山口フォトコンテスト ― 2011年02月01日
山口フォトコンテストが実施される。地元の実行委員会が主催し西宮市も共催している。「山口地域を題材とした写真」をテーマに2月初めに公募され、中旬までに選考の上、入賞作品は23日から27日に山口ホ-ルで展示される。実行委員会メンバーの知人から出品を促がされた。
HP「にしのみや山口風土記」用にここ数年に撮りためた膨大な画像がある。全くの素人写真である。それでもバシャバシャ撮れるデジカメの効用もあって写真撮影への興味は深まるばかりだ。いい機会だと思った。生まれて初めてのフォトコンテスト応募を決断した。公募初日の今日、朝からパソコンにつきっきりで撮り貯めた画像をチェックした。半日かけて最終的にこれぞと思う6枚を抽出した。
応募規定では写真サイズは四つ切りかA4サイズとある。自宅プリントは無理だ。SDカードに納めて最寄りの「カメラのキタムラ」に車を走らせた。A4サイズは単価680円だが3枚セットだと990円だという。締めて1980円の自己啓発投資である。
良い写真のなんたるかも知らない。自分の美意識とセンスだけを頼りに撮った6点が専門家の目で審査されるというだけでもありがたい。同じ土俵で選ばれた入賞作品を眺めることも新たな楽しみと言える。早速明日にも応募作品を山口ホールに持参しよう。
HP「にしのみや山口風土記」用にここ数年に撮りためた膨大な画像がある。全くの素人写真である。それでもバシャバシャ撮れるデジカメの効用もあって写真撮影への興味は深まるばかりだ。いい機会だと思った。生まれて初めてのフォトコンテスト応募を決断した。公募初日の今日、朝からパソコンにつきっきりで撮り貯めた画像をチェックした。半日かけて最終的にこれぞと思う6枚を抽出した。
応募規定では写真サイズは四つ切りかA4サイズとある。自宅プリントは無理だ。SDカードに納めて最寄りの「カメラのキタムラ」に車を走らせた。A4サイズは単価680円だが3枚セットだと990円だという。締めて1980円の自己啓発投資である。
良い写真のなんたるかも知らない。自分の美意識とセンスだけを頼りに撮った6点が専門家の目で審査されるというだけでもありがたい。同じ土俵で選ばれた入賞作品を眺めることも新たな楽しみと言える。早速明日にも応募作品を山口ホールに持参しよう。
続・山口フォトコンテスト ― 2011年02月02日
今朝9時半頃、山口ホールに出向いた。山口フォトコンテストに6点の作品を応募するためだ。ホール前のホワイエには受付が設けられている。受付のホールの管理受託会社の職員は、同じ住宅街のボランティア組織の役員でもある顔見知りの奥さんだった。受付二日目の応募状況を聞きと、すでにかなりの応募があるとのこと。初めての山口でのフォトコンテストは手応え十分なスタートを切ったようだ。
考えてみれば好材料がいくつか考えられる。応募者の多くが私の公民館講座・山口風土記の受講者と重なるような気がした。「山口という地域を題材とした写真」の募集である。山口という町に興味と関心を寄せている人たちに違いない。成熟しつつある新興住宅街でリタイヤを迎えた人たちが、私同様にあらためて「我が町」に目を注ぎだした。今やデジカメはリタイヤおじさんたちの必需品だ。散策途中の風景写真や伝統行事や催しもののスナップが撮りためられている。そんなオヤジたちの前に「山口フォトコンテスト」の回覧板やチラシが舞い込んだのだ。私ならずとも「イッチョウ、応募してみるか!」の心境になったとしても不思議はない。
予想外の応募は、入選の栄誉のハードルを押し上げる副作用をもたらす。それでもやっぱりいい企画だった。毎年の定例行事にしてほしい。それは間違いなく多くの人たちにデジカメモニターを通してこの町を見つめさせるきっかけになる筈だ。
