補導委員の活動が始動した2010年06月11日

 青少年補導委員代表者会に初めて出席した。昼前のやまなみバスに乗車し、1時過ぎに会場の市役所東館8階に着いた。6月1日に同じ会場での委嘱式に参加したばかりだ。
 民生委員・児童委員派遣の補導委員に今期から就任し、地区の代表者も引き受けることになった。6名の地区補導委員のほとんどが新人だった。任期の短いPTA派遣の委員が多い中で、比較的任期の長い民生委員・児童委員派遣の補導委員が地区の代表者になるのが通例だと前任者から告げられていた。実際、他の5名の委員は児童の母親たちばかりで、加えて皆さんフルタイムに近い仕事を持っている。リタイヤ生活の私が代表者を引き受けるほかはなさそうだった。
 1週間前の5日には地区補導委員5名と初めての補導を経験した。ホタルウォークラリーの参加者たちの行列の中での巡回補導だった。ともすれば噛み合わない若いお母さんたちとの会話を通して、育児やらPTA活動やらの異次元の世界が伝わってくる。これもまたボランティア・ライフの恩恵なのかもしれない。戸惑いながらの補導委員活動が始動した。

白鹿・万葉コラボ2010年06月12日

 山口町郷土資料館でお会いした白鹿記念酒造博物館の研究主幹・山下忠男さんから魅力的なイベントの案内を頂いた。氏の企画による「白鹿酒ミュージアム・万葉コラボレーション」である。「万葉」をキーワードに講演、うたがたり、書画展示のコラボレーション・イベントである。早速申し込んだ。
 そして今日、その万葉コラボに行ってきた。阪神西宮駅の南へ歩くこと15分、博物館記念館についた。約90席の椅子が並べられた2階会議室は14時開演前には参加者で埋め尽くされた。山下さんの司会で始まった。冒頭、安富・西宮市副市長や関明日香村長の挨拶がある。 
 メインの甲陽学院高校教諭で万葉集研究の大家・犬養孝氏の薫陶を受けた山内英正氏の講演が始まる。「万葉の酒」と題した1時間余りの講演は、万葉集にみられる酒を題材にした15首の歌の解説だった。大伴家持など8世紀の人たちの酒に託した日々の想いがいきいきと語られた。万葉集をテーマにした本格的な講演を初めて聴いた。
 続いて岡本三千代さんを中心とする三人の「うたがたりコンサート」となる。サンバのリズムに乗せた幕開けが聴衆の度肝を抜く。その後、岡本さんの語りを挟みながら古代衣装をまとった三人の女性が万葉歌を声量豊かにうたいあげるという趣向である。
 隣の展示室では、福川於良さんという書画作家の文人画のような色紙絵が所狭しと展示されている。来館者たちと姿言葉を交わすご本人らしき着物姿の年配の女性の姿があった。
 共通項である「万葉」を愛し学び表現する三人の方の見事なコラボレーションだった。司会者からは定員オーバーで参加できなかった人が30人ほどあったと報告された。さもありなんと思う。於良さんの小さな色紙や白鹿からの180mlボトルの吟醸酒のお土産付きのイベントは1500円の入場料をカバーしてあまりある内容だった。

復刻版日記21「涙の日本昔話」2010年06月13日

(1983年正月の日記より) 
 時として親は、子供の喜怒哀楽に付き合ってしまうものだ。この頃子供たちはTVアニメ『日本昔話』に夢中だった。「ぼ~やー良い子だネンネしな~」のテーマソングは父親にとっても懐かしいメロディーだ。当時、良き父は柄にもなくせっせと絵本版『日本昔話』を買ってきては子供たちに読み聞かせていた。「鶴の恩返し」なんぞは、読みながら感極まって思わずみんなでもらい泣きしてしまった。アノ純真だった子供たちはイッタイどこに行ってしまったのだろう。

