三途の川は楽して渡れない2017年04月20日

 70歳の古希を迎えて1年以上が経った。「古希」は昔の人が「古来稀なり」と讃えた歳である。今や70歳以上は掃いて捨てるほどいる超高齢社会である。
 時代を反映した小噺がある。近年、高齢女子のスイミングスクール通いが大流行りだそうだ。そんなおばあちゃんが訊ねられた。「おばあちゃんはどうしてそんなに熱心にスイミングに通うの?」。おばあちゃんが答えた。「そりゃあ、あなた。三途の川を泳いで渡れるようになるためよ」。その話を傍で聞いていたおばあちゃんの嫁が、スイミングスクールのコーチにこっそり頼み込んだ。「先生!くれぐれもウチのおばあちゃんにターンの仕方だけは教えんといてネ」。
 このおばあちゃんの努力は的を射ている。キョウビ、三途の川は楽して渡れない。世の中、超高齢社会を迎えて介護が必要なお年寄りで溢れている。介護施設や介護スタッフや病院のベッドが追いつかない。溢れたお年寄りは在宅介護の環境を整えるか、劣悪な施設をさまようほかない。老後破産、老人漂流社会、孤独死が現実味を帯びている時代である。生きるに生きられず、死ぬに死にきれない。三途の川の真ん中で漂っている。
 この現実は、お年寄り本人だけの問題ではない。40代、50代の働き盛りの世代にとっては父母の介護問題でもある。施設入居が叶わず在宅介護が避けがたくなると介護離職という苛酷な選択肢が迫られる。「親孝行、したい時には、親はなし」の時代は遠くなった。「親孝行、したくもないのに、親はいる」時代なのだ。
 愚痴ってばかりもいられない。政治にも行政にも期待できないなら、自分たちで何とかするほかない。そんなわけで来るべき「在宅介護」時代に備えて地域で支え合う仕組みづくりに乗り出した。三途の川に漂うお年寄りの救いになればと、三年前に「福祉ネット北六甲丸」が船出した。

ブログを更新しないブログ記事2017年04月14日

 2006年6月にこのブログを立ち上げて以来11年に及ぶ。2007年2月13日に皮膚癌治療のため入院生活を余儀なくされて以降、毎日欠かすことなく更新してきた。それは執念ともいえるこだわりのような気もする。一度途切れたら以後とめどなく更新しない日々が訪れるのではないかという不安もあった。一度決めたことは頑なに守り続けるという生来の生真面目さも手伝っている。
 とはいえ既に齢(よわい)71歳の高齢の身である。いつ何時病を得てブログ更新が叶わない時がくるともしれない。ここらで肩ひじ張った毎日更新の呪縛から解き放つことにしよう。
 ブログでこうした心情をあえて吐露することで呪縛から免れようという姑息な手段を講じていることも百も承知である。

ソーシャル・インクルージョン2016年01月29日

 最近「ソーシャル・インクルージョン」という言葉を耳にし気になった。きっかけは安倍内閣設置の「1億総活躍国民会議」の民間議員に選ばれたタレント・菊池桃子氏の発言だ。
 権力者側から発せられる「一億総〇〇」というキャッチフレーズに先の大戦末期に旧日本軍が掲げた「一億総玉砕」のスローガンを重ね合わせる高齢者も少なくない。安保法案という危険な法案を閣議決定だけで通過させた安倍政権であれば尚更である。「一億総活躍」が声高に語られるほど活躍したくても活躍できない社会的弱者にはプレッシャーになりはしないか。そのことがひいては弱者排除に繋がりかねない危惧すらある。
 障がいを負った二女を持つ菊池氏はそうした危惧も念頭にあったのか、「1億総活躍」に替わる言葉として提案したのが「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」という言葉である。「社会の中から排除する者をつくらない、全ての人々に活躍の機会があるという言葉です」と述べている。なかなかどうしてたいしたものだ。タレントのお飾り議員などではない。
 地域でもあらためてソーシャルインクルージョンというこの言葉が問われているように思う。自治会などの地域組織への加入者が減少し加入者の負担が増えている。そんな苛立ちから加入者は非加入者を問題視し、ともすれば排除の論理に傾きがちである。その流れは地域コミュニティの溝を増やし深めることにほかならない。排除でなくむしろ「包み込み」こそが地域社会の原点ではないか。そうした風土の上で「加入しない」あるいは「加入できない」事情をひとつひとつ丹念に除去する他はない。

忙中、「花」あり2015年12月23日

 今年は11月末から12月にかけて例年になく忙しい日々を送った。
 地域活動の実務が集中した。三つの広報紙編集を担当した。社協分区、福祉ネット北六甲、西宮市民生委員会のそれぞれA4で4頁の広報紙である。加えて福祉ネット役員会のレジュメと議事録作成、ボランティアセンターの有償ボランティアの制度設計、山中トライアルウィークの事前学習用資料の手直しといった実務も重なった。
 社協、ボランティアセンター、民生委員、福祉ネット等の会議、当番、プレゼン、募金活動、懇談は16回に及んだ。さらに年末ということもあり忘年会や懇親会等の呑み会も8回を数えた。
 新たな事態に直面した時、真正面に受け止めてしまうという生来の性分が抜けきらない。結果的に次々と新たな課題や担当を抱え込む羽目になる。自業自得とは言え古希を迎えた身にはいささか堪える。歳相応の処し方が迫られていることは間違いない。
 それでも今年は気持ちの上でゆとりがある。忙しい毎日の暮らしの中にかけがえのないひと時があるからだ。言うまでもなく初孫・花ちゃんの存在である。「振り向けば花ちゃんがいる」風景は何物にも代えがたい貴重なものだ。
 「忙中、閑あり」ならぬ「忙中、『花』あり」である。

