夫婦二人のおむすびオードブル2021年01月20日

 先日、家内が三田のショッピングモールの中の呉服屋さんに出かけた。迷っていた娘の振袖の洗いの相談を兼ねての訪問だった。何しろ娘の成人式用に25年ほど前にしつらえたものだ。孫娘花ちゃん用に洗い直して残しておくかどうか微妙だった。店の話では洗いだけでなく一部色落ちがありその染めも含めて5万円ばかりかかるとのこと。結局、その提案を受け入れたようだ。それに伴いそのモール専用の20%クーポン1万円分がついていた。但し1月中限定でモール内の店舗でしか使えない。
 翌日に二人で1万円分のクーポン消化のためモールに出かけた。ドラッグストア、100均、本屋、雑貨店、持ち帰り弁当、パン屋等の10店舗ほどのモールである。ドラッグストアで6千円ばかり買ったが、残りは消化できない。結局持ち帰り弁当のパーティー用オードブルを調達することにした。天むす8個、唐揚げ8個、手作りだし巻き8切れの4人前セットだ。予約販売なので今日家内が取りに行き、昼食用に半分頂いた。久々の持ち帰りオードブル弁当という珍しい昼食はなかなかの味わいだった。

地域活動13年目の勲章2021年01月19日

 自宅固定電話のコール音が鳴った。受話器から聞こえたのは年配の女性の声だった。「〇丁目のものですが、カーボラではどんなことをお願いできるんですか?というのは最寄りの病院に入院していたのですが、急に転院したので、入院の際に病院の駐車場に車を止めたままになっているんです。今は車の運転ができない状態で困っています。カーボラで引き取ってもらえないものかと思いまして。」とのこと。
 名前は名乗られなかったが、話しぶりから面識のある方ではなさそうだ。意外な相談に面食らったが、穏やかな口調を心掛けながらお答えした。「カーボラは事前に登録頂いて日常生活での通院等のお手伝いをするものです。ご依頼の件の対応は難しいかと思います。むしろその病院にお問い合わせ頂き、事情を話して相談される方が現実的だと思います。病院の方も駐車場に所有者不明の車が長く止められて苦慮している筈ですから」。「あ~そうですね。わかりました。早速病院に連絡してみます。ありがとうございました」。というわけで一件落着!
 それにしても、最近地域の困りごと相談が増えてきた。なぜ私に?と思わないでもない事例もあるが、それだけ私の地域活動での関りが地域に認識されてきた証かもしれない。民生委員と地区社協役員に就任して13年目を迎える。このキャリアがもたらした勲章として受け止めたい。

作った仏に魂を(交流拠点づくりに向けて)②2021年01月18日

 前回、交流拠点づくりに本質的な三つの課題を提起し、それらを克服するため、拠点づくりの根底にある環境認識とそれを踏まえた理念の共有にふれた。その具体的な内容を次のように整理した。
地域コミュニティの脆弱化
 住民の高齢化、少子化、共働き世帯化、単身世帯化の進行で自治会員の相次ぐ退会、地域団体の会員減少や役員欠員増等が顕著だ。そのため地域のコミュニティ機能が脆弱化し、高齢者、障害者、介護者、母子家庭、子育て世帯等の生き辛さを抱えた方達の見守りや支え合いの希薄化が懸念される。
市のコミュニティ再生の対応
 そうした地域コミュニティの脆弱化 に向けて西宮市でも対応が行われている。そのひとつが多額の補助金制度による共生型地域交流拠点づくりという新たなコミュニティの仕組みづくりの試みだ。それは地域福祉に関わる各種団体、役職、活動者と生き辛さを抱えた多様な住民による常設の共生型交流拠点を通じた新たなコミュニティづくりだ。
拠点づくりとコミュニティ再生の実践
 地域福祉の全関係者による拠点づくりに向けて継続して懇談を重ねることが大切だ。それこそが新たなコミュニティづくりの実践ではないか。そうして出来上った拠点は各団体・関係者の想いが籠った居場所になり、多くの関係者に支えられる拠点として機能する。
 要は、「地域コミュニティの再生」が、環境認識と危機感を共有したより高次の理念であり、前述の三つの課題もこの視点を中心に据えて協議しコンセンサスを得ることで克服可能ではないか。
 共生型地域交流拠点という仕組み(仏)に、現場の実態や想いを込めたどのような理念(魂)を込めるかが問われているのではないか。更に拠点づくりの現場の実態や想いを汲んだ制度設計の一部手直しも必要ではないか。

