余生の風景➁世話焼き女房2026年08月01日

 余生が訪れて見えてきた風景のひとつに家内の「世話焼きぶり」がある。地域活動卒業後、亭主の家事分担の少なさを家内から指摘されることを恐れていた。これまでは地域活動の忙しさを口実に凌いできた。今やその口実は通用しない。
 それにしても我が家の相方の家事のこなしぶりには頭が下がるものがある。掃除、洗濯、炊事、風呂掃除といった基本的な家事だけでなく、庭の草抜き水やりから季節の衣替えや扇風機・ストーブの入替迄やってくれる。加えて亭主の日々の服装の準備や身だしなみにまで及び、世話焼き女房ぶりを発揮している。過剰な世話や口出しは時にうっとおしさはあるが、自分でやることの負担を考えれば甘受するほかない。今朝も目覚めてリビングに降りると着替えのセットが準備されている。
 ぐうたら亭主の家事担当は、自分の朝食の賄いと皿洗い、日曜のゴミ出し、最近始めた洗濯物の取り込み位である。内心ではこれではバランスを欠いているとは思っているが、家内からの追加分担要請もないことからほっかぶりしている。
 こんな世話焼きぶりに浸っている身には、家内に先立たれることは想像だにしたくない。ひたすら自分が先立つことを願っている。

余生の風景➀好きなことでぐうたら過ごす2026年07月31日

 地域活動を卒業して3カ月余りが過ぎた。予定の活動は極端に少なくなり、スマホのスケジュールアプリは殆ど空白になっている。文字通り「余生」が訪れた。3カ月を経て見えてきた「余生の風景」を綴っておこう。
 地区社協総会という地域活動卒業の日に退任挨拶の中で「傘寿超え 余りの人生 存分に」という川柳を紹介した。余生を「余りの人生」とネガティブに表現し、「存分に」と意欲的な姿勢で締めた。
 この気分は3カ月を経て確かな実感として裏付けられている気がする。「余りの人生」だからこそ好きに過ごしたいという居直りの気分がある。好きな読書や好きなテレビ番組を存分に楽しんでいる。過去の著作や郷土史研究等の好きな分野の活動を再開している。
 地域活動卒業後、否応なく在宅生活が多くなった。家内からすればいやでも何もしない”ぐうたら亭主”の姿が目に入っていることだろう。多少の家事分担の増加はやむなしとは思っているが、今のところ家内からは、「洗濯物の取り込み」程度で済んでいる。ぐうたら亭主はあわよくば現状の分担のままで済ましてほしいと願っている。

作家・北方謙三の存在感2026年07月19日

 北方謙三氏の「岳飛伝全17巻」を読み始めて4カ月が経ち、13巻目を読んでいる。旅行中の車中でも読みふけるほどすっかり嵌っている。それほど面白くて魅力的な作品である。
 12巻の巻末の「解説」に水滸伝、楊令伝、岳飛伝の全51巻の解説が掲載されていた。本来はこの順番に読むのがベターだったと悔やんだが後の祭りだった。既に水滸伝全19巻はネット注文済である。
 北方健三著作の作品は6年前にも6作品を読みふけった。「楠木正成」等の北方太平記と称される南北朝時代を舞台としたシリーズだった。水滸伝シリーズは余りにも大作なのでその時は手を出さなかった。地域活動を卒業し、たっぷりある時間を活かせるようになった。ようやく念願の長編を読み始めた。
 あらためて北方謙三という作家の存在感に圧倒された。1947年生まれの団塊世代である。私より少し若年だが同世代と言ってよい。白い口髭、顎髭を蓄えた薄めの頭髪の風貌は私と共通するものがあり親近感を覚える。学生運動の経験等も含めて思想的にも共感できるスタンスのようだ。
 1970年に作家デビューし50年以上に渡って精力的に著作を続けている。ハードボイルド小説と歴史小説が二本柱で、歴史小説は日本の南北朝時代を舞台としたものと三国志、水滸伝等の中国史がある。
 独自の歴史観をベースにした壮大な構想力と多彩な人物の緻密な描写がたまらない魅力で展開される。ひとりの作家のこれほど圧倒的な創作力に圧倒されるほかはない。

