分区長として臨んだ初めての社協分区総会2017年04月23日

 社協分区の総会の日である。昨年総会で分区長に就任し、初めて迎える総会である。住宅街のコミュニティセンターに社協役員である代議員、今総会で就任してもらえる新役員、ご来賓など30数人の参加を頂いた。
 冒頭、開会の挨拶を述べた。参加者にお配りした出来上ったばかりの「分区20年誌」を話題にしながら想いを述べた。地域福祉の環境整備と事業展開に努めた20年の歩み、少子高齢化がもたらした環境変化、環境変化に応じた新たな取組み、大介護時代に備えた地域包括ケアの対応、分区から地区社協への再出発と事業の再構築等である。
 従来の議案に加えて「特別会計の設定」「規約改定」の追加議案もあった。「事業報告」「新役員選出」「事業計画」の3議案が分区長提案である。開会挨拶と提案議案については事前に発言内容を整理して臨んだ。
 全議案が特段の質疑もなく無事に可決承認された。10時開会の11時20分頃の閉会だった。組織を預かる立場での緊張感を久々に味わった。

市の民生児童委員会総会での広報紙の言及2017年04月21日

 市の民生児童委員会の総会が開催された。いつもの会場であるアミティホールに548名の委員が参加した。定数730人に対し75%もの出席率である。
 民生委員になってから今回で10回目の総会である。今回の総会では市の民生児童委員会の広報紙についてお二人から異例の言及があった。この広報紙は一昨年の9月に創刊して以来、3号まで発行され、実質的な編集長として私自身が深く関わった。それだけに総会の場での言及は驚きであり感慨深いものがあった。
 言及されたおひとりは市議会代表者からの「創刊された広報紙『ともしび』は見やすく親しみやすい。ぜひこうした広報活動を続けてほしい」といった来賓挨拶でのコメントだった。もうひとりは新任されたばかりの会長の「事業計画(案)」説明の中での言及だった。「民生委員の欠員問題の解消に向けても広報紙の継続発行は欠かせない。これまでの3号の広報紙発行は編集委員のおひとりの専門的な知識と技術に負うところが大きかった。今後も引続き編集に関わってもらいたいが、いつまでもお願いできないという現実もある。専門業者委託化も含めて継続して発刊できる環境も整備したい」。
 いずれもありがたいコメントだった。個人的には社協分区長就任後多忙を極めている。無責任な投げだしは毛頭考えていないが、継続発行に向けた環境整備に尽力しながらバトンタッチを考えたい。

高齢介護世帯の病院選び2017年04月18日

 住宅街の介護者の会に参加した。今回はこれまで参加された6名全員が顔を揃え賑やかな会となった。90歳代の主宰者からは「在宅介護・在宅医療」の最近のニュースや「混合介護」の解説など相変わらずの健筆な「ニュース」が配布された。
 今回話題となったのは、高齢介護世帯にとっての病院選びの難しさである。まず病院の分類や種類がよく分からない。病院と診療所、急性期病院と療養型病院、特定機能病院など素人には何がどう違うのかよくわからない。かかりつけ医選びでも訪問診療をしてもらえるか往診だけなのかの違いがある。
 こうした高齢介護世帯にとっての病院やかかりつけ医選びは今後ますます切実で重要なテーマになりつつある。できれば近在の病院や診療所がどんな機能や役割を担っているのかも含めて福祉ネットの広報紙で取り上げたいと思った。

ボランティア組織の議論の在り方2017年04月15日

 昨晩遅くまで社協分区の臨時執行委員会があった。10日後の社協総会に向けて来期予算案を中心テーマとした議案の最終確認のためだった。
 昨年分区長に就任して初めて取りまとめた予算案を提案した。執行部メンバーの忌憚のない活発な意見を頂いた。結果的に起案した予算編成方針は大きく修正されることになった。ボランティア組織として急激な変更でなくソフトランディングを睨んだ私の起案に対する本来のあるべき健全な予算編成の立場からの修正だった。
 従来は私があるべき論で起案し、執行部メンバーから現実的な修正を加えられるというパターンが多かった。それだけに今回の議論と結論はかつてなく実りのあるものだったと思えた。ボランティア組織での議論の在り方はどのような結論を得るかということと合わせてどのようにしてその結論に至ったかという点が重要である。メンバーの議論過程への参加と納得がその後の活動のモチベーションに深く関わっているからだ。

