緊急時のネットワークのありがたさ2017年02月25日

 朝10時過ぎ、携帯の着信音が鳴った。知人である最寄りの介護施設の施設長の幾分切迫した声が伝わった。「送迎バスのドライバーから報告があり、住宅街の路上で動けなくなっているお年寄りを見かけて保護した。自宅前まで送ったが、自宅の鍵がないようで玄関先で立ち往生されている様子だったとのこと。そちらで対応してもらえないか」とのことで住所と名前を伺った。「担当民生委員に連絡し対応してもらいます」と引き取ってすぐに当該住所の担当民生委員に連絡し、対応を依頼した。
 しばらくして民生委員さんから報告があった。「自宅前に駆けつけたが姿が見えない。念のためドアを叩き大声で呼びかけるとご本人が出てこられた。家族に連絡し鍵の所在場所を聞いて無事家に入れたとのこと。少し足が不自由でリハビリを兼ねた散歩中に体調が悪くなり路上で動けなくなったようだ」。
 最初の一報から結果報告まで約15分のことである。短時間とは言え寒空の下での緊急事態である。送迎バス運転手の善意と施設長への報告の機転に感謝した。知人の施設長は福祉ネットでの関わりが深い。担当の民生委員は老人会でのお付合いもありご本人とも懇意である。こうした様々な繋がりが緊急時のネットワークとなっている。あらためてそれぞれの立場での繋がりの大切さを痛感した。

リビング・ウイルをご存知ですか2017年02月24日

 1月末発行の福祉ネット広報紙で「リビングウイル(延命治療の生前の意思)」 を取上げた。役員会では掲載に当たってためらいの声もあったが「情報の紹介」ということで了承された。以下、記事を紹介する。

■終末期医療の現実
 四〇年ほど前までは自宅で亡くなる人がほとんどでした。ところが今では八割の人が病院で亡くなっています。日本では自宅での穏やかな死(平穏死)を迎えることが難しくなりつつあります。
 平穏死が叶わない要因には、終末期の患者が病院に入院すると必然的に延命治療が行われるという点があります。一度延命治療が始まると医療訴訟等の懸念から本人や家族が途中で中止を希望しても実行されにくいという現実があります。
■平穏死の条件
 在宅医の長尾和弘氏は「『平穏死』10の条件」という著作で平穏死を迎えるための次のような条件を提案されています。▼看取り実績のある在宅医を探す▼本人・家族が死後の準備について話し合う▼平穏死させてくれれる施設を選ぶ▼リビング・ウィルを表明する▼「転倒➡骨折➡寝たきり」を予防する▼救急車を呼ぶことの意味(蘇生、延命治療を希望するという意思表示)を考える▼緩和医療の恩恵にあずかる等々。
■リビング・ウイル
 特にリビングウィルは終末期の選択肢の一つとして注目されます。終末期に延命治療を拒否し穏やかな最期を迎えたいと思っても困難な現状です。認知症等で自分の意思をはっきり伝えられない場合は尚更です。
 そこで延命治療に関する自分の意思をリビングウィルとして健康なうちに書面で残しておくという選択肢があります(下記の「要旨」参照)。
 終末期医療を考える上での情報のひとつとして紹介しました。

-------------「リビング・ウイル」の要旨---------
1.私の傷病が不治で死が迫っている時、単に死期を引き延ばす措置はお断りします。
2.ただし、私の苦痛を和らげるためには十分な緩和医療を行ってください。
3.回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥ったときは生命維持装置を取りやめてください。
 以上、私の宣言に従ってくださったとき、すべての責任は私自身にあります。(日本尊厳死協会の事例)

乙川優三郎著「屋烏(おくう)」2017年02月23日

 乙川優三郎作品の再読に嵌っている。三作目は5編の短編を納めた時代小説「屋烏(おくう)」である。
 5編の内最も魅かれたのは何といっても表題作「屋烏」だった。冒頭でのヒロイン揺枝(ゆえ)の与四郎との出会い。曲折を経て辿り着いたラストシーンでの同じ出会いは、ともに小高い海神山頂きの海を臨む茶店である。この印象的な風景描写をはじめ情感あふれる情景描写は作者の真骨頂である。揺枝と与四郎のそれぞれを取り巻く苛酷な現実が巧みな伏線となってラストシーンに繋がっていく。ラスト2頁に至った時、思わず涙してしまった。齢を重ねて感動することが稀になった今、久々に蘇った新鮮な感情に我ながら驚いた。

