散策講座14時間後の有馬温泉火災2016年11月12日

 昨日のブログで公民館講座「有馬散策」を記事にした。有馬を散策した翌日午前中のテレビ報道で有馬の中心部の火災が伝えられた。おひとりが死亡し民家や店舗4棟が延焼したという。
 延焼した現場は金の湯や念仏寺に近く、中心街の湯本坂に面した場所である。そこは私たちが散策講座で訪ねた所で、その14時間後の火災だった。火元に隣接した伝統工芸品「有馬人形筆」の西田筆店も全焼した。受講者の皆さんに「ここが有馬筆を作っているお店です」と案内したばかりだった。もし講座が1日遅ければ到底散策どころではなかった筈である。
 それにしても有馬の街の特有の地形がもたらす火災のリスクを思い知らされた。狭隘な坂道の多い町である。入り組んだ狭い路地が縦横に走っている。あの地形でどのように消火活動が行われたのだろう。その特有の地形で宿泊客も多いという条件も折り込んで有馬の住民たちは様々な防火設備を整え消防訓練を重ねているのだろう。

リオ五輪男子400mリレー決勝の劇的な舞台2016年08月20日

 リオ五輪前半の日本勢の活躍は目覚ましいものがあった。後半に移り陸上競技が中心になると期待はやや薄れる。日本人の体格、体力という肉体的な制約がこの分野での好成績の壁となって立ちはだかる。個人競技主体の陸上競技では体格や体力の優劣が競技結果を左右しやすい。
 そんな中でリレー競技は二つの点で肉体的ハンディを乗り越える可能性を秘めた種目である。ひとつは個人種目でなく4人の連携競技という点であり、今ひとつはバトンの受渡しという高度な技術を介在した競技という点である。
 リオ五輪男子400mリレー決勝では4人の日本人若者たちがこの可能性を見事に実証してみせた。100mを9秒台で走る記録保持者たちに交じって誰一人9秒台の記録を持たない。それだけに個人記録の優劣でなく4人の連携による総合力の発揮が問われた。体力面をカバーできるバトンパスは日本チームの技の本領発揮の場であった。コンマ0秒を争う短距離走にあってこの技術の優劣のウェイトは大きい。リオ五輪に向けてチームの総合力とバトンパスの抜きんでた技術力が鍛え抜かれた。
 リオ五輪男子400mリレー決勝の舞台でそれは如何なく発揮された。その劇的な舞台をテレビのライブ放映で食い入るように観た。第3走者までの見事なバトンリレーを経てアンカーのケンブリッジにバトンが渡った。画面右側をあのレジェンド・ボルトが走っている。ボルトのゴールの直後にケンブリッジが予選1位のアメリカを振り切ってゴールした。オリンピックの陸上競技決勝の舞台で日本人選手が世界のトップスターと肩を並べるようにゴールする画像は信じがたいものだった。そのゴールはアンカーだけのものではない。アンカーを含めて4人の走者が紡いだものだ。総合力とバトンパスの技術がもたらした輝かしい成果である。

