塩野七生著「ローマ人の物語20」2024年05月29日

 塩野七生著「ローマ人の物語20」を再読した。この巻は初代ローマ皇帝・アウグストゥス亡き後の4人の「悪名高き皇帝たち」の第4部・5代皇帝ネロの物語である。
 世上でローマ皇帝ネロは悪逆非道な人物として最も悪名高い皇帝である。この巻を読み終えてその通説はネロには余りにも酷であると思えた。著者は世上の風評に距離を置き可能な限り冷静に彼の生涯を綴っている。
 ネロの養父でもある前皇帝クラウディウスが悪妻アグリッピーナの野望の犠牲となって毒殺された後、準備万端を整えていたアグリッピーナの思惑通りネロはわずか16歳で第5代皇帝となった。
 若くて利発だったネロは当初は庶民ばかりか元老院からも歓迎された。14年に及ぶ治世でも致命的な失政は犯していないかのようにみえる。外交上の稚拙さや過度の音楽奏者とギリシャ文化への傾倒が皇帝としての資質に欠けていた点はある。問題は母親アグリッピーナからの自立の過程での葛藤が母殺しに至ったことが悪逆の汚名を招いた点だろう。キリスト教徒への迫害が後世の汚名を拡大させた点も否めない。
 ゲルマニア軍団の3人の優れた司令官にネロは自死を命じる愚挙を犯す。これをきっかけにガリアとスペイン属州の総督たちが反ネロで蜂起する。最終的に元老院もネロを「国家の敵」と宣告し、ネロは自死し35歳の生涯を閉じる。
 ネロ亡き後の皇帝は、初代皇帝アウグストゥスとは一切の血縁のないスペイン属州総督ガルバが就任し、「ユリウス・クラウディウス朝」は終焉する。このこともまたネロが招いた歴史的な出来事という他はない。