老人会主催のコミセン寄席 ― 2026年10月22日
老人会主催の寄席が住宅街のコミセンで開催された。第5回コミセン寄席である。この寄席が開催されたきっかけは、今は亡きある老人会員が大阪の素人の落語研究会のメンバーだったことだ。コロナ禍前に一度開催されたが、以降休止されていた。昨年復活し今回も引続き開催された。
1時25分頃に会場に着いた。60人近い観客でほぼ満席だった。講談1席を含む5席の高座が始まった。
中年男性、高年男性、中年女性の3席の落語を聴いた。素人としてはネタをそれなりにこなして上出来の噺ぶりと思えた。ただネタを消化するのに精いっぱいという感は否めない。その場の雰囲気を掴んで臨機応変の巧みなアドリブを披露するゆとりはない。
3人の1時間15分の高座の後、中入りとなった。それを潮に会場を後にした。
1時25分頃に会場に着いた。60人近い観客でほぼ満席だった。講談1席を含む5席の高座が始まった。
中年男性、高年男性、中年女性の3席の落語を聴いた。素人としてはネタをそれなりにこなして上出来の噺ぶりと思えた。ただネタを消化するのに精いっぱいという感は否めない。その場の雰囲気を掴んで臨機応変の巧みなアドリブを披露するゆとりはない。
3人の1時間15分の高座の後、中入りとなった。それを潮に会場を後にした。
丸一日の留守番亭主 ― 2026年10月21日
早朝ウォーキング途中の我が家の前だった。ご婦人3人が乗車した車とすれ違った。車内手を振っているご婦人方に向かって手を振り返した。家内を含めた同じ街路の主婦たちである。滋賀方面のお土産と観光スポット満載の日帰りバスツー参加のご一行である。宝塚までマイカーで、そこからはツアーバスでのお出かけである。
亭主の地域活動卒業後、何かと夫婦二人の在宅時間が多い。家内にとっても亭主にとっても久々の”ボッチの日”でもある。お互いに久々の気休めの日でもある。
朝食だけでなく昼食、夕食もひとりで摂ることになった。昼食は早朝ウォーキング途中の24時間スーパーで「おおきなおむすび」を調達して済ませた。夕食は、徒歩5分の「めしや食堂」で一度味わってみたかった「肉すい鍋」を摂った。
たまにはこんな食事もアリかと思った。
亭主の地域活動卒業後、何かと夫婦二人の在宅時間が多い。家内にとっても亭主にとっても久々の”ボッチの日”でもある。お互いに久々の気休めの日でもある。
朝食だけでなく昼食、夕食もひとりで摂ることになった。昼食は早朝ウォーキング途中の24時間スーパーで「おおきなおむすび」を調達して済ませた。夕食は、徒歩5分の「めしや食堂」で一度味わってみたかった「肉すい鍋」を摂った。
たまにはこんな食事もアリかと思った。
今月のふれあい喫茶はオカリナ演奏 ― 2026年10月20日
朝露に濡れた蜘蛛の巣 ― 2026年10月19日
北方謙三著「水滸伝五(玄武の章)」 ― 2026年10月18日
北方謙三著「水滸伝五(玄武の章)」を読んだ。いくつもの物語の山場が展開する起伏の多い巻だった。
最初の山場は、江州の宋江を巡る官軍との攻防である。宋江の居場所が青蓮寺に補足され、宋江の一団は長江の中州の砦に追い込まれる。2万の官軍包囲網を林冲騎馬隊や梁山泊本体が破って、辛うじて宋江を救出する。
遼を放浪していた魯智深は女真族に囚われるが、遼の飲馬川の叛徒の頭目・鄧飛に救出される。
最大の山場は青蓮寺の実力者・李富によ企てられた周到な楊志暗殺計画の顛末である。妻子と一緒に隠れ家で過ごしていた楊志を青蓮寺の150人の闇軍が急襲する。100人の暗殺者たちを倒した楊志は、息子・楊令だけを残して妻とともに壮絶な最後を遂げる。