考えてみれば好材料がいくつか考えられる。応募者の多くが私の公民館講座・山口風土記の受講者と重なるような気がした。「山口という地域を題材とした写真」の募集である。山口という町に興味と関心を寄せている人たちに違いない。成熟しつつある新興住宅街でリタイヤを迎えた人たちが、私同様にあらためて「我が町」に目を注ぎだした。今やデジカメはリタイヤおじさんたちの必需品だ。散策途中の風景写真や伝統行事や催しもののスナップが撮りためられている。そんなオヤジたちの前に「山口フォトコンテスト」の回覧板やチラシが舞い込んだのだ。私ならずとも「イッチョウ、応募してみるか!」の心境になったとしても不思議はない。
予想外の応募は、入選の栄誉のハードルを押し上げる副作用をもたらす。それでもやっぱりいい企画だった。毎年の定例行事にしてほしい。それは間違いなく多くの人たちにデジカメモニターを通してこの町を見つめさせるきっかけになる筈だ。
節分の恒例行事(妙見寺参り) ― 2011年02月03日
二月三日の節分である。三年前から有馬温泉のある落葉山山頂の妙見寺に参拝するのが恒例行事になっている。毎年近所の仲良しグループで出かけている。
今年もご近所さんの四組のご夫婦など総勢九名で朝10時に出発した。片道2時間ほどの道のりをこなして妙見寺に辿り着く。本堂でのお参りを主婦4人にまかせて亭主どもは境内で待機した。その間あらためて本堂建物を観察した。正面階段左右の柱に見事な唐獅子の彫刻が目についた。
参拝を済ませた後、いつものように石段下の休憩所で振る舞いを受ける。テーブルには参拝者用にぜんざいやおでんやお神酒が用意されている。三年前には何も知らずにおよばれし恐縮した。昨年からは「お供え」を用意して参拝することにしている。長い道のりのお参り後のふるまいはことのほか美味しくいただける。
1時間ばかり山頂で滞在し1時過ぎに下山した。落葉山北側の参道から登ったので下山道は南の鼓が滝に抜けるルートをとった。短距離ながら傾斜のある山道だった。下山後、温泉寺を参拝し温泉街の小道を散策した。途中、コロッケやタコ焼きを調達して有馬川の岸辺の遊歩道で持参のおにぎりで遅めの昼食をとる。
帰宅したのは4時過ぎだった。万歩計は2万5千歩を越えるカウントを示していた。さすがに疲れた。この恒例行事はいつまで続くことやら。
今年もご近所さんの四組のご夫婦など総勢九名で朝10時に出発した。片道2時間ほどの道のりをこなして妙見寺に辿り着く。本堂でのお参りを主婦4人にまかせて亭主どもは境内で待機した。その間あらためて本堂建物を観察した。正面階段左右の柱に見事な唐獅子の彫刻が目についた。
参拝を済ませた後、いつものように石段下の休憩所で振る舞いを受ける。テーブルには参拝者用にぜんざいやおでんやお神酒が用意されている。三年前には何も知らずにおよばれし恐縮した。昨年からは「お供え」を用意して参拝することにしている。長い道のりのお参り後のふるまいはことのほか美味しくいただける。
1時間ばかり山頂で滞在し1時過ぎに下山した。落葉山北側の参道から登ったので下山道は南の鼓が滝に抜けるルートをとった。短距離ながら傾斜のある山道だった。下山後、温泉寺を参拝し温泉街の小道を散策した。途中、コロッケやタコ焼きを調達して有馬川の岸辺の遊歩道で持参のおにぎりで遅めの昼食をとる。
帰宅したのは4時過ぎだった。万歩計は2万5千歩を越えるカウントを示していた。さすがに疲れた。この恒例行事はいつまで続くことやら。
散歩道の非日常の風景 ― 2011年02月04日
朝のウォーキングの帰り道だった。住宅街そばの貸農園の一角に先日から据えられていた大きな鉄カゴが目に入った。見るからに野生動物の捕獲用の仕掛けカゴだった。昨日までは開いていた筈のそのカゴの正面扉が閉じられている。中にはこげ茶色の猫ぐらいの大きさの動物がうずくまっている。近寄ってみた。ヌートリアだった。
その貸農園の背後には有馬川が流れている。その周辺の有馬川でしばしばヌートリアを目撃している。仕掛けられた場所のすぐ前に有馬川から枝分かれした田畑の給水用の水路が走っている。水路を伝って侵入したヌートリアがまんまと罠に嵌ったに違いない。
貸農園を営むご近所さんからモグラなどの野生動物による農作物被害の話を耳にしていた。丹精込めて育てた農作物が収穫前に無残に荒らされることの無念さは想像に難くない。業を煮やした栽培者が対策を講じた気持ちもよく分かる。
