家内あっての子どもたちの帰省2018年08月15日

 昨日の昼過ぎ、5泊6日のお盆帰省を終えて花ちゃん一家がUターンした。2歳9か月を迎えていっぱいおしゃべりができるようになった花ちゃんの傍若無人な振舞いの癒しの残像が残された。
 Uターンの日の早朝である。洗面所いっぱいにぶら下がった洗濯物が目に入った。前日の夜遅くに家内が処理した子どもたち家族の洗濯物である。盆正月の子どもたちの帰省の度に繰り返される家内の家事の大変さを想った。
 帰省前には子どもたちの寝室掃除や寝具の準備や食材手配がある。帰省中の炊事、洗濯、掃除は人数の多さに比例して倍加する。帰省後も寝室や寝具の清掃整理や部屋の片付けが待っている。娘や嫁の多少の手助けはあるものの多くは家内の手に委ねられる。亭主はほとんど役に立たない。
 ふと思った。家内に先立たれた場合、子どもたちの帰省はどうなるのだろう。奥さんを亡くしたひとり住まいの高齢知人の「子どもたちが寄りつかなくなった」というボヤキを耳にした。さもありなんと思う。独立した子どもたちにとって帰省先の実家は寛ぎと骨休めの場なのだろう。寛ぎや骨休めが期待できない場合、自ずと足は遠のくものだ。
 あらためて家内あっての子どもたちの帰省であることを思い知らされた。何としても家内に先立たれることは避けねばならない。

孫たちの花火大会2018年08月14日

 盆正月の我が家への帰省は花ちゃんのお友だちとの再会の場でもある。お向かいの娘さんたち二家族も帰省する。娘さん家族にはそれぞれの子どもたちが二人ずついる。花ちゃんより少しお兄ちゃんの男の子二人とちっちゃな女の子二人である。
 昨晩、夕食を終えて辺りが暗くなった頃、花ちゃんがお友だちと再会した。おばあちゃんが花ちゃん用に準備していた幾つかの花火セットが満を持して登板した。お向かいの4人の孫と花ちゃんを囲んだ花火大会が両家を挟む路上で始まった。
 二人のお兄ちゃんは花火を自分で手に持って上手にできる。初めてひとりで手にした花ちゃんは、自分や周りに花火を近づけすぎたりする。そのたびに大人たちが大騒ぎでたしなめ手を添える。すっかりなついた花ちゃんの手伝いをおじちゃんも買って出る。大人たちがスマホやデジカメでたっぷり子どもたちのスナップを撮り終えた頃、突然雨粒が落ちてきた。降りだした小雨は止みそうもない。ほぼ用意の花火も使い果たし、雨足を潮時に花火大会は終了した。
 お友だちとの初めての花火大会という花ちゃんの思い出のシーンが刻まれた。

家族7人のお勤め2018年08月13日

 3家族7人が揃った2日目の夕方。炊飯器がご飯が炊けたと合図する。ばあちゃんが花ちゃんに声を掛ける。「花ちゃんじいちゃんにお仏飯を持って行って!」。嬉々として花ちゃんが仏壇前でお勤めの準備をしているじいちゃんにお仏飯を渡してくれる。
 仏壇前に陣取ったじいちゃんを囲んで家族7人のお勤めが始まった。正信偈のお経を読むのは息子と娘だけである。花ちゃんは「ムニャムニャ」と口ごもる。昨年は読経中のじいちゃんのそばにやってきてしきりと話しかけたものだ。今年は事前に言い聞かせていたので母ちゃんの横でおとなしくムニャムニャしてるだけ。成長の証である。
 この穏やかな家族の気持合わせのお勤め風景はいつまで続くのだろうか。

久々に三家族七人の顔ぶれが揃った2018年08月12日

 昨晩、息子夫婦が帰省し娘夫婦三人と合わせて三家族七人の顔ぶれが揃った。玄関の三和土(たたき)には大小さまざまの色とりどりの履物が並んだ。花ちゃんのピンクのサンダルと白い靴がひときわ存在感を漂わせている。
 履物と同様にリビングの中心もやっぱり花ちゃんである。半年ぶりに再会したおじちゃん夫婦ともすぐになついている花ちゃん。おしゃべりがいっぱいできるようになった花ちゃんとの会話が始まる。
 得意技となった「あ~なたのお名前は?」と話しかける花ちゃん。おじちゃんから「教えて」と返されると、ちゃんとおじちゃんの名前を「〇〇〇〇」と答えて喝采される。
 束の間の大家族となった我が家の心安らぐひと時を過ごした。

