20年の地域活動に終止符を打った ― 2026年04月21日
第31回地区社協総会で10年に及ぶ会長職を退任した。退任挨拶では社協との今後の公的な関りは控える旨の意向を伝えた。2005年の自治会副会長就任以来、20年に及ぶ地域活動に終止符を打つことになる。以降はちょい呑みオヤジ会の代表世話人という個人的な地域との関りを残すのみである。
社協総会では次のような退任挨拶を行った。
「2005年の自治会副会長就任を皮切りに20年間地域活動に関わりました。この時の経験が民生委員就任のきっかけとなり、同時に社協役員も兼ねることになりました。
社協では広報担当や福祉ネット立上げ等を経て71歳で会長に就任しました。敬老お祝訪問、ぬくもりフェスタ、ホームページ立上げ等の取組みが印象に残っています。
プライベートでは、ホームページ山口風土記執筆、山口公民館講座講師、自叙伝自費出版等の文化活動にも手を広げました。
地区社協の器を糧としたやりがいのある充実したセカンドライフだったと感謝しています。会長在任10年と80歳という区切りのタイミングでの退任です。今後は社協とはプライベートは別にしても公のお付き合いは控えさせて頂き、読者や文化活動等を満喫したいと思います。
今の心境を川柳で詠んでみました。“傘寿超え 余りの人生 存分に”」
社協総会では次のような退任挨拶を行った。
「2005年の自治会副会長就任を皮切りに20年間地域活動に関わりました。この時の経験が民生委員就任のきっかけとなり、同時に社協役員も兼ねることになりました。
社協では広報担当や福祉ネット立上げ等を経て71歳で会長に就任しました。敬老お祝訪問、ぬくもりフェスタ、ホームページ立上げ等の取組みが印象に残っています。
プライベートでは、ホームページ山口風土記執筆、山口公民館講座講師、自叙伝自費出版等の文化活動にも手を広げました。
地区社協の器を糧としたやりがいのある充実したセカンドライフだったと感謝しています。会長在任10年と80歳という区切りのタイミングでの退任です。今後は社協とはプライベートは別にしても公のお付き合いは控えさせて頂き、読者や文化活動等を満喫したいと思います。
今の心境を川柳で詠んでみました。“傘寿超え 余りの人生 存分に”」
地区社協総会!新体制で新たなスタート ― 2026年04月20日
地区社協の第31回総会が開催された。出席者は代議員24名と新役員4名の28名だった。
冒頭、私から次のような開会挨拶をした。「私の会長在任期間と重なる社協分区から地区社協に協移行後の直近10年を振り返りたい。移行を通じて『地域に密着した独自性と自主性』が問われた。よりそいサポート導入、敬老のつどいから敬老お祝訪問への転換、ぬくもりフェスタの開催、ホームページの立上げ等を取組んだ。反面で2019年末からのコロナ禍の対応に追われた。活動自粛や感染対策と併せて対面総会の継続、ボラセン窓口の維持、独居高齢者の見守り電話訪問等のセイフティネット機能の維持に努めた。
他方で自治会はじめ地域組織との連携による地域交流拠点づくりを目指したが地域の合意に至らず最終的に断念した。この反省から社協の自主活動と自立性強化の新たな方向性を目指した。
その流れの集大成が「2023年のぬくもりフェスタ」の開催だった。 フェスタに向けた各事業部の自主的活動が活性化し一体的イベント開催の相乗効果が発揮された。」
議事が始まり、事業報告、会計報告の後、退任役員の紹介と挨拶になり、私と地域交流部長の二人が挨拶した。続いて役員選任に移り、新執行委員として新会長はじめ6人の新執行委員と4人の新役員が選任された。その後、新会長の事業計画提案と会計予算の提案があり、承認された。最後に会長代行の閉会挨拶があり11時半に総会が無事終了した。
執行委員5人の担当変更と6人の新任、4人の役員の新任という大幅な役員変更を伴った新役員体制による新たな地区社協がスタートした。
