余生の風景➀好きなことでぐうたら過ごす ― 2026年07月31日
地域活動を卒業して3カ月余りが過ぎた。予定の活動は極端に少なくなり、スマホのスケジュールアプリは殆ど空白になっている。文字通り「余生」が訪れた。3カ月を経て見えてきた「余生の風景」を綴っておこう。
地区社協総会という地域活動卒業の日に退任挨拶の中で「傘寿超え 余りの人生 存分に」という川柳を紹介した。余生を「余りの人生」とネガティブに表現し、「存分に」と意欲的な姿勢で締めた。
この気分は3カ月を経て確かな実感として裏付けられている気がする。「余りの人生」だからこそ好きに過ごしたいという居直りの気分がある。好きな読書や好きなテレビ番組を存分に楽しんでいる。過去の著作や郷土史研究等の好きな分野の活動を再開している。
地域活動卒業後、否応なく在宅生活が多くなった。家内からすればいやでも何もしない”ぐうたら亭主”の姿が目に入っていることだろう。多少の家事分担の増加はやむなしとは思っているが、今のところ家内からは、「洗濯物の取り込み」程度で済んでいる。ぐうたら亭主はあわよくば現状の分担のままで済ましてほしいと願っている。
地区社協総会という地域活動卒業の日に退任挨拶の中で「傘寿超え 余りの人生 存分に」という川柳を紹介した。余生を「余りの人生」とネガティブに表現し、「存分に」と意欲的な姿勢で締めた。
この気分は3カ月を経て確かな実感として裏付けられている気がする。「余りの人生」だからこそ好きに過ごしたいという居直りの気分がある。好きな読書や好きなテレビ番組を存分に楽しんでいる。過去の著作や郷土史研究等の好きな分野の活動を再開している。
地域活動卒業後、否応なく在宅生活が多くなった。家内からすればいやでも何もしない”ぐうたら亭主”の姿が目に入っていることだろう。多少の家事分担の増加はやむなしとは思っているが、今のところ家内からは、「洗濯物の取り込み」程度で済んでいる。ぐうたら亭主はあわよくば現状の分担のままで済ましてほしいと願っている。

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