27歳の孤高のレジェンド2016年08月12日

 リオ五輪の体操男子個人総合で内村航平が前回に続いて金メダルを獲得した。この優勝で内村は世界選手権と合わせて8大会連続で世界の頂点に立ち続けている。日本人アスリートとしては今最も輝いている選手と言って過言でない。金メダルを争ったライバルのベルニャエフ(ウクライナ)をして「航平さんを一生懸命追っているが簡単じゃない。この伝説の人間と一緒に競い合えていることが嬉しい。世界で1番クールな人間だよ」と言わしめた。今や内村は世界の舞台で伝説の人(レジェンド)となっている。
 8大会連覇のスタートは20歳の時の2009年世界選手権である。以来、世界選手権6連覇とロンドン、リオの五輪連覇で7年間に渡ってトップに君臨し続けている。7年間もの間、世界の頂点に立ち続けるためには想像を絶する努力があった筈だ。競技内容のたゆまない進化を誰もが認めるかららこそのレジェンドなのだろう。
 早朝のライブ映像をはじめ彼の決勝の舞台の映像に何度も見入った。ベルニャエフとの息詰まるような歴史的な名勝負を最後の鉄棒の演技での劇的な大逆転で制した。鉄棒の最後を両足を揃えた微動だにしない見事な着地で終えた瞬間だった。両拳を挙げてガッツポーズを示しながら瞬間的に瞼を閉じた。「美しい体操」をめざして極め続けた技と精神力が見事に結実し、その満足感に満たされた瞑想のように見えた。直後に「美しさの向こうにある何かが見えた」とコメントした。極めた果ての孤高の言葉だろうか。とは言え彼は弱冠27歳の若者である。若者のセルフとも思えないその成熟した言葉に王者の孤独を垣間見た。
 孤高の王者の後をようやくベルニャエフという優れたライバルが迫ってきた。世代交代という苛酷な現実を素直に喜んでいるかのようなコメントは、孤独な自らとの闘いの重荷を降ろせるという安堵の想いがなかっただろうか。リオ五輪映像の中でも最も感動的なドラマを堪能した。

エ~ッあの新名神工事現場で大事故ってか!2016年04月23日

 昨日の夕方、市の民生・児童委員会総会を終えてやまなみバスで帰ってきた。下山口バス停で下車して新天上橋まで帰った時だ。天上橋交差点付近で何台ものパトカーの赤ランプの点滅を目にした。上空では複数のヘリコプターのプロペラ音がかしましい。出会ったご近所の奥さんから近くの新名神高速道工事現場の橋桁落下事故のニュースを聞いた。帰宅してすぐにテレビをつけてみて驚いた。散歩道のコースのひとつでもある見慣れた風景が、巨大な鋼鉄の橋桁が落下した生々しい事故現場に一変している。
 1カ月ほど前にも橋桁が架橋された直後の工事現場を目撃していた。http://ahidaka.asablo.jp/blog/2016/03/27/8058141 その時に収録した橋桁架橋直後の画像も手元にある(添付画像上段)。
 事故現場を見ておきたいと思い今朝の散歩コースで現場に向かった。国道176号線は現場北側の落合橋交差点から通行止めになっていた。落合橋を渡り有馬川堤から現場に向かったが、ここも平田の集落に入る道筋で警備員が通行止めのガードをしている。やむなく集落の中を抜ける旧街道を北に向かった。平田薬師堂の背後に新名神の工事現場が見える。並行に架かっている筈の上下二車線の橋桁の北側が斜めに傾いでいる(添付画像下段)。旧街道も事故現場の手間で警備員ガードの通行止めとなっていた。
 ブログの架橋直後の現場記事を「開発を邁進する建設工事技術の進化と威力に圧倒された」と結んだ。1か月後の事故現場を眺めながら、「建設工事技術の進化と威力の予想外の脆さ」を痛感した。

世界陸上女子マラソンを堪能した2015年08月31日

 昨日の朝8時半からテレビの前に陣取った。北京で開催中の世界陸上の女子マラソンの中継である。重友、伊藤、前田の日本人選手三人を含む67選手が一斉にスタートした。過酷な真夏の久々のマラソン中継に心を踊らせた。
  レース前半を日本人三選手が先頭集団をひっぱるという異例の展開である。とりわけ重友は画面で見る限り終始安定した走りで、20km過ぎから33kmまでを13人の先頭集団を引っ張り、もしやと思わせる映像を提供した。マラソンは30kmがひとつの節目である。ここでの先頭キープはそれなりの期待感を抱かせたとしても不思議ではない。
 ところが膨らんだ期待はここまでだった。今やマラソン界の日本人勢の世界トップクラスとのレベル差は男女ともに歴然たるものがある。実力の差は如何ともしがたい。コマーシャルで中断された中継が戻された時映された映像にガックリした。33km過ぎでケニア勢が一気にスパートし、日本人勢はこれについていけず先頭集団から遅れを取っている映像だった。後は地力で勝るエチオピア、ケニア、バーレーンのアフリカ・中東勢の6人の先頭集団に追いつくすべもなくずるずると引き離される。
 結局、日本勢は伊藤が7位入賞、若い前田が13位、中盤まで引っ張った重友が14位という結果だった。最年長の伊藤の入賞が辛うじて日本勢の世界のトップクラスに止まれる期待を残したと言える。

