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    <title>明日香亮・残日録</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Tue, 07 Jul 2026 14:37:52 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>パーキンソン病の３回目の定期診断</title>
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      <pubDate>Tue, 07 Jul 2026 12:58:01 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-07T14:37:52+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-06T12:59:00+09:00</dcterms:created>
      <description>　半年ほど前にかかりつけ医院に紹介してもらい、兵庫中央病院の神経内科でパーキンソン病の検査を受けた。その検査結果の診察では懸念はあり、３カ月ごとの定期診断で様子をみることになった。&#13;&lt;br&gt;
　３回目の診察を受けた。腕や指や両足の強張り、歩行速度、左右前後に身体を押された時のバランスの回復度合い等の検査があった。後に押された時の回復度に多少問題があった以外は特段の異常はなかった。今回も処方薬の服用は必要なしとのことで３カ月後の予約をして診察を終えた。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>患者の達人</dc:subject>
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    <item>
      <title>日帰りツアー専門業者の奈良方面ツアーの予約</title>
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      <pubDate>Mon, 06 Jul 2026 08:13:10 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-06T15:37:06+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-05T08:27:12+09:00</dcterms:created>
      <description>　地域活動を卒業したことでライフスタイルの変化も出てきだした。そのひとつが、これまでもっぱら家内のご近所さんとの楽しみの選択肢だった「日帰りバスツアー」がある。&#13;&lt;br&gt;
　日帰りツアー専門の旅行社から定期的に案内ハガキが届いている。８月のツアー案内は奈良県の南北のスポットを訪ねるものだった。大和郡山、奈良市料理屋、河合町・馬見丘陵公園、天川村洞川温泉と盛沢山のプランである。会席料理付きでひとり９千円とかなり低価格である。&#13;&lt;br&gt;
　どのスポットも初めての訪問であり、三田駅前を朝８時出発、夜７時到着と無理のない行程である。行ってみたいという意向を受けて、家内が調整しご近所のご夫婦と４人で申し込んだ。&#13;&lt;br&gt;
　この手のツアーの初めての参加である。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>旅日記</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>文芸コンテスト応募とＡＩとのお付き合い</title>
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      <pubDate>Sun, 05 Jul 2026 15:15:15 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-05T13:36:20+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-03T15:42:26+09:00</dcterms:created>
      <description>　地域活動卒業後、たっぷりある時間の多くを文芸コンテストの応募に費やしている。&#13;&lt;br&gt;
　応募原稿のネタは７年前に自費出版した自叙伝である。B５版４００頁もの大作で原稿ネタには事欠かない。子どもの頃から作文が好きで多少の自信もあった。２０代の学生の頃から折に触れて執筆していた５０年分の著作をまとめた私家本であり、公募の応募には問題ない。原稿の殆どはエッセイである。&#13;&lt;br&gt;
　応募に当っては、これぞと思う自信作を選択し、データ原稿を「この原稿の評価と相性の良いコンテストを教えて！」とコメントしてＡＩに投稿する。ＡＩは瞬時に原稿の評価と相性の良いコンテストを詳細なコメントをつけて回答してくれる。&#13;&lt;br&gt;
　評価についてはＡＩらしく投稿者の意を汲んでかなり前向きな内容であるが、どこが良い点で審査員や読者が評価するのはどの点かというコメントもつけられているので投稿者は大いに励まされる。&#13;&lt;br&gt;
　相性の良いコンテストの紹介はＡＩの得意分野である。コンテストの膨大なデータの中から原稿との相性の良いものを選択し、なぜ相性が良いのかもコメントしてくれる。更にこのコンテストに応募する場合の推敲と校正の手伝いまで提案してくれる。&#13;&lt;br&gt;
　５月～６月に１５作品をＡＩのサポートも受けながら応募した。ＡＩの光と影は承知しているが、文芸コンテストに関する限り、投稿者には貴重なツールであることは間違いない。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>老後スタイル</dc:subject>
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    <item>