カゴの外から叩いてみたが中のヌートリアは全く動かない。ひょとしたら既に息絶えているのかもしれない。あるいはそれまでの必死の脱出の試みの虚しさを思い知った果ての諦観の姿なのかもしれない。彼の今後の運命は知る由もない。第三者が関与する余地は全くない。当たり前のことを言い聞かせながらそっとその場を後にした。
その貸農園の背後には有馬川が流れている。その周辺の有馬川でしばしばヌートリアを目撃している。仕掛けられた場所のすぐ前に有馬川から枝分かれした田畑の給水用の水路が走っている。水路を伝って侵入したヌートリアがまんまと罠に嵌ったに違いない。
貸農園を営むご近所さんからモグラなどの野生動物による農作物被害の話を耳にしていた。丹精込めて育てた農作物が収穫前に無残に荒らされることの無念さは想像に難くない。業を煮やした栽培者が対策を講じた気持ちもよく分かる。
カゴの外から叩いてみたが中のヌートリアは全く動かない。ひょとしたら既に息絶えているのかもしれない。あるいはそれまでの必死の脱出の試みの虚しさを思い知った果ての諦観の姿なのかもしれない。彼の今後の運命は知る由もない。第三者が関与する余地は全くない。当たり前のことを言い聞かせながらそっとその場を後にした。
地域交流の溜まり場を見つけた ― 2011年02月05日
昨日午後、近くの喫茶店で地元の知人お二人と懇談した。お一人は子供たちにアウトドア活動の楽しさを伝授している自然塾の主宰者のOさんだ。かねてから地域活動についてもアクティブに関わっている行動派である。保守的な風土の地の人には珍しいタイプの方で共感するところが多い旧知の知人である。もう一人の方は一週間ほど前に初めてお会いして共感した同じ住宅街在住のミュージカル劇団の主宰者のTさんである。
三人の共通項は在住する山口の町を少しでも良くしたいという想いである。そのためにそれぞれの分野で独自の知識や技術をもって活動している。昨日の懇談はそれぞれの分野の情報を交換し相互に交流することで新たな活動の広がりを模索しようという趣旨だった。
1時間ばかり懇談した後、Oさん行きつけの焼き鳥店「鳥進」に席を移した。国道176号線沿いのJA下山口支店近くの店だ。ランチにも対応しているのでお昼前から営業している。夕方の2時間ばかりを焼き鳥盛り合わせを肴に飲み会ならではの寛ぎと饒舌で過ごした。今後の定例化やメンバーの広がりなどを約して散会した。
この近辺で気軽に呑める居酒屋を探していた。新興住宅街の開発が進み開けてきたとはいえ、基本的には住宅街の町だ。居酒屋需要の強い通勤帰りのサラリーマン人口の絶対数は少ない。何軒かあった店も相次いで店仕舞いした。そんな中でのこの「鳥進」である。同じ住宅街在住のご夫婦で切り盛りされているようだ。店内はカウンター席や座敷やテーブル席でほどよく構成されている。焼き鳥やおでんを中心にリーズナブルなお値段で美味しい肴が期待できる。気のあった仲間との飲み会にはもってこいのお店だと思った。懸案だった「地域交流の溜まり場」をようやく見つけた思いだ。
三人の共通項は在住する山口の町を少しでも良くしたいという想いである。そのためにそれぞれの分野で独自の知識や技術をもって活動している。昨日の懇談はそれぞれの分野の情報を交換し相互に交流することで新たな活動の広がりを模索しようという趣旨だった。
1時間ばかり懇談した後、Oさん行きつけの焼き鳥店「鳥進」に席を移した。国道176号線沿いのJA下山口支店近くの店だ。ランチにも対応しているのでお昼前から営業している。夕方の2時間ばかりを焼き鳥盛り合わせを肴に飲み会ならではの寛ぎと饒舌で過ごした。今後の定例化やメンバーの広がりなどを約して散会した。
この近辺で気軽に呑める居酒屋を探していた。新興住宅街の開発が進み開けてきたとはいえ、基本的には住宅街の町だ。居酒屋需要の強い通勤帰りのサラリーマン人口の絶対数は少ない。何軒かあった店も相次いで店仕舞いした。そんな中でのこの「鳥進」である。同じ住宅街在住のご夫婦で切り盛りされているようだ。店内はカウンター席や座敷やテーブル席でほどよく構成されている。焼き鳥やおでんを中心にリーズナブルなお値段で美味しい肴が期待できる。気のあった仲間との飲み会にはもってこいのお店だと思った。懸案だった「地域交流の溜まり場」をようやく見つけた思いだ。
