乙川優三郎著「生きる」 ― 2010年06月03日
乙川優三郎の代表作で直木賞受賞作品「生きる」を再読した。私にとって乙川優三郎との初めての出会いの作品だった。8年前の現役の頃上司だった人に勧められて単行本を購入した。当時の読後感は定かでないが、いい作品だったことだけは記憶に残っていた。
再読を終えて、あらためて心の襞に沁み込むものがあった。テーマは暗くて重い。舞台は関ヶ原の戦いから60数年後の江戸時代初期の北国の11万石の藩である。主人公の馬廻組五百石の当主・石田又右衛門は、関ヶ原敗軍の浪人だった父親が藩主・飛騨守に召し抱えられてようやく碌を得た二代目の新参者である。物語はその恩顧の藩主の臨終の場面で幕を開ける。主君の死に殉ずる追腹が、忠義の形として称えられる戦国の気風が色濃く残っている時代である。寵臣の一人として又右衛門も追腹の覚悟を固めていた。
そんな折、又右衛門は同じく藩主寵臣の小野寺郡蔵とともに筆頭家老・梶谷半左衛門から呼び出される。追腹の禁令を考えている筆頭家老はもっとも追腹を切りそうな二人に生きてお家に尽くせと追腹断念を迫る。不意を突かれ切羽詰まった状況で、二人は差し出された誓紙に同意する。腹を切らぬこととそれが藩命であることを他言せぬことを守る限り両家の存続が保証されるという誓紙である。
藩主の死後、17名もの家臣が相次いで追腹を切る。次は又右衛門か郡蔵かと向けられる周囲の目は日増しに強くなる。更に一人娘の夫である藩主の近習が追腹し、ひとり息子までもが父の汚名をそそごうと腹を切ってしまう。そんな事態になってもなお生き続ける又右衛門への非難の嵐は陰に陽に一層過酷なものになっていく。そんな中でも誓紙がある限り又右衛門は沈黙を守る他はない。
何という苛烈なテーマ設定だろうか。「生きる」ということの意味を直載に問うている。同時にこの物語は、「理」と「情」の葛藤の物語でもあると思った。追腹という情に勝ち過ぎる非合理な行動と、それを断念することの理に身を置いた者の葛藤である。又右衛門に追腹を迫る周囲の不条理な情の世界が、理を貫こうとする又右衛門から相次いでかけがえのないものを奪っていく。葛藤と逡巡の果てに又右衛門はようやく毅然として生き続けることの境地に至る。理の世界に居直って生きることに腹を固めたと思った。
晩年を迎えた又右衛門に失脚後復権した筆頭家老・梶谷から詫状と詫びの印が届けられる。印とは家老が手配した長く絶縁となっていた一人娘と若侍に成長したその息子である。庭先に立つ二人を見つめる又右衛門・・・。「又右衛門は、震える唇を噛みしめ、これでもかと凛として二人を見つめながら、やがておろおろと泣き出した」。これが物語の最後の文章である。理に徹して生きた筈の又右衛門が情に身を委ねた瞬間だった。
再読を終えて、あらためて心の襞に沁み込むものがあった。テーマは暗くて重い。舞台は関ヶ原の戦いから60数年後の江戸時代初期の北国の11万石の藩である。主人公の馬廻組五百石の当主・石田又右衛門は、関ヶ原敗軍の浪人だった父親が藩主・飛騨守に召し抱えられてようやく碌を得た二代目の新参者である。物語はその恩顧の藩主の臨終の場面で幕を開ける。主君の死に殉ずる追腹が、忠義の形として称えられる戦国の気風が色濃く残っている時代である。寵臣の一人として又右衛門も追腹の覚悟を固めていた。
そんな折、又右衛門は同じく藩主寵臣の小野寺郡蔵とともに筆頭家老・梶谷半左衛門から呼び出される。追腹の禁令を考えている筆頭家老はもっとも追腹を切りそうな二人に生きてお家に尽くせと追腹断念を迫る。不意を突かれ切羽詰まった状況で、二人は差し出された誓紙に同意する。腹を切らぬこととそれが藩命であることを他言せぬことを守る限り両家の存続が保証されるという誓紙である。
藩主の死後、17名もの家臣が相次いで追腹を切る。次は又右衛門か郡蔵かと向けられる周囲の目は日増しに強くなる。更に一人娘の夫である藩主の近習が追腹し、ひとり息子までもが父の汚名をそそごうと腹を切ってしまう。そんな事態になってもなお生き続ける又右衛門への非難の嵐は陰に陽に一層過酷なものになっていく。そんな中でも誓紙がある限り又右衛門は沈黙を守る他はない。
何という苛烈なテーマ設定だろうか。「生きる」ということの意味を直載に問うている。同時にこの物語は、「理」と「情」の葛藤の物語でもあると思った。追腹という情に勝ち過ぎる非合理な行動と、それを断念することの理に身を置いた者の葛藤である。又右衛門に追腹を迫る周囲の不条理な情の世界が、理を貫こうとする又右衛門から相次いでかけがえのないものを奪っていく。葛藤と逡巡の果てに又右衛門はようやく毅然として生き続けることの境地に至る。理の世界に居直って生きることに腹を固めたと思った。
晩年を迎えた又右衛門に失脚後復権した筆頭家老・梶谷から詫状と詫びの印が届けられる。印とは家老が手配した長く絶縁となっていた一人娘と若侍に成長したその息子である。庭先に立つ二人を見つめる又右衛門・・・。「又右衛門は、震える唇を噛みしめ、これでもかと凛として二人を見つめながら、やがておろおろと泣き出した」。これが物語の最後の文章である。理に徹して生きた筈の又右衛門が情に身を委ねた瞬間だった。

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