塩野七生著「ローマ人の物語26」2024年11月03日

 塩野七生著「ローマ人の物語26」を再読した。この巻はサブタイトルに「賢帝の世紀」と題され、全盛期のローマをもたらした三皇帝三巻の物語の下巻であり、治世の大半を帝国辺境の視察に費やした皇帝ハドリアヌスのローマ帰還後の晩年の物語に後継者アントニウス・ピウスの平穏な治世を描いたものだ。
 帝国西方の視察から戻ったハドリアヌスは52才を迎えて再び帝国東方の視察の長い旅に出る。この旅の途上で東方の火薬庫だったユダヤが反乱の狼煙をあげる。ハドリアヌスはこの反乱を制圧した後、ユダヤ教徒のイエルサレムからの全面追放を命じる。ユダヤ人の「離散(ディアスポラ)」の始まりだった。
 ユダヤ反乱の鎮圧を見届けてハドリアヌスはローマに戻る。帝国全域の過酷な気候の中での視察が58才のハドリアヌスの肉体をむしばんでいた。老いた肉体が精神の平安をもむしばみ統治能力に陰りがみえてきた。62才の誕生日にハドリアヌスは視察旅行中の留守を託していた信頼する元老院議員のアントニヌスを後継指名し、その5カ月後に穏やかな死を迎える。
 治世23年の皇帝アントニヌス・ピアスの記述は180頁のこの巻のわずか45頁でしかない。治世21年のハドリアヌスの記述が1巻と135頁あるのとは格段の少なさである。その理由を著者は「特筆に値する、新しいことは何一つしないのが、皇帝としての彼の責務の果たし方であったからだ」と記している。先帝の業績のほとんどすべてを継承し不都合なことだけを微調整したこの皇帝によって治世の23年間は帝国全域を平穏な秩序が支配した。