26歳の時に初めての論文コンテストで入選2026年07月14日

 たっぷりある時間を文芸コンテストの応募に費やしている。ふと思い起こすとコンテスト応募は50数年前にも経験があった。流通業に就職して3年目の年に業界各社で広く募集されていた東レサークル論文コンテストに応募した。テーマのひとつは「コンシューマリズムを小売業の立場からどう考えるか」という私好みのものだった。
 流通業を選択した動機のひとつに当時の「流通革命」という潮流があった。テーマは流通革命という私自身の原点を問い直す上での格好のものだった。
 結果的に三席に入選し、私の著作も「入選論文集」と題した冊子に掲載された。私の文章が初めて冊子化され幅広い読者に読んでもらえる機会となった。
 私の論文の講評者は「流通革命論」の提唱者だった林周二東大教授で「本論の基本主張には、私自身原則として賛成である。課題を今日の経済社会の基本的な仕組みにおいて捉えようとする姿勢も良い」という有難いコメントが掲載された。

ご近所の60代男性の突然死の情報2026年07月12日

 夕方、散歩から帰ってきた家内が、顔を合わせるなりしゃべりかけた。「ご近所の○○さんとこの旦那さんが亡くなったんやて」。そのお宅の奥さんとの立話し直後の次のような話題を堰を切ったように聞かされた。
 60代半ばの男性で、私も時々朝の散歩で見かけて挨拶を交わしていた方だ。前日の就寝時まで元気だったようだ。膝の支障で1階で寝ていた奥さんが翌朝2階の寝室でご主人の死を知った。救急車と警察の検死の結果は、突然死のお決まりの病名の「心不全」とのこと。
 定年後の嘱託勤務を終えてようやく完全なリタイヤ人生を迎えたばかりだったようだ。好きな畑仕事をこれから本格的にやれると意気込んでいたという。さぞ無念だったことだろうが、突然死であればそんな無念さも無縁だったかもしれない。
 奥さんの悲嘆を聞いて家内も他人事ではないと思ったようだ。今のところ同じ寝室で寝起きしているが、深夜に目覚めた私は時にひとりで1階リビングに降りて二度寝することもある。そんな時に突然の心身不全を発症した時は手遅れになるのではないかと心配する。
 お互いさまではあるが、起こりうる可能性は私の方が高いのも現実である。身につまされる話題に考えさせられた。

ふれあい喫茶で介護保険のお勉強2026年07月09日

 地区社協のふれあい喫茶に出かけた。今回は山口地域包括支援センターのセンター長による介護保険制度の説明会が予定されていた。
 地元自治会と地区社協の連携が進化している。両自治会の会長は民生委員兼任ということもあり、地区社協役員会メンバーでもある。そんな良好な関係もあって自治会アプリ「My自治会」でもふれあい喫茶の案内があった。
 1時15分頃から始まった説明会には20名余りの参加があった。配布されたパンフレットの説明の多くは長年の地域活動で承知していることが多い。その内、自治会の広報の影響か次々に参加者が増えてきた。30名以上になり、席数が足りなくなってきた。
 隣席の待合わせしていた自治会役員と一緒に席を空けるため中座した。