楊志暗殺を機に官軍は大軍をもって司令官不在となった二竜山、桃花山に押し寄せる。両山の指揮官である石秀、周通の死を賭けた奮戦と梁山泊軍の救援で両山は守られる。
最初の山場は、江州の宋江を巡る官軍との攻防である。宋江の居場所が青蓮寺に補足され、宋江の一団は長江の中州の砦に追い込まれる。2万の官軍包囲網を林冲騎馬隊や梁山泊本体が破って、辛うじて宋江を救出する。
遼を放浪していた魯智深は女真族に囚われるが、遼の飲馬川の叛徒の頭目・鄧飛に救出される。
最大の山場は青蓮寺の実力者・李富によ企てられた周到な楊志暗殺計画の顛末である。妻子と一緒に隠れ家で過ごしていた楊志を青蓮寺の150人の闇軍が急襲する。100人の暗殺者たちを倒した楊志は、息子・楊令だけを残して妻とともに壮絶な最後を遂げる。
楊志暗殺を機に官軍は大軍をもって司令官不在となった二竜山、桃花山に押し寄せる。両山の指揮官である石秀、周通の死を賭けた奮戦と梁山泊軍の救援で両山は守られる。
二家族の福井小旅行⑥三方五湖 ― 2026年10月17日
ホテルを予定より30分遅れの8時過ぎに出発した婿殿の愛車ミニが三方五湖の駐車場に着いたのは9時15分頃だった。懸念した通りリフト隣接の80台の第一駐車場は満車だった。やむなくかなり離れた第二駐車場に向かった。第二駐車場からはリフト前まで送迎バスで運ばれた。
リフト横にはケーブルカーも併設されているが観光客の多数はリフト選択。右へ倣えで選んだリフトは約2分で標高400mの山頂公園に到着した。山頂には五つのテラスが設けられ三方五湖(久々子湖、水月湖、三方湖、菅湖、日向湖)や日本海を360度見渡せる絶景スポットを提供してくれる。雲ひとつない秋晴れの青空の中の絶景を存分に愉しんだ。最も高い位置の「若狭テラス」では観光客にシャッターを依頼して5人全員の写真を撮った。
10時半頃に三方五湖駐車場を後にし、次のスポットに向かった。11時15分頃に昼食と買物を兼ねた「かにファクトリー甲羅組」に到着した。今年7月にオープンしたばかりのカニをテーマにした体験型テーマパークのようだ。核になっているのは蟹、海老、貝、魚卵等の海産物販売に、おむすび、丼等の直販のフードコートである。2階にはレストランやキッズランドもある。おむすび、かにみそバターフランス、パスタ等を調達しフードコートでランチした。ご近所さんへのお土産の買物もした。
12時過ぎにかにファクトリーを後にし、帰路に着いた。途中1時頃に、「道の駅・南えちぜん山海里」に立ち寄り、お土産の追加調達とクーポン消化をした。大津市の娘宅には13時過ぎに到着した。お茶を飲んですぐに我が家に向かった。
一泊二日の初めての二家族の福井ツアーが楽しい思い出をもたらした。二日間にわたる長距離のドライバーを担ってくれた婿殿にあらためて感謝した。
リフト横にはケーブルカーも併設されているが観光客の多数はリフト選択。右へ倣えで選んだリフトは約2分で標高400mの山頂公園に到着した。山頂には五つのテラスが設けられ三方五湖(久々子湖、水月湖、三方湖、菅湖、日向湖)や日本海を360度見渡せる絶景スポットを提供してくれる。雲ひとつない秋晴れの青空の中の絶景を存分に愉しんだ。最も高い位置の「若狭テラス」では観光客にシャッターを依頼して5人全員の写真を撮った。