観劇・・・贅沢な非日常の世界2010年06月14日

 知人に大阪松竹座の観劇チケット二枚を戴いた。出し物は「戦国スペクタルロマン・愛、時を越えて」という時代物だった。今日、家内と二人で何年ぶりかの観劇に出かけた。
 11時開演の昼の部だったが、何しろ初めての松竹座である。早目に自宅を出て着いたのは10時過ぎだった。近くの道頓堀橋付近をぶらついた後、劇場前で販売している幕間弁当を調達し、10時半に入場した。チケットの指定は1階16列と絶好の席だった。
 時は天下分け目の関ヶ原前夜である。豊臣政権再建を目指す石田三成と徳川家康との確執を軸に舞台は展開する。三成はふとしたことで博多港に流れ着いた難破船の南蛮の棺を手に入れ、棺に封印されていたドラキュラを蘇らせる。三成と手を組んだドラキュラは昼間は出雲のお国となって大坂に潜む。魔界のドラキュラの前に家康派の戦国武将・細川忠興の妻ガラシャが立ちはだかる。舞台はドラキュラとガラシャの愛憎物語へと展開していく。
 主演の出雲のお国(実はドラキュラ)は、元宝塚月組の男役トップスターだった紫吹淳である(帰宅後ネットで調べて知ったのだが)。ヒロインのガラシャや脇役の女優陣も宝塚歌劇出身者が多い。とはいえ家康役の長門裕之や三成役の山口馬木也などの名のある男優陣も脇を固める。11時開演から14時30分終演まで途中30分の幕間を挟んだ3時間の舞台だった。170cmの長身・紫吹淳のカッコよさもさることながら、出演者たちの豪華な衣装、レーザービームやスポットを駆使した照明、巧みな暗転による舞台の切り替え、迫力のある音響などの舞台演出に目を見張らされた。
 息もつかせぬ3時間の舞台が終わった。いったん降りた幕が上がり、総勢30数名に及ぶ出演者たちが勢揃いし観客の拍手に応える。最後のカーテンコールに応じる紫吹淳の姿を目に焼き付けて観客たちが劇場を後にする。
 観劇という贅沢な非日常の世界を久々に味わった。

梅雨時の生き物たち2010年06月15日

 本格的な梅雨に入った。大きめのこうもり傘片手の朝の散歩道だった。天上橋を渡りながら川面に動くものが目に入った。ヌートリアが水を切って橋の下をくぐろうとしていた。真上からの姿を切り取った。雨の川面は彼の絶好の遊び場なのだろうか。
 川沿いの水田にやってきた。田植えを終えたばかりの水田にシラサギたちが餌を求めて首を折っていた。雨降りの田植え後の水田もまた彼らの憩いの場なのだろう。遠くの私の足音に気づいたのだろうか。人一倍敏感で臆病な野鳥である。一斉に飛び立った。その瞬間をカメラにおさめた。