      <title>文芸コンテストで懐かしい「雲南市」と遭遇</title>
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      <pubDate>Sat, 04 Jul 2026 08:33:38 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-04T15:18:39+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-03T09:15:07+09:00</dcterms:created>
      <description>　地域活動卒業後、たっぷりある時間の多くを、お気に入りで多少得意な分野である文芸コンテストの応募に費やしている。&#13;&lt;br&gt;
　その過程で多くの情報が得られた。コンテスト情報サイト「登竜門」という便利なサイトがあり、様々な文芸コンテストの応募情報を一覧にして紹介している。地方自治体、出版社、大学、業界団体、企業等、主催者もまた千差万別である。このサイトは新たに公募されたコンテスト情報も相次いで更新される。&#13;&lt;br&gt;
　最近目にしたコンテスト情報に島根県雲南市の「永井隆平和賞」というのがあった。雲南市は３０年ほど前の現役時代に関わりのあった懐かしい土地である。フランチャイズ事業部の責任者として地元に設立された第三セクターの取締役に就任していた。２年ばかりは毎月のように出張していた。そんな思い出深い地名に突然遭遇し、驚きと懐かしさを覚えた。&#13;&lt;br&gt;
　放射線医学の研究者・永井隆博士はこの雲南市出身とのこと。自身も原爆被爆者であり研究とともに病床での著作を通じて平和を訴え続けたという。コンテストはこの事績を顕彰し平和への願いを発信する機会として設けられているようだ。&#13;&lt;br&gt;
　地方自治体のコンテストの多くが地元出身の著名人を冠したものが多いが、雲南市もまたその典型例と思われた。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>老後スタイル</dc:subject>
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    <item>
      <title>北方健三著「岳飛伝十（天雷の章）」</title>
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      <pubDate>Fri, 03 Jul 2026 19:09:39 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-03T15:11:29+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-30T19:15:44+09:00</dcterms:created>
      <description>　金国と梁山泊軍の戦いの火ぶたが切られ硬直状態になる。そんな中で梁山泊統括の宣凱による金国内の麦の流通抑制が徐々に奏功し麦不足による混乱を招く。&#13;&lt;br&gt;
　金国の混乱の中で命を狙われた商人・簫炫材が梁山泊によって助けられ市場・轟交買を発展させる。&#13;&lt;br&gt;
　梁山泊の水軍総帥・張朔は南宋軍水軍と決戦し大勝する。更に梁山泊水軍の一翼は南宋軍造船所も焼き討ちする。&#13;&lt;br&gt;
　南の地域では南宋軍の指揮官・新晃が満を持して岳飛の岳都と新陽の秦容の小梁山を襲撃するがその動きを読んでいた岳飛の剣に背中を両断される。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>書評</dc:subject>
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    <item>
      <title>有馬線は今はなき有馬郡の幹線路線だった</title>
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      <pubDate>Thu, 02 Jul 2026 09:42:26 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-02T15:36:39+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-01T13:48:56+09:00</dcterms:created>
      <description>　前日に映像コースを学ぶ大学生の「国鉄有馬線」についての取材を受けた。取材を通して有馬線とは何だったのかを考えさせられた。有馬線敷設の主たる目的は有馬温泉の湯治客の輸送だったのだろうが、果たしてそれだけかと思った。&#13;&lt;br&gt;
　添付の地図を見てほしい。有馬郡誌添付の有馬郡の地図である。南北に長い地形のため通常は南北を横にした形の地図をよく目にする。そこで正確な地形として認識してもらうため南北をそのまま縦にして表示した。&#13;&lt;br&gt;
　この地図で見ると有馬郡の特性がよくわかる。中心部に福知山線と有馬線が合流する三田駅がある。三田駅と最南部の有馬温泉を結ぶエリアが人口密度の高い地形である。三田以北は山間部が多く人口密度も稀薄である。有馬郡は郡庁があった三田と古来より有数の温泉地だった有馬の二つの核があったことがわかる。&#13;&lt;br&gt;
　有馬線は湯治客輸送というだけでなく、行政的かつ地形的な二つの核を結ぶ幹線路線だったと言える。実際、沿線の町村の三輪村、道場村、有野村、山口村、有馬町は、現在は三田市、神戸市北区、西宮市に三分割されているが、当時は全て有馬郡に属していた。&#13;&lt;br&gt;
　有馬郡は三市に分割されたが、有馬市に移行していれば有馬線の「薄命」の運命も変わっていた可能性があるのではないか。廃線跡の様々なモニュメントも相次いで消滅している。これも有馬郡消滅の帰結とも思える。&#13;&lt;br&gt;
