山口地区認知症カフェ立上げオリエンテーション2018年02月21日

 山口地区の認知症カフェ立上げに向けてお手伝い頂くボランティアの皆さんを対象としたオリエンテーションが開催された。立上げ実行委員の一人として果たして何人の方に応募いただけるかが最大の懸念事項だった。蓋を開けてみれば予想外の17名もの応募があった。4名の欠席者はあったものの13名の皆さんにお集まり頂いた。応募者の小学校区別内訳も山口校区9名、北六甲台校区8名とほぼ均衡している。
 実行委員会メンバー10名を加えて総勢23名によるオリエンテーションが始まった。事務局による初対面の皆さんの気持をほぐすためのゲーム感覚の進行で1時から始まったオリエンテーションは予定をオーバーして2時半近くにまで及んだ。この間、懸案だったボランティア側の連絡窓口を校区別に各1名選んでもらい、次回3月の第二回会合の日程を確認して散会した。
 山口地区の認知症カフェ立上げにむけた実質的な船出が順調にスタートした。

認知症サポートべんり帳・地域版作成の意義2018年02月20日

 山形の二泊三日の非日常のひと時を過ごした翌日である。福祉ネット役員会というリアルな現実と向き合った。議事のひとつに前回役員会の午後に開催された第1回認知症サポートべんり帳・地域版作成委員会の報告があった。委員会メンバーによる報告の後、地域版作成の意義について以下のような補足をした。
 認知症の地域サポートの課題は二つある。ひとつは馴染みの薄いそれだけに不安や誤解の多い認知症という病の適切な情報を提供すること。今ひとつは町ぐるみで認知症当事者に適切な接し方ができる環境づくりである。高齢者の五人に一人が認知症という時代がやってくる。認知症が日常生活の一コマとなる日が遠くない。認知症をあるがままに受入れる地域づくりがかかせない。
 認知症サポートべんり帳・地域版作成の意義とは、この地域サポートの二つの課題の具体化ということにある。認知症になった当事者や家族が地域で暮らすために我が町の役立つ施設やお店、支援サービス、情報や相談窓口、それらのマップや連絡先などの情報が満載である。
 一方、この地域版作成に当たっては多面的な地域住民や施設や関係者の協力が欠かせない。例えば認知症当事者に理解のあるお店のひとつとしてあるコンビニエンスストアの便利帳掲載を考えたとしよう。作成委員会メンバーと福祉ネット役員がペアでそのお店を訪問し掲載依頼を行う。多くのお店は前向きに対応してもらえる筈だが、現実問題として従業員への指導教育は手に余る。そこで福祉ネットや地区社協主催の認知症サポーター養成講座の受講をお勧めする。お店にとってそれまで「他人事」だった受講が俄かに「我がこと」になる。講座には従来見かけることのなかった多くの顔ぶれが期待できる。ことほどさように地域版作成とは地域の多様な関係者を認知症理解者になってもらう環境づくりの営みという意義をもつ。

障がいと向き合った母と子の物語2018年02月09日

 西宮市地域自立支援協議会ほくぶ会主催のオープン部会に参加した。北部地区の障がい者支援の事業者、家族会、市社協、行政関係者等で構成される会議である。今回のテーマは就学・進学・就職等のライフステージについて考えるパネルディスカッション形式のセミナーだった。
 今回初めて参加したのは、知人でもある障がい者の母子の報告が予定されていたことが大きな動機だった。お母さんは福祉ネットのオブザーバーであり、母子で参加されていたつどい場”あん”でもお母さんの見識のあるお話に共感していた。
 4人の登壇者の2番目に登壇されたそのお母さんの報告は期待にたがわない感動的で示唆に富んだものだった。
 息子さんの2歳の時の知的障がいの気づきに始まり高等特別支援学校3年の18歳の今日に至る節目節目の葛藤はドラマそのものである。障がいを初めて気づかされた時の素早い果敢な対応、幼児期の米国生活でのやってみることを促されるナイストライの風土、息子さんの交通機関に乗車することの説教性という長所、特別学校でなく普通学校の特別支援学級選択の葛藤、就職活動での選択の逡巡と最後は息子さん自身が決めるという決断等々。18年に及ぶ母と子の自立に向けた葛藤と挑戦の物語だった。
 司会者の「将来の夢は何ですか」という問いに息子さんが答えた。「母が亡くなった後も自立できることです」。大きな歯切れの良い声で答えたその言葉に母とともに歩んだ18年の想いが籠められていた。