復刻版日記22「文楽鑑賞教室・曽根崎心中」2010年06月16日

(2002年6月9日の日記より)
 家内と2人で国立文楽劇場で初めての文楽を鑑賞した。思ったほどには広くない劇場は1階席だけの753席。人形中心の舞台では広すぎる劇場では鑑賞に耐えられない。舞台の中に様々の仕掛けを持つ文楽は、上からの視線が可能な2階席は設置できない。舞台上手には文楽専用の設備である「出語り床(ゆか)」がある。太夫と三味線の演奏席だ。開演間近の客席はほぼ満席。
 11時開演。第1部は鑑賞教室ならではの舞台「解説・文楽を楽しむために」。登場したのは若手の大夫。舞台から床に席を移した大夫から文楽のイロハを手解きしてもらうという趣向。舞台正面の大型プロジェクターに本番中の大夫の映像が映し出される。遠目には分かり辛い手の動きなどがアップで映され、ハイテク装置も備えた伝統芸能劇場の威力を見せる。床が回転し、三味線弾きが登場。大夫と三味線弾きによる浄瑠璃のサワリが披露される。舞台に戻って今度は人形遣いの舞台裏が紹介される。ナント文楽人形は3人で操られていたのだ。人形のカシラ、胴、右手を担当する「主遣い(おもづかい)」、左手担当の「左遣い」、両足担当の「足遣い」の3人だ。なるほどこれは大変な技に違いない。3人で1つの人形を、1人の生きた人間のように動きや感情を表現しようというのだから・・・。3人の呼吸をピッタシ合わせるためには、指示者である主遣いの高度な技量に支えられた絶対的な権威が不可欠なのだろう。
 10分間の休憩の後、いよいよ第2部の「曽根崎心中」の開演である。300年前に実際にあった若い男女の心中事件を題材にした近松門左衛門の代表作のひとつである。ここからイヤホンガイドが始まる。作品の時代背景や、難解な用語の解説、舞台での見所などが、大夫の語りの合間を縫って見事なタイミングで解説される。これは間違いなく実況生放送に違いない。併せて舞台上の大型プロジェクターには、大夫の語りに合わせて台本の口語訳が次々と映され初心者にも分かりやすい。観客の中には双眼鏡持参の姿もあちこちに見られる。それほど広くはないとはいえ、人形の表情、手足の細かな表現はヤハリ遠目には見辛いものがある。双眼鏡はここぞという場面のポイントをフォーカスする上で強力な武器に違いない。
 大夫が背景説明、情景描写から、登場人物それぞれの台詞、心情まで1人何役もの役回りを見事に謡いあげる。日本の伝統芸能である落語、浪曲にも共通する1人語りの芸である。大夫は、腹の底から絞り出す腹式呼吸で朗々と謡う。長時間の腹式呼吸をサポートするための腹帯、オトシ(懐に入れ込むおもり)、尻ひきという独自の道具まである。弾き語り風の抑えた音色、荒々しい撥(ばち)さばきから繰出されるダイナミックな響き・・・変幻自在の三味線の効果音が舞台を盛り上げる。
 舞台では、お初、徳兵衛の主役二人(二体)を中心に、敵役の油屋九平次、天満屋主人等が絡み合い熱演する。人形一体に3人の人形遣いがついている舞台上では、文字通り絡み合いなのだろう。主遣いだけは顔を出し羽織袴で生きた人間として出演している。左遣い、足遣いは黒頭巾に黒装束姿といういでたちでまさしく黒衣(くろこ)に徹する。
 曽根崎心中は「生玉社前の段」「天満屋の段」「天神森の段」の三段で構成されている。舞台は、心中を決意したお初、徳兵衛の道行きの場面に移り、いよいよクライマックスを迎える。回転した盆床にはナント大夫4人、三味線4人もの多数が勢揃いし、大合唱、大合奏が場内に響き渡る。背景の大道具が移動するという意表をついた大仕掛けで、二人の道行きが、展開される。突然飛び交う人魂の灯りも効果的。照明を落とした未明の闇夜の舞台に、お初の白装束が鮮やかに浮かびあがる。愛する男との死を喜ぶお初の心情が切々と語られ、それに合わせた人形の見事な演技が繰り広げられる。お初の生きているかと思うほどの艶めいた壮絶ですらある演技に息を呑む。
 太夫、三味線弾き、人形遣いの織りなす見事な演劇空間。大仕掛けの舞台装置、舞台のリアリズムを演出する小道具の数々、艶やかな衣装に彩られた巧みな舞台効果。初めて見る「文楽」の世界は、数百年の伝統に支えられて積み上げられたきた総合芸術だった。「世界に類をみない究極の人形劇」の思いに浸りながら劇場を後にした。

住宅街のちっちゃなスーパーが閉店した2010年06月17日

 朝、ボランティア活動のため住宅街のコミュニティーセンターに向かっていた。帰りに昼食の食材を買って帰ろうと思いながら、途中の小型スーパーマーケットの玄関先を眺めた。大きなポスターが貼ってある。「6月15日をもちました当店は閉店しました」。そうだった!この店はもうなくなったんだ。
 住宅街の中の食品だけのちっちゃな店だった。店のすぐ裏と横に30台ばかりの便利な駐車場があった。それだけに住宅街の住民、とりわけ長く歩のが苦痛なお年寄りたちに重宝されていた。
 4か月前に住宅街のすぐそばに比較的大きなスーパーマーケットが開店した。品揃えも多く、駐車場も比較にならないほど大きい。小さなスーパーは、見る間に客数を減らし、あっけなく閉店した。閉店が公けになって住民たちはあらためてその便利さを気づかされた。自治会も閉店中止の要望を出したようだが、市場競争の原理の前には如何ともしがたい。後継店舗の目処はなく、跡地利用の計画もない。
 住宅街の高齢化の進展が目立ってきた。毎日の食材を安定して便利に調達できることが、高齢化地域の大事なインフラとなる。市場競争は避けがたいとしても、それだけに委ねていては、そうしたインフラは守れない。そのための住民側の智恵や工夫や仕組みが必要になってきた。