ケン・フォレット著「大聖堂 上」 ― 2011年02月06日
先日からNHKのBSハイビジョンの海外ドラマ「大聖堂」の予告が流れていた。昨晩の2月5日から毎週土曜夜に8回にわたって放送される。平成3年発行の文庫本の原作を読んでいた。物語の記憶は定かでなかったが骨太な長編大作だった。放送はぜひ見たいが、それに先駆けて原作を再読しておこうと思った。
各巻600頁にも及ぶ文庫本3巻から成る長編である。おまけに活字ポイントは最近の文庫本のサイズより一回り小さくボリュームは更に大きい。20年ぶりの再読はほとんど初読に等しい。その上巻を昨晩の第1回放映直前に読み終えた。
12世紀のイギリスが舞台の歴史小説である。王権と教会権力が葛藤する中世イングランドの舞台背景や時代状況が克明に描かれている。大聖堂の建築という主題をベースに個性豊かな登場人物たちが絡み合い、一気に物語の世界に読者を引き込んでしまう。
NHKドラマの展開の少し先を読み進みドラマも合わせて楽しもうという魂胆だ。何とも贅沢な楽しみ方を可能にしてもらったNHKに感謝するほかはない。そのドラマ「大聖堂」を昨晩観た。夜10時からの放映である。いつもは眠気に抗しきれず視聴を断念する時間帯である。この番組ばかりはそんなことは言ってられない。
比較的原作に忠実なドラマだった。原作の膨大なボリュウムを映像化する上で端々の筋の省略はやむをえまい。それ以上に文字で表現された原作の風景を映像で観られることこそありがたい。問題は原作でイメージしていた登場人物たちのドラマの配役たちとの乖離だ。主人公トムはピッタリだ。もうひとりの主人公フィリップは少し柔らかすぎる。主要な悪役ウォールランはイメージはピッタリだが少し歳をとりすぎでは?エレンは原作の魔女的な妖麗さには及ばない等々。こうした落差を個々に確認することもまたドラマ化の楽しさでもある。ドラマを観ながら中世イングランドの歴史の世界を味わえることもまた嬉しい。
これから8週間にわったて毎週土曜日夜の楽しみが待っている。
各巻600頁にも及ぶ文庫本3巻から成る長編である。おまけに活字ポイントは最近の文庫本のサイズより一回り小さくボリュームは更に大きい。20年ぶりの再読はほとんど初読に等しい。その上巻を昨晩の第1回放映直前に読み終えた。
12世紀のイギリスが舞台の歴史小説である。王権と教会権力が葛藤する中世イングランドの舞台背景や時代状況が克明に描かれている。大聖堂の建築という主題をベースに個性豊かな登場人物たちが絡み合い、一気に物語の世界に読者を引き込んでしまう。
NHKドラマの展開の少し先を読み進みドラマも合わせて楽しもうという魂胆だ。何とも贅沢な楽しみ方を可能にしてもらったNHKに感謝するほかはない。そのドラマ「大聖堂」を昨晩観た。夜10時からの放映である。いつもは眠気に抗しきれず視聴を断念する時間帯である。この番組ばかりはそんなことは言ってられない。
比較的原作に忠実なドラマだった。原作の膨大なボリュウムを映像化する上で端々の筋の省略はやむをえまい。それ以上に文字で表現された原作の風景を映像で観られることこそありがたい。問題は原作でイメージしていた登場人物たちのドラマの配役たちとの乖離だ。主人公トムはピッタリだ。もうひとりの主人公フィリップは少し柔らかすぎる。主要な悪役ウォールランはイメージはピッタリだが少し歳をとりすぎでは?エレンは原作の魔女的な妖麗さには及ばない等々。こうした落差を個々に確認することもまたドラマ化の楽しさでもある。ドラマを観ながら中世イングランドの歴史の世界を味わえることもまた嬉しい。
これから8週間にわったて毎週土曜日夜の楽しみが待っている。
セミナー「知って得する遺言のお話し」 ― 2011年02月07日
二週間ほど前に地域のお年寄りたちのお食事交流会のお手伝いをした。会場は近くの結婚式場だった。そこで会場を運営する冠婚葬祭事業者から相続セミナーの案内があった。自分自身の問題としても地域のお年寄りの相談者たる民生委員の立場からも避けて通れないテーマだと思った。我が家はその冠婚葬祭事業の会員でもある。早速翌日に受講申込みをした。