研修会後の貴重な意見交換2017年02月22日

 先日の市社協研修会後に総合福祉センター1階のレストランで昼食を挟んで1時間余り懇談した。お相手は市社協中枢に席を置く方でかねて分区地区担当者にセッティングをお願いしていた懇談が実現した。
 懇談の趣旨は①社会福祉法人制度改革で今後の市社協と分区はどのような方向を目指すのか②市社協が提唱する地区ネットワーク会議と今後の重大課題である「地域包括ケア」との関係をどのように考えるか、という点の意見交換である。
 ①の「今後の市社協と分区の改革の方向性」については予想以上に大胆な認識が示された。市社協と地区社協はそれぞれに異なる役割分担と独自の自立性が求められる。単なる分区から地区社協への名称変更や財源の見直しではない。地区社協は対象エリアの住民構成や地域特性に密着して独自に事業運営を目指すことになる。従来の分区運営を白紙化して新たな組織として再出発する位の覚悟が必要だ。市社協は市全体を対象とした独自の事業展開をはかる。市社協と地区社協は上下関係的な意識を払しょくし、むしろ対等な立場での相互連携が求められる。
 ②の「地域包括ケアと地区ネットワーク会議の関係」については各地区社協がそれぞれの地域実態に応じた展開が必要だ。福祉ネットワークの取組みは地区独自の取組みとして注目している。厚労省の地域包括ケア構想の弱点は、医療・介護の専門職グループと生活支援の地域サポートとの連携の具体案がないこと。その意味で福祉ネットが当初から医療・介護施設、医師、薬剤師、ケアマネ等の専門職との連携組織としてスタートしている点は評価している。
 初めて突っ込んだ話をさせて頂いた方である。実質的に初対面と言っていい方の「我が意を得たり」の見解に大いに共感し励まされた。

市社協研修(活動財源の見直し)2017年02月21日

 市の総合福祉センターで市社協の「活動財源の実務」に関わる研修会があった。新任分区長としては分区運営の財政基盤についての理解は欠かせない。朝10時から2時間の実務研修に出かけた。市内30分区から62名の代表者が会場を埋めた。
 始めに現状の地区財源である地域福祉財源の仕組みが説明された。①公的財源(市の補助金)は社協分区、ボランティアセンター、子育てサロンなどの組織や基盤の維持運営に活用される。②共助財源(募金配分)は福祉のまちづくりのための人材育成や住民のつながりづくりに活用される。③独自財源(会費、参加費、バザー収益等)は地域特性を活かした独自の活動・行事や参加者に係る経費に充てられる。
 続いて分区運営の最もウェイトの高い財源である公的補助(市の補助金制度)の支給基準の解説があった。この財源は市と市社協の協議を経て次年度から支給基準の変更があり、その変更点も説明された。公的補助は福祉活動補助金と子育てサロン助成金に分かれ、福祉活動補助金は①基盤運営事業②地域福祉づくり事業に区分される。①は分区とボランティアセンターの基盤維持のためにそれぞれ基礎額に活動者数や開設日数に応じて加算される。②は敬老のつどいなどの住民交流や見守り助け合い活動への補助であり、従来高齢者数を中心に算出されていた基準が人口数に応じた算出に変更された。
 最後は社協の独自財源でもある会員会費制度の新制度の移行内容の説明だった。地区で集められた会員会費は従来、市社協50%、地区50%で配分されていたが平成30年度からは全額地区財源となる。今後の地区運営の独自性を活かした事業の財源である。
 地区の社協活動財源の全体像が把握できた。折しも社会福祉法人制度改革の流れの中で社協運営も転換点を迎えている。端的に言えば地域特性に応じた地区運営に向けて独自性をいかに実現するかということになる。財源面でもそうした観点でのコントロールが求められている。

パンダになった花ちゃん2017年02月20日

 クラウドサービスの今回の花ちゃん動画も楽しかった。いきなりパンダの着ぐるみが登場する。よちよち歩きのパンダが湖畔の広場で鳩たちと戯れている。パンダの帽子に隠れて顔は見えないが花ちゃんに違いない。しばらく歩いた後ようやく登場した母ちゃんの腰に抱き着いた。母ちゃんがパンダの帽子部分を脱がせた。顔を見せた花ちゃんが撮影中の父ちゃんに振り向いた。今度は顔を見せたまま再びよちよち歩きを始めた。ところが数歩歩いたところでいきなり尻もちをついた。母ちゃんに抱っこされて立ち上がった花ちゃんが再び歩き出す。
 それにしても幼児用のパンダの着ぐるみ衣装をどうして入手したのだろう。そんな疑問の問合わせメールに「知人から貰った」という娘に返信があった。3分余りの動画が、花ちゃんを囲んだ娘夫婦の睦まじさを伝えていた。

