ちょい呑みオヤジ会で父親の戦争体験記が話題に2024年03月30日

 オヤジ会メンバーたちが船坂でドローンの操縦を楽しんだ後、5時から住宅街の料理屋さんで定例会に臨んだ。ドローン見学に参加できなかったお二人を加えて定例会の参加者は13名だった。
 司会者の乾杯の後、私から地元”特養”のデイサービス運営推進会議の報告を行った。平均年齢76歳の参加者にとって「在宅介護」は身近なテーマになりつつある。特養のデイサービス、ショートステイ、入所という機能が在宅介護にとって貴重な選択肢であることを伝えた。
 続いて終えたばかりのドローン見学の感想を述べ合った。高齢者には縁の薄い最先端技術のドローンが、はからずもオヤジ会の縁で操作を体験できる機会が得られたことの興奮と感謝が語られた。戦争の武器としてのドローンが注目されがちだが、災害時の救援活動や離島への医療支援品等の物流機能、橋や水道や鉄道等のインフラの老朽化の効率の良い点検機能などドローンが果たす民生への貢献は大きい。
 近況報告では、あるメンバーの父親の戦争体験を追った著述執筆が関心を呼んだ。父親を亡くしてその人生を追憶するのは今しかないという想いが多くの参加者に共通していたようだ。従軍した人の軍歴証明書は、陸軍は各都道府県の社会福祉担当部署、海軍は厚労省と分かれている等の情報も提供された。私からは前月定例会以降に相次いだ弟と長男の死亡について報告した。
 いつもより1時間早い開催で7時には集合写真を撮って解散した。

オヤジ会でドローン見学2024年03月29日

 ちょい呑みオヤジ会のドローン見学会があった。午後3時に住宅街のコミセン前に集合して船坂のドローン・トレーニング・フィールドに向かった。会員のおひとりが代表者でもある建設コンサルタントの会社が運営する施設である。送迎についても会員である兵庫ブレイバーズの球団代表運転の球団バスを手配してもらった。10分程で10名の参加者を乗せたバスが現地に到着した。施設代表の会員と担当者2名が準備を整えて待っていただいた。
 仮説テント前で担当者からドローンについての簡単な解説を受け、大中小4台のドローンの飛行を見学した。その後、参加者全員が飛行操作をさせてもらった。ラジコンとほぼ同じ操作機の左右のレバーを操作して操縦する。右レバーが左右の動き、左レバーが上下の動きをコントロールする。ドローンには上下左右にセンサーが装備され、障害物をキャッチすると瞬時に停止する。更に担当者が同じドローンの別の操作機で自動車教習所の指導員のようにアシストする形で安全を確保している。実際に自分で操作してみると予想以上に簡単で爽快感があった。
 見学予定の終了間際の4時過ぎには雨がパラつきだした。ドローンとっては雨はセンサーに影響を及ぼすので飛行は断念した。最後に参加者の集合写真をドローンに撮ってもらった。もちろん上空からの貴重な航空写真である。翌日には担当者から3枚の画像がPCメールで送信され、オヤジ会のグループラインで投稿しておいた。

情報提供相次ぐオヤジ会の盛況2024年02月23日

 76回目の”ちょい呑みオヤジ会”があった。参加者は17名でコロナ禍休会後に再開した18回の定例会の平均参加者は14人である。コロナ禍以前の58回の平均参加者が10人だったことを思えば、オヤジ会参加者は着実に広がっている。
 今回もお一人の初参加者があった。地元小学校児童を対象とした少年野球チームの監督である。オヤジ会メンバーの同じチームのコーチの紹介だった。
 事務局報告では山口町のコミバス試乗報告や3月例会の日に予定しているドローン見学の最終確認を行った。
 近況報告では、関西独立リーグの兵庫ブレイバーズ球団代表から隔月発行の広報紙が配布された。またあるメンバーからは4年前から始めた俳句の発行されたばかりの句集が参加者に贈呈された。参加者の出身の郷土のお祭りや郷土・和歌山のロケット発射の話題などもあり、参加者にとって貴重で珍しい情報が相次いで提供された。
 閉会まで30分余りを残して近況報告が終わった。それ以降は各自で自由に席を移しながらの交流の場となった。前回からこうした交流の時間が確保できるようになったこともオヤジ会の進化と言える。
 定刻の8時には恒例の集合写真を撮って散会した。

