高齢介護世帯の病院選び2017年04月18日

 住宅街の介護者の会に参加した。今回はこれまで参加された6名全員が顔を揃え賑やかな会となった。90歳代の主宰者からは「在宅介護・在宅医療」の最近のニュースや「混合介護」の解説など相変わらずの健筆な「ニュース」が配布された。
 今回話題となったのは、高齢介護世帯にとっての病院選びの難しさである。まず病院の分類や種類がよく分からない。病院と診療所、急性期病院と療養型病院、特定機能病院など素人には何がどう違うのかよくわからない。かかりつけ医選びでも訪問診療をしてもらえるか往診だけなのかの違いがある。
 こうした高齢介護世帯にとっての病院やかかりつけ医選びは今後ますます切実で重要なテーマになりつつある。できれば近在の病院や診療所がどんな機能や役割を担っているのかも含めて福祉ネットの広報紙で取り上げたいと思った。

二ヶ月ぶりのつどい場”あん”での収穫2017年04月16日

 前回は孫娘・花ちゃんの来訪で参加できなかった「つどい場”あん”」に二ヶ月ぶりに参加した。今回のランチタイムの参加者は大人6人とこども3人とやや少なめだった。午後のティータイムに参加する方も何人かあるようだ。
 12時頃に訪問すると今回も一番乗りだった。いい機会だったので税理士である主宰者のご主人に個人的な相談をした。社協総会に向けて会計報告や予算作成に難渋した。現状は現金出納帳だけはPC入力で処理されているが科目別仕分けや会計報告、予算に全く連動していない。個人的な知識ではソフトを使えばそれらは自動計算が可能なはずである。そこで専門家であるご主人にその点をお聞きした。「ソフトで現金出納帳の科目別集計や決算・予算は自動計算できる。適当な低額の管理ソフトか無料ソフトを紹介しても良い」とのこと。即座にお願いした。
 お昼過ぎには奥さん介護のご夫婦がお見えになった。安心窓口スタッフの紹介のようだ。私とは初対面であるが、ランチしながら懇談したら共通の友人がいたりしてすぐに打ち解けた。ご主人はお酒も呑めゴルフが趣味ということだったので早速ちょい呑みオヤジ会をご案内した。大いに関心があったようで早速今月のオヤジ会から参加してもらうことになった。郷土史にも関心があるとのことでその点でも話題が弾んだ。
 集合写真を撮って2時すぐにはお暇した。収穫の多い2ヵ月ぶりのつどい場”あん”だった。

ボランティア組織の議論の在り方2017年04月15日

 昨晩遅くまで社協分区の臨時執行委員会があった。10日後の社協総会に向けて来期予算案を中心テーマとした議案の最終確認のためだった。
 昨年分区長に就任して初めて取りまとめた予算案を提案した。執行部メンバーの忌憚のない活発な意見を頂いた。結果的に起案した予算編成方針は大きく修正されることになった。ボランティア組織として急激な変更でなくソフトランディングを睨んだ私の起案に対する本来のあるべき健全な予算編成の立場からの修正だった。
 従来は私があるべき論で起案し、執行部メンバーから現実的な修正を加えられるというパターンが多かった。それだけに今回の議論と結論はかつてなく実りのあるものだったと思えた。ボランティア組織での議論の在り方はどのような結論を得るかということと合わせてどのようにしてその結論に至ったかという点が重要である。メンバーの議論過程への参加と納得がその後の活動のモチベーションに深く関わっているからだ。

ブログを更新しないブログ記事2017年04月14日

 2006年6月にこのブログを立ち上げて以来11年に及ぶ。2007年2月13日に皮膚癌治療のため入院生活を余儀なくされて以降、毎日欠かすことなく更新してきた。それは執念ともいえるこだわりのような気もする。一度途切れたら以後とめどなく更新しない日々が訪れるのではないかという不安もあった。一度決めたことは頑なに守り続けるという生来の生真面目さも手伝っている。
 とはいえ既に齢(よわい)71歳の高齢の身である。いつ何時病を得てブログ更新が叶わない時がくるともしれない。ここらで肩ひじ張った毎日更新の呪縛から解き放つことにしよう。
 ブログでこうした心情をあえて吐露することで呪縛から免れようという姑息な手段を講じていることも百も承知である。

久々の有馬川土手道と満開のさくら並木2017年04月13日

 ブログの散歩道カテゴリーの記事がすっかり少なくなった。ポケモンGOを始めて以来散歩コースが山口の集落内の旧街道に限定されるようになった。その結果、ブログ記事にしたくなるような季節の移ろいの風景を目にすることがとんと少なくなった。
 そんなこの頃だが、今朝の散歩道では天上橋を渡り集落に向かういつものコースを変更した。橋を渡らずまっすぐ有馬川沿いの土手道を進んだ。目の前の満開のさくら並木の咲き誇る花の誘いを断れなかった。中国道のガードをくぐった先にお気に入りの風景がある。並行する有馬川と土手道とさくら並木がおりなす風景である。その風景は満開のさくらをつけた並木道となる季節にピークを迎える。ピークの風景を愛でながら久々に有馬川土手道を歩いた。