今日の午前中、そのセミナーに出かけた。講師は西木さんという行政書士だった。「知って得する遺言のお話し」と題した分かりやすいレジュメが配布されている。
講演は、「遺言がなかったらどうなる?」という問い掛けで始まる。「相続人全員で財産分与の話合いが必要」になり、それがうまくいかずトラブルに発展する様々な事例が紹介される。『これまで仲が良かった兄弟の関係が崩れる』『話し合いがまとまらず手続きに何年もかかってしまう』『亡くなった方の預貯金が引き出せず生活に窮する』『法定相続を行った結果自宅を売却せざるを得なくなった』等々。「長男として親の面倒を見ても法律上の遺産相続は子供は皆平等だ。親の深刻な介護をした子供にほおっておけば何も報いてやれないという現実がある。
その上で、「遺言の効果」が語られる。『自身の想いを実現できる』『相続トラブルを未然に防げる』『煩雑な相続手続きを簡素化できる』『相続人以外にも財産を譲れる』等々。遺言とは現実と法律のギャップを埋める効果を持っている。なるほど遺言は家内や子供たちへの優しさの意思表示でもあると思った。
続いて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」という二つの遺言形式の特徴が解説され、最後に自筆証書遺言の作成手順と注意点が述べられた。作成手順は「推定相続人を確認する」「不動産、預貯金、株式などの財産内容を確認する」「誰にどの財産を遺すかを決める」「遺言書を下書きし、清書し、封印する」「遺言書を保管、もしくは家族に託す」といった具合だ。
注意点は「推定相続人を確認したか(配偶者と子供が相続人で孫は該当しない)」「遺言の内容は遺留分を侵害していないか(遺言により法定相続分を越える遺贈が可能だが遺留分の侵害はできない。遺留分とは法定相続分の1/2相当分)」「遺言の内容は相続人の理解を得られるものか(理解を越えそうな内容はなぜ遺贈者はこんな配分をするかという説明を付ける)」「要件を満たしているか(全文直筆、日付、署名、押印)」といった内容だった。
また今年4月1日から施行予定の相続税の大改正の説明もあった。相続税の基礎控除額が現行の「5千万円+(千万円×法定相続人の数)」が「3千万円+(6百万円×法定相続人の数)」に引き下げられる。その結果、配偶者と子供二人の場合、基礎控除額は現行の8千万円が4千8百万円になり、これを越えると相続税の支払いやそれに伴う費用負担が発生する。
面白いエピソードが披露された。「毎年1月に遺言を書き替えに来るおばあさんがいる。子供たちや嫁たちの1年間の自分に対する優しさを評価しその結果を遺言に反映させるというのだ。遺言の書き換えはおばあさんの子供たちに対する通信簿だ」。介護問題や子供たちのDVなど高齢者を取り巻く環境は厳しさを増している。遺言という武器を逆手にとって厳しい環境を生き抜く「いじわるばあさん」のしたたかさに内心で拍手した。
今日の午前中、そのセミナーに出かけた。講師は西木さんという行政書士だった。「知って得する遺言のお話し」と題した分かりやすいレジュメが配布されている。
講演は、「遺言がなかったらどうなる?」という問い掛けで始まる。「相続人全員で財産分与の話合いが必要」になり、それがうまくいかずトラブルに発展する様々な事例が紹介される。『これまで仲が良かった兄弟の関係が崩れる』『話し合いがまとまらず手続きに何年もかかってしまう』『亡くなった方の預貯金が引き出せず生活に窮する』『法定相続を行った結果自宅を売却せざるを得なくなった』等々。「長男として親の面倒を見ても法律上の遺産相続は子供は皆平等だ。親の深刻な介護をした子供にほおっておけば何も報いてやれないという現実がある。
その上で、「遺言の効果」が語られる。『自身の想いを実現できる』『相続トラブルを未然に防げる』『煩雑な相続手続きを簡素化できる』『相続人以外にも財産を譲れる』等々。遺言とは現実と法律のギャップを埋める効果を持っている。なるほど遺言は家内や子供たちへの優しさの意思表示でもあると思った。