日本郵政・アップルの高齢者向けiPad無償配布2015年08月06日

 定期的にチェックしている「みんなの介護」http://www.minnanokaigo.com/ というサイトで、標記のニュースの紹介とその背景の解説記事を読んだ。
  ニュースの概要は以下の通りである。『2015年5月1日、日本郵政は米国アップル・IBMと提携し、2020年までに日本の高齢者人口の15%にあたる500万人に、高齢者用にカスタマイズされたiPadを無償で配布することを発表しました。このiPadには、テレビ電話の機能を持つ「Facetime」や「メール」「写真管理」などの基本的なアプリのほか、薬の服用を管理したり、高齢者向けのサービスに簡単にアクセスしたりできるようなアプリが搭載される予定です』
 このニュースの背景について以下のポイントが掲載されている。
①一般家庭の60代では50%以上がスマホを所有!アプリを使いこなせる素地はできている!?
②使い方を教えれば高齢者でもスマホやタブレットを使いこなせる…はず
③高齢者の見守りにアプリは最適!高齢者との“つながり”がもてるアプリの開発に期待!
 反面で、タブレット端末の普及の阻害要因として次の点も指摘されている。
①総務省が実施した「タブレット端末で親に使わせたいサービス」という調査結果の「使い方が難しくて使えない/57.3%」「あとで面倒を見るのが大変/54.4%」「親がIT自体に興味がない/42.5%」など、使ってもらいたいという周りの希望とは裏腹に、「難しそう」という現状を伝える。
②また総務省の「ICT利活用社会における安心・安全等に関する調査(2011年)」のインターネット利用上の課題としてあがっているのは「インターネット接続料金が高い」がダントツという点も指摘する。
 個人的には、かねてから高齢者の見守りや支え合いにはITツールの活用が欠かせないと思っていた。とりわけ「音声入力」の普及で端末操作のキーボード入力が不要になったことでそれはかなり現実化してきた。今後の大きなハードルは、インターネット接続料金の高さとともに、導入時の初期設定やインターネット接続設定だろう。今後とも今回のニュースの行方に注目したい。

教員の苛酷な勤務実態と非正規化による学校崩壊2015年07月28日

 今朝の朝日新聞デジタルのニュース「苦情対応や報告書、先生の7割『負担』 文科省が初調査」を読んだ。http://digital.asahi.com/articles/ASH7Q7R8TH7QUTIL055.html OECDが昨年に発表した国際調査で、日本の中学教員の勤務時間が参加国で最長だったことを受けて文科省が実施した調査結果の報告だ。公立小中学校の教職員が負担に感じている仕事の7割以上が「保護者からの苦情対応」や「研修リポートの作成」をあげた。いずれも授業や生徒指導とは別の仕事だったという報告である。記事には記者のある教員の1日の苛酷な密着取材の模様も添えられている。
 年一回、トライやる・ウィーク事前学習の講師として地元中学校の教諭と接触する機会がある。その際に垣間見たのは記事にあるような現場教師の長時間勤務の実態だった。しかも公立小中学校の教職員の非正規雇用化が進んでいるという。文科省調査でもそれは平成24年度で16%にも及んでいる。
 こんな現実がある中で、いじめ等の事件が起こると、ともすれば現場教師たちが批判にさらされることに違和感がある。新自由主義的施策が教育現場にも非正規雇用化を推し進めている現実に怒りすら覚える。まともな研修もないまま教壇に立つ非正規教員。教育の継続性が保たれない1年契約の不安定雇用。教育そのものの細切れ化が進む現実。そうした現実の下で教師たちは長時間勤務に耐えながら懸命に現場を支えている。教育の荒廃を招いている行政サイドの構造的な要因にいつになったらメスが入るのだろう。
 未来を担う子どもたちの教育現場に非正規雇用という信じがたい現実がまかり通り、過酷な勤務実態は放置されたままである。少子化の危機を語る政権が、片やで子どもたちの教育を荒廃させる施策を平然と推し進めている。超高齢社会の介護の危機を語る政権が、平然と介護報酬を切り下げるのと同じ構図である。

