英雄たちの選択「“知の巨人”南方熊楠の闘い 熊野の森を守れ!」2017年03月24日

 好きな番組のひとつであるBSプレミアム「英雄たちの選択」の録画を観た。今回は「“知の巨人”南方熊楠の闘い・熊野の森を守れ!」である。かねてから南方熊楠という興味深い人物のまとまった人物像を知りたいと思っていた。好きな番組で取り上げられたので躊躇なく録画した。
 見応えのある番組に仕上がっていた。前半は「知の巨人」という形容にふさわしい熊楠の前半生の知の探究の足跡が紹介される。その研究分野は粘菌の研究をはじめとして博物学、民俗学、人類学、植物学、生態学など多岐に及ぶ。そのバックボーンには英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語に長け、漢文の読解力も高く古今東西の文献の渉猟がある。イギリスの著名な科学雑誌『ネイチャー』誌に生涯で51本の論文が掲載されていることでも彼が世界的な逸材であったことがわかる。
 番組では熊楠が生涯で出会ったかけがえのない三人の人物を紹介する。イギリス留学中に出会った孫文、神社合祀令の反対運動で支援を仰いだ柳田邦夫、和歌山県の神島僥倖に際して御進講した昭和天皇である。その出会いの共通項は、固有文化の尊重、自然との共存、生物の多様性や生態系の維持といった点にある。
 100年前の明治・大正期に果敢な人生を生き抜いた南方熊楠という「知の巨人」の足跡にあらためて脱帽した。

TBS金スマ「若年性アルツハイマー認知症と闘う夫婦」2017年02月18日

 昨晩、TBS金スマ「若年性アルツハイマー認知症と闘う夫婦」という番組を観た。アルツハイマー型認知症をテーマとした番組は何度か観たが若年性アルツハイマーを取上げた点に注目した。
 映画制作会社を立ち上げたバリバリの実業家が48歳という若さでアルツハイマーと診断される。外見的には何ら健常者と変わらない。奥さんが異常に気ついたのは車で出かけたご主人が電車で帰宅し、そのことを全く認識していないという出来事が発端だという。脳の萎縮が原因のアルツハイマーは若年であるほど進行が早い。ある時を境に一気に進行した。バッグのファスナーを開けて中のものを取り出すといった物事の手順が分からなくなる。
 それでも妻と一男二女の家族は明るい。一家の大黒柱の病をありのままに受け止め補い合う。長男が健気に父親をサポートし妹たちを気遣う。何よりも教えられたのは奥さんの接し方である。認知症をありのままに受け止めご近所さんにも隠すことなく告げる。その上で様々な懇親の場を設けてご主人にも一緒に設営作業を分担してもらう。
 番組で専門医が指摘する。認知症の進行をどれだけ遅らせられるかは生活スタイルに関わっている。認知症を本人や家族が特別視するのでなく普通の日常生活の中で過ごせることが大切。
 気づかされる点が多々あった番組だった。

クローズアップ現代+「広がる在宅医療の陰で」2017年02月17日

 新聞のテレビ番組表で「家で最期を迎えたい・広がる在宅医療の陰で」という文字が飛び込んだ。気になっていたテーマである。昨晩その番組を観た。
 冒頭、在宅医療で療養中だった大橋巨泉氏の在宅医のコミュニケーションの拙さがもたらした衝撃の大きさについての妻の証言が紹介される。ハッピーな在宅医療を信じて病院から自宅に戻った巨泉氏に在宅医は「どこで死にたいですか」という不用意な問いかけをしたという。
 番組は、「病院から在宅へ」の大号令のもと、国が推進している在宅医療の問題点を指摘する。要約すれば「在宅医の本人・家族とのコミュニケーションの不十分さ」と「在宅医療を支える医師、看護師、介護士等の絶対数と経験の不足」である。問題点の指摘だけでなく「在宅を支える地域の開業医を支援する在宅特化型診療所を設置する四日市」の事例や「東京都港区の専門分野の異なる在宅医たちが知識や情報を共有しあう症例検討会」の事例などである。
 とりたてて目新しい内容ではなかったが、地域での在宅医療の環境整備が今後の主要な課題となりつつある福祉ネットの立場から課題整理にむけた良い情報だったと言える。在宅医、訪問看護士、ケアマネジャー、ヘルパー等の地域の在宅医療専門職の皆さんとの突っ込んだ懇談の必要性を痛感した。

