知人の文芸誌応募作品を読んだ2026年05月02日

 先日、ファミリーレストランで知人と懇談した。彼は自身の半生を綴った創作を文芸誌のコンテストに応募し最終選考にノミネートされていた。執筆活動という共通の趣味に話しが弾んだ。彼の応募作品をメールしてもらう約束をして別れた。そのメールが届き、応募作品を読んだ。
 原稿はA4サイズ100頁以上の大作だった。大学受験から39年間の教員生活の歩みを綴ったノンフィクションである。物語は、少年時代の宇宙への憧れ、大学での進学コースと宇宙への夢の乖離、教員生活での生徒たちとの部活を通じた様々の意欲的な挑戦等が次々と繰り広げられる。圧巻は最期の教員生活となった洲本高校科学技術部の顧問としての糖燃料ハイブリッドロケットの打ち上げである。何度も失敗と挫折を経て最後に成功するまでがハラハラドキドキのタッチで描かれている。
 実体験の足跡が丁寧に生々しく描かれている。文章力のレベルの高さが豊富な読書量を伺わせる。理工系の研究者、技術者らしい数値やファクトに裏付けられた実証的な描写が、作者のこの分野の造詣の深さを物語っている。何よりもそうした技術的な実体験を文章表現し、ひとつの長編物語として仕上げていることの凄さに脱帽するほかはない。
 文芸誌コンテストの最終選考にノミネートされるのも十分頷ける作品だった。身近な知人の文芸誌コンテストでの成功は、私にとっても同じ試みを挑戦させる励みになった。

ジョイフルで知人から貴重な情報を得た2026年05月01日

 早朝ウオーキングを兼ねて徒歩20分ばかりのジョイフルの店に出かけた。7時前に到着し知人の来店を待った。
 20年前に自治会副会長に就任し地域活動を始めた時の同じ副会長だった人である。現在はちょい呑みオヤジ会のメンバーで地区社協の広報部長でもある。1年前に現役を退き、ようやく地区社協の役員就任して頂いた。その1年後には私は社協会長を退任したので殆んどすれ違いと言ってよい。
 オヤジ会でのグループラインで彼が創作を出版社のコンテストに応募し最終選考6作品に選ばれたという情報が発信された。私も74歳の時に400頁もの自叙伝を自費出版していた。当時は出版社のコンテストに応募するなど思いもよらなかったので大いに興味を抱いた。そこで彼のコンテスト応募の動機や想いを聞かせてもらう機会を設けて貰った。
 1時間余り懇談し、良い情報が得られた。「多数あるコンテストの中でその狙いに合致した分野を選択すこと」「応募は自分の作品を第3者に評価してもらえる良い機会であること」「添削や編集は生成AIを活用することで時短だけでなく高度な質が得られる」等々。
 執筆活動の造詣だけでなくITの積極的な活用等、私の興味や思考と合致することが多い人だとあらためて共感した。生成AIによる添削・編集は「目から鱗」の有難い情報だった。地域活動卒業後の余生に自叙伝原稿のコンテスト応募というテーマが俄かに現実化してきた。

朝7時からの老人会清掃活動に参加した2026年04月08日

 地元の老人会では年一回地域清掃活動を行っている。地区に隣接する小学校の校門を挟んだ左右の長い植樹棚の雑草刈りが活動内容である。
 早朝の7時からその活動に参加した。用意された刈込バサミと箒とチリトリとゴミ袋を手にして端から作業にかかった。植込みにあちこちで頭を出している雑草を刈り込む。1時間ばかり作業を続け箒で刈り取られた雑草を集めて所定のビニール袋に収納する。
 校長と教頭が相次いで挨拶に顔を出された。役員の声掛けで校門前に集合した。10人の参加者の集合写真を撮って散会した。

ブレイバーズ球団の引退後の就職先の準備策2026年03月10日

 購読紙の記事にの「ブレ―バーズ」の文字を見つけた。プロ野球関西独立リーグの兵庫ブレイバーズは球団代表がちょい呑みオヤジ会の会員で3年前からオヤジ会有志が三田の球場に出かけて応援している。 
 記事の内容は、球団が選手たちの引退後のセカンドキャリア支援の一環で三田市内で開催したインターンシップ(就業体験)説明会の報道だった。説明会では三者がブースを設けて選手31名が参加し担当者の説明を受けたという。
 オヤジ会でも球団代表はしばしば選手たちの地域貢献の話題やセカンドキャリアの厳しさの話題にふれ選手たちへの気遣いが窺えた。そうした想いの具体的な対応が今回のインターンシップの開催に繋がっているのだろう。
 昨年10月のドラフト会議ではブレイバーズの山﨑選手が阪神球団の育成2位で指名され、喝采を浴びた。その陰でプロ野球選手の夢に向かって過ごした独立リーグを力及ばず去っていく若い選手も多い。そうした現実を直視し、現役中からセカンドキャリアの準備という選択肢を用意した球団代表の想いに喝采した。

知人のITスキルのすご技2026年02月02日

 2月19日に市社協主催の「小地域福祉活動者研修会」が開催される。基調講演後に6地区社協の事例発表も予定されている。今回、我が地区社協の「ぬくもりフェスタ」もその事例に選ばれ私が報告する。
 持ち時間は質疑応答込みで15分とのこと。早速パワーポイントでプレゼンデータをシート10枚でまとめた。ただこれを口頭のプレゼンで実質10分で説明しきれるか自信はない。そこで時間設定が可能なスライドショーで上映できないか検討した。ただ地声のナレーションでは余りにも聞き苦しい。
 そんな時、オヤジ会メンバーでITスキルに長けた知人のことを思いだした。メールで打診するとパワポのスライドショー転換は得意分野とのこと。すぐにパワポデータとナレーション台本のワードデータを送信した。
 その日の内に生成AIで作成された女性の声のナレーションのスライドショーが返信された。5分足らずのスライドショーに仕上がっている。持ち時間にゆとりがありすぎる。少し早口なのでトークのピッチを遅くすることと動画2点を追加挿入することを追加でお願いした。
 翌日には注文通りの内容に仕上がって送信された。知人のITスキルのすご技に驚嘆した。

