ロスト・ペット・レスキュウという事業2025年06月04日

 早朝ウオーキングのひと時をコンビニのイート・インで過ごしている。モーニングコーヒーを味わいながら文庫本を読んでいる。
 今日もそのイートインに着席した時だ。目の前に見慣れないポスターが掲示されていた。「鳥を探しています」というタイトルのオカメインコの
捜索協力の依頼ポスターだった。ポスターの発行者は”ペット探偵社・ジャパンロストペットレスキュー(JLPR)”という会社である。
 ポスターが気になったわけではない。ペットを探すことが事業として成立しているという点に注目した。掲載されたQRコードをスキャンしてJLPRという会社のHPを閲覧した。
 「迷子ペットの早期発見・早期保護」と「ペット共生社会の実現」をミッションとしているという。捜索料金は各種猫、小型犬、他小動物の一日8時間の専門スタッフの捜索が事前打ち合わせ込みで税込86,900円とある。本社は東京だが24時間全国対応とのこと。発見率は、総合すると猫が約85%、犬が約80%、その他小動物が約75%という。
 高齢化や単身化の進展でペット需要は加速化している。これに対応してペット産業も市場を拡大させ、きめ細かなニーズに対応している。ペットの行方不明に手立てがなく途方に暮れている飼主が多いのも現実だろう。10万円近い費用をかけても行方不明のペットを保護してほしいというニーズに応えたビジネスが成立している。

20年前にローマで教皇死去に遭遇した2025年05月09日

 4月19日にローマ・カトリック教会のフランシコ教皇が死去された。5月8日にはコンクラーベ(教皇選出の会議)でアメリカ出身のレオ14世が誕生した。
 ちょうど20年前の2005年4月2日~9日にかけて私たち夫婦と娘は、イタリア個人旅行を愉しんでいた。4月7日はローマ滞在の日だった。折しも4月2日に当時のヨハネ・パウロ2世が亡くなっており、7日はその葬儀の日だった。葬儀会場は楽しみにしていたミケランジェロの「最後の審判」があるサンピエトロ寺院だった。寺院前の入口ゲートでは証明書らしきものを持参した参列者達がチェックを受けて吸い込まれていく。何も持たない私達の入場は当然ながら阻止された。多数の海外要人の来訪を控えたサン・ピエトロ寺院警護のハードルは、テロの情報もあってか予想以上に高い。ミケランジェロの「最後の審判」を、この目で眺める千載一遇の機会がはかなく消えた瞬間だった。ローマ教皇の葬儀に遭遇した感慨を次のように綴っている。
 『私たちの旅にも多くの影響を与えたその出来事は、私にいやおうなくパウロ2世への関心を呼び起こさずにはおれなかった。
 世界平和と戦争反対に向けたアクティブな行動、東欧民主化運動への精神的支援、世界の宗教と文化の対話の呼びかけ等、法王の治績は宗教のもつ積極的な役割と可能性を提示した。文明と宗教と民族の共存・・・ローマ世界の知恵が今こそ問われている。』
 そんな体験もあって今回のローマ教皇の死去と コンクラーベには懐かしさもあり興味深く見守った。

「次世代共存の地域社会」という提案2025年04月27日

 地元中学校のコミスクの会議で「部活の地域移行」がテーマになった。その議論を通じて「少子化の本格的な到来」を痛感した。地区社協の子育てサロンで懇談した若いお母さんから部活がなくなることの深刻な危機感を訊き、子育て世代の切実感が伝わった。
 住宅街の自治会総会のホットな議論を通じてリタイヤ世代と現役世代の意識ギャップを懸念した。総会参加のリタイヤ世代から自治会加入率低下等の地域コミュニティの脆弱化や治安の悪化を危惧する声が相次いだ。現役世代が多い自治会役員からは子育ての大変さや子どもの放課後の居場所問題の深刻さが言及された。
 地域コミュニティの維持に向けて現役世代とリタイヤ世代の問題意識の共有化はコミュニテイ基盤強化は欠かせない。次世代を担う子供たちの健やかな成長は世代を超えた共通テーマである。地域の世代間の意識共有にとって”次世代”がキーワードのように思える。地域の多世代「交流」という取組みから一歩踏み込んだ世代間の「共存」が問われている。
 「次世代共存の地域社会」という考え方を模索してみたい。