乙川優三郎著「五年の梅」2017年04月12日

 乙川優三郎の短編集「五年の梅」を読んだ。五篇の短編がおさめられている。どの作品にも共通しているのが不幸のどん底にあえぐ主人公たちが追い詰められながらも最後の土壇場で踏みとどまり、生き直す力を取り戻す姿である。生きることに不器用な、あるいは下劣な生き方しかできない人物たちにスポットを当て、ギリギリのところで生き直す機会を与えている。解説でも指摘されているように、それは作者・乙川優三郎の優しさなのろう。その優しさに魅かれ浸されながら読者は乙川ワールドに引き込まれていく。
 そうした主題の醍醐味とは別に、作者の情感溢れる表現力に圧倒されたのが表題作の「五年の梅」だった。慕い合い暗黙のうちに将来を誓い合っていた助之丞と弥生。助之丞は弥生との別れも決意して主君に諫言し蟄居の身となる。募る想いを振り切って嫁いだ弥生は婚家の惨酷な家風と誕生した盲目の娘の養育という苛酷な境遇に晒される。蟄居を解かれ出仕した助之丞は幾度も弥生に救いの手を差し伸べるが頑なに拒否される。それでも助之丞はようやく主君お抱えの眼医者の診療を弥生の娘に受けさせられるところまでこぎつける。
 眼医者の薬園の梅林に向かう道筋で助之丞は弥生母子と出会う。道なりを歩きながら泥濘が道を塞いだ時、助之丞は娘を抱き上げて渡してやる。弥生にも手を貸そうとして振り向く助之丞。以下は最後の三行の描写である。
 「鮮やかな紅梅の向こうに歩いてきた道のりが見えて、胸のつまる気がした。その案外に長い道のりの終わりに弥生はうつむいて両手を握りしめていたが、助之丞が泥濘から手を差し出すと、震える手を伸ばしてきた」。頑なに拒否してきた弥生が意を決して受け入れた瞬間の鮮やかで余韻の籠った描写だった。

さらば!メラノーマ2017年04月11日

 2007年3月8日、悪性黒色腫(メラノーマ)というおどろおどろしい病名の皮膚癌で2度目の手術を行った。我が右手親指は根元から切除され永遠に返らぬことになった。以来、抗がん剤投与に始まって徐々にゆるやかな治療や検査を受けながら闘病生活が続いた。
 癌の術後の経過観察期間は10年で完結する。その丸10年を超えた昨日、最後の診察を受けるべく大阪市大病院に出かけた。昨年10月に最後の血液検査とCT検査を終え異常が見られなかったことから今回は10年を超えた時点の最後の診察だった。
 9時の診察開始と同時に診察室に入った。大病院での手術と治療だったので、定期的に人事異動が行われる。10年前の執刀医から数えて主治医は5人ぐらい代わっている。最後の主治医も3回目ぐらいの受診で馴染みは薄い。患者の方は闘病の卒業というメモリアルな受診ではあっても前任者から引き継いだ主治医からすれば担当患者の単なる病状の通過地点でしかない。患者の側からは「永い間お疲れ様でした」位の言葉があるかと思ったが特にない。「今後は気になることがあったらかかりつけ医との相談で処置して下さい」とのこと。おだやかな語り口ながらビジネスライクな診察を終えて会計に向かった。
 9時15分には病院を後にした。もう来ることもない病院である。思えば人生の最大の危機と言えるシーンを過ごした場所である。病院の建物を今一度振り返り天王寺駅に向かった。

