水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」(その4)2014年08月18日

 前回の続きで「長い21世紀の価格革命」の動向について紹介する。「長い16世紀の価格革命」と同様に「長い21世紀の価格革命」でも先進国とBRICS諸国という異なる経済圏の統合が進んでいる。しかも価格革命は「周辺」の経済圏が「中心」を飲みこむときに発生する。中国、インド、ブラジルといった圧倒的な人口を擁する国で、先進国並みの生活水準を欲して経済活動を進めれば食料価格や資源価格の高騰を招くのは必至で、価格革命を招くことになる。
 同時に先進国では今、「長い16世紀」の実質賃金低下と同じ現象が進行している。第二次大戦以降、1970年代半ばまでの世界的な経済成長のもとで「福祉国家」が実現し、中世の「労働者の黄金時代」が再現した。ところが1970年代半ば以降の資源価格の高騰(現代の価格革命)で企業はそれまでのように利潤をあげられなくなった。その利潤減少分を雇用者報酬の削減で補なった。その結果、名目GDPの伸びに比例していた雇用者報酬という構図は1999年を境に劇的に変化し、企業利益の上昇にもかかわらず雇用者報酬は減少するという事態が発生するようになった。その背景には、20世紀末以降のグローバリゼーションの推進で、資本は国境に捉われることなく生産拠点を選べるようになり、そのことを通して、資本側はそれまでの資本と労働の分配構造を破壊することに成功したという点がある。
 では「長い21世紀の価格革命」はいつ終わるのか。「長い16世紀の価格革命」が新興国イギリスの一人あたりGDPが当時の先進国イタリアに追いついた時点で収束したように、中国の一人あたりGDPが日米に追いつくと予測される2030年代前半あたりと試算される。
 ところで「21世紀の価格革命」は、国家と資本の利害が一致していた資本主義が維持できなくなり、資本が国家を超越し、資本に国家が従属する資本主義に変貌させる。資本主義の発展で国民の多くが中産階級化するという点で、資本主義と民主主義は支持されてきた。ところが現在のグローバリゼーションは、豊かな国と貧しい国という二極化が、国境を越えて国家の中に現れることになる。これから近代化を推し進める新興国の場合、経済成長と国内での二極化が同時進行する。中国で13億総中流化が実現しなければ民主主義は成立せず、階級闘争が激化する。それは中国共産党一党独裁体制を大きく揺さぶる可能性がある。
 「電子・金融空間」で創出された140兆ドルもの余剰マネーは、利潤を求めて世界を駆け巡り、新興国に集中する。それは新興国の近代化に要する資本をはるかに超えた過剰な投資となっている。既に中国では誰も住まないマンションが建ち並び、景気減速による過剰設備が危険視されている。輸出主導の経済が終わり、内需主導に転換できなければ、過剰設備の使い道はない。マネーの集中による中国バブルは今まさに弾けようとしている。
 こうした推移を見据えると中国が世界経済での新たな覇権国になる可能性は低い。「長い16世紀」にオランダ、イギリスがイタリア、スペインにとってかわれたのは、中世封建システムに代わる近代システムを持ち出したからだ。近代の延長上で成長を続ける新興国の筆頭である中国もいずれ現在の先進国と同じ課題に直面し、成長が加速化している分、遠くない将来に危機が訪れる。
 もはや近代資本主義の土俵の上で覇権交替があるとは考えられない。次の覇権は、資本主義とは異なるシステムを構築した国が握ることになる。その可能性を最も秘めているのが、近代のピークを極めて最先端を走る日本だ。しかし、日本が「成長戦略」をもっとも重視するアベノミクスに固執している限り、そのチャンスを逃すことになる。