地元少年野球チームとちょい呑みオヤジ会2024年02月13日

 日曜日の朝9時過ぎ、住宅街のグランド併設の公園に出かけた。地元の少年野球チームの練習や試合が行われるグランドである。今回は関西独立リーグの兵庫ブレイバーズの選手が指導を買って出たとのことでオヤジ会のグループラインでも見学の案内があった。
 事前にオヤジ会メンバーでもあるコーチから連絡があったようで、監督にも紹介された。選手の若いお母さんたちからは特設ネットの後のテーブル席でコーヒもご馳走になった。
 1年前にオヤジ会メンバーのクリニック院長から通院患者である兵庫ブレイバーズの球団代表のオヤジ会入会の紹介があった。球団代表のオヤジ参加を通じて、オヤジ会有志のブレ―バーズ応援団の結成と公式戦観戦が活発になった。更にブレイバーズ選手の父親のオヤジ会参加も続いた。その選手は目の前で練習している少年野球チームの卒業生であり、父親は現役のコーチでもある。紹介された監督の口から一度オヤジ会にも顔を出したいという意向も伝えられた。オヤジ会に”野球”というキーワードの繋がりが広がった。
 人の”縁”というものを想わずにはおれない。クリニック院長の球団代表のオヤジ会への誘いが様々な形で”縁”を紡いでいる。

オヤジ会10周年記念の全体会2024年01月23日

 10年前の2014年1月にちょい呑みオヤジ会が発足した。そして10年後の1月21日に10周年記念のオヤジ会が開催された。途中2年ばかりコロナ禍で休止を余儀なくされたが通算75回目の開催だった。
 毎年1月は日曜日に最寄りのメモリアルホール「サンパレス六甲」のバンケットルームで 開催する。今回も16名の参加があった。世話人のひとりに進行をお願いし、私から乾杯の後、「オヤジ会の現状」を報告と欠席の続いている世話人の交替を提案し了承された。現在の会員数は26名で50代未満の現役会員が10名になり、平均年齢も69歳と若返った。
 参加者の自己紹介になった。多彩な分野で活動したり、新たにジム通いを始めたり、俳句を始めてこのほど句集を発行するといった話題を提供する方もあった。クリニックの院長からは年末に飲食店で階段転落者の巻き添えで転倒し、初めてご自分の救急車体験が語られ笑いを誘った。自己紹介の後、事前に準備していた地区社協紹介の15分のスライドショーを上映し、オヤジ会で初めて社協活動の紹介をした。
 今回の例会のメインイベントはクリニック院長の近隣の基幹病院の統合問題のスピーチだった。多くの参加者にとって関心のあるこのテーマを地域医療の現場ドクターの立場からの解説をお願いした。
 両病院の診療科、常勤医師やスタッフ数、人口や高齢化の動向、急性期医療と慢性期医療の機能の現状、病院運営の深刻な人員不足、地域医療機関との連携等が説明され、今回の合併計画の見方についても語られた。総論としては人口減少や高齢化等の環境変化に基幹病院の統合等の再配置は避けがたいとの見解と受止めた。
 スピーチ後に参加者からの質問や意見が相次いだ。概ね統合計画は避けがたいという声が占めていた。中には通院先の病院長に統合問題の可否を質問したという猛者もいて、病院長の「統合に期待している」という回答を披露する参加者もいた。
 2時間半の例会がいつになくアカデミックな雰囲気の内に終了した。終了前には能登半島地震の義援金が募られた。最後に恒例の集合写真を撮って解散した。

オヤジ会・・・見守り活動の実践的役割2024年01月22日

 金曜日の夕方5時半頃、携帯のコール音が鳴った。ちょい吞みオヤジ会のお独り住まいの最高齢メンバーの知人からだった。「今、サンパレスにきているが今日のオヤジ会は中止になったのか?」とのこと。オヤジ会は二日後の日曜だった。そのことは電話とショートメールで確認済みだった。その旨伝えて車で来ているという知人に運転が心配なので帰宅後の連絡をお願いして携帯を終えた。
 ご本人の歳相応の認知症状が気になっていた。ご近所さんの車の運転を心配する声も聞いていた。オヤジ会への誘いもためらいもある。お酒が大好きでリタイヤ後は地域の友人との呑み会がかけがえのない楽しみな人だった。その呑み仲間も相次いで他界し、今やオヤジ会は貴重な呑み会になっていると毎回口にされている。できれば参加が続けられる環境を整えればと思う。結局その日には帰宅連絡はなく、翌朝に自宅の固定電話に連絡し在宅が確認できた。
 オヤジ会は呑み友だちのいなくなった独り住まいの高齢者には格好のお出かけ先であり居場所になっている。主催する側からは否応なく月に一度の開催案内という安否確認が求めれれる。その意味では地域の見守り活動の実践的な役割も担っていることを噛み締めた。