大荒れの自治会総会!〇に近い△という選択肢は?2017年04月10日

 住宅街の自治会総会が開催された。定刻の9時半には152名の自治会員が会場の小学校体育館に集まった。会場の雰囲気がいつもと違う。聞けば明日の入学式に備えて体育館はすっかり入学式バージョンに衣替えされている。その装いのまんまの総会設営だった。
 自治会執行部から事前配布された議案書には問題の多い原案が記載され波乱含みの総会が懸念されていた。蓋を開けると予想以上に激しい意見の応酬と混乱に満ちた総会となった。閉会予定の12時になっても会場を二分する議案の収拾のメドがたたない。議長の精一杯の議事進行の提案にも関わらず、採決に至る手順すらコンセンサスが得られない。最終的に私から次のような収拾案を提案し拍手承認されて決着した。「対立する二つの論点を新会長をはじめとする新役員が関係者の意向を聞き取りながら継続審議することとし、これを前提に他の議案はすべて承認する」。新副会長による閉会挨拶を終えたのは1時過ぎだった。ようやく大荒れの総会が出席者にかつてない亀裂と分断をもたらして幕を閉じた。
 混乱の背景のひとつに自治会で永年継続されてきた予算措置に対する自治会長の修正意欲の強さがあったと思う。具体的には「募金の自治会拠出」と「関係団体助成金」である。昨年現役をリタイヤした直後に就任した会長にはそれらの措置は改革すべき因習のように見えたのだろう。ところがそれらの措置はそれぞれに地域のコミュニティを維持する上でかけがえのない予算措置であるという根強い声もある。それぞれの立場の違いによる意見の相違はあって当然である。
 問題はその協議の在り方である。自治会役員は任期1年で一斉に入れ替わる。そのため方針変更を意図した場合短期間で決着する他ない。今年に入り二三回の班長会議での協議で重大な方針変更が一気に議案として決定された。しかも議案提案でなく予算案の数字変更のみの提案である。そのため総会の場で会長の口頭による趣旨説明が延々と繰り広げられた。加えて「班長会議という皆さんの代表が決定した方針がなぜ受け入れられないのか」といった会長の総会の意義を否定するかのような発言が火に油を注いだ。
 非加入や退会が相次ぎ自治会基盤の脆弱化が懸念される昨今である。そんな状況での自治会の最優先の課題は自治会員の共感とコンセンサス形成に留意しコミュニティ機能をより強化することではあるまいか。会長のリーダーシップとはそのためにこそ発揮されるべきであり、決して自身の考えを通すことがリーダーシップではあるまい。今回の総会では班長会議での決定という大義をかざした会長の自身の考え方の固執が、自治会の亀裂と分断をもたらすというもっとも避けるべき事態を招いたように思えてならない。「〇か×か」という二者択一の選択肢でしか議論できなかったことの不幸な結末でもある。
 とはいえ辛うじて新役員のもとでの二つの論点の継続審議というコンセンサスが得られた。執行部原案に反対した側も現状の問題点については改善にやぶさかではない筈である。関係者のひとりとして冷静な協議を通して「〇に近い△」という選択肢を見い出だしたい。

地域ボランティアグループのお花見会2017年04月09日

 住宅街のど真ん中にある公園でお花見会があった。住宅街の公園の清掃や花壇づくりのボランティアを永年続けているグループの主催である。代表者はちょい呑みオヤジ会の世話人でもある知人である。忙しさにかまけて公園ボランティアに参加しなくなって久しいが、代表者に声を掛けて頂きビールにつられて馳せ参じた。
 11時から始まったお花見に20人の老若男女が参加した。一週間前の山口町のさくらまつりでは蕾のままだったさくら並木がほぼ満開である。1500円の会費で呑み放題のビール、お酒、ワインと手作り料理を中心としたアテやお寿司が用意された。早朝には霧雨模様だったが開催の頃にはなんとか曇り空がキープされた。参加者の自己紹介が始まった。スポーツ21の関係者が多い。5人ほどのオヤジ会メンバーも参加している。社協の役員だったご婦人方もいる。
 和気あいあいの懇親が2時間ばかり続いた頃に突然俄雨に見舞われた。ちょうど解散時間でもあったので一斉に撤収作業にかかった。
 懇親の中で誰かが感想を述べていた。「この町の雰囲気が好きだ。色んな人が色んな形で地域に関わっている。それぞれにささやかながら地域の役に立とうと頑張っている。そうしたつながりを通してこうした懇親の場に集えることが嬉しい」。同感である。住民たちのそんな素朴で誠実な想いが地域コミュニティの原点を支えている。

「分区20年誌」出稿!2017年04月08日

 朝からパーソナル編集長とにらめっこが続いた。昨年4月の社協分区総会で承認された「分区20年誌」の40頁の最終校正のためだ。総会後の執行委員会で「1年後の分区総会で発行・配布したい」と宣言した。多少無理かなと思えても敢えて宣言して退路を断つことで自分を追い込んだ。これまでも課題を達成する際にしばしば用いた手法である。
 以来、分区の三役6人で構成される6回の編纂委員会を経てようやく全ての原稿を脱稿した。編集責任者として20年の通史と多くの添付資料作りを担当した。印刷業者との見積りと校正等の打合せも済ませた。見積りはほぼ当初予算通りの金額で納まった。編集ソフトを使ったPDFによる完全編集版での出稿で約10万円の編集手数料が削減できたことが大きい。今月23日の分区総会での発行・配布も確認できた。
 初めての冊子編集だったが、同じ編集ソフトを活用した広報紙編集の経験が活かされた。素人ながら何とか格好のついた冊子に仕上がったと思う。人生の晩年を迎えて最後のライフワークに「自分史」出版を目論んでいる。今回の冊子編集を通してその目論見もメドがたったような気分になった。