続いて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」という二つの遺言形式の特徴が解説され、最後に自筆証書遺言の作成手順と注意点が述べられた。作成手順は「推定相続人を確認する」「不動産、預貯金、株式などの財産内容を確認する」「誰にどの財産を遺すかを決める」「遺言書を下書きし、清書し、封印する」「遺言書を保管、もしくは家族に託す」といった具合だ。
注意点は「推定相続人を確認したか(配偶者と子供が相続人で孫は該当しない)」「遺言の内容は遺留分を侵害していないか(遺言により法定相続分を越える遺贈が可能だが遺留分の侵害はできない。遺留分とは法定相続分の1/2相当分)」「遺言の内容は相続人の理解を得られるものか(理解を越えそうな内容はなぜ遺贈者はこんな配分をするかという説明を付ける)」「要件を満たしているか(全文直筆、日付、署名、押印)」といった内容だった。
また今年4月1日から施行予定の相続税の大改正の説明もあった。相続税の基礎控除額が現行の「5千万円+(千万円×法定相続人の数)」が「3千万円+(6百万円×法定相続人の数)」に引き下げられる。その結果、配偶者と子供二人の場合、基礎控除額は現行の8千万円が4千8百万円になり、これを越えると相続税の支払いやそれに伴う費用負担が発生する。
面白いエピソードが披露された。「毎年1月に遺言を書き替えに来るおばあさんがいる。子供たちや嫁たちの1年間の自分に対する優しさを評価しその結果を遺言に反映させるというのだ。遺言の書き換えはおばあさんの子供たちに対する通信簿だ」。介護問題や子供たちのDVなど高齢者を取り巻く環境は厳しさを増している。遺言という武器を逆手にとって厳しい環境を生き抜く「いじわるばあさん」のしたたかさに内心で拍手した。
ヌートリア後日譚 ― 2011年02月08日
朝の散歩の帰途である。先日仕掛けに嵌ったヌートリアのいた貸農園にやってきた。今日も扉の開いた空の仕掛けが置かれていた。そのそばで畑仕事中の知人のオジサンの姿があった。挨拶を交わした後、捕獲されたヌートリアの「その後」を尋ねた。
「あの前後に4匹のヌートリアが捕獲されたんです。動物愛護の問題から勝手に処分できないんです。市役所に連絡して全て引き取ってもらいました。関係部署で処分するようです。あれ以来、ヌートリアの出没はピタッとやみました」とのこと。
野生動物たちと人間の生存エリアが近づくに連れ、その共存は困難さを増している。それぞれが自らの営みを続ける過程で衝突する。ヌートリアが有馬川から枝分かれした貸農園横の水路に入り込まなければと思ってしまう。捕獲用の鉄格子が、有馬川から分かれた水路の入口に設置されておればートリアの侵入は阻止できたのではないかなどと想像したりする。棲み分けできることが共存を可能にする。棲み分けできる工夫こそが人間の智恵なのではないかとも思う。
人間社会にも民族紛争や宗教戦争などの「衝突」が共存を拒んでいる。棲み分けの智恵こそが問われているのに・・・。
「あの前後に4匹のヌートリアが捕獲されたんです。動物愛護の問題から勝手に処分できないんです。市役所に連絡して全て引き取ってもらいました。関係部署で処分するようです。あれ以来、ヌートリアの出没はピタッとやみました」とのこと。
野生動物たちと人間の生存エリアが近づくに連れ、その共存は困難さを増している。それぞれが自らの営みを続ける過程で衝突する。ヌートリアが有馬川から枝分かれした貸農園横の水路に入り込まなければと思ってしまう。捕獲用の鉄格子が、有馬川から分かれた水路の入口に設置されておればートリアの侵入は阻止できたのではないかなどと想像したりする。棲み分けできることが共存を可能にする。棲み分けできる工夫こそが人間の智恵なのではないかとも思う。
人間社会にも民族紛争や宗教戦争などの「衝突」が共存を拒んでいる。棲み分けの智恵こそが問われているのに・・・。
知って初めて好きになる「ふるさと」(生徒たちの感想文) ― 2011年02月09日
