亡き知人宅の「売物件」看板の哀しさ2022年02月23日

 住宅街の中のいつもの散歩コースを歩いていた時だ。あるお宅の駐車場の扉に掲示された赤地に白抜きの「売物件」の看板が目についた。
 昨年11月に突然亡くなった知人宅である。ちょい呑みオヤジ会の世話人のおひとりで数年にわたるお付き合いのある知人だった。亡くなる一カ月前には奥さんを同じような突然死で亡くされていた。仲の良かったご奥さんの死は独り住まいの生活を支えるには余りにも重すぎたのだろうか。
 私からのオヤジ会関係の知人のスマホへのメールに息子さんから返信があり、亡くなったことを初めて知らされた。遠方にお住いの息子さんと連絡がとれ知人の死亡前後の様子が分かった。知人宅は息子さんが独り立ちされた後に建てられたようだ。知人ご夫妻にはかけがえのない終の棲家ではあっても、息子さんにはなじみは薄い。何よりも息子さんには既に遠隔地のでの家族との生活が定着している。
 そんな情報を耳にした後の知人宅のたたずまいだった。いずれ売却されるだろうことは予想していた。目にした「売物件」の看板はその具体化に過ぎない。それでもその表示がもたらす哀しさは否定できない。それは私たち夫婦にもいつか訪れる現実でもある。どちらが先に逝くにしても子供たちが残された我が家に住むことはない。いつか「売物件」の看板が我が家の門扉に掲示される日がやってくる。