ピケティ氏著作と国会での格差論争2015年01月30日

 今日の朝刊で大手新聞各社は29日の国会での与野党の論戦を伝えている。民主党の長妻代表代行が、話題のピケティ氏の著書「21世紀の資本」を材料に、首相に「格差問題」を追及したことを巡る論戦である。
 日本は小泉政権の新自由主義的施策の導入で一気に格差社会が増幅した。2009年の民主党政権の誕生は、多分にこの格差社会をうみだした政権に対する国民の審判だったという側面を持つ。ところが民主党政権は稚拙な政権運営でわずか3年で幕を閉じた。この間、格差拡大は一時的に抑制されたものの構造的には維持されたままだった。
 民主党政権の後を受けて、第二次阿倍内閣がアベノミクスを引っ提げて登場した。アベノミクスとは経済成長至上主義の新自由主義的施策にほかならない。実際に政権誕生後2年余りを経て日本社会の格差は増幅されたかに思える。経済成長と格差拡大は表裏の関係にあるという実感がある。
 そんな時だ。フランスの経済学者トマ・ピケティ教授の「21世紀の資本」という2013年発行の著作が世界で100万部、日本語版でも10万部以上を売り上げたという。その主張の端的な骨子は「資本主義は自動的に持続不可能な格差を生み出す」というものだ。経済成長と格差拡大は表裏の関係にあるという実感を見事に裏づけられた気がした。
 資本主義の危うさを説く著作は既に数多く発表されている。このブログでも半年前に、水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」の書評を更新した。http://ahidaka.asablo.jp/blog/2014/08/03/7404371 資本主義の危機に対する処方箋的な著作についても、広井良典著「定常型社会」を取り上げた。http://ahidaka.asablo.jp/blog/2014/09/04/7428289
 格差社会の増幅という社会の根底を揺るがしかねない危険な潮流が、経済成長の名のもとに蓋をされていはしまいか。今朝の朝刊の広告欄にはトマ・ピケティ著「21世紀の資本」や水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」が大きく掲載されている。格差拡大に対する読者の関心の高さの反映とも言える。政権与党寄りのスタンスをとる読売新聞でさえこうした広告を一面に掲載するご時勢である。蓋をされていた格差社会の構造的な実態にようやく光が当てられようとしている。