10周年を迎えたちょい呑みオヤジ会2024年01月12日

 今月21日にちょい呑みオヤジ会の全体会を開催する。1月はちょい呑みオヤジ会が発足した月であり、毎年総会的な意味合いも込めて「全体会」として最寄りのメモリアルホールのバンケットルームで開催している。特に一昨年の6月からは会場を住宅街の日本料理の店に移したことから日曜開催を木曜に変更せざるを得なかった。そのため現役世代の会員の出席が難しくなった。そこで1月と7月の例会は文字通り”全体会”として会場を日曜開催が可能なメモリアルホールに移した。
 今月のオヤジ会は2014年1月の発足後10年の節目の例会である。途中コロナ禍で丸2年間の休会を余儀なくされたが通算75回を数える。民生委員の高齢者訪問をした際に団塊世代のご主人たちが応対されることが多くなった。その際の雑談の中で近所づきあいのないオヤジたちの居場所としての”呑み会”の要望がきっかけだった。世話役を買って出て呼び掛けて発足したのが”ちょい呑みオヤジ会”である。
 現在の会員数は休会者を除いて26人で平均年齢は69歳である。この一年で若い現役世代の参加が相次いで1年前より若返った。年齢は35歳から91歳と驚くほど幅広い。
 近年は例会だけでなくバイオマス発電の見学やプロ野球関西独立リーグの試合観戦もクラブ活動的に実施している。3月にはドローンの訓練所の見学も予定している。オヤジ会のつながりを通して地区社協の役員に就任頂いた方も多い。
 リタイヤオヤジの地域の貴重な出掛け先になっており、奥様方にも支持されているようだ。地域活動にとっても人材発掘の貴重な機会を提供している。私が手掛けた地域活動の中でも意義深い取組みである。

12月オヤジ会に19名もの参加!2023年12月28日

 今年最後のちょい呑みオヤジ会は大盛況だった。3名の初参加者を含めて19名もの参加者があった。
 初参加のお二人は、スマホ困りごと相談の事業を始めたばかりの50代の方と、今年初めに開業された訪問介護ステーションの代表者で、現役世代である。もうひとりはリタイヤ世代で紹介者の公園清掃ボランティア仲間である。
 初参加者の紹介の後、私から”街の息吹”をテーマに「食品スーパーの開店」「コープこうべの移動店舗の状況」「コミュニティバスの運行1ヵ月経過の状況」について報告した。また今後のオヤジ会の企画についても提案し確認した。1月の定例会はサンパレスでの日曜開催とし、メンバーのクリニック院長から近隣病院の統合問題等の動向を報告してもらう。また3月定例会の日の午後には船坂のドローンのトレーニング施設の見学会を開催することも確認した。
 参加者近況報告に移った。とはいえ強者ぞろいの19名もの参加者である。定刻に終わるか懸念したが、進行役の「ひとり1分でお願いします!」の声掛けが効いたのか、45分ほどで近況報告が終了した。
 結果的に50分ほどの自由歓談の時間がもたらされた。参加者が自由に席を移して個別に歓談するというかつてないオヤジ会となった。
 気がつけば終了時刻の20時を迎えていた。恒例の集合写真を撮影し今年最後のオヤジ会が異例の活気にある展開で終了した。

ちょい呑みオヤジ会のインフラ機能2023年12月21日

 ちょい呑みオヤジ会の新規加入が相次いでいる。今年に入って6人の参加があった。その内4人は30代から50代の現役世代である。現役世代の本業も、プロ野球独立リーグの球団代表、地元少年野球チームのコーチを続ける自営運送業、訪問介護ステーション代表、スマホの困りごと相談事業代表と千差万別である。現役世代のオヤジ会への参加は本業とは直接の関りはなくとも、地域での人脈づくりが間接的に本業への効果が期待できるというモチベーションが窺える。
 こうした新たな傾向からオヤジ会のインフラ機能があらためて注目されてきたように思える。従来のリタイヤオヤジの地域でのつどい場というだけでなく、メンバーの得意分野の披露と交流、新たに住民となったオヤジたちや従来繋がりが希薄だった現役世代の地域との繋がりづくり、独り住まいの高齢男性の居場所等々。
 コロナ禍で2年3カ月の休会を余儀なくされていたオヤジ会が復活し、新たな役割を担ってステップアップして再出発を始めている。

2カ月ぶりのオヤジ会のホットな議論2023年11月27日

 10月のちょい呑みオヤジ会は休会だった。定例会の二日後にオヤジ会有志が関西独立リーグ・兵庫ブレイバーズの2003年感謝イベント・BBQ大会に参加するという事情だった。そして先日2カ月ぶりの11月定例会が開催されたが、参加者は12名と少な目だった。
 冒頭の事務局報告で「前日の地区社協ぬくもりフェスタの報告」と「二日前のコミュニティバスの私の試乗報告」をした。その後の懇談ではコミュニティバスについての意見や質問が相次いだ。日常生活ではコミバス利用は稀なメンバーたちであるが、身近な話題でもあり関心は高い。運行日が水木金と平日でも限定されていることの問題点や停車スポットの名称や位置の分かりにくさを指摘する声も多かった。
 参加者近況報告では、住宅街のグランド公園の看板が日常的に野球練習に使われているにもかかわらず、他の公園と同じ「ボール遊び禁止」の表示になっていること、これについて市の担当課に注意を促しても適切な対応がないといった報告に注目した。
 平均年齢76歳の定例会だったが、老いて尚意気盛んなパワーを垣間見た。