昨日夕方6時過ぎ、地元中学校の先生の来訪があった。2週間前に一年生対象にトライやる・ウィーク事前学習「ふるさと山口」をプレゼンした。http://ahidaka.asablo.jp/blog/2011/01/26/ その時の生徒たちの感想文を持参して頂いたのだ。所定用氏に書かれた一年生166名の感想文のファイルを戴いた。担当のクラスごとにラベル分けされ可愛いシールを付けた綺麗な裏表の表紙でファイリングされている。担当の若い女性教師の心づかいが嬉しい。
たくさんの感想文を一気に読み終えた。「今まで知らなかったこの町のことをいっぱい教えてもらいました」「山口に昔SLが走っていたと知って感動しました」「秀吉が有馬温泉に8回も行っていたんですね」「山口の自然のすばらしさをあらためて知りました」「有馬川にカワセミがいることを知ってびっくりしました」「美しい山口の四季を知ってこの町に住んでいて良かったと思いました」「湯山の入口という山口の名前の由来を知って嬉しかったです」「山口にも古墳があることを初めて知りました」「山口一番の古い建物や樹齢の樹がわかりました」「山口の自然や歴史のことをスライドで分かりやすく教えてもらい勉強になりました」「もし信長が生きていたら有馬温泉に行っていたかもしれないという話しは凄いと思いました」「何気なく見ていた大木が天然記念物だったんですね」「モリアオガエルの発見者は私たちの先輩だということを誇らしく思いました」「山口が多くの歴史上の人物も関わった凄い町だということが良く分かりました」「さくらまつりでの交流の大切さがわかりました」。こんな感想が相次いで登場する。知って初めて好きになる「ふるさと」があった。
嬉しかったのは自身の次のステップの想いも綴られていたことだ。「ふるさとについてもっと考えようと思います」「生きていく上で住んでいる町のことを知ることが大切だと感じました」「新旧地区がもっと共存できる町にしたいです」「これからも山口の自然や伝統を守り続けたいです」「ホタルや野鳥などの生き物を大切にしなければと思いました」「この町に興味がわきました。自分でも勉強します」。これこそ私がプレゼンで伝えたかったことだ。
私のデスクに赤いファイリングがずっと置かれることだろう。「これからももっとこの町のことを知りたいと思っている人にたくさんのことを伝えて下さい」。ファイリングの最後の頁にあった言葉だ。HP「風土記」を通じた山口発信という地域貢献の糧でもある。
たくさんの感想文を一気に読み終えた。「今まで知らなかったこの町のことをいっぱい教えてもらいました」「山口に昔SLが走っていたと知って感動しました」「秀吉が有馬温泉に8回も行っていたんですね」「山口の自然のすばらしさをあらためて知りました」「有馬川にカワセミがいることを知ってびっくりしました」「美しい山口の四季を知ってこの町に住んでいて良かったと思いました」「湯山の入口という山口の名前の由来を知って嬉しかったです」「山口にも古墳があることを初めて知りました」「山口一番の古い建物や樹齢の樹がわかりました」「山口の自然や歴史のことをスライドで分かりやすく教えてもらい勉強になりました」「もし信長が生きていたら有馬温泉に行っていたかもしれないという話しは凄いと思いました」「何気なく見ていた大木が天然記念物だったんですね」「モリアオガエルの発見者は私たちの先輩だということを誇らしく思いました」「山口が多くの歴史上の人物も関わった凄い町だということが良く分かりました」「さくらまつりでの交流の大切さがわかりました」。こんな感想が相次いで登場する。知って初めて好きになる「ふるさと」があった。
嬉しかったのは自身の次のステップの想いも綴られていたことだ。「ふるさとについてもっと考えようと思います」「生きていく上で住んでいる町のことを知ることが大切だと感じました」「新旧地区がもっと共存できる町にしたいです」「これからも山口の自然や伝統を守り続けたいです」「ホタルや野鳥などの生き物を大切にしなければと思いました」「この町に興味がわきました。自分でも勉強します」。これこそ私がプレゼンで伝えたかったことだ。