作った仏に魂を(交流拠点づくりに向けて)①2021年01月17日

 地域交流拠点づくりの検討を進める過程で幾つかの本質的な課題が見えてきた。多くは制度設計で想定された枠組みと拠点づくりの現場である地域実態とのギャップに起因しているように思える。浮上してきた課題に次のような点がある。
 ひとつは、制度設計上想定された地区社協エリア(概ね小学校区)に1ケ所の拠点づくりが、地形や地区内の自治会の状況等の地域実態によってはまとめきれない点である。いわゆる複数拠点問題であるが、多額の補助金の配分問題も関係するため地域に厄介な事態を招きかねない要素を孕んでいる。
 今ひとつは、拠点活動の性格を巡る課題である。既存の交流拠点は基本的に常設拠点をベースとした「人と情報の交流」拠点の性格が強く”カフェスタイル”の拠点が一般的である。これに対して、当地区では「人と情報と活動の交流」拠点も模索している。いわば”公民館スタイル”の拠点である。この点は会場となる施設の選択に大きく関わることもあり見落とせない課題でもある。
 更に”老人いこいの家”等の既存の常設型活動との調整も必要になる場合がある。交流拠点の会場が地域の公共施設も有力な選択肢となるためバッティングするケースも出てくる。本質的な趣旨目的は共通するものであり共存の道筋をどのように話し合えるかが課題となる。
 細部ではほかにもあると思われるが、これまでの検討経過を通じて上記の3点が本質的な課題として浮上してきた感がある。これらの課題を克服する上で、より高次のテーマが、拠点づくりの根底にある環境認識と危機感の共有、それを踏まえた理念の合意ではないかと思う。「手引き」には、「世代、分野を限定しないつながりの場」「地域の支えあいの場」が目的とされている。その通りではあるが、何かが抜けているように思える。この点について次回あらためて整理してみたい。

寒波の中の久々のカワセミ2021年01月16日

 朝7時過ぎに三田方面に向かって有馬川の名来の土手道を歩いていた。先日来の酷寒は薄らいだものの尚寒波は居座っている。時折、シャリシャリという残雪を踏みしめる靴音が聞こえる。
 川面に何やら気になる景色が目についた。長年の経験がカワセミだと教えてくれた。通常は見分けがたい小さな光景である。川面に頭を浮かべた石のてっぺんの小さな黒い点の正体をカワセミとして察知するには同じような経験の蓄積が必要だ。
 この野鳥は違和感のある気配に敏感だ。近づけばまっしぐらに飛び立つはずだ。ところが真横の土手道に立っても飛立つ気配はない。静かにスマホを取り出して通常仕様とズームアッピレンズの2枚を摂った。健気なカワセミはそれを待っていたかのように水平にまっしぐらに飛び立った。

NHKスペシャル・2030 未来への分岐点 「暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」2021年01月15日

 NHKスペシャルの再放送番組「2030 未来への分岐点 ・暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」を観た。地球温暖化問題と真正面に向き合った意慾的な番組だった。ネットで次のような番組紹介があった。
 「温暖化は新たなフェイズに入った。このままいくと早ければ2030年にも、地球の平均気温は臨界点に達するといわれている。それを超えていくと、温暖化を加速させる現象が連鎖し暴走を始める可能性が明らかになってきた。その時、私たちの暮らしはどうなるのか、どうすれば破局を回避できるのか。この10年歩むべき道を考える。」
 温暖化がもたらしている様々な災害の最新情報と未来の姿。国連やEUの温暖化回避に向けた意欲的な発信と取組み。科学者たちの危機感に満ちたメッセージ。悲惨な未来の当事者である若者達の告発と運動。テーマに即した様々な側面と多面的な視点からの問題提起は観る者に説得力のある共感をもたらしている。
 昨年10月に我が家の電力供給を大阪ガスのエネファームに切替えた。家庭で発電と給湯を同時につくり出す家庭用燃料電池である。水道光熱費全体の削減効果とともに都市ガスの水素を活用した発電でエネルギー消費量を約40%削減できエコ環境に貢献できるという点も切替の理由のひとつだった。12月中旬から電力供給が関電からエネファームに切り替わった。モニターでCO2削減量を葉、木、森の本数換算で確認できる。我が家の場合、約1か月で杉の木13本分の削減と示されていた。ささやかながら脱炭素に貢献していることに納得した。