10時半頃に三方五湖駐車場を後にし、次のスポットに向かった。11時15分頃に昼食と買物を兼ねた「かにファクトリー甲羅組」に到着した。今年7月にオープンしたばかりのカニをテーマにした体験型テーマパークのようだ。核になっているのは蟹、海老、貝、魚卵等の海産物販売に、おむすび、丼等の直販のフードコートである。2階にはレストランやキッズランドもある。おむすび、かにみそバターフランス、パスタ等を調達しフードコートでランチした。ご近所さんへのお土産の買物もした。
12時過ぎにかにファクトリーを後にし、帰路に着いた。途中1時頃に、「道の駅・南えちぜん山海里」に立ち寄り、お土産の追加調達とクーポン消化をした。大津市の娘宅には13時過ぎに到着した。お茶を飲んですぐに我が家に向かった。
一泊二日の初めての二家族の福井ツアーが楽しい思い出をもたらした。二日間にわたる長距離のドライバーを担ってくれた婿殿にあらためて感謝した。
二家族の福井小旅行⑤ホテル ― 2026年10月16日
3時半頃に宿泊予約していたホテル「亀の井ホテル福井」に到着した。フロントで二つのお得情報が提供された。ひとつは県の旅行支援キャンペーンのクーポン券で、もうひとつはホテルの夜食用の夜鳴き担々麺の無料サービスだった。
早目のホテル到着で夕食まで寛いだ。キャンペーンクーポンのスマホ設定に取りかかった。紙のクーポンだと4千円だが、スマホ提示だと5千円のポイントが付与される。結構これに手こずったが何とか無事に二人分のスマホに登録できた。その後、広々とした立派な大浴場にゆっくり浸かった。
6時から広間に用意された夕食を囲んだ。ホテルでの初めての二家族5人の食卓だった。孫娘にも立派な箱膳のお子様用会席が用意されていた。大人向けの「土地の恵み会席」は、前菜、お造り、台物(国産牛陶板焼き)、焼物(銀鱈西京焼き)、煮物(甘鯛みぞれ煮)、蒸し物(蟹茶わん蒸し)、酢の物、松茸ご飯に抹茶プリンが付いたコース料理だった。私だけ生ビールを味わった。
1時間程の夕食を終えて部屋に戻った。家内や娘たちは食後に入浴していた。9時にホテルサービスの夜鳴き担々麺を味わうためレストランに出かけた。赤(四川)、白ごま、黒ごまの三種の冷たい担々麺が月替わりで提供され、今回は黒ゴマだった。お腹が空いていないので夫婦で一杯だけにしたのが失敗だった。控え目な麺に味わいのある出汁でことのほか美味しかった。
早朝5時には目覚めて大浴場の朝風呂に浸かった。7時半出発に合わせて7時にはレストランの朝食を囲んだ。ビュッフェスタイルで地元食材もあったが、特段のコメントはない。それでも予定の時間を大幅に遅れて8時過ぎにホテルを出発した。
早目のホテル到着で夕食まで寛いだ。キャンペーンクーポンのスマホ設定に取りかかった。紙のクーポンだと4千円だが、スマホ提示だと5千円のポイントが付与される。結構これに手こずったが何とか無事に二人分のスマホに登録できた。その後、広々とした立派な大浴場にゆっくり浸かった。
6時から広間に用意された夕食を囲んだ。ホテルでの初めての二家族5人の食卓だった。孫娘にも立派な箱膳のお子様用会席が用意されていた。大人向けの「土地の恵み会席」は、前菜、お造り、台物(国産牛陶板焼き)、焼物(銀鱈西京焼き)、煮物(甘鯛みぞれ煮)、蒸し物(蟹茶わん蒸し)、酢の物、松茸ご飯に抹茶プリンが付いたコース料理だった。私だけ生ビールを味わった。
1時間程の夕食を終えて部屋に戻った。家内や娘たちは食後に入浴していた。9時にホテルサービスの夜鳴き担々麺を味わうためレストランに出かけた。赤(四川)、白ごま、黒ごまの三種の冷たい担々麺が月替わりで提供され、今回は黒ゴマだった。お腹が空いていないので夫婦で一杯だけにしたのが失敗だった。控え目な麺に味わいのある出汁でことのほか美味しかった。