国民の不幸をネタにしたカジノ推進法案という成長戦略2014年11月06日

 知人がブログで「国民の不幸が収益に・カジノ法」と題して健筆をふるっている。「国が賭博という闇世界のシノギに公然と手を出そうとする」流れに「異議あり!」と声をあげている。大いに賛成であり、拍手を送りたい。
 カジノ推進法案は、IR法案(カジノを中核とした統合型リゾート)と名前を取り繕おうが、まぎれもなく「賭博解禁法案」である。「江戸幕府以来今日まで、賭博を禁じる場合も容認する場合も、時の為政者は賭博を反社会的な行為(悪)とする姿勢だけは崩さなかった」と指摘したうえで、「今回のカジノ法案では、カジノを統合型リゾートの中核に据えることでアベノミクスの第三の矢の成長戦略の目玉として推進しようとしている」と、賭博そのものを陽の当たる場所に引き出したとする。
 「厚生労働省の研究班は今年8月、国内でギャンブル依存症の疑いのある人は、推計で成人の4.8%、536万人に上ると発表した。日本の比率は米国の1.6%や韓国の0.8%と比べ格段に高い」という現状で、カジノ法案の成立はこれに拍車をかけることは疑いない。まさしく「国民の不幸をネタにした成長戦略」というほかはない。
 このブログで以前、水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」と広井良典著「定常型社会」という著作の書評を記述した。いずれも今日の資本主義社会の行き詰まりを説き、これからはいたずらに成長を追い求めることなく「ゼロ成長社会(定常型社会)」を目指すべきと主張する。アベノミクスとは、まさしく無理な成長を求めるが故の、国民に悲惨な不幸を呼び寄せ、国の品格をも貶める成長戦略と言えよう。

民俗学からみる介護 (六車由実さんの挑戦)2014年07月25日

 昨日の朝日新聞デジタルニュースで興味深い記事を読んだ。『気鋭の民俗学者が大学を辞め、介護職員として働き始めた。それから5年。いまは静岡県沼津市のデイサービスで働く六車由実さんは、お年寄りの言葉を丁寧に「聞き書き」する独特の介護を続けている。多くの「忘れられた日本人」との出会いがあったという高齢者介護の世界。外から来た目に何が、どう映ったのか』という記事で始まる介護施設で「聞き書き」する職員・六車由実さんの以下のようなインタビューだった。

  「ある日、隣に座った大正生まれの女性が関東大震災のときに竹林に逃げた体験を語り始めたんです。すると向かいの人も『私も』と切り出した。びっくりしました。民俗学の調査では出会えなかった大正ひとけた、明治生まれの人から鮮明な体験談を聞けたわけですから。えっ、ここはどこなんだと。しかも民俗学と違って偶然の展開に任せるため、想像を超えたお話が聞けるのです」
 「蚕の『鑑別嬢』の話も初耳でした。雄と雌、日本種と中国種を分ける仕事で、かつて大勢の若い女性が地方に派遣されていたというんです。(略)介護の現場はまさにこうした日本の近代化を舞台裏から支えてきた人々、『忘れられた日本人』に出会える場だ、民俗学にとって宝庫なんだと気付いたのです」
  「介護はケアをする側、される側という関係にあります。する側のほうが優位に立っている。ところが聞き書きを持ち込むと、聞く側、話す側という新しい関係が生まれます。関係は時に対等になり、逆転もする。人と人との信頼関係が築かれていく実感があるのです。それが結果的にケアもよくしていく。そこに意味があると思っています」
 「体力や気力が衰えると社会や家族との関係も希薄になる。『ひとの世話になるだけで生き地獄だ』と絶望の言葉を吐くかたもおられます。でも、聞き書きを始めると表情が生き生きしてくる。いまを生きるために心のよりどころにしておられるのは、自分が一番輝いていた時代の記憶なんです。生きていたという実感のある時代に常に意識が戻っていく。そこを思い、語ることで何とか前を向いて生きていける」
  「仲間の利用者が亡くなられても、あえて周りに伝えない対応にも疑問を感じました。『動揺させてしまう』というのが理由です。でも皆さん、長い人生で数多くの別れを経験してこられたんですよ。死の受け止めは私たちより達者です。むしろ、その力を信じるべきです。そう思って先日、初めて偲(しの)ぶ会を開きました。ビデオや写真を見ながら、亡くなられた仲間の思い出をみんなで語った。いい会になりました」

 珠玉の言葉がポンポンと飛び出している。民俗学という学問と聞き書きというスキルをもった人ならではの洞察がある。学問が介護現場という修羅場に見事に活かされている。語られているのはともすれば閉鎖的な介護の現場で置き忘れられがちな「介護の本質的な在り方」である。