現役世代とリタイヤ世代の葛藤の時代2024年11月22日

 全国的にも注目された兵庫県知事選挙が、前知事の返り咲きという異例の展開で決着した。選挙戦を通じて様々な問題点や課題が浮き彫りになった。
 そのひとつに現役世代とリタイヤ世代の世代間の葛藤があるように思えた。葛藤の背景には「情報収集メディアの違い」と「生活の厳しさの違い」とがあると思った。
 今回の知事選を通じてSSNの影響力の大きさ顕著になった。若者をはじめ多くの現役世代が日常的に接しているメディアである。若年層ほどこのメディアを使いこなすスキルに長け、接する時間も多い。またテレビを観る時間的余裕も少なく、活字離れした世代には新聞を読むことも少ない。これに対してリタイヤ世代は総じて時間的ゆとりがあり、オールドメディアといわれるテレビや新聞に接する時間も多い。
 他方で世代間の葛藤の根底にある相対的な現役世代の生活の厳しさとリタイヤ世代の豊かさの違いを思わずにはおれない。格差社会の拡大が現役世代の貧困化を加速している。現役世代の生活の厳しさは、豊かさを享受しているリタイヤ世代への屈折した感情を生みだしているように思える。それは既成の秩序や組織やメディアとオーバーラップし、それらに対する反発と非難を招いている。
 こうした葛藤に手をこまねいていては世代間の対立と分断を加速化するほかない。SSNの好きな情報や知りたい情報に偏る傾向やフェイクニュース等の危険な側面だけを指摘しても問題解決にはつながらない。根底にある世代間の生活環境の格差にどう向き合い改善するかが問われているように思える。

マスコット・キャラクターと着ぐるみ2023年07月05日

 先日の兵庫ブレイバーズ公式戦で関学の学生による「着ぐるみ相撲トーナメント」のイベントが催され、6組7体の着ぐるみを目にした。
 自治体をはじめ様々な組織や団体がマスコット・キャラクターを制定しキャラクターの着ぐるみを作成する事例も少なくない。今回のイベントで注目したのはブレイバーズのマスコット”モーダくん”、西宮市の”みやたん”のほかに宝塚市社協の”スミレン”というマスコットだった。
 「エ~ッ、宝塚の市社協がマスコットだけでなく着ぐるみまで作っているの!」と驚いた。ネットで調べると「宝塚の花”スミレ”と市の鳥”ウグイス”をイメージしています。おなかのハートは、福祉ということで“みんなに愛されるキャラクターになって欲しい”という気持ちが込められています。」と解説されていた。
 宝塚市社協の着ぐるみを目にしてあらためてマスコット・キャラクターと着ぐるみについて考えさせられた。マスコット・キャラクター自体は何ら異議はない。子どもたちをはじめ多くの人に親しみやすいイメージでその組織をアピールすることはそれなりに意味がある。ただ着ぐるみとなると個人的には抵抗感を覚えてしまう。外観の愛らしさとは裏腹に着ぐるみの中で振る舞っている人の悪戦苦闘を想像してしまう。いわんや炎天下のこの時期では想像を絶するものがある筈だ。
 公的な行政機関や福祉に関わる組織の着ぐるみに違和感を覚えてしまうのは偏屈のそしりを免れないだろうか。

身近に迫る労働力不足の深刻さ2023年05月24日

 今期最初の山口地域活性化推進員会が開催された。新役員紹介、アルクナーレの企画案、コミュニティ交通検討委員会経過等の議事が報告された。
 その中で気になった点がコミュニティバスの試験運行の経過で、事業者が決まらず日程がずれ込む懸念があるとの報告だった。その事情はドライバー不足で予定された事業者の同意が得られないという点にあるようだ。
 2024年問題を来年に控えて物流業界はトラック運転手の時間外規制に向けた対応が迫られている。当面の対策としてドライバー確保に拍車がかかっている。コミュニティバスの事業者は大手のタクシー会社が想定されるがタクシー業界もまた2024年問題の煽りを受けてドライバー不足が深刻化していることは想像に難くない。
 先日の認知症グループホームの運営推進会議でも深刻な介護職の人不足がテーマとなったが、外国人労働者の雇用やIT化の推進が話題になった。
 身近に迫ってきた労働力不足の深刻さを痛感した。

大相撲桟敷席のマスク着用率2023年05月21日

 大相撲が始まった。テレビ中継を観ていてふと思った。テレビでは土俵周囲の桟敷席に陣取る観客の姿を映し出す。その観客たちの顔を見ながらマスクの着用率が気になった。
 我が町の私の周辺では屋外も含めて今尚マスク着用が主流である。特に驚いたのは、先月下旬に開催された市社協の地区社協会長会議だった。なんと正面席の市社協幹部はもちろん出席の地区社協会長も含めて出席者全員が例外なくマスク姿だった。着用していないのは私だけだったが、念のためポケットに持参していたマスクを着用する気はなかった。
 3月13日以降、厚労省の指導でマスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となった。代表を務める地区社協ではその直後の会議でその趣旨を伝え、「私自身は着用しません」と宣言した。理由のひとつは、地域福祉活動を担う組織にとって多様性の尊重は基本的な風土と思っている点である。同調圧力になりがちなマスク着用の傾向を懸念している。今ひとつは円滑なコミュニケーションの阻害要因である点だ。地域福祉活動には円滑なコミュニケーションが欠かせない。乳幼児にとってマスクで笑顔を隠した育児が好ましくないのは間違いない。高齢者の介護の場でも同様ではないか。日常的な地域活動でも表情が隠されたマスク姿での交流は本意ではない。 
 ところで、大相撲の観客の動向は如何とあらためて観客の顔をチェックしてみた。大まかな把握だがほぼ半々といったところだった。比較的女性の着用が多かった気がする。ともあれ室内の密度の濃い場でありながら私の周辺の状況より着用率は少ないことに奇異に感じつつ多少の安堵感があった。テレビに映るかもしれないという思惑が世間一般の着用率を低めているのかもしれない。