早朝5時には目覚めて大浴場の朝風呂に浸かった。7時半出発に合わせて7時にはレストランの朝食を囲んだ。ビュッフェスタイルで地元食材もあったが、特段のコメントはない。それでも予定の時間を大幅に遅れて8時過ぎにホテルを出発した。
二家族の福井小旅行④鉾島 ― 2026年10月15日
越前大仏の参拝を12時頃に終えて、娘が予約していた昼食会場に向かった。12時15分の予約通りに到着した先は、住宅地の一角の民家1階の「銀寿司」という寿司屋さんだった。個室に案内され、5人がそれぞれに注文した。私が注文した海鮮チラシは鮮度もよくネタ満載で満足だった。
13時過ぎに寿司屋を後にし、次のスポットの日本海沿いの景勝地「鉾島」には14時15分に到着した。日本海の荒波に浸食された高さ約50メートルの柱状の岩場である。柱状の岩が鉾を並べたように見えることから「鉾島」と呼ばれているとのこと。陸から離れた島だが、遊歩道が整備されており断崖の上まで登ることができる。急な上り坂に悲鳴を上げ乍ら娘家族と一緒にてっぺんを目指した。ようやく辿り着いた頂上には鉾島神社があり、不動明王が祀られていた。
鉾島を後にし、福井市内の予約ホテルに向かった。
13時過ぎに寿司屋を後にし、次のスポットの日本海沿いの景勝地「鉾島」には14時15分に到着した。日本海の荒波に浸食された高さ約50メートルの柱状の岩場である。柱状の岩が鉾を並べたように見えることから「鉾島」と呼ばれているとのこと。陸から離れた島だが、遊歩道が整備されており断崖の上まで登ることができる。急な上り坂に悲鳴を上げ乍ら娘家族と一緒にてっぺんを目指した。ようやく辿り着いた頂上には鉾島神社があり、不動明王が祀られていた。
鉾島を後にし、福井市内の予約ホテルに向かった。
二家族の福井小旅行③越前大仏 ― 2026年10月14日
恐竜博物館の見学を10時半に終えた。娘の昼食予約は12時15分で車で30分ばかりのところだった。近くには「越前大仏」がある。少し足を伸ばして予定外ながら訪ねることにした。これが大正解だった。
10時15分頃に越前大仏に着いた。正式には「大師山・清大寺」という臨済宗の寺院である。1987年に勝山市出身の実業家が財産を投げうって建立した大伽藍である。
3連休初日のお昼前だったが、参拝者は予想外に少ない。シャッターの降りた門前町の中の参道にはカラフルなビニール傘のデコレーションがどこか侘し気だ。大人500円の拝観料を納めて入山する。左右に堂々たる仁王像を配した大門をくぐると、回廊に囲まれた広大な中庭の向うに中門が構えている。中門の先には東大寺大仏殿も凌ぐ巨大な大仏殿の堂々たる伽藍が待ち受ける。
大仏殿に入ると目の前に奈良の大仏より2ⅿ高い17ⅿの日本一大きい大仏座像が鎮座している。その左右にも10ⅿ余りの菩薩像、羅漢像の2体の立像が立っている。更に三方の壁にはそれぞれ11段の棚がしつらえてあり1ⅿ余りの小仏像が合わせて1281体納められている。何とも桁外れのスケールの大仏殿だった。
大仏殿から風情のある木造の回廊を通り、五重塔に向かった。途中、九龍壁という中国の由緒ある装飾壁を再現した九頭の龍を描いた壁画があった。高さ75ⅿの五重塔にはエレベーターで昇った。京都東寺の五重塔を超える高さの、これまた日本一の塔である。最上階からは南の比較的近い位置に勝山城が臨めた。
越前大仏の多くは建立40年を経たコンクリート製の伽藍である。昭和の高度成長期に建てられた多くのコンクリート製の建造物は約50年ともいわれる耐用年数を迎えている。参拝者が想定以上に少なく赤字続きといわれる越前大仏の将来を憂いた。