地域ボランティアグループのお花見会2017年04月09日

 住宅街のど真ん中にある公園でお花見会があった。住宅街の公園の清掃や花壇づくりのボランティアを永年続けているグループの主催である。代表者はちょい呑みオヤジ会の世話人でもある知人である。忙しさにかまけて公園ボランティアに参加しなくなって久しいが、代表者に声を掛けて頂きビールにつられて馳せ参じた。
 11時から始まったお花見に20人の老若男女が参加した。一週間前の山口町のさくらまつりでは蕾のままだったさくら並木がほぼ満開である。1500円の会費で呑み放題のビール、お酒、ワインと手作り料理を中心としたアテやお寿司が用意された。早朝には霧雨模様だったが開催の頃にはなんとか曇り空がキープされた。参加者の自己紹介が始まった。スポーツ21の関係者が多い。5人ほどのオヤジ会メンバーも参加している。社協の役員だったご婦人方もいる。
 和気あいあいの懇親が2時間ばかり続いた頃に突然俄雨に見舞われた。ちょうど解散時間でもあったので一斉に撤収作業にかかった。
 懇親の中で誰かが感想を述べていた。「この町の雰囲気が好きだ。色んな人が色んな形で地域に関わっている。それぞれにささやかながら地域の役に立とうと頑張っている。そうしたつながりを通してこうした懇親の場に集えることが嬉しい」。同感である。住民たちのそんな素朴で誠実な想いが地域コミュニティの原点を支えている。

「分区20年誌」出稿!2017年04月08日

 朝からパーソナル編集長とにらめっこが続いた。昨年4月の社協分区総会で承認された「分区20年誌」の40頁の最終校正のためだ。総会後の執行委員会で「1年後の分区総会で発行・配布したい」と宣言した。多少無理かなと思えても敢えて宣言して退路を断つことで自分を追い込んだ。これまでも課題を達成する際にしばしば用いた手法である。
 以来、分区の三役6人で構成される6回の編纂委員会を経てようやく全ての原稿を脱稿した。編集責任者として20年の通史と多くの添付資料作りを担当した。印刷業者との見積りと校正等の打合せも済ませた。見積りはほぼ当初予算通りの金額で納まった。編集ソフトを使ったPDFによる完全編集版での出稿で約10万円の編集手数料が削減できたことが大きい。今月23日の分区総会での発行・配布も確認できた。
 初めての冊子編集だったが、同じ編集ソフトを活用した広報紙編集の経験が活かされた。素人ながら何とか格好のついた冊子に仕上がったと思う。人生の晩年を迎えて最後のライフワークに「自分史」出版を目論んでいる。今回の冊子編集を通してその目論見もメドがたったような気分になった。

ほっこり・・・三味線演奏会2017年04月06日

 一カ月ほど前に近隣の焼き鳥やで社協広報部会の懇親会があった。メンバーは女性3名、男性2名だったがいずれも呑める口で提案すると即座に決まった。当日、メンバーの1人の趣味の三味線演奏が話題になった。同席のひとりは92歳の母親を永く介護している。その母親に三味線演奏をぜひ聴かせたいという要望があった。その場で部会メンバー対象に三味線演奏会の開催が決まった。
 そして迎えた演奏会当日である。会場のコミュニティセンターに予想外の聴衆の姿があった。奏者であるメンバーの知人や所属の婦人部の会員など広報部メンバーを含めて19名がつめかけた。もちろん今回の主役のメンバーのお母さんも娘二人と一緒に車椅子で観客席最前列に陣取った。
 広報部メンバーに加えてパートナーのお二人による演奏が始まった。ソーラン節、祇園小唄、黒田節、炭坑節、武田節などの民謡を中心に13曲が演奏された。10年以上に及ぶ年季の入った演奏ぶりが会場を沸かせた。合間には日本舞踊が舞われたり、唄や余芸も披露された。合間の休憩中には奏者からの差し入れの駄菓子やお茶も提供され至れり尽くせりの演奏会だった。娘たちに労わられながら演奏を聴きいっているお母さんの後ろ姿にホッコリした気分を味わった。