文芸コンテスト応募とAIとのお付き合い2026年07月05日

 地域活動卒業後、たっぷりある時間の多くを文芸コンテストの応募に費やしている。
 応募原稿のネタは7年前に自費出版した自叙伝である。B5版400頁もの大作で原稿ネタには事欠かない。子どもの頃から作文が好きで多少の自信もあった。20代の学生の頃から折に触れて執筆していた50年分の著作をまとめた私家本であり、公募の応募には問題ない。原稿の殆どはエッセイである。
 応募に当っては、これぞと思う自信作を選択し、データ原稿を「この原稿の評価と相性の良いコンテストを教えて!」とコメントしてAIに投稿する。AIは瞬時に原稿の評価と相性の良いコンテストを詳細なコメントをつけて回答してくれる。
 評価についてはAIらしく投稿者の意を汲んでかなり前向きな内容であるが、どこが良い点で審査員や読者が評価するのはどの点かというコメントもつけられているので投稿者は大いに励まされる。
 相性の良いコンテストの紹介はAIの得意分野である。コンテストの膨大なデータの中から原稿との相性の良いものを選択し、なぜ相性が良いのかもコメントしてくれる。更にこのコンテストに応募する場合の推敲と校正の手伝いまで提案してくれる。
 5月~6月に15作品をAIのサポートも受けながら応募した。AIの光と影は承知しているが、文芸コンテストに関する限り、投稿者には貴重なツールであることは間違いない。

文芸コンテストで懐かしい「雲南市」と遭遇2026年07月04日

 地域活動卒業後、たっぷりある時間の多くを、お気に入りで多少得意な分野である文芸コンテストの応募に費やしている。
 その過程で多くの情報が得られた。コンテスト情報サイト「登竜門」という便利なサイトがあり、様々な文芸コンテストの応募情報を一覧にして紹介している。地方自治体、出版社、大学、業界団体、企業等、主催者もまた千差万別である。このサイトは新たに公募されたコンテスト情報も相次いで更新される。
 最近目にしたコンテスト情報に島根県雲南市の「永井隆平和賞」というのがあった。雲南市は30年ほど前の現役時代に関わりのあった懐かしい土地である。フランチャイズ事業部の責任者として地元に設立された第三セクターの取締役に就任していた。2年ばかりは毎月のように出張していた。そんな思い出深い地名に突然遭遇し、驚きと懐かしさを覚えた。
 放射線医学の研究者・永井隆博士はこの雲南市出身とのこと。自身も原爆被爆者であり研究とともに病床での著作を通じて平和を訴え続けたという。コンテストはこの事績を顕彰し平和への願いを発信する機会として設けられているようだ。
 地方自治体のコンテストの多くが地元出身の著名人を冠したものが多いが、雲南市もまたその典型例と思われた。

文芸コンテスト応募とAIの効用2026年06月23日

 たっぷりある時間を持て余し気味である。そんな日常を癒してくれているのが文芸コンテストの応募という過ごし方である。これまで関わったことのない新たな分野である。
 知人が大手出版社の長編小説部門のコンテストで大賞に次ぐ受賞をしたことに触発された。7年前に400頁の自叙伝を自費出版しエッセイを中心に膨大な執筆原稿がある。コンテスト応募のネタには事欠かない。
 加えてAIが文芸コンテストの個別の原稿の応募について思わぬ後押しをしてくれることが分かり、大いに活用している。原稿を応募用に編集してAI に投稿し「この原稿に相性の良いコンテストと応募した場合の見込みは?」と質問すると見事な回答が得られる。
 「相性の良いコンテストは○○です。原稿は募集の意図に適っており入選の見込みもかなりあります」等の投稿者の意を忖度したコメントが瞬時に返ってくる。AIの向うにベテラン編集者が陣取っているかのような錯覚すら覚えてしまう。
 そんなAIに背中を押されるように積極的に文芸コンテストをネット検索すると、応募したくなるようなテーマのコンテストも結構見つかった。
 5月中旬から一カ月ほどかけて10本の原稿を応募した。

地域活動卒業後の日々2026年06月22日

 地区社協会長退任をもって地域活動からの卒業を自他ともに宣言した。以来、2カ月が経過し、そのことの自分にとっての意味合が徐々に見えてきた。 
 肩の荷を下ろした安堵感と、空白の日常生活の寂しさが共存している。スケジュールに追われる日常からの解放感に癒されている反面で、緊張感や達成感のない日々の物足りなさも否定できない。
 残された地域社会とのつながりのひとつにちょい呑みオヤジ会代表世話人という役割がある。月一回の例会以外に、先日は初めての観光ツアーを実施し、楽しさ、やりがい、達成感があった。
 余生の日々にも最低限の緊張感が欠かせないことを噛み締めている。