10時15分頃に越前大仏に着いた。正式には「大師山・清大寺」という臨済宗の寺院である。1987年に勝山市出身の実業家が財産を投げうって建立した大伽藍である。
3連休初日のお昼前だったが、参拝者は予想外に少ない。シャッターの降りた門前町の中の参道にはカラフルなビニール傘のデコレーションがどこか侘し気だ。大人500円の拝観料を納めて入山する。左右に堂々たる仁王像を配した大門をくぐると、回廊に囲まれた広大な中庭の向うに中門が構えている。中門の先には東大寺大仏殿も凌ぐ巨大な大仏殿の堂々たる伽藍が待ち受ける。
大仏殿に入ると目の前に奈良の大仏より2ⅿ高い17ⅿの日本一大きい大仏座像が鎮座している。その左右にも10ⅿ余りの菩薩像、羅漢像の2体の立像が立っている。更に三方の壁にはそれぞれ11段の棚がしつらえてあり1ⅿ余りの小仏像が合わせて1281体納められている。何とも桁外れのスケールの大仏殿だった。
大仏殿から風情のある木造の回廊を通り、五重塔に向かった。途中、九龍壁という中国の由緒ある装飾壁を再現した九頭の龍を描いた壁画があった。高さ75ⅿの五重塔にはエレベーターで昇った。京都東寺の五重塔を超える高さの、これまた日本一の塔である。最上階からは南の比較的近い位置に勝山城が臨めた。
越前大仏の多くは建立40年を経たコンクリート製の伽藍である。昭和の高度成長期に建てられた多くのコンクリート製の建造物は約50年ともいわれる耐用年数を迎えている。参拝者が想定以上に少なく赤字続きといわれる越前大仏の将来を憂いた。
二家族の福井小旅行②恐竜博物館 ― 2026年10月13日
旅行当日、朝4時半に自宅を出て、大津市の娘宅に向かった。最初のスポットの恐竜博物館のチケットは9時半予約だった。そのためには、婿殿のマイカーで大津を6時半には出発しなければならない。
恐竜博物館駐車場に8時半に到着した。ほぼ満車だったが何とか最も近い第1駐車場に駐車できた。博物館玄関には既に行列ができている。
9時に入館した。ドーム型の広大な主要会場の1階から3階までが長いエスカレーターや階段で繋がっている。最初の会場入口には馴染みのある恐竜の巨大な複製が出迎える。その後は館内に所狭しと展示された51体の恐竜の全身骨格を見学。複製の動く恐竜や頭から尻尾迄見通せないほどの長い恐竜、天井を突き抜けるような高身長の恐竜など迫力満点の展示だった。別会場では地上最大の生き物「竜脚類」の特別展を見学した。高さ19mにも及ぶ骨格も展示され圧倒的なスケールだった。
10時半頃に見学を終えて次のスポットに向かった。
恐竜博物館駐車場に8時半に到着した。ほぼ満車だったが何とか最も近い第1駐車場に駐車できた。博物館玄関には既に行列ができている。
9時に入館した。ドーム型の広大な主要会場の1階から3階までが長いエスカレーターや階段で繋がっている。最初の会場入口には馴染みのある恐竜の巨大な複製が出迎える。その後は館内に所狭しと展示された51体の恐竜の全身骨格を見学。複製の動く恐竜や頭から尻尾迄見通せないほどの長い恐竜、天井を突き抜けるような高身長の恐竜など迫力満点の展示だった。別会場では地上最大の生き物「竜脚類」の特別展を見学した。高さ19mにも及ぶ骨格も展示され圧倒的なスケールだった。
10時半頃に見学を終えて次のスポットに向かった。








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