夫婦二人の老後スタイル2010年06月18日

 夕方、家内と一緒に最寄りの脳神経外科病院に出かけた。予約していた脳のMRI検査を受けるためだ。二年前にも同じ病院で検査を受け、1~2年ごとに定期的に検査を勧められていた。
 最近、血圧が上がり気味だった。先日、近所の診療所で受診し、降圧剤の服用することになった。3年前には弟が脳梗塞の大病を患っている。そんなこんなで脳関係の罹患を内心恐れていた。
 家内の検査終了後に続いて検査室に入った。頭を固定しドラムに突っ込んで20分ばかりの騒音に耐える。夕刻の診察時間を待って、二人一緒に診察室に入る。若い医師がレントゲン写真を前に待っている。開口一番「お二人とも前回の検査結果から特に変化はなく問題ありません」。ヨカッタ~ッ。
 四日前の月曜日には夫婦で観劇を楽しんだ。今日は二人揃ってのMRI検査だった。良くも悪くも夫婦二人の老後スタイルがやってきた。

リタイヤモードになった社会保険2010年06月19日

 今月から社会保険がいよいよリタイヤモードに切り替わった。まず健康保険が現役時代の任意継続保険が資格喪失となり、市役所で手続きして保険証も国民健康保険に切り替った。それに伴い先日、市役所から保険料の通知書兼納付書が送られてきた。あらためてその高額な保険料に驚かされた。
 そして今日は介護保険料の決定通知書兼納付書が送られてきた。当然ながら現役時代の保険料を大幅に上回る。保険料は年度途中の今期は直接納付だが、次年度からは年金からの天引き徴収になると説明されている。
 こうした社会保険の切り替え通知を通して、あらためて我が身の環境変化を知らされる。時代小説では「ご隠居さん」と称される身分になったことをしみじみ痛感するわけである。人はそうした営みをとおして自分自身のあるがままの姿をごく自然に受け入れていく。

娘よ2010年06月20日

 昨日、娘が初めて我が家に交際中の彼を連れてきた。もちろん事前にその話は両親にも伝わっている。我が家で昼食を共にするという。家内の出番である。朝から家中の掃除に余念がない。娘を叱咤しながら昼食準備に奮闘している。娘は娘で落ち着かない。いつになく父親への気遣いが見て取れる。「あんじょう迎えてナ」と言ってるかのようだ。
 10時前に彼がやってきた。リビングで娘から紹介されて、心なしか緊張気味に自己紹介する。実家が京都市内だという両親から託されたのだろうか。持参の土産・京菓子の話題が場を和らげる。とはいえ気になる話題も避けては通れない。仕事のこと両親のことなども尋ねてみる。はきはきとした口調で答えてくれる。明るそうな性格にも好感が持てる。
 昼食後、二人で近くのアウトレット・モールに出かけて行った。夕食は外食で済ますようだ。夜帰宅してからは二人で有馬川のホタルを観に行った。ホタル好きの男の子なら優しい筈だなどと他愛なく思ってしまう。自宅に戻って再び食卓を囲む。娘の手作りケーキを一同で味わった。シホンケーキの筈がカステラに近い出来栄えである。それを自嘲気味に口にする娘の心根を想い遣った。
 ♪嫁に行く日が 来なけりゃいいと 、おとこ親なら 誰でも思う♪ そんな気持ちがないではない。反面、三十路を越えた娘ではある。揺れ動くオヤジの気持ちは如何ともしがたい。