冒頭、私から次のような開会挨拶をした。「私の会長在任期間と重なる社協分区から地区社協に協移行後の直近10年を振り返りたい。移行を通じて『地域に密着した独自性と自主性』が問われた。よりそいサポート導入、敬老のつどいから敬老お祝訪問への転換、ぬくもりフェスタの開催、ホームページの立上げ等を取組んだ。反面で2019年末からのコロナ禍の対応に追われた。活動自粛や感染対策と併せて対面総会の継続、ボラセン窓口の維持、独居高齢者の見守り電話訪問等のセイフティネット機能の維持に努めた。
他方で自治会はじめ地域組織との連携による地域交流拠点づくりを目指したが地域の合意に至らず最終的に断念した。この反省から社協の自主活動と自立性強化の新たな方向性を目指した。
その流れの集大成が「2023年のぬくもりフェスタ」の開催だった。 フェスタに向けた各事業部の自主的活動が活性化し一体的イベント開催の相乗効果が発揮された。」
議事が始まり、事業報告、会計報告の後、退任役員の紹介と挨拶になり、私と地域交流部長の二人が挨拶した。続いて役員選任に移り、新執行委員として新会長はじめ6人の新執行委員と4人の新役員が選任された。その後、新会長の事業計画提案と会計予算の提案があり、承認された。最後に会長代行の閉会挨拶があり11時半に総会が無事終了した。
執行委員5人の担当変更と6人の新任、4人の役員の新任という大幅な役員変更を伴った新役員体制による新たな地区社協がスタートした。
社協Webに初めてスマホから投稿した ― 2026年04月19日
地区社協会長職のノートPCによる引継ぎ ― 2026年04月18日
地区社協総会を控えて、後任会長との事務引継ぎを行った。想定外に短時間の1時間半ばかりの引継ぎだったのは訳がある。
2年前に後任者への事務引継ぎを想定して地区社協で会長専用のノートパソコンを購入した。10年間の会長在任中に社協運営に関わる膨大なデータを作成し更新してきた。三役会、執行委員会、役員会、総会等の組織内会議のレジュメや議事録、自治会等の対外活動の記録、市社協提出書類、敬老お祝い訪問やぬくもりフェスタ等の新規事業の企画実施書、30年誌や会計データ等々。どれも会長でしかできないデータが殆どだ。
ノートパソコンがなければこの膨大なデータの引継ぎは困難だった。逆に言えば、この引継ぎツールのおかげで地区社協の最低限の組織運営は可能になる。
会長在任時に想定していたキーワードのひとつに「持続可能な組織運営」という点がある。いつか退任する時が来る。その時に会長でしかできない事項をいかにして後任者に託せるかを考えた。会長として積み上げた実績やデータは組織全体のものだ。後任者が引き継ぐか否かは別にしてもひとまず前任者の実績データは引き渡すことからら始まる。
ノートパソコンを媒体にした引継ぎを終えて肩の荷を下ろしたという感慨があった。
2年前に後任者への事務引継ぎを想定して地区社協で会長専用のノートパソコンを購入した。10年間の会長在任中に社協運営に関わる膨大なデータを作成し更新してきた。三役会、執行委員会、役員会、総会等の組織内会議のレジュメや議事録、自治会等の対外活動の記録、市社協提出書類、敬老お祝い訪問やぬくもりフェスタ等の新規事業の企画実施書、30年誌や会計データ等々。どれも会長でしかできないデータが殆どだ。
ノートパソコンがなければこの膨大なデータの引継ぎは困難だった。逆に言えば、この引継ぎツールのおかげで地区社協の最低限の組織運営は可能になる。
会長在任時に想定していたキーワードのひとつに「持続可能な組織運営」という点がある。いつか退任する時が来る。その時に会長でしかできない事項をいかにして後任者に託せるかを考えた。会長として積み上げた実績やデータは組織全体のものだ。後任者が引き継ぐか否かは別にしてもひとまず前任者の実績データは引き渡すことからら始まる。
ノートパソコンを媒体にした引継ぎを終えて肩の荷を下ろしたという感慨があった。
遅咲き八重桜に目を奪われた ― 2026年04月17日