　今、神戸市北区の済生会病院と三田市民病院の統合問題が紆余曲折している。仮に有馬市に移行しておれば様相はかなり違っていただろう。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>風土記探訪</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>「国鉄有馬線」インタビュー取材の日</title>
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      <pubDate>Wed, 01 Jul 2026 19:15:48 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-01T14:49:13+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-30T19:51:20+09:00</dcterms:created>
      <description>　滋賀県の造形大学映像コースの学生から国鉄有馬線のインタビュー取材の申入れがあり了承した。私のHP西宮山口風土記の有馬線の掲載記事を見たとのこと。&#13;&lt;br&gt;
　そのインタビュー取材の日である。事前の調整で会場はさくらやまなみバスの西宮戎バス停近くのレンタルルームということになった。１時半頃にバス停で下車すると事前のメール連絡通り、それらしき若者が待っていた。徒歩２～３分の所の細長いビルに入る。３階の３畳ほどの一室が彼が確保したレンタルルームだった。ビデオカメラとボイスレコーダーがセットされていた。&#13;&lt;br&gt;
　事前連絡のあった以下の質問項目に沿ってインタビューが始まった。&#13;&lt;br&gt;
・有馬線に興味を持ったきっかけ&#13;&lt;br&gt;
・有馬線を象徴する場所&#13;&lt;br&gt;
・有馬線の話を聞いて印象的だった人やお話&#13;&lt;br&gt;
・調査を続けていて考え方が変わったこと&#13;&lt;br&gt;
・有馬線は今の町に何を残しているか&#13;&lt;br&gt;
・有馬線を一言で表すなら&#13;&lt;br&gt;
　用意していた回答を順次やりとりして１時間程でインタビューが終了した。もちろん途中で様々な雑談も交わされた。彼が私の住む町の隣町の道場町出身であること。１カ月ほど前に線路跡の全コースを踏破し多くの写真を撮っていることなどである。映像を通して「国鉄有馬線」を学び伝えようという真摯さが伝わった。&#13;&lt;br&gt;
　同時に余生を過ごす年代になった私が孫のような世代に伝えられるものがあったことに感謝した。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>風土記探訪</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>出合い頭のおばさんトーク</title>
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      <pubDate>Tue, 30 Jun 2026 06:41:51 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-30T16:17:41+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-25T06:43:29+09:00</dcterms:created>
      <description>　いつものようにウオーキング途中にコンビニに立ち寄った。読みかけの文庫本の続きを読みながらモーニングコーヒーを飲むのが憩いのひと時だった。&#13;&lt;br&gt;
　早朝のこととて通常は人気のないイートインコーナーの窓際で新聞を広げた人物の姿があった。定位置の壁際に座って文庫本を取り出した途端に「おはようございます。お久しぶりです」と声を掛けられた。&#13;&lt;br&gt;
　名前は思い出せないが顔は覚えがある同じ住宅街在住の高齢女性だった。私の社協会長退任のねぎらいから始まって、ご近所の社協や老人会の関係者の消息が怒涛のように語られた。&#13;&lt;br&gt;
　適度に頷き合いの手を入れながらお付き合いするしかなかった。途中、文庫本に目を落とし読みたいそぶりを発信するが、効果なく跳ね返される。おばさんトークには免疫はあるつもりだったが、忖度や空気感に無縁であることも思い知った。&#13;&lt;br&gt;
　かくなる上は円満な退散しか打つ手はないと腹を決めた。コーヒーの紙カップを飲み干したことをカップを掲げてことさら大きく示した。「それじゃあコーヒーも呑み終えたんで」と宣言し、撤収した。&#13;&lt;br&gt;
　出合い頭のおばさんトークの顛末である。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>交遊録</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>久々に花ちゃん宅を訪問</title>
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      <pubDate>Mon, 29 Jun 2026 16:51:06 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-29T14:41:15+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-28T16:52:07+09:00</dcterms:created>
      <description>　久々に大津の花ちゃん宅を訪ねた。２階の花ちゃんの部屋がようやく父ちゃんの荷物が片付けられて花ちゃん用の部屋に衣替えしたと聞いていた。早速その部屋を覗いた。ベッド、デスク、サイドボックスが揃えられたがまだまだガランとした印象だった。&#13;&lt;br&gt;