花ちゃんチョウダイ2017年02月19日

 例によってタブレット越しの花ちゃんとのおしゃべりである。娘の勤務後の家事育児に忙しい合間を縫ってのFaceTimeは、花ちゃんの夕食中に限られる。母ちゃんが口に運んでくれる離乳食を食べながらスマホのモニター越しにじいちゃんばあちゃんの相手をしてくれる。
 先日のFaceTimeの時に面白いやりとりがあった。離乳食を食べ終えた花ちゃんが「ごちそーさま」の仕草を促す母ちゃんにイヤイヤしている。仕方なく母ちゃんが小さな菓子パンを渡した。おいしそうに口に運んでいる花ちゃんに向かってタブレット越しに「花ちゃんチョウダイ」と手を差し伸べた。スマホ画面から私の差し出した手を見たのだろう。一瞬戸惑いの表情を見せた後、「いや!」とばかりに菓子パンを握った手と一緒にそっぽを向いた。その愛らしい仕草に微笑みながら何度か繰り返した。今の時代ならではの孫と祖父母の語らいシーンだった。

TBS金スマ「若年性アルツハイマー認知症と闘う夫婦」2017年02月18日

 昨晩、TBS金スマ「若年性アルツハイマー認知症と闘う夫婦」という番組を観た。アルツハイマー型認知症をテーマとした番組は何度か観たが若年性アルツハイマーを取上げた点に注目した。
 映画制作会社を立ち上げたバリバリの実業家が48歳という若さでアルツハイマーと診断される。外見的には何ら健常者と変わらない。奥さんが異常に気ついたのは車で出かけたご主人が電車で帰宅し、そのことを全く認識していないという出来事が発端だという。脳の萎縮が原因のアルツハイマーは若年であるほど進行が早い。ある時を境に一気に進行した。バッグのファスナーを開けて中のものを取り出すといった物事の手順が分からなくなる。
 それでも妻と一男二女の家族は明るい。一家の大黒柱の病をありのままに受け止め補い合う。長男が健気に父親をサポートし妹たちを気遣う。何よりも教えられたのは奥さんの接し方である。認知症をありのままに受け止めご近所さんにも隠すことなく告げる。その上で様々な懇親の場を設けてご主人にも一緒に設営作業を分担してもらう。
 番組で専門医が指摘する。認知症の進行をどれだけ遅らせられるかは生活スタイルに関わっている。認知症を本人や家族が特別視するのでなく普通の日常生活の中で過ごせることが大切。
 気づかされる点が多々あった番組だった。

クローズアップ現代+「広がる在宅医療の陰で」2017年02月17日

 新聞のテレビ番組表で「家で最期を迎えたい・広がる在宅医療の陰で」という文字が飛び込んだ。気になっていたテーマである。昨晩その番組を観た。
 冒頭、在宅医療で療養中だった大橋巨泉氏の在宅医のコミュニケーションの拙さがもたらした衝撃の大きさについての妻の証言が紹介される。ハッピーな在宅医療を信じて病院から自宅に戻った巨泉氏に在宅医は「どこで死にたいですか」という不用意な問いかけをしたという。
 番組は、「病院から在宅へ」の大号令のもと、国が推進している在宅医療の問題点を指摘する。要約すれば「在宅医の本人・家族とのコミュニケーションの不十分さ」と「在宅医療を支える医師、看護師、介護士等の絶対数と経験の不足」である。問題点の指摘だけでなく「在宅を支える地域の開業医を支援する在宅特化型診療所を設置する四日市」の事例や「東京都港区の専門分野の異なる在宅医たちが知識や情報を共有しあう症例検討会」の事例などである。
 とりたてて目新しい内容ではなかったが、地域での在宅医療の環境整備が今後の主要な課題となりつつある福祉ネットの立場から課題整理にむけた良い情報だったと言える。在宅医、訪問看護士、ケアマネジャー、ヘルパー等の地域の在宅医療専門職の皆さんとの突っ込んだ懇談の必要性を痛感した。

さくらまつり実行委員会、初めての出席2017年02月16日

 昨晩、4月1日開催の山口町の「第15回さくらまつり」の第1回実行委員会に出席した。さくらまつり自体は社協山口支部(山口・北六甲台両分区で構成)が主催で、実行委員会には地域の参加団体や中学校職員・PTA役員が加わる。
 主催者の一員である分区長として今回初めて出席した。進行は支部長でもある山口分区長が資料準備も含めてやっていただいた。過去14回もの開催で運営ノウハウは積み上げられている。テントの手配と設置、各ブースの配置、フリーマーケットの募集と受付、案内チラシの作成配布、中学生ボランティアの募集と説明会開催、屋台の保健所届出、予算と経費明細等が順次説明され確認されていった。7時から始まった委員会が淡々と和やかに進行し8時過ぎには終了した。
 公智神社の秋祭り等の旧山口地区の伝統行事の運営に新住民が関わることはない。さくらまつりは新旧両地区の垣根を越えてオール山口で開催される。その新たなイベントも今や15回目を数え、新たな伝統行事として定着しつつある。