グリナに頼る2021年01月14日

 このところ睡眠不良に悩まされている。なかなか寝付けない。寝ついても深夜に目覚めたり、3時前後には眠りを断念して起きだすこともある。そして眠りが浅くて昼間にテレビを観ているとウトウトする。
 以前お試し購入した睡眠サポートサプリ”グリナ”を本格的に使用することにした。お試し使用の相性が良く、比較的効果が確認できたことが本格使用を促した。
 1か月30本分で送料、税込4,548円だった。ネット注文して3日後に届けられた。サプリなので健康障害はないと思うが習慣化しないように留意しながら服用を心掛けよう。

グリグリと靴底が雪を噛む音の心地良さ2021年01月13日

 6時前の久々に遅い目覚めだった。朝刊を取りに玄関を出た時、目にしたのは雪景色だった。大晦日の初冠雪の比ではない3cmほどの積雪に畳みかけるようにシンシンと淡雪が降り積もっていた。今朝の早朝ウォーキングは断念するしかないと観念した。
 朝10時過ぎに窓越しに空模様を確認した。降雪は止み雪景色ばかりが目についた。久々の本格的な雪景色を見逃す手はない。厚手の防寒着に登山用シューズを履いて出かけた。車のわだちだけが目につく住宅街の街路を踏み締めて歩いた。グリグリと靴底が雪を噛む音と足裏の感触を伝わってくる。
 国道176号線から有馬緑道に入るいつもの散歩コースを進んだ。真っ白な緑道には足跡はほとんどない。いつもの散歩仲間も今日ばかりは断念したのだろう。明治橋を右折し下山口の旧街道を北に進み、宮前通りを歩いた。正面の公智神社境内の冠雪の本殿を中心とした雪景色の荘厳さが拝礼を促した。国道に戻り天上橋から住宅街を縁どる農道を巡った。農道と住宅街を結ぶ純白の坂道を踏み締める靴音が心地良い。
 30分ばかりの雪景色を味わう散歩道だった。

寒波にひしがれた家庭菜園の野菜2021年01月12日

 厳しい寒波が居座っている。新型コロナがこれを追い風のようにして感染拡大を増殖させている。非常事態宣言の再発令が避けがたい事態になってきた。ようやく再開した地区社協活動も再び沈黙させられそうだ。
 そんな暗澹たる気分を抱きながらふと庭先に目を遣った時だ。暗い気分に追い打ちをかけるような光景が目に飛び込んだ。家内が丹精して育てている大根とカブラの菜園がある。その青菜が無残にもへたれていた。大きく広げた葉っぱが畝の土に被さるように横たわっていた。青菜にとっては未曽有の寒波がなせる災厄なのだが、まるでコロナ禍で衰弱しきったようにも見えた。

じいちゃんのお腹でアナ雪を観る花ちゃん2021年01月11日

 ばあちゃんと花ちゃん一家がお買い物に出かけた。留守番のじいちゃんはPCで会議資料を作成したりビデオを見たりして過ごした。3時頃にみんなが帰った後はばあちゃんは夕食の支度にかかり、父ちゃんと母ちゃんは横になってウトウトしだした。当然ながら花ちゃんの相手はじいちゃんとなる。
 リビングのテーブル前でソファーを背に寛いでいた。ビデオの録画メニュー画面で目ざとく花ちゃんがアナ雪の録画を見つけた。1年ほど前に放映された番組を花ちゃん向けに録画していたものだ。何度か観ているのだがもう一度観たいという。じいちゃんのお腹の上に跨って観始めた。父ちゃんと母ちゃんの昼寝の邪魔をさせないためにもここはじいちゃんがこの姿勢を維持するほかない。成長した花ちゃんの体重を実感しながら文庫本片手に過ごした。
 その花ちゃん一家が二泊三日の帰省を終えて帰宅した。