暴走じいさんと暖房じいさん2014年12月26日

 古希を目前にして、同年代以上の男性とのおつきあいを通じて考えさせられることがある。おだやかに齢(よわい)を重ねごく自然に老いを迎える人が一般的ではあるが、時に通常でない二つのタイプの高齢男性にお目にかかることがある。
 ひとつはいわゆる暴走老人である。女性も含めた老人一般ではないのでここでは暴走じいさんと呼んでおこう。感情のコントロールができずにキレることが多い。ジコチュウで自己主張が強く、他人の気持ちを斟酌しない。誰彼かまわず攻撃的である。いつもその場の中心に居なければ気が済まない。他人(ひと)の迷惑省みずのタイプである。その傾向は齢を重ねるほどに拍車がかかる場合が多い。
 今ひとつはその逆のタイプである。謙虚で気遣いや思いやりがある。人の話をじっくり聞き、親身に受けとめる。話し手の気持ちを汲んだ対応を心掛けているかに思える。その場に居てもらえるだけで場が和み癒される。齢を重ねるとはこういうことかと思わせられる。あたたかく包み込まれるような、まるで暖房じいさんとでも呼べるようなタイプである。
 二つの傾向は実はひとりの人間の内にも同居する。もちろん私自身の中にも時に暴走じいさんが頭をもたげ、時に暖房じいさんの優しさを意識する。人は歳を重ねるごとに子供になり幼児になり赤ん坊になっていく。それは分別を知らない本能の赴くままに生きている赤ん坊に還っていく哀しい道程なのかもしれない。それだけに内にはびこりやすい幼児化をいかにコントロールできるかを心しよう。

ブログと歩数計②「 二つのルーティンの効用」2014年06月22日

 昨日、ブログと歩数計による日常生活のルーティンについて綴った。この二つのアイテムに支えられた朝のルーティンは以下の通りである。よほどの悪天候や旅行中でない限りこのパターンが維持される。
 朝5時前後に起床すると真っ先にPCデスクに陣取って、メールとお気に入り登録のブログをチェックする。朝食を済ませ朝刊をざっと読む。6時前には、デジカメ、スマホ携帯、文庫本を持参してウォーキングに出かける。コースも有馬川土手道を北に向かい名来橋で折り返すのがほぼ定着している。帰路の終盤にはマクドナルドでモーニングコーヒー片手に15分ばかり読みかけの文庫本を愉しむ。
 以上の朝のルーティンがもたらす効用は大である。朝一番に必要な情報をまとめて仕入れる。散歩中は得られた情報を吟味したり、スマホのスケジューラーを確認しながら今日やるべきことを整理する。考え事に時間を費やしたりブログネタを考えたりするのも1時間ばかりのこの散策時間である。時に出くわす様々な印象深い出来事はデジカメ画像とともにブログネタとして更新される。わずかな時間ながら読書を欠かさず続けられるのもマックのモーニングコーヒーというルーティンの賜物である。そしてこの早朝ウォーキングで1日1万歩の目標の9割方を達成する。
 こうして振り返れば、ブログとウォーキングは車の両輪のようなものだ。ブログの毎日更新というルーティンが問題意識を研ぎ澄まさせ、ウォーキングのモチベーションに貢献する。ウォーキングという「考えること」に特化するしかないルーティンが精神の活性化の貴重な機会をもたらしている。そしてそれぞれが精神と肉体の健康をサポートしている。老後生活の几帳面で律儀なルーティンであることか。

ブログと歩数計①「日常生活の二つのルーティン」2014年06月21日

 7年前の2月に悪性黒色腫と称する皮膚癌を発症し、2度の手術を含めて50日間の入院生活を余儀なくされた。今振り返っても入院生活は苦痛と退屈に満ちたものだった。それでも得るものも多かった。
 その最大のものは、ブログの毎日更新と1日1万歩のウォーキングである。入院生活の大半は無為な時間の連続で、手術や治療や診察という医療行為は時間すればしれたものである。ほっておけばテレビと居眠りに終始する怠惰な時間に終始する。入院草々にそうと分かって意図的に活用したものがブログと歩数計の二つのアイテムだった。結果的にこれが奏功した。無為な入院生活をメリハリの効いたそれなりに有為なものに軌道修正できた。
 以来、今日までブログの毎日更新と1日1万歩を目指した早朝ウォーキングがルーティンとしてしっかりビルトインされている。これは完全リタイヤした今の日常生活に極めて有益だったと今更ながらに思う。リタイヤ生活とは入院生活の無為の時間の経過に限りなく近いのだから。
 そんな感慨を抱きながら今朝の散歩道を歩いた。有馬川の鬱蒼としたさくら並木が初夏の爽やかさを運んでいた。側溝の縁で朝の散歩を終えたばかりの白猫がうっとりと佇んでいた。そんなようすもまたルーティンがもたらす癒しの風景だった。