白内障手術後二日目の驚異の風景2018年08月11日

 昨日、左眼の白内障手術をした。麻酔が切れた時に痛みが出るかと思ったが特に痛みもない。ただ日常生活の不便さはやむを得ない。何せ左眼を大きな眼帯で覆われた右眼だけの生活なのだ。左右の感覚や奥行き感がずれている。加えて飲酒禁止も辛い。ネットで調べると眼帯生活と禁酒生活は一週間程度続くようだ。
 今朝8時前に術後の経過観察のため家内運転の車で病院を訪ねた。待合室で看護士さんに眼帯を取ってもらった。恐る恐る左眼を開けてみる。驚異的な視界が広がった。あらゆる風景がくっきりした輪郭で鮮やかに目に入る。これぞ手術の成果なのだろう。思いついてスマホのニュースサイトを見てみた。こちらも近景の視力を維持している右眼のお蔭でくっきりと見えている。試しに右眼を手で覆って左眼だけで見てみると遠景優先の挿入レンズは当然ながら近景画面はぼやけている。この事態にふと思い立った。果たして2週間後の右眼の手術は必要なのか。遠近共にくっきり見えている今がベストではないか。
 診察室で術後の経過診察を受けた。眼圧検査や眼球検査の結果は「順調です」とのこと。一週間後の再診と右眼手術の準備を告げられた時、思い切って打診した。「実は今が遠近ともによく見えてベストな状態です。予約の右眼手術のキャンセルは可能ですか」「いつかは右眼も手術が必要でしょうが、同時に手術が必要ではなく、本人の選択次第です。一週間後の再診で最終決定しましょう」とのこと。ついでに同席の家内が「お酒はまだ駄目ですね」と念押しするように尋ねた。「眼の手術と飲酒は関係ありませんので特に控える必要はありません」。ヤッタ~。そっちもOKなんや。
 診察室を出て待合室で看護師から点眼や生活上の注意を聞いた。眼帯は就寝中だけで日中は不要とのこと。それなら日常生活の不便は殆どない。会計を済ませ帰路の車中で家内と話し合った。「手術後の交換レンズの機能も年数を経て徐々に衰えることもあるようだ。右目手術を遅らせることで結果的にながく視力を維持できる」。家内も賛同し、来週の再診時の方針が決まった。
 自宅に戻り、早速デスクでPC作業をやってみた。こころなしか以前よりもくっきり見える気がする。眼鏡なしでは見られなかった3mばかり離れたテレビ画面も裸眼で驚くばかりの鮮やかさで見えるようになった。視力の驚異的回復、日常生活の不便さの回避、右眼手術の延期の効用等、初めての白内障手術は目下のところ極めて順調な成果をもたらしている。

白内障手術の顛末記2018年08月10日

 いよいよ白内障手術の日がやってきた。手術に伴う各種の同意書や1週間前から1日4回点眼中の点眼薬やフェイスタオル等の持参物を準備した。11時20分に家内の運転する車で神戸市北区の真星病院の眼科を訪ねた。滞在中の花ちゃんも同伴したがばあちゃんと一緒にいったん帰宅した。
 すぐに手術前の瞳孔を開く点眼が始まった。20分おきに4回に渡って点眼する。12時半には持ち物全てをロッカーに預け手術用ガウン姿で診察室の片隅で点滴が始まった。手術が終わるまで続けられる抗生物質の点滴だ。1時10分頃に車椅子に乗せられて5階の手術室に向った。
 紫色の手術着姿の医師や看護師たちが立まわっている手術室には
理容椅子のような手術椅子が4台ばかり並んでいた。その1台に座り椅子が倒された。執刀医が「それでは始めます」と告げ、看護士が心電図などの検査機の端末を身体につなぐ。いよいよ始まった。否応なく緊張感が襲ってくる。
 今回の手術対象の左目がテープのような器具で開いたまま固定される。「麻酔をしますね~」という声と同時に左目にたっぷり液体が注がれる。開いたままの視界にはピンクの二つの光とぼんやりした天井風景が浮かんでいる。何やら眼球に異物が入り込み揺れ動く視界の中を徘徊している雰囲気が続いているが、痛みはない。ただ何とも言えない気持ちの悪さに包まれる。ひたすら「早く終わってくれ!」と祈るばかりだ。「もうレンズも交換して後は安定させるだけですから」という執刀医の声に救われた。最後に左眼がガーぜとテープと眼帯で保護されて手術が終わった。
 車椅子で眼科診察室に向かう。看護士に時間を聞くと「1時半です」とのこと。予定通り10分余りの手術だったようだ。診察室で血圧を計り点滴を外してロッカー処理を済ませて待合室に戻る。清算書を受け取り会計窓口に向かった。1時半の約束通り家内と花ちゃんが会計前待合室で待っていた。家内に会計を任せ、ほどなくやってきた娘とも合流し無事に帰宅した。
 以上、初めての白内障手術の顛末記である。2週間後には右目の同じ手術が待っている。

