塩野七生著「ローマ人の物語32」 ― 2025年01月21日
塩野七生著「ローマ人の物語32」を再読した。この巻はサブタイトルに「迷走する帝国」と題された古代ローマの”危機の三世紀”を扱った上中下三巻の上巻である。
2世紀末から3世紀初頭にかけて18年間の治世を全うした皇帝セエルスが2011年に遠征先のブリタニアで病死した。直ちに帝位はカラカラとゲラの二人の息子に継承された。カラカラはゲラを無能な弟として1年後に抹殺する。
2012年、カラカラは「アントニヌス勅令」を布告する。帝国内に住む全ての自由市民にローマ市民権を与えることを定めた法律である。これに伴いローマ市民と属州民の壁は取り払われ、市民権の意味していたものを一変させた。属州民が「志」や「意慾」で取得されてきた市民権は誰もが一律に与えらることになった。それはローマ市民から「帝国の柱」という気概を失わせ、旧属州民からは向上心や競争の気概を失わせた。長く維持してきたローマ市民権の魅力をカラカラは喪失させ、市民権に付随する義務感も責任感も稀薄化させてしまった。それは帝国を支えてきたローマ市民の精神的基盤を突き崩してしまった。この巻のテーマを著者は冒頭の「アントニヌス勅令」を布告に尽きるとでも言いたげだ。
2017年、パルティア戦役に遠征中のカラカラは近衛軍団長マクリヌスに黙認された警備隊長によって謀殺する。マクリヌスは兵士たちの推挙を得て帝位に就く。マクリヌスはパルティア戦役を属州メソポタミアの放棄という屈辱的な講和によって終わらせる。講和に批判的な兵士たちはカラカラの叔母であるユリア・メサの陰謀に加担しマクリヌスを謀殺する。
新皇帝に就いたのはユリア・メサの14歳の孫ヘラガバルスだった。シリア属州生まれで太陽信仰の神官でもあったヘラガバルスの4年の治世は神官の職責へのこだわりから悲惨な末路を招く。実力者の祖母はオリエントスタイルの皇帝を見放し後継者に4歳年下の弟アレクサンデルを据える。ヘラガバルスは近衛軍団長官に次期皇帝の暗殺を命じるが逆に暗殺されてしまう。
皇帝アレクサンデルの治世はユリア・メサの後ろ盾と高名な法学者ウルピアヌスの補佐を受けて13年に及ぶ。234年皇帝はゲルマン諸部族とライン河で対峙し大攻勢をかける前の外交交渉を開始した。アレクサンデルの姿勢が闘いから交渉に比重を移すに至って将兵たちの不満が募った。235年3月彼らは一斉に蜂起し皇帝を謀殺する。
皇帝カラカラに始まりアレクサンドルに至る3世紀前半の24年の4人の皇帝たちは全員謀殺という悲惨な結末で帝位を終えた。
2世紀末から3世紀初頭にかけて18年間の治世を全うした皇帝セエルスが2011年に遠征先のブリタニアで病死した。直ちに帝位はカラカラとゲラの二人の息子に継承された。カラカラはゲラを無能な弟として1年後に抹殺する。
2012年、カラカラは「アントニヌス勅令」を布告する。帝国内に住む全ての自由市民にローマ市民権を与えることを定めた法律である。これに伴いローマ市民と属州民の壁は取り払われ、市民権の意味していたものを一変させた。属州民が「志」や「意慾」で取得されてきた市民権は誰もが一律に与えらることになった。それはローマ市民から「帝国の柱」という気概を失わせ、旧属州民からは向上心や競争の気概を失わせた。長く維持してきたローマ市民権の魅力をカラカラは喪失させ、市民権に付随する義務感も責任感も稀薄化させてしまった。それは帝国を支えてきたローマ市民の精神的基盤を突き崩してしまった。この巻のテーマを著者は冒頭の「アントニヌス勅令」を布告に尽きるとでも言いたげだ。
2017年、パルティア戦役に遠征中のカラカラは近衛軍団長マクリヌスに黙認された警備隊長によって謀殺する。マクリヌスは兵士たちの推挙を得て帝位に就く。マクリヌスはパルティア戦役を属州メソポタミアの放棄という屈辱的な講和によって終わらせる。講和に批判的な兵士たちはカラカラの叔母であるユリア・メサの陰謀に加担しマクリヌスを謀殺する。
新皇帝に就いたのはユリア・メサの14歳の孫ヘラガバルスだった。シリア属州生まれで太陽信仰の神官でもあったヘラガバルスの4年の治世は神官の職責へのこだわりから悲惨な末路を招く。実力者の祖母はオリエントスタイルの皇帝を見放し後継者に4歳年下の弟アレクサンデルを据える。ヘラガバルスは近衛軍団長官に次期皇帝の暗殺を命じるが逆に暗殺されてしまう。
皇帝アレクサンデルの治世はユリア・メサの後ろ盾と高名な法学者ウルピアヌスの補佐を受けて13年に及ぶ。234年皇帝はゲルマン諸部族とライン河で対峙し大攻勢をかける前の外交交渉を開始した。アレクサンデルの姿勢が闘いから交渉に比重を移すに至って将兵たちの不満が募った。235年3月彼らは一斉に蜂起し皇帝を謀殺する。
皇帝カラカラに始まりアレクサンドルに至る3世紀前半の24年の4人の皇帝たちは全員謀殺という悲惨な結末で帝位を終えた。
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