西宮ポータルサイト記者との懇談2009年04月30日

 地区社協役員仲間の知人から連絡があった。知人は開通したばかりの西宮市の南部と私の住む北部を結ぶ南北バス推進活動の広報担当もしている。その関係で知り合った西宮市のポータル(玄関口)サイト「西宮流(にしのみや・すたいる)」の担当者が私を紹介してほしいとのことだった。「西宮流」には私の地域紹介サイト「にしのみや山口風土記」をリンクしてもらっている。
 にしのみや山口風土記HP http://www.asahi-net.or.jp/~lu1a-hdk/yamaguti-hudoki.htm
 今日、知人の住む地区の自治会館で懇談の場がセットされた。南北バスの山口地区広報担当者3人と私の待つ会場に、中年の女性が姿をみせた。頂いた名刺には「西宮流記者」とある。
 西宮流HP http://nishinomiya-style.com/ 
 彼女からの私への用向きは、ひとつには「にしのみや山口風土記」を、西宮流のリンクサイトへの単なるリンクでなく、山口紹介のポータルサイトとして扱わしてもらえないか」ということだった。市の南に在住する市民が南北バスで山口を訪ねる際の情報収集サイトとして利用してもらえたらということだ。願ってもない申し出である。即座に了承した。 
 用向きの今ひとつは、「西宮流」地域紹介ポスターの山口版作成に当たって、地域をよく把握している立場からのアドバイスが欲しいとのことだった。「大化改新」の頃の孝徳天皇の有馬温泉行幸の際の行宮造営の街だったことからも、山口は”街道の街”として発展してきた。今もその面影があちこちに残っている。単なる名所紹介でない”街道の街”を切り口にした紹介を提案した。
 その後、参加者たちの自由な雑談となった。街の人たちと「歩こう会」を主宰しているGさんからは、私の「風土記」に頻繁にアクセスして定例会の資料作りをしているという嬉しい話しを聞かされた。Nさんの住む街に残る旧・国鉄有馬線の貴重な橋梁跡がバイパス工事で無くなるということが話題になった。もっと多くの人に橋梁跡が知られていれば避けられたかもしれないという一同の嘆きが漏れた。山口に多くの人に訪ねてもらえるためのアイデアが交わされる。私からは「風土記」に山口のテーマ別の散策ガイドのサイトを考えたいと提案した。「史跡巡り」「石碑を訪ねる」「銘木を巡る」「旧街道を歩く」「旧・国鉄有馬線跡を歩く」といった内容だ。
 3年前から暇を見つけて更新してきた「風土記」が、ようやくその本来の願いを達成する上での貴重な一歩を踏み出した。そして「風土記」を媒介として地域の広報活動というテーマを共有する新たな仲間たちとの交流が始まろうとしている。貴重な2時間を過ごした。「風土記」更新に向けて、新たなモチベーションを得て一層の励みになりそうだ。