ボランティア交流会と手話講座成果のお披露目2018年02月08日

 地区社協のボランティアセンター主催のボランティア交流会が開催された。会場は、オヤジ会全体会でお馴染のパスタ&カフェ・オンズのシェアルームである。寒い中を11時半から13時半の交流会に35名のボランティアの皆さんに参加して頂いた。
 現在ボランティアセンターにはボランティア77名、よりそいサポートサポーター22名の計99名が登録されている。超高齢社会を迎えて多様化する困り事支援のニーズに対応する力強いメンバーたちである。いわば地域力の裏付けでもある。そんな気持ちを開会挨拶にこめた。
 参加者の自己紹介の後、交流会に向けて実施したアンケート結果とその回答が報告された。「連絡があったが都合がつかず参加できなかった」「事前に登録していた希望の活動の連絡がなかった」「施設ボランティアに参加してもよい」等々。まだまだニードと活動提供のミスマッチがある。意見交換では「そうしたミスマッチを埋めるためにもスマホのライン活用によるコーデネート」が提案された。検討に値する提案である。
 会食になった。メインのパスタをはじめデザート、ドリンクが何種類かの中から好みを各自で選択する。時間をかけて順次配膳される会食の合間に隣席どうしでの会話が弾む。
 1時過ぎから地区社協が支援している手話講座グループの手話実技が披露された。8人のメンバーの内5人が順次手話による自己紹介が披露される。最後の二人は会話形式のやりとりである。それぞれの披露の後にはリーダーから教えられた会場の手話による拍手がある。両手をあげて掌をくるくると廻す仕草である。
 懇談と会食と手話実技というバラエティ豊かな2時間の交流会を終えた。

北部地区懇談会(知的障がい者支援の場)2018年02月06日

 昨年に引き続いて今年も知的障がい者支援の場である北部地区懇談会に参加した。主催者の市社協の他、障がい者家族会、地区社協、施設スタッフなど20数名が塩瀬公民館に集まった。
 最初に知的障がい者の疑似体験が行われた。知的障がい者の抱える問題を体験し一定の条件悪もとでは健常者にも同じような結果がもたらされるという体験だった。
 続いて「たけし君がラーメンを好きになったわけ」という紙芝居をみた。街のレストランで車椅子で入店したたけし君母子が店員やお客さんから心ない対応を受ける。そんな時、俄雨で飛び込んだラーメン屋さんのオヤジさんから心の籠った対応を受ける。入店時には車椅子で段差を超えるサポートを受けた。長いラーメンを噛んで食べられないたけし君のために短く切ったラーメンと細かく刻んだ具材ととろみをつけた出汁でラーメンを提供された。来店客もごく普通にたけし君母子を受入れる。初めてラーメンを食べたたけし君は美味しさと居心地の良さを感じながらラーメンが大好きになった。
 最後に1時間ばかり8名のメンバーでグループトークを行った。紙芝居の感想から始まって懇談は多岐に渡り、あっという間に1時間が過ぎた。障がい者の子どもが町に出かけることの困難さや心ない対応が語られる。それでも出かけることで様々な発見があり乗り越える方策を見出す。幼児の頃の米国生活でのヘルプという発信の大切さを学んだとの報告。発信のないと者への支援はない。最低限の自己主張が欠かせない。障がい者を忌避する医院もある。緊急時に忌避された時、救急隊員からどんな人でも受け入れる医院を紹介されたという話題も。具体的なその医院名を家族たちは書き留める。医院ばかりではない。一般のお店などの情報も伝えあう。
 そうした情報は新鮮で貴重なものだった。認知症発症者が高齢者の5人にひとりの時代に向けてその対応のための先駆的な課題でもある。地区社協の共生の町づくりに向けて貴重な情報が得られた懇談会だった。

金子みすゞ「みんなちがって、みんないい」2018年02月05日

 市の広報紙の記事の中に気になる言葉を見つけた。多文化共生社会についてのある大学の先生の寄稿文の標題だった。『みんなちがって、みんないい』。私の今の心情に訴える言葉だった。ネット検索で以下のことを知った。
 詩人・金子みすゞの「わたしと小鳥とすずと」という次の詩の一節である。『わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、とべる小鳥はわたしのように、地面(じべた)をはやくは走れない。 わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、あの鳴るすずはわたしのように  たくさんのうたは知らないよ。すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。』
  高齢者の五人に一人が認知症という時代がやってくる。認知症が特別な事でなく日常生活の一コマとなる日が遠くない。認知症発症者をあるがままに受け入れる地域づくりが求めらる。同じように高齢者も障がい者も介護者も子育て世代もあるがままに地域で生涯を暮らせる町づくりが必要だ。違いを違いとして認めながらあるがままに受け入れ共に暮らせる町、多様性を認め合い包み込む町である。その根底にあるのが「みんなちがって、みんないい」ということではないか。