マスク着用の「個人判断」宣言2023年04月01日

 3月13日以降、マスクの着用は「個人の判断が基本」となった。ところが街中はさすがにつけていない人も見かけるが、地域の会議となると誰もが着用している。室内でお互いの顔が認識し合える場では無難に過ごしたいという想いが強いのだろう。日本特有の「同調圧力の強さ」を感じてしまう。
 先日、私が主催者である地区社協の10人余りの会議があった。マスク着用自由化後の初めての会議だった。誰もがマスクを着用している中で私自身は着用しなかった。
 冒頭「13日からマスク着用は個人判断になりました。私は着用しません。地区社協は基本的に多様性が尊重されるべき組織と心得ています。皆さんも着脱については自由な意思で個人判断して下さい」と敢えて宣言した。
 個人的にはマスク着用の弊害が気になっている。乳幼児の子育てやお年寄りの介護にとって顔の表情が隠されるマスク着用は好ましくない筈だ。コロナ禍の感染がインフルエンザ並みに落ち着いた今、罹患者や花粉症対策の着用は別にしても、一般人の一律的な着用は懸念がある。
マスクを着用しないことに多少とも気負いを感じなくて済むのはいつのことだろう。

メタバースとWeb3.02022年08月27日

 先日、このブログでNHK番組「「欲望の資本主義2022夏特別編:メタバースの衝撃 デジタル経済のパラドックス」を話題にした。その日の読売新聞夕刊に「「メタバース 課題探る」と題した記事が掲載されたことで、いよいよメタバースがアナログペーパーの大新聞社でも無視できないほどに影響力を持ってきたと知らされた。あらためて自分なりに”メタバース”を整理して理解しておきたいと思った。
 メタバースを理解する上で、インターネットの進化の流れであるWeb1.0、Web2.0から続くWeb3.0への理解が欠かせないようだ。端的に言えば「Web1.0は”見るだけ”の一方通行のインターネット」「Web2.0はSNS等の双方向のインターネット」「Web3.0はユーザー参加型のクリエイティブな分散型インターネット」ということらしい。
 Web3.0が登場した背景には、Web2.0上でのGAFA(ガーファ)等の巨大企業による個人情報の集中がもたらすプライバシー問題とサイバー攻撃等のセキュリティ問題があった。この課題を解決するのが、「ブロックチェーン」という分散型のネットワークである。ブロックチェーンは、データを書き換えることを困難にした技術で仮想通貨を実現するために開発された。Web3.0ではボーダーレスなサービスを実現することができる。中国のように独自の検閲システムに阻まれて自由にインターネットを閲覧できない国でも、Web3.0ではそれを乗り越えてサービスを実現することができる。
 メタバースとはインターネット上にある3次元の仮想空間でリアルの空間と同様に他者とのコミュニケーションや取引を可能にする。メタバース上の売買では商品が本物であると示す必要がありNFTという技術が利用される。また支払いは暗号資産を用いることになる。メタバースはWeb上にある、個と個の間のやり取りの場であり、メタバースはWeb3.0に内包されたものと言える。
 
 以上、後期高齢者のオジサンが、メタバースという概念に出合って関心をそそられ、ネット情報を漁って整理してみた。

石井・西宮市長候補の街頭演説会2022年03月22日

 西宮市の市長選挙が告示され、いよいよ本格的な選挙戦が始まった。私にとっては過去のどの市長選挙にもまして身近で関心の高い選挙である。
 4年前の選挙で前市長の乱暴で独善的な市政運営の後を受けて石井市長が登場した。石井市長の4年間の市政はけれんみのない安定感のあるものだったと思えた。市民の意向を汲み取りながらバランスの良い運営を着実に進めてもらったと受止めている。
 市長とは一度だけ直接的な関りがあった。市長とのオンラインミーティングに参加した時だ。地区社協として本格的に取組みを始めていた共生型交流拠点づくりについて発言した。カフェスタイルの人と情報の交流にとどまらない多様な活動の交流の場を訴えた。これについて市としても縦割り行政に陥りがちな対応でなく横断的な視点の支援が必要と、本質的で前向きな回答を示して頂き、意を強くした。
 知人からの情報で告示日の二日目に山口町内で石井候補の街頭演説会が開催されることを知った。スーパー万代南側の路上での演説会だった。三人の応援演説の後、市長からさくらやまなみバスの運行等、山口地域に関わるテーマで15分ばかりの所信が述べられた。
 積極的に選挙活動ができない民生委員という立場である。とはいえ個人的に誰を応援するかという意向を表明することまで規制されているわけではない。今回の市長選挙ばかりは危機感があり、あえてブログで想いを綴った。ぜひ石井市長に市政の継続を託したい。