花ちゃんの一足早い帰省2018年08月09日

 朝5時半に自宅を出て大津に向かった。一足早くお盆の帰省をする花ちゃんを迎えに行くためだ。母ちゃんが準備した帰省の仕度を車に積み込んで花ちゃんひとりを乗せて帰宅した。
 花ちゃんが楽しみにしていた庭先のミニトマトやブルーベリーを摘みを楽しんだ。ばあちゃんが準備したかき氷づくりも楽しんで出来立てのかき氷を味わった。
 昨年11月に子ども写真館で撮った花ちゃんの七五三の写真を持ち帰った。赤い着物姿と黄色いドレス姿の花ちゃんが満面の笑顔を浮かべている。
 今日から我が家は花ちゃん中心の賑やかで楽しい生活が始まる。

最速!10分の散髪2018年08月08日

 白内障手術を二日後に控えて「手術前に散髪を済ませておいたら?」と家内が言う。汗が出る猛暑の最中の眼の手術で髪の毛をすっきりしておいた方が良いという理屈のようだ。イマイチ納得いかないが老いては嫁に従った。
 徒歩10分のところに行きつけの大衆理容がある。9時の開店直後にドアを開けるとすぐに理容椅子に案内された。顔馴染みの理容師に「いつものように思い切り短めに」と告げる。「1枚ですね」と刈上げ1枚刈りの阿吽の返事。てっぺん部分こそ鋏刈りで時間を要するが左右と後頭部は大胆なバリカン一枚刈りであっという間に丸刈りに近いヘアスタイルができあがった。この間わずか10分の最速理容である。
 家を出て帰宅するまで30分という驚異的な散髪だった。スッキリした。昔、吉野家のキャッチコピーに「早い!安い!美味い!」というのがあった。行きつけの大衆理容はさしずめ「早い!安い!適当!」というところか。

民生委員・児童委員制度創設70周年記念式典2018年08月07日

 西宮市の民生委員・児童委員制度創設70周年記念式典がアミティホールで催された。
 1時半から開催された式典は我が民児協のエリアに属する山口こども太鼓クラブ”祭”の和太鼓演奏で幕を開けた。山口小学校と北六甲台小学校の3年~5年の子どもたちが見事なバチ捌きを披露してくれた。続いて学文中学校の和太鼓部の面々が音と動作の一糸乱れぬ演奏で会場を圧倒した。小学生と中学生の年齢差、週3回と週6回の練習差を否応なく見せつけられた。
 式典が始まった。面識のある会長の主催者挨拶は、地域共生社会の実現に向けて他団体との協力を訴えるものだった。来賓祝辞では石井市長からけれんみのないポイントを押さえた挨拶があり、市社協理事長からはあいさつの後、民生委員への感謝状が贈られた。地域での民生委員と地区社協の連携の感謝と今後の期待を込めたものだ。
 「70年の歩み」がスライドで紹介され式典用の記念誌にもまとめられている。広報紙創刊号の写真が掲載され、「念願であった広報紙を発行、タイトルを『ともしび』とした」とコメントされている。創刊号から3号までの編集責任者でタイトルの提案者でもあり、70年の歩みになにがしかの痕跡をとどめたことに感慨を抱いた。
 式典を終えて、エンディングの演奏があった。上甲子園中学校の吹奏楽部のマーチングだった。華やかなユニフォームに身を包んだ生徒たちの迫力のある整然とした演奏が式典の感動的な締めくくりを飾った。

山本周五郎著「松風の門」2018年08月06日

 山本周五郎著「松風の門」を読んだ。昭和10年代から30年代にかけて執筆された「武家もの」「下町もの」を中心とした13編の短編集である。
 各作品はそれぞれに水準以上の質を備えているものの、特筆するほどの作品もなかったという印象である。ただ「解説」でも触れられているが作者の多彩な創作手法を味わえた作品集だった。
 とりわけ興味深かったのは作者が「一場面もの」と名付けた作品群だった。文字通り作品の舞台が一場面で展開する物語である。「ぼろと簪」は下町のごくありふれた居酒屋が、「夜の蝶」は下町の屋台の店が、「月夜の眺め」は漁師町の船宿が、「砦山の17日」は隣藩との領境の隠し砦が唯一の舞台となって展開する。
 一場面だけを固定して一定枚数以上の物語を展開するということの困難さは想像に難くない。場面の詳細な描写を可能にする筆力や登場人物の設定と相互の関係性を巧みに描ける構想力が欠かせない。固定された場面と登場人物をもって尚、豊かな物語性を紡げる創造力が求められる。
 四つの作品はこれらの要素を巧みに実現した物語性のある作品だった。プロの小説家の技量に舌を巻いた。