずに目の中に飛び込まれたこともある。なんとも厄介でうっとおしいシロモノである。
 なぜ、この虫は目にまとわりつくのか。ネット検索してみた。さすがにそれらしき情報が見つかった。「山歩きをしていると、顔にまとわりつく小さな虫に悩まされることがあります。よく注意していると、その虫は特に目に対して強い執着があるように飛んで来ます。(略)動物の目を潤す涙には水分の他塩類やタンパク質が含まれています。それを目当てに集まってくると考えられます」とのこと。
 なるほど。自分だけの思い過ごしでなく誰もが悩まされている事象だったのだ。

地区社協役員会の認知症地域支援の議論2019年09月05日

 9月の地区社協役員会があった。従来、報告中心で役員の意見を聞く機会の少なかった役員会である。今期の重点課題のひとつに「意見交換を重視した運営による役員会の活性化」を掲げた。運営方法の見直しもあり、昨年以上に活発な意見が交わされるようになった。
 今回の役員会では「認知症の地域支援」についての活発な議論があった。冒頭、私から一週間前に国道の車道を歩いていた認知症のおばあちゃんを保護した事例を報告した。これを話題にある役員から個別の事例報告にとどめるのでなく地域としての支援の在り方を検討すべきではないかという意見が出された。認知症であることの地域での開示が前提。認知症支援は当事者家族の意向が優先されるべき。家族からの徘徊時の捜索要請があった場合に地域で受け止めるツールや仕組みがあるのか。自治会の一斉メールはペットの捜索依頼は多いが認知症絡みの情報は受けた記憶がない。そもそもそうした一斉メールの発信方法が知らされていない。認知症当事者家族の困り事の対応と合わせて地域の声掛けや認知症カフェの案内等、認知症取組みの全体像を整理して発信する必要がある等々。
 閉会予定の9時を15分ばかりオーバーした熱のこもった役員会だった。

110番と位置情報2019年09月06日

 10日ほど前に国道の車道を歩く認知症のおばあちゃんを保護して
110番してパトカーの引き継いだ。その際、スマホから110番すると受診した担当者から「スマホの位置情報で場所は分かりますのですぐに警察官を派遣します」と告げられた。
 そのため具体的な位置を話さなくても迅速に正確な情報が伝わるので便利だと思った反面、個人情報に属するこちらの位置情報が自動的に指令室に伝わることの懸念も芽生えた。懸念を放置できず警察の関係部署に問合わせた。西宮警察から案内された問い合わせ先は兵庫県警本部通信指令室だった。
 問い合わせたのは「警察による位置情報の把握は通信中だけなのかどうか」「通報履歴はいつまでも残るのか」という2点だった。これについては「位置情報の把握は通信中だけである」「通信履歴は一定期間を過ぎると自動的に消去される」とのことだった。
 ということでひとまず安堵した。

秋の風物詩2019年09月07日

 早朝ウォーキングでいつものコースを少しばかり延長した。有馬川に架かる名来橋の袂を東に折れて、旧丹波街道に合流する農道を歩いた。
 南側の丘陵に植わった数本の栗の木が見えた。農道を覆うような枝ぶりが生い茂る葉っぱとともに腕を伸ばしていた。葉っぱの茂みの中に実った栗のイガがあちこちに顔を出していた。中にははじけたイガの中からみずみずしい茶褐色の栗の実が覗いていた。足元の路面には落下して茶褐色になったイガの実やはじけてこぼれ散った栗の実が散らばっていた。
 秋の風物詩を目にして微笑んだ。

白鷺の群2019年09月08日

 早朝ウォーキングの道すがら、有馬川の対岸の大きな樹に幾羽もの白鷺が群れをなして羽根を休めていた。白鷺のこれほどの群をまとまって目にすることは稀だった。近づいてスマホでその光景を切り取った。
 より大きなアングルを目論んで更に近づいた時、彼らは一斉に飛び立った。同じ方向をめざして飛び交う真っ白な七羽の白鷺の姿が真っ青な空に鮮やかに浮かんだ。

さくらやまなみ楽団デビュー演奏会2019年09月09日

 オヤジ会メンバーでもある知人Yさんを代表とする「さくらやまなみ楽団」という吹奏楽団が昨年11月に発足した。昨日、そのデビュー演奏会が山口ホールで開催された。2時開演の会場にはざっと100人ほどの観客が詰めかけていた。友情出演の2団体を含めて3グループによる2時間余りの演奏を楽しんだ。
 トップはコーラスグループ「夢サークル ドロップBOX」で、6人のメンバーのほとんどはかつて私も後援したミュージカル劇団出身者で旧知の皆さんである。レベルの高いコーラスやソロを4曲聴いた。
 2番手が7名のメンバーによる「さくらやまなみ楽団」である。「いそしぎ」や「アイキャンストップラビングユー」などのポピュラー曲7曲が演奏された。将来ビッグバンドを目指しているという楽団の意欲的な演奏ぶりが伝わった。
 3番手はYさんの所属するビッグバンド「関西ポップス オーケストラ」である。Yさんのトロンボーンも含めた16名のフルバンドによる迫力ある7曲の演奏だった。最後のマシュケナダは私の好きな曲で思わず全身をスイングさせながら聴きいった。
 フィナーレは3団体合同の演奏だった。舞台に納まりきれないやまなみ楽団は舞台下のフロアでの演奏だった。「聖者の行進」「明日があるさ」「見上げてごらん夜空の星を」の3曲をコーラス入りの大迫力で会場と一緒になって演奏されるという巧みな演出だった。
 山口町に新たな挑戦が始まりあらたな息吹が伝わった。

”荒廃”の風景2019年09月10日

 早朝ウォーキングのコースを有馬川土手道を北に向うコースに変更して3カ月近くになる。以前はこのコースを更に延長して隣町の三田平田地区の稲荷神社にまで足を延ばしたものだ。
 今朝、その延長コースを歩いてみようと思い立った。有馬川土手道をひたすら北に歩いたどん詰まりの東側に竹藪の切れ目がある。この切れ目を抜けた先に狭い稲田があり、そのあぜ道を歩いた先で旧丹波街道に合流する。そのつもりで竹藪の切れ目に分け入った時、唖然とした。ある筈のあぜ道はおろか稲田すらない。あるのは背の高い雑草が生い茂る”荒廃した風景”だった。つい2~3年前には明媚だった風景がわずかな期間でこれほどに荒廃するものか。暗澹たる気分に見舞われた。
 帰路、名来の集落の道を歩いた。道沿いに稲田がある。ふとたわわな実りの風景が気になった。稲田の実りが生い茂る雑草に圧倒されている。通常はここまでに至るまでに耕作者が草抜きをしている筈だ。それを許さない何かの事情があったに違いない。この稲田の収穫はどうなるのだろう。ふと”荒廃の始まり”という言葉を呟いた。