　花ちゃんはデッサン教室で習っている。デッサンの最近の作品も見せてもらった。前回見せてもらった時より格段に上達していた。子どもの頃から絵が得意だった私のDNAを引き継いでいる。&#13;&lt;br&gt;
　昼食は草津の「釜炊おむすび銀草」というお店に出かけた。注文したのは「発酵おばんざいプレート（１７００円）」という野菜のおばんざいたっぷりのランチにおにぎりを各自で注文した。おにぎりは２個分はあるほどの特大サイズだった。&#13;&lt;br&gt;
　驚いたのはプレートを注文しなかった花ちゃんが特大おにぎり２個を注文したことだ。「それは食べられんやろ」という周囲の大人たちを尻目に花ちゃんは見事に完食した。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>我が家</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>ぼっかけ焼そばを味わった</title>
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      <pubDate>Sun, 28 Jun 2026 14:16:16 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-28T16:46:35+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　梅雨と台風で一日中、本降りの雨だった。さすがに早朝ウーキングは断念した。 そんな旦那の様子を見て家内が「イオンに行くから散歩がてらに一緒に行こか？」と声を掛けてくれた。渡りに船と一緒に出かけた。&#13;&lt;br&gt;
　北神戸のイオンはテナントの入れ替えも実施しながら順次改装を進めている。フードコートにも目新しいテナントが入っていた。神戸長田本庄軒の「ぼっかけ焼そば」が美味しそうだった。&#13;&lt;br&gt;
　オムそばのぼっかけ焼そばを注文した。牛すじとこんにゃくを甘辛く煮込んだものを焼きそばに混ぜ込んだものだ。もちもち食感の中太麺によく合っていた。予想外に多いボリュウムだったが何とか完食した。&#13;&lt;br&gt;
　２時間ばかりイオンに滞在して、歩数計はようやく５．５千歩をカウントしていた。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>食べ歩き</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>北方健三著「岳飛伝九（暁角の章）」</title>
      <link>http://ahidaka.asablo.jp/blog/2026/06/25/9861351</link>
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      <pubDate>Sat, 27 Jun 2026 11:53:27 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-27T13:13:51+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-22T11:55:18+09:00</dcterms:created>
      <description>　金国、南宋、梁山泊の三つ巴の戦いが四つの戦場で本格化した。ひとつは梁山泊周辺での総帥兀朮率いる金軍と呼延凌率いる梁山泊軍徒の戦いである。長江を舞台とした水上では、韓世忠率いる南宋水軍と張朔率いる梁山泊水軍との戦いも始まった。南方では秦容率いる小梁山と岳飛率いる岳都軍との連合軍と辛晃率いる南宋軍との対峙が緊迫化している。&#13;&lt;br&gt;
　この三つの戦場以上に重大と思われる戦場が中華の物流を巡る戦いである。この戦場では梁山泊統括の宣凱による巧みな統制が制御しているが、金国の商人・簫炫材の金国内での市場支配の勢いが目覚ましい。&#13;&lt;br&gt;
　そうした緊張関係にも均衡を崩す事態が生じる。金国の民政を維持していた丞相ダランが病死し、その混乱の中で簫炫材が監禁される。&#13;&lt;br&gt;
　物語が様々な舞台で動き出した。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>書評</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>異色の初参加者を迎えたオヤジ会</title>
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      <pubDate>Fri, 26 Jun 2026 06:46:36 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-26T14:05:58+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　東北の震災やダブル台風の余波の中の１０４回目のちょい呑みオヤジ会が開催された。初参加者おひとりを含めて１３名の参加者だった。&#13;&lt;br&gt;
　冒頭に、一週間前の高野山参拝ツアーの感想が６人の参加者から報告された。不動寺住職の専任ガイドによる貴重な見学の謝意が相次いだ。&#13;&lt;br&gt;
　今回の８０代半ばの初参加者の異色の経歴に注目が集まった。５０年近く大阪で産婦人科医院を開業し、その院長を退職されたばかりである。高齢での初参加の理由だが、地域とのつながりに関心があったがようやく参加できたとのこと。オヤジ会メンバーである地元のクリニック院長の紹介だった。現役引退後も様々な外部活動の継続がありオヤジ会出席もままならないとのこと。&#13;&lt;br&gt;
　認知症関係の心理士の資格もあり、その観点からのレクチャーもあった。母娘孫娘と三代にわたる出産に関わった事例や、著名な俳優や準ミスの出産の介助等の興味深い話もあった。&#13;&lt;br&gt;