私のデスクに赤いファイリングがずっと置かれることだろう。「これからももっとこの町のことを知りたいと思っている人にたくさんのことを伝えて下さい」。ファイリングの最後の頁にあった言葉だ。HP「風土記」を通じた山口発信という地域貢献の糧でもある。
今日のノム、ウツ、カウ(補導委員研修) ― 2011年02月10日
昨日の午後、JR西宮駅近くの「若竹公民館」で市の青少年補導委員の全体研修があった。3階講堂の会場は230人ばかりの補導委員で埋められていた。
第1部の講演の講師は市立深津小学校の谷本眞一校長だった。「子どもが立ち治るとき」と題した1時間半の講演だった。長い教員経験と心理学や脳科学の造詣を駆使した興味深い内容だった。冒頭、「今の世相は、ノム、ウツ、カウ?」というツカミから始まる。「(サプリを)飲む、鬱(になる)、(癒しのためにペットを)飼う」という今時の流行りを風しながら、誰もがチョッとした病いにかかっている世相が語られる。そんな環境だたらこそ自己コントロールができないキレる子どもたちも多くなる。
家庭の躾けの重要性が語られる。子どもたちに生活のリズムを取り戻す生活習慣が強調される。脳内伝達物質の中で指令を出す最も重要なセルトニンは朝の強い陽光で強化される。不登校の多くは夜型人間だ。朝6時の起床の習慣化で不登校は治る。等の体験に基づく処方箋が自信たっぷりに示される。
突然、腕組みして下さいと告げられる。組んだ腕の上が左右どちらか。右腕なら右脳の情感で、左腕なら左脳の論理で情報を受けとめる(インプットする)タイプだという。左右の手指を組んで下さいとも言われた。組んだ親指の上が左右どちらか。右手なら右脳の情感で、左手なら左脳の論理で反応する(アウトプットする)タイプだという。子どもたちを指導する際の簡易なタイプの見分け方だとのことだ。自分でやってみて頷く点があった。自宅で家内にも試しててみたが、予想に反する結果でその信頼性がぐらついた。
第2部は武庫川女子大学付属高等学校コーラス部のコーラスだった。平成22年度全日本合唱コンクール第三位の実力派のコーラスである。大勢の女子高生たちが奏でる見事なハーモニーを二曲聴いたあと、労働委員会の会議出席のため会場をそっと抜けた。
第1部の講演の講師は市立深津小学校の谷本眞一校長だった。「子どもが立ち治るとき」と題した1時間半の講演だった。長い教員経験と心理学や脳科学の造詣を駆使した興味深い内容だった。冒頭、「今の世相は、ノム、ウツ、カウ?」というツカミから始まる。「(サプリを)飲む、鬱(になる)、(癒しのためにペットを)飼う」という今時の流行りを風しながら、誰もがチョッとした病いにかかっている世相が語られる。そんな環境だたらこそ自己コントロールができないキレる子どもたちも多くなる。
家庭の躾けの重要性が語られる。子どもたちに生活のリズムを取り戻す生活習慣が強調される。脳内伝達物質の中で指令を出す最も重要なセルトニンは朝の強い陽光で強化される。不登校の多くは夜型人間だ。朝6時の起床の習慣化で不登校は治る。等の体験に基づく処方箋が自信たっぷりに示される。
突然、腕組みして下さいと告げられる。組んだ腕の上が左右どちらか。右腕なら右脳の情感で、左腕なら左脳の論理で情報を受けとめる(インプットする)タイプだという。左右の手指を組んで下さいとも言われた。組んだ親指の上が左右どちらか。右手なら右脳の情感で、左手なら左脳の論理で反応する(アウトプットする)タイプだという。子どもたちを指導する際の簡易なタイプの見分け方だとのことだ。自分でやってみて頷く点があった。自宅で家内にも試しててみたが、予想に反する結果でその信頼性がぐらついた。
第2部は武庫川女子大学付属高等学校コーラス部のコーラスだった。平成22年度全日本合唱コンクール第三位の実力派のコーラスである。大勢の女子高生たちが奏でる見事なハーモニーを二曲聴いたあと、労働委員会の会議出席のため会場をそっと抜けた。

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