NHKスペシャルの「縮小ニッポンの衝撃」2016年09月28日

 NHKスペシャルの「縮小ニッポンの衝撃」を観た。番組冒頭、昨年の国勢調査で日本が歴史上初めて人口減少に転じたことが告げられる。本格的な人口減少社会を迎えたことを突きつける鮮やかな切り口である。
 番組は人口減少社会が突きつける苛酷な現実を描いていく。自治体の倒産ともいうべき「財政再生団体」になった唯一の都市・夕張市の徹底した行政効率化の姿が映される。公園や図書館を廃止し医療機関すらも縮小させる。象徴的なのはかつては1200世帯が住み今や260世帯にまでなった市営団地の「政策空き家」の施策である。1世帯だけ居住する建物が団地内に点在するためインフラ維持のコストは膨大である。そこで将来の取り壊しを前提に、建物が丸ごと空き家になるよう行政が誘導するという手法で最終的に4棟ほどに集約化するという。
 島根県雲南市の行政サービスを活動資金を交付して住民組織に肩代わりしてもらう仕組みが紹介される。ところがその仕組みも導入10年を経て新たな段階を迎える。高齢化と人口減少化の進展で仕組み自体の維持が困難になってきた。ある地域では「集落維持のため人口に見合った規模に生活圏を縮小する」ことが迫られている。分散する集落のリストラを進め中心部に集約化する手法のようだ。
 山口地区も既に人口減少社会を迎えている。少子高齢化の進展も著しい。新旧を問わず住宅街の空き家も目につきだした。それでも住民にそれほどの危機感はない。住民組織の関心は尚「活性化」にあるようにみえる。「人を集めるためのイベント」の開催が盛んだ。果たしてそれでよいのか。「縮小社会」にあって最優先の課題は「インフラの維持」ではあるまいか。番組が示唆したものはこの点だったように思えてならない。

「NHK あの人に会いたい 車谷長吉(作家)」2016年05月15日

 昨日の朝、リビングで新聞を読んでいると、寝起きのテレビを観ていた家内が二階から降りてきて声をかけた。「今、NHKで車谷さんのことをやってるヨ」。すぐにチャンネルを合わせると、懐かしい高校時代の同級生たちの集合写真が目に飛び込んだ。その中に車谷君が写っている。
 毎週土曜日の5時40分から10分間放送しているNHK総合テレビ「あの人に会いたい」という番組だった。毎回各界を代表する故人を取り上げその活動を収録したインタビュー等で紹介している。昨年5月に旧友・車谷君が亡くなった。その彼が早くもNHKのこうした教養番組で取り上げられていることに彼の評価の高さをあらためて知った。
 直木賞作家・車谷長吉氏とは、小学、中学、高校と同窓である。その関わりについては個人HPで綴った。http://www.asahi-net.or.jp/~lu1a-hdk/kurumatani.htm 私小説作家・車谷氏の作品は、自ら”反時代的毒虫としての私小説”と称していたように周囲の人間たちに毒をばらまき、そのこと自体を省みることはなかったように思う。ところが番組の中の晩年の収録インタビューでは、「周りの人たちに色んな迷惑をかけたかと思う」といった趣旨の発言をしている。もちろん自分自身の文学観を否定するものではなく、むしろそれを補うという視点の発言だった。それでも何か彼の晩年の境地を垣間見た気がして幾分安堵した。

NHKスペシャル「若冲 天才絵師の謎に迫る」2016年05月11日

 NHKスペシャル「若冲 天才絵師の謎に迫る」を観た。伊藤若冲は名前を聞いたことがあるぐらいでほとんど知らない人物だった。番組を観終えて「これほどの天才画家がよくぞ江戸中期の京都に誕生したものだ」と驚ろかされた。
 1716年生まれの若冲の生誕300年を記念して今年は様々なイベントや展覧会が催されている。番組もそのひとつと言え、発見された幻の作品をはじめ代表作を高精細カメラで追っている。最新鋭の科学が明らかにしたのは肉眼では判別できない超精密な技法である。
 若冲が描いた自然の光を浴びた陰影を花びら施した牡丹の絵に世界が注目した。フランス印象派を代表する画家で、「光の画家」の別称を持つクロード・モネが、花びらに光の濃淡を描いたのは19世紀半ばである。若冲はその100年も前に自然の光を表現していた。浮世絵といった日本独自の技法でなく、世界に通じる共通の土俵でそれを凌ぐ技法を修得していた天才画家だった。
 NHKスペシャルは時に素晴らしい番組を提供してくれる。この番組もまたそのひとつと言える。