コロナ禍後の中学校入学式の簡素化 ― 2026年04月16日
地元中学校の入学式に参列した。地区社協会長であり、学校運営協議会委員としての来賓出席だった。間もなくその双方の役職を退任するので最後の公的活動である。会場の保護者席には新入生の人数の倍近い保護者が席を埋めていた。少子化が新入生の晴れ舞台に寄せる
両親祖父母の想いに拍車をかけている。
開会15分前に会場の体育館の来賓席の一角に着席した。10時ちょうどに新入生116名がクラスごとに入場した。国家斉唱の後、新入生ひとりひとりの名前が読み上げられて紹介された。もうひとりの晴れ舞台の主人公である校長の思い入れたっぷりの式辞が述べられた。
続いて来賓紹介があった。学校運営協議会委員長とPTA会長が指名され挨拶はなく祝福の言葉だけが添えられた。その他の来賓は名前を紹介されることもない。祝詞・祝電披露も市長の祝詞の代読だけである。
新入生代表の女子生徒から「誓いの言葉」が述べられた。その中で「私たちの小学校の入学式はコロナ禍の緊急事態宣言中で屋外での簡素な式でした」という言葉に注目した。続いて在校生代表の「祝いの言葉」の後、校歌を斉唱して式典が終了した。開会から閉会迄僅か40分という思い切り簡素化された入学式だった。
誓いの言葉にあったコロナ禍の波紋を痛感した。この時を境に様々のイベントや式典や行事の見直しが始まった。無意味なセレモニーが実質本位に圧縮された。まるで「黒船」のようにコロナが前例主義の日本の風土に風穴を開けたようだった。
両親祖父母の想いに拍車をかけている。
開会15分前に会場の体育館の来賓席の一角に着席した。10時ちょうどに新入生116名がクラスごとに入場した。国家斉唱の後、新入生ひとりひとりの名前が読み上げられて紹介された。もうひとりの晴れ舞台の主人公である校長の思い入れたっぷりの式辞が述べられた。
続いて来賓紹介があった。学校運営協議会委員長とPTA会長が指名され挨拶はなく祝福の言葉だけが添えられた。その他の来賓は名前を紹介されることもない。祝詞・祝電披露も市長の祝詞の代読だけである。
新入生代表の女子生徒から「誓いの言葉」が述べられた。その中で「私たちの小学校の入学式はコロナ禍の緊急事態宣言中で屋外での簡素な式でした」という言葉に注目した。続いて在校生代表の「祝いの言葉」の後、校歌を斉唱して式典が終了した。開会から閉会迄僅か40分という思い切り簡素化された入学式だった。
誓いの言葉にあったコロナ禍の波紋を痛感した。この時を境に様々のイベントや式典や行事の見直しが始まった。無意味なセレモニーが実質本位に圧縮された。まるで「黒船」のようにコロナが前例主義の日本の風土に風穴を開けたようだった。
大ケヤキが芽吹く季節に ― 2026年04月15日
早朝ウオーキングの帰路である。国道に架かる新天上橋にやってきた。視線の先に青空にくっきり浮かぶ大木の枝ぶりがあった。郵便局に隣接して立つ大ケヤキである。
つい先日までは寒々とした枝だけの風情だった。今朝のケヤキは南側の枝先に緑の若葉をつけている。散り始めたさくら並木には尚ピンクの花弁が枝を覆っている。
ケヤキの若葉とさくらの花弁が共存する束の間の季節だった。
つい先日までは寒々とした枝だけの風情だった。今朝のケヤキは南側の枝先に緑の若葉をつけている。散り始めたさくら並木には尚ピンクの花弁が枝を覆っている。
ケヤキの若葉とさくらの花弁が共存する束の間の季節だった。
自治会総会で「街の歩み」の発信が求められた ― 2026年04月14日
在住する住宅街の自治会総会に出席した。会員1400世帯の市内有数の規模の自治会である。総会は住宅街の中にある小学校の体育館で開催される。