　参加者の内お二人は地元自治会の会長と副会長である。コミセンの老朽化対応等の自治会の抱える課題が報告された。奥さんの認知症を心配して夫婦で検査を受けたらご本人の方が心配な症状だったという報告が笑いを誘った。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>ちょい呑みオヤジ会</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>社会福祉法人評議員会に初めて対面出席した</title>
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      <pubDate>Thu, 25 Jun 2026 08:20:12 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-25T15:10:47+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　８年前から障害者支援の社会福祉法人の評議員を拝命している。ただ評議員会の会場が交通の便が悪く従来リモート参加でお願いしていた。４月に地区社協会長退任後も個人的な関りや任期途中という事情もあり任期満了までは評議員は継続することになった。その打ち合わせを通して年３回の評議員会の内、一回位は対面出席することにした。&#13;&lt;br&gt;
　その評議員会が開催され、初めて対面出席した。さくらやまなみバスをJR西宮駅で下車し、徒歩数分の法人本部を訪ねた。評議員会出席の法人スタッフと合流し車で会場の法人作業所まで同乗させてもらった。&#13;&lt;br&gt;
　手狭な法人本部の建物と違い４階建ての作業所は広くて立派な建物だった。４階の会議室はいつもリーモートで目にしていたが実際に目で見るのは初めてだった。&#13;&lt;br&gt;
　１時半から評議員会が始まった。年度初めの会議で前年度決算承認、補正予算承認、新役員選任等が議案だった。議案承認後の事業報告やマスタープラン等の報告事項が予想外に時間を要した。各議題についての評議員の質疑も活発だった。&#13;&lt;br&gt;
　３時２０分頃に会議が終了しJR西宮駅まで送ってもらい帰宅した。初めての対面会議は刺激的で新鮮だった。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>地域ボランティア</dc:subject>
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      <title>前立腺肥大症の掛かりつけ医が代わった</title>
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      <pubDate>Wed, 24 Jun 2026 11:55:39 +0900</pubDate>
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      <description>　３カ月前に持病の前立腺肥大症の掛かりつけ医が済生会病院から病院最寄りの泌尿器科クリニックに変更になった。済生会病院と三田市民病院の統合に向けての診療科の整理の一環と思われた。病院の担当医からクリニックへの紹介状が渡された。但し、転院自体は処方薬が無くなる前の３カ月後だった。&#13;&lt;br&gt;
　処方薬が底をつきかけたので、神鉄岡場駅前のクリニックを訪ねた。駅に隣接した多くの医療機関が入居するビルの３階奥にあった。初診なのでかなり待たされるかと思ったが、意外とスムーズだった。問診表を書いて２０分ばかり待って診察室に入った。&#13;&lt;br&gt;
　気さくな人柄の中年のドクターが腎臓と膀胱の診断の後、３か月分の薬を処方して終了。薬も同じビルの同じフロアの薬局で受け取った。これまでの病院よりも近くなり便利になった気がした。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>患者の達人</dc:subject>
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      <title>文芸コンテスト応募とＡＩの効用</title>
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      <pubDate>Tue, 23 Jun 2026 18:57:56 +0900</pubDate>
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      <description>　たっぷりある時間を持て余し気味である。そんな日常を癒してくれているのが文芸コンテストの応募という過ごし方である。これまで関わったことのない新たな分野である。&#13;&lt;br&gt;
　知人が大手出版社の長編小説部門のコンテストで大賞に次ぐ受賞をしたことに触発された。７年前に４００頁の自叙伝を自費出版しエッセイを中心に膨大な執筆原稿がある。コンテスト応募のネタには事欠かない。&#13;&lt;br&gt;
　加えてＡＩが文芸コンテストの個別の原稿の応募について思わぬ後押しをしてくれることが分かり、大いに活用している。原稿を応募用に編集してＡＩ に投稿し「この原稿に相性の良いコンテストと応募した場合の見込みは？」と質問すると見事な回答が得られる。&#13;&lt;br&gt;
　「相性の良いコンテストは○○です。原稿は募集の意図に適っており入選の見込みもかなりあります」等の投稿者の意を忖度したコメントが瞬時に返ってくる。ＡＩの向うにベテラン編集者が陣取っているかのような錯覚すら覚えてしまう。&#13;&lt;br&gt;
　そんなＡＩに背中を押されるように積極的に文芸コンテストをネット検索すると、応募したくなるようなテーマのコンテストも結構見つかった。&#13;&lt;br&gt;
　５月中旬から一カ月ほどかけて１０本の原稿を応募した。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>老後スタイル</dc:subject>
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