BSジャパン「歴史ミステリーロマン・幕末維新の謎を解け!」2016年04月02日

 BSジャパン「歴史ミステリーロマン・幕末維新の謎を解け!」を観た。「フルベッキ写真」と言われる一枚の古写真を巡るドラマ仕立てのドキュメンタリー番組だった。
 その古写真には幕末維新の著名な英雄たちが勢揃いした姿が写されているという説がある。坂本龍馬をはじめ、伊藤博文、勝海舟、木戸孝允、大久保利通、大隈重信、岩倉具視、五代友厚、陸奥宗光、小松帯刀、西郷隆盛…等々。番組はこの説の真偽を追うという形で展開される。
 その写真の存在はこの番組で初めて知った。郷土史探訪のこだわりから古写真には人一倍関心が強い。番組のテレビ画面に大写しされたセピア色の44人の武士たちのその群像写真に息をのんだ。すぐにデジカメを取り出して大写しの画面を撮影した。
 番組終了後に「フルベッキ写真」をネット検索してみるとたくさんの情報や画像で溢れている。それほどに知る人ぞ知る写真だった。古くは明治28年に雑誌『太陽』(博文館)で、佐賀の学生たちの集合写真として紹介された。その後多くの研究者たちによって写真の人物像について前述の幕末維新の英雄たちとする説が発表された。番組では写真の中の英雄とされる人物像と他の本人写真との比較をしてみせる。例えば大隈重信の比較写真ではなるほどと思わせるに足る類似性が見て取れる。
 とはいえ、時代考証を踏まえた定説では、この写真が英雄たちの勢揃いした会合写真ではありえないとされる。それはその通りだろうと思うが、いかにもそれらしき人物群像に大いに興味をそそられたものだ。

NHKプロフェッショナル 仕事の流儀「雑誌編集長・今尾朝子」2016年03月11日

 NHK総合テレビのドキュメンタリー「プロフェッショナル 仕事の流儀--雑誌編集長・今尾朝子--」を観た。「主婦のリアルがヒットを生む」というサブタイトルが気に入って再放送を録画していた。
 女性ファッション誌ナンバー1にのし上がった雑誌・VERYの成功の立役者である編集長の今尾朝子氏を追った番組だ。番組の中で語られる今尾氏の発言に、徹底して読者に焦点を合わせた雑誌編集者としての凄みが伝わった。「主婦の日常って基本ルーティンだし、毎日同じ事を繰り返しているけど、その中に幸せな瞬間があったりっていうのをできるだけ我々はドラマティックにビジュアル化してお届けしたい」
「読者が今何を考え、何に興味を持ち、何を望んでいるのかを常に更新し続けなければ、雑誌はどんどんつまらなくなってしまうという確信がある」「読者である主婦にとって、リアルで役に立つ情報を紹介するだけでなく、その半歩先の“憧れ”をスパイスとして盛り込むことで、主婦の毎日を応援する」。
 現在、三つの地域広報紙の編集責任者を担当している。2,300部発行の社協分区広報紙、3,500部発行の福祉ネット広報紙、32,000部発行の西宮市民生児童委員会の広報紙である。編集ソフトも活用してそれなりのレベルの広報紙に仕上がっているという思い上がりがあったことを、番組を観終えて思い知らされた。読者視点に立った特集記事の組み方、紙面構成の在り方、見出しの言葉の選択等、編集者としての甘さはいかんともしがたい。各広報紙の次号の編集にあらためて心してかかろうと思った。