見守りサービスを巡る二件の対応2018年02月03日

 民生委員の担当地区のお二人の高齢独居のご婦人の見守りサービスを巡って相次いで対応した。
 おひとりは市の高齢者福祉の冊子に掲載された緊急通報救助システム導入の問合せだった。導入に当たっての必要事項を説明する過程でご近所の福祉協力員2名の選任が必要という点で最終的に断念された。懇意なご近所さんにお願いできると思うが緊急時に駆けつけてもらうということまでお願いするのはためらわれるというのが断念の理由である。
 もうひとりの方は、ある介護施設が実施している24時間見守りサービスの導入申込の対応だった。かねてから申込みを希望されていたが山口地区で定員10名の限度がありキャンセル待ちの状況だった。契約者の施設入居による解約が1件あり、施設からその連絡があった。すぐに当事者に連絡し、施設担当者と一緒に訪問し、申し込み手続きに立ち会った。
 かねてから市の緊急通報救助システムは福祉協力員2名の選任というハードルの高さを懸念していた。逆にそうした制約がなく専門スタッフが臨機応変に対応してもらえる24時間見守りサービスのニーズに適ったシステムを高く評価していた。今回の見守りサービスを巡る二件の対応は、はからずもそのことを見事に裏付けることになった。

地区社協の役員改選期を迎えた2018年02月02日

 4月22日に地区社協の第23回総会を迎える。任期2年の役員改選期でもある。1月24日に三役をメンバーとする役員選考委員会を開催した。関係団体からの派遣役員を除く約30名の専任役員の去就に関わる情報を共有した。合わせて新規に役員就任を要請したい方をノミネートした。
 前回の改選期に地区社協の会長に就任した。その際には新任会長ということもあり、執行部体制は殆ど前任者に踏襲して頂いた。設立22年を経て役員の高齢化、固定化の傾向は否定できない。それでも超高齢社会を迎えてベテラン役員の経験は貴重である。ベテランの経験と知恵に新たなメンバーの柔軟な発想とエネルギーが加わって過渡期を迎えた地区社協の円滑な運営と地域包括ケアという難解な課題に向き合える。
 退任意向の役員の慰留や新任役員の就任要請の多くは会長が担当する。会長として初めて臨む役員改選である。担当する多くの方との個別の懇談を重ねている。

子育てサロンに馴染んだ2018年01月28日

 月一回の子育てサロンに出かけた。途中で前回初参加の中国出身の若いママ宅に立ち寄った。折よく二階ベランダで蒲団を干しているママを見かけて声をかけた。「あ~今日だったんですね。忘れてました。後で行きます」とのこと。
 10時15分頃の会場にはゲストのバルーンアートのおじさん二人と数組の乳幼児連れのママたちの姿があった。フロアに腰を下ろして花ちゃんと同年代のお友だちに目を細めて眺めていた。近寄って来たよちよち歩きの男の子に声をかけた。孫と遊べるようになってこのサロンが身近になった。乳幼児やママたちとも違和感がない。
 中国出身のママもやってきた。日常生活の困り事の相談や居場所の場としてつどい場を紹介した。主宰者からも声掛けしておいてほしいとのことだった。
 バルーンアートが始まった。参加者もいつもの賑わいを見せ、子どもたちのはしゃぐ声が大きくなった。午後の所用に合わせて11時半頃に会場を後にした。ご近所のスタッフから花ちゃん用にと雪だるまのバルーンを渡された。帰宅後目鼻のシールを貼って出来上がり。次の花ちゃん来訪まで持つだろうか。

オール山口の福祉フォーラム2018年01月25日

 市社協の西宮北部地区の地域支援担当者から山口地区全体の地域福祉フォーラムの提案があった。西宮市と市社協が主催で山口、北六甲台両地区社協が共催という枠組みである。
 先日の地区社協執行委員会で検討し正式に共催支援することを確認した。3月7日(水)13時半から15時半に山口センターで開催する。このフォーラム「地域活動発表&交流懇談会」開催に当たって、市社協担当課長と担当者と意見交換し、自分なりにこのフォーラムの意義を以下のように整理してみた。
 ①山口の新旧両地区が初めて共同で開催する福祉フォーラムである。
 ②老人クラブの居場所づくり、老人クラブと民生委員の見守り・助け合い活動、障がい者親の会活動など山口の新たな福祉活動の事例発表を通した共有の場である。
 ➂オール山口の福祉に関わる自治会、地区社協、老人会、婦人会、民生委員、福祉施設・事業者等の初めての交流の場である。
 
 費用は西宮市の総合事業予算から拠出されるようだ。ということはこのフォーラムの狙いは地域j包括ケアを想定した環境整備であり人づくりということのように思える。ならば今回限りの単発の活動ではその意義は半減する。2025年問題を見据えた年度ごとの積み上げ開催が求められはしないか。国の施策の市町村経由の地域への丸投げのそしりを受けないよう市の所管部署のフォーラム参加と次にむけた支援の模索を期待したい。