開会定刻の10時には約100名の会員が出席した。前半は活動報告と会計報告だった。報告についての質疑が相次いだ。「班長、ブロック長に連絡を取りたくても連絡先が分からない」という意見は、近年議案書の役員リストから個人情報保護のため住所と連絡先が削除されていることが背景にある。「自治会アプリの『My自治会』は情報共有の点で貴重な取組みだが、これを通じた自治会への問合せの仕方をもっとPRすべき」という意見も1年間で1000人を超える登録の成果である。
個人的に興味深かったのは「この町の歩みや歴史を自治会として整理し発信することを通して住民の繋がりや求心力を高めてはどうか」という意見だった。この意見に「この街の歩みは社協の冊子に掲載されている」という元自治会長の発言があった。私からも「この街のできごとや歩みのデータは把握している。自治会の広報に提供したい」と発言した。
我が街が誕生して44年目を迎える。あらためて誕生から今を振り返ることで行く末を辿る成熟期を迎えたのだろう。
開会定刻の10時には約100名の会員が出席した。前半は活動報告と会計報告だった。報告についての質疑が相次いだ。「班長、ブロック長に連絡を取りたくても連絡先が分からない」という意見は、近年議案書の役員リストから個人情報保護のため住所と連絡先が削除されていることが背景にある。「自治会アプリの『My自治会』は情報共有の点で貴重な取組みだが、これを通じた自治会への問合せの仕方をもっとPRすべき」という意見も1年間で1000人を超える登録の成果である。
個人的に興味深かったのは「この町の歩みや歴史を自治会として整理し発信することを通して住民の繋がりや求心力を高めてはどうか」という意見だった。この意見に「この街の歩みは社協の冊子に掲載されている」という元自治会長の発言があった。私からも「この街のできごとや歩みのデータは把握している。自治会の広報に提供したい」と発言した。
我が街が誕生して44年目を迎える。あらためて誕生から今を振り返ることで行く末を辿る成熟期を迎えたのだろう。
自治会総会でボラセンが託児ボランティア開設 ― 2026年04月13日
在住する住宅街の自治会の総会に出かけた。開会30分前に会場の小学校体育館に着いた。今回初めて自治会から地区社協に総会中の託児ボランティア開設を要請された。その準備状況を確認するための早目の到着だった。
体育館の入口反対側のコーナーに”子育てサロン”備品のプレイマットが敷かれ小型遊具、玩具、絵本が揃えられている。開会前には事前に連絡のあった4人の乳幼児たちの姿があり、数人のボランティアスタッフによる託児が始まっていた。
地区社協ボランティアセンターには独自の託児ボランティアのメニューはなかった。昨年5月から山口センターの児童センターで実施されている託児ボランティアにスタッフを派遣していた。今回の自治会総会の託児ボランティアは独自の取組みとしては初めてだった。共働きが一般的になり少子化が進行する環境下で今後の託児ボランティアの期待は大きい。その意味ではボラセンの新たな取組みメニューとして良いきっかけになったと思える。
2時間後の総会閉会に合わせて地区社協ボラセンの初めての託児が無事終了した。
体育館の入口反対側のコーナーに”子育てサロン”備品のプレイマットが敷かれ小型遊具、玩具、絵本が揃えられている。開会前には事前に連絡のあった4人の乳幼児たちの姿があり、数人のボランティアスタッフによる託児が始まっていた。
地区社協ボランティアセンターには独自の託児ボランティアのメニューはなかった。昨年5月から山口センターの児童センターで実施されている託児ボランティアにスタッフを派遣していた。今回の自治会総会の託児ボランティアは独自の取組みとしては初めてだった。共働きが一般的になり少子化が進行する環境下で今後の託児ボランティアの期待は大きい。その意味ではボラセンの新たな取組みメニューとして良いきっかけになったと思える。
2時間後の総会閉会に合わせて地区社協ボラセンの初めての託児が無事終了した。









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