町内老人会の新年会に出かけた2026年01月21日

 町内老人会の新年会に出かけた。11時半から自治会館で始まった会には24人の会員が参加した。男性は8人で圧倒的に女性が多い。会費制の宴席には最寄りの仕出し屋さんのちらし寿司と缶ビール、おつまみ用の菓子袋等が準備されていた。
 開会挨拶、乾杯の後、缶ビール片手に食事をしながら歓談した。参加者の自己紹介を兼ねた近況報告となった。それぞれに年季を経て味のある報告が続いた。
 その後は、ビンゴゲームになった。他愛のないゲームだが、進行に従って予想以上に盛り上がる。真ん中あたりでビンゴをゲットしホッとした。ゲームの後は高齢者向けのお気に入りイベント”カラオケ”になる。所用もあったのでこちらはパスして中座した。

同世代の労組OBの懇親会2025年12月09日

 年末である。OB会等の懇親会が相次いでいる。今回は出身企業労組役員の活動時期が重なった気心の知れたOB会だった。
 会場の難波の「たよし南海通り店」に11時半前に着いた。店先には見慣れた顔ぶれ4人の姿があった。遅刻連絡のあった一人を除き5人が2階の予約席に陣取った。11時半から14時までの宴席予約は難波のど真ん中の会場で飲み放題つきのお任せ料理で三千円の激安コースだった。幹事の凄腕に感謝である。
 乾杯の後のテーブルを囲んだ懇親は、特に話題や進め方を意識することもなく思い思いに語り合った。マイナ保険証の是非から始まって、延命治療の問題点、在宅医療の備え、今後の日本の医療制度の危うさ、高齢者と若者の世代間ギャップ、兵庫県知事選挙の感想等々の共通の話題に花が咲いた。
 1時過ぎに遅れていた一人も合流しあらためて乾杯した後、歓談が再開した。出席者の半数が関わっている遊休農地の耕作活動閉鎖の話題や遅れてきた出席者が担っている保護司の欠員問題等が話題になった。
 気心の知れた仲間意識のあるOB会は忌憚のないやりとりで2時前に終了した。最後に「これが最後になるかもしれんな~」と言いながら女性店員にシャッターを依頼し集合写真に納まった。

労組OB会で今年も難波の法善寺横丁に2025年11月28日

 毎年この時期に出身企業の労組OB会がある。会場も大阪難波の法善寺横丁入口の長次郎法善寺店である。開会12時の10分前に到着した。すぐ隣りの法善寺の水掛不動に軽く参拝し、受付で会費を払い資料を貰って会場の座敷に入った。
 資料の参加者名簿には22名のOBと6人の現役役員の名前があった。現役委員長の開会挨拶で始まった。出身企業グループの流通分野の再編統合が進められている。その余波で2度目の労組合併も迫られている。OB会の在り方も問われているといった内容だった。
 OB代表の挨拶と乾杯の後、寿司や刺身の会食をしながら隣席同士の懇親が始まった。今回から対象者が労組の中央執行委員だけでなくパート部会や嘱託部会の三役にも広がった。OB22名の参加者の3名がパート部会、1名が嘱託部会のメンバーだった。
 1時過ぎから恒例のOBたちの近況報告が五十音順に始まった。私からは80歳になって痛感した近況変化を傘寿をテーマとした三句の川柳に託して報告した。近況報告が予想外に早く終了した。集合写真を撮った後しばらく懇親が続き、予定の3時にOB会が幕を閉じた。

長期海外赴任から帰国直後の方と懇談した2025年02月20日

 住宅街のベーカリーショップで初対面の住民の方とお会いした。地区社協のふれあい喫茶にお越し頂き後片付けまでして頂いた方である。長く海外で仕事をされ、リタイヤして最近、住宅街の実家に戻ったばかりとのことだ。セカンドライフの選択肢のひとつとして地域ボランティアにも関心をお持ちだった。
 60代前半の長身の男性の口から現役生活の一端をお聞きした。長い海外生活を通じて身についたITスキルのレベルの高さが窺えた。地区社協のホームページ更新の人材確保に苦慮している。社協活動への参加も打診した。奥さんとも相談しあらためて返事するとのことだった。
 その夜に帰国直後の諸事情からすぐにはお手伝いできないとのメールを頂いた。新生活が落ち着いた頃にあらためて考えたいとのことだった。
 今回は繋がりが実らなかったが、貴重な交遊の始まりを予感した。

出身企業の労組OB会に参加した。2025年01月25日

 この時期の恒例の出身企業の労組OB会に参加した。会場は大阪なんばの”CHOJIRO法善寺店”である。大阪に出かけるのも年一回のこの会の参加の時だけになった。大阪に出かけるのが年々億劫になっていることに”老い”を実感させられる。
 会場には参加対象の中央執行委員経験者のOB22人と現役6人が顔を揃えた。4千円の会費相応の料理をアテに呑み放題の宴席が始まった。1時間程の懇親の後、恒例のOBの近況報告となった。22人のOBたちの報告が予定の時刻通りの14時頃に終了した。
 会場を移してこれも恒例の集合写真撮影となった。久々の昼酒が酔いをもたらしていたので、二次会参加は避けて12時10分頃に会場を後にした。