独断的「朝の連ドラ・女優考」2014年06月13日

 NHKの朝の連続ドラマを欠かさず観ている。今放映中の「花子とアン」を観ながら何となくヒロイン女優の果たす役割のようなものを考えさせられた。
 はな役の吉高由里子は、文句のつけようのない美人である。そのキャラもまたいかにもお嬢様タイプにみえる。貧農の小作の娘の役どころには馴染まないような上品さが漂う。それだけにインパクトに欠けることは否めない。おそらくドラマが終わると私の記憶からはあっという間に薄れていくだろう。登場シーンは少なくても蓮子役の仲間由紀恵の方が印象が深い。
 最近の連ドラで何といってもインパクトがあったのが、「カーネーション」の糸子役の尾野真千子だった。連ドラとしては5作も前の番組だったが今尚その強烈な個性はインプットされている。
 何が違うのか。当然ながら女優としての存在感は顔立ちとともにキャラの影響も大きい。尾野真千子は吉高由里子に比べ、顔立ち、キャラともにはるかに個性的である。奈良県出身という関西人の尾野と東京都出身の吉高という出身地の違いが醸し出す雰囲気やイメージの違いはやむをえまい。それにしても尾野の持つアクの強さや毒気は女優としては強みである。その後、尾野が真木よう子と並んでダブルヒロインだったドラマ「最高の離婚」を観た。尾野の毒気がいかんなく発揮され、真木の妖しい毒気とも相まって「最高のドラマ」だった。
 ちなみに放映中のドラマで嵌っているのは「最後から二番目の恋である」。ヒロイン小泉今日子が実にいい。相方役の中井貴一との掛け合いトークは絶妙である。これも小泉今日子の独特の味わいのあるキャラに負うところが大である。彼女もまた朝の連ドラで「あまちゃん」でブレークし復活した女優である。個人的にはヒロイン天野アキ役の能年玲奈を喰っていた印象すらある。いずれにしろ数々の個性的な女優陣を輩出してきたNHKの朝の連ドラのその面での功績は大きい。

ウチのお父さん、ウザイ!2013年11月07日

 昨日3時過ぎ、西宮市役所前からやまなみバスに乗車した。下校時間とあって甲山高校前で大勢の高校生たちが乗り込んできた。前方の一人席に座っていた私の横の吊り輪を二人の女子高生が掴まった。イマドキの女子高生である。すぐに止まることのないおしゃべりが始まった。

 「ウチのお父さん、酔っぱろうたらウザい!」
 「ウチのお父さんはそんなことない。呑まへんから。」
 「エエナ~ッ」
 「そやけどウザい!」
 「エ~ッ、それって酔っぱらわんでもウザいッちゅうこと?
  そっちの方が怖いな~」

 文庫本を読んでる風を装いながら聞いていた。思わず笑ってしまった。本人たちに自覚はないだろうが、見事なボケとツッコミである。どっちに転んでも高校生くらいの娘たちからみればオヤジはウザイ存在でしかない。

アスカ リョウ2013年08月07日

 最近、テレビのニュースや芸能番組でやたらと「アスカ リョウ」の名前が飛び交っている。CHAGE&ASKAの「飛鳥 涼」の「覚せい剤中毒疑惑」という何とも不名誉な報道である。そんなマイナーな形でアウカ リョウの呼称を耳にするたびに心穏やかでないものが去来する。
 私のHPやブログのハンドルネームも「アスカ リョウ(明日香亮)」である。ハンドルネームをつける際に飛鳥 涼は全く念頭になかった。彼らは私の40代後半の働き盛りの頃のデビューであり、フォークソングへの関心はとっくに失くしていた。従ってCHAGE&ASKAというユニット名も聞いたことがある程度で、ましてやASUKAのフルネームが飛鳥 涼だとは知るよしもなかった。
 ハンドルネームのアスカは明日香村に由来する。生来の歴史好きで、家内と一緒に訪ねた古代史の舞台・明日香村の牧歌的な風景に魅了された。リョウもまた歴史にまつわるネーミングである。中学時代に愛読した「三国志」の蜀の軍師・諸葛孔明は、どの登場人物よりも魅力的だった。孔明の字名(あざな)が「亮」だった。かくして私のハンドルネームは20年前に個人HPのタイトル「明日香亮の世界」としてデビューした。そのタイトルバナーの背景画像は明日香村の眺望である。http://www.asahi-net.or.jp/~lu1a-hdk/
 飛鳥 涼氏のメディアでの不名誉な登場に多少の迷惑感はあるものの、ブログネタを提供してもらった点は感謝せねばなるまい。今朝の新聞の週刊誌広告で「シャブ&飛鳥」の見出しを見るに及んで苦笑を禁じ得なかった。