コンディション不良ながら大盛況のさくらまつり2017年04月02日

 3月末の肌寒い気候が続いていた。おまけにさくらまつりの前日の午後から時雨に見舞われた。それでも当日の予報は曇り後晴である。当日の早朝、さくらまつり決行の連絡が入った。
 9時前の有馬川緑道のさくらまつり会場は予想通りの最悪のコンディションだった。さくら並木はどこを見渡してもピンクの彩りは皆無である。堅い蕾が身をこごませているばかりだ。屋台エリアの前の歩道は雨水を浮かべたぬかるみだらけである。
 それでも9時半頃からあちこちでテント張りが始まった。社協分区の屋台用の二張りのテントも10時過ぎには中学生ボランティアとボランティアおじさんたちの手で組立て完了。テーブルと椅子を並べて会場設営が終了。ここからはボランティアの女性陣が中心となる。二十数人の皆さんが喫茶、パスタ、けんちん汁、おにぎりの販売とスーパーボ-ルや魚釣りゲームの準備に余念がない。
 11時前にはすっかり準備の整った屋台前を来場者たちの行きかう姿が増えてきた。屋台・ゲームコーナーは11時半開始だがそうも言ってられない。なにしろコーヒー50円、パスタ、けんちん汁、おにぎり各100円の格安価格である。準備終了に合わせて販売が始まり、閉店30分前の1時半頃にはほぼ完売した。ゲームコーナーは幼児連れのヤンママたちが2時を過ぎても列をなす大盛況だった。午後からの薄日の指す暖かな気温にも助けられて予想以上の来場者だった。
 閉店時間と同時に始まった撤収作業は中学生たちの応援が大きくあっという間に完了した。借り入れた軽四輪トラックが二往復して安心プラザ、自治会館、小学校体育倉庫にテーブル、椅子、テント等の備品を戻した。
 搬送作業を終えて安心プラザのボラセンに3時半頃顔を出した。ボランティアコーデネータの女性陣10人ほどが後片付けをしながらお茶していた。さくらまつりの各コーナーの責任者たちである。彼女たちを中心に40人余りのボランティアの皆さんい支えられて今年も地域の一大イベントであるさくらまつりが無事終了した。

91歳の介護者の会主宰者は意気軒高2017年03月23日

 午前中の市共同募金員会の会議を終えてやまなみバスで住宅街に戻った。その足で自治会館で開催されている介護者の会に1時間ほど遅れて参加した。4人の介護者と3人のサポーターの介護にまつわる話題に花が咲いていた。
 机上には「介護者の会ニュース」が配られている。元社協分区長で住宅街の91歳の長老男性作成の資料である。今回は「介護療養病床の廃止!」が特集されている。介護保険の施行までの経過とその後の変遷、介護保険施設の3タイプ(特養、老健、療養型)の解説、今年度の介護療養病床の廃止の動向のアナウンス、今後の重度の看護が必要な高齢者の「在宅」への流れと「地域包括ケアシステム」でのカバー等がA4二頁に渡って分かりやすく記載されている。
 これほどの記事を掲載するにはその数倍の資料を読み解き整理しまとめあげる力量が前提となる。その上でパソコンを操作しワードでレイアウトし編集するスキルが欠かせない。これらを91歳の大先輩がこなして介護者たちに配布し説明されている。90歳を超えて尚その明晰な頭脳と地域貢献の衰えぬ意欲にただただ敬服するばかりである。

袴姿で先生とお別れ--小学校の卒業式--2017年03月18日

 昨日は地元小学校の卒業式だった。今年も110名の子どもたちが巣立っていった。卒業証書授与で最初の生徒だけ全文が読み上げられる。3千〇〇番というこの学校の過去の卒業証書発行ナンバーが告げられた。この固有の番号こそが卒業 証書の重みなのだろう。
 卒業生の入退場が印象的だった。入場では正面舞台の両袖から登場し階段を下りて式場に着席するという意表をついた演出が参列者のどよめきを誘った。入場する多くの女生徒と一部の男子の袴姿が目についた。退場はクラス毎に担任の先生とのお別れスタイルである。順次の座席後方で待つ先生の前に進み先生から花が渡される。ひとことふたこと言葉が交わされるという厳粛でほのぼのとした光景が繰り広げられた。
 今年で9回目の卒業式だった。ひと口に卒業式といっても式のスタイルは様々である。多分に校長先生の意向が反映されているのだろう。同じ校長でも少しずつ工夫が凝らされているようにも思える。来賓である参列者の目には何回も見る風景だが主役の卒業生にはこれっきりの晴れ舞台である。式典が様々に工夫されることは歓迎すべきことだろう。