NHKEテレ「団塊スタイル・五木寛之」2016年02月01日

 先日、久々にNHKのEテレ「団塊スタイル」を観た。月に一度、輝く人に迫る「D'sスタイル」に「五木寛之」が登場した。学生時代から今日に至るまでその作品を読み続けて大きな影響を受けた作家である。このブログでもデビュー作「さらばモスクワ愚連隊」から近著「新老人の思想」まで多くの書評を記事にした。
 番組では83歳になった五木氏をゲストに迎えて、司会者がインタビューする形で進行した。合間に執筆活動だけでないラジオのレギュラー番組出演や講演活動で全国を飛び回る氏の今の活動ぶりも紹介される。
 衝撃的だったのは、氏自身が語った第二次世界大戦終戦時の家族を襲った惨酷な事件の模様だ。進軍してきたソ連兵たちに全裸のまま銃口を向けられる父親、軍靴で胸元を踏みつけられる母親。母親が口から血を流し続ける姿を見つめる五木少年といった思い出が赤裸々に語られる。懇意だった野坂昭如氏らとともに「生き残ったことに後ろめたさを感じながら生きてきた世代」と吐露する。
 作家・五木寛之の原点とも思える苛酷な原体験を初めて知った。二度にわたる休筆の背景、晩年の仏教への帰依、超高齢社会や老人問題での独自の視点からの発言などの背景を垣間見る。
 それにしてもなんともカッコいい人生である。彼の読者の圧倒的多数が団塊世代であるという。ひと回り下の団塊さきがけ世代の一人である私にとっても年代ごとにいつも時代の一歩前を進む五木寛之の生き方に確かな指針を見てきた。

NHKスペシャル「アジア巨大遺跡 第4集 縄文 奇跡の大集落」2015年11月10日

 「NHKスペシャル・アジア巨大遺跡」の4集に渡るシリーズを興味深く観た。とりわけ第4集の「縄文 奇跡の大集落 ~1万年 持続の秘密~」は、かねてから日本人の精神風土の原点としての縄文時代の独自性に関心を寄せていたこともあり、大いに共感しながら観終えた。見応えのある好番組だった。
 番組は冒頭からいきなり縄文時代の土偶が世界的なオークションで1億9千万円もの高額で落札された場面で始まる。それほどに今や日本の「縄文」が世界的な注目を集めているという。近年、縄文文化に関して西洋の考古学の枠組みを覆すような発見が相次いでいる。注目ポイントはその文化の途方もない持続性にあるという。なぜ縄文人は1万年以上に渡って崩壊することのない持続社会を築き上げられたのか。番組はその謎に迫る。
 縄文文化の象徴は青森県の巨大遺跡・三内丸山である。巨大な6本の柱が並ぶ木造建造物や長さ32メートルもの大型住居など20年を超える発掘から浮かび上がってきたのは、従来の縄文のイメージを覆す巨大で豊かな集落の姿だった。
 縄文人が本格的な農耕を行わず、狩猟採集を生活の基盤としながら、1万年もの長期にわたって持続可能な社会を作りあげていたという事実は、農耕を主軸に据えた従来の文明観を根底から揺さぶっている。欧米の専門家が語る。「通常、農耕民族が行う集落の発展を、縄文の狩猟採集民が成し遂げた。その意味で縄文人は世界で最も豊かな狩猟採集民だった」。
 発掘された縄文土器には煮炊きの痕跡がある。縄文人の食生活は煮炊きをすることで大きく変わった。ドングリや栗などの木の実や魚介類の食用が一気に広がった。それによって縄文人は農耕に頼らない定住生活を実現していった。狩猟採集民が多くの人口を養う持続可能な社会をつくり出した。
 なぜ縄文人は既に半島まで伝わっていた農耕を受入れる選択肢を選ばなかったのだろうか。氷河期末期以降の気候の温暖化によって日本は落葉広葉樹の豊かな森に覆われるようになった。更に日本海の暖流によって春夏秋冬の変化に富んだ四季が生まれた。縄文人はこの四季に合わせて持続可能な豊かなライフスタイルを実現した。春の山菜取り、夏の漁労、秋の木の実取り、冬の狩猟といった具合である。これが農耕という自然を破壊することがスタートとなる暮しでなく、狩猟採集民として自然と共存しその恵みを取り入れて暮らすという賢明な選択を可能にした秘密である。
 その縄文文化は、水田による米作りを行う弥生時代の到来によっておよそ2300年前に終わりを告げる。なぜ縄文人が農耕を受入れたのかは分からない。以後、社会に富が蓄積され国家が生まれ、縄文の名残りは駆逐されていく。
 
 今、新書「里山資本主義」を読込み、書評を綴っている。それは森の恵みがもたらす資源の再利用による経済の再生物語である。富の蓄積を生み出した弥生文化を起点とした人類文明の到達点がマネー資本主義だとすれば、里山資本主義は2300年以前の縄文文化に学ぶ営みなのだろうか。