藤沢周平著「よろずや平四郎活人剣」上・下2012年06月09日

 藤沢周平著「よろずや平四郎活人剣」上・下二巻を再読した。各巻470頁前後の長編だが24話の連作である。一話当たり40頁ほどの娯楽作品を気楽に読めてしまう。
 今回の主人公・神名平四郎は、知行千石の旗本の冷や飯食いの妾腹の子である。雲弘流道場の相弟子二人と道場開設の話に乗って実家を出る。その仲間のひとりが資金を持ち逃げしたことから裏店に住みつき、よろず揉め事の仲裁屋の看板を掲げて糊口を凌ぐ羽目になる。
 作品は持ち込まれる揉め事の数々を平四郎の智恵と口説と剣の力で次々に巧みに捌いていくというものである。主人公は武士だが武家物ではない。舞台と登場人物を裏店をはじめとした江戸庶民の生活の場に設定した市井物である。
 それにしても、次々と新たな人物像と舞台設定を創造して作品を紡いでいく藤沢周平という作家の力量には脱帽するしかない。市井の揉め事をネタに24話もの物語をよくぞ創造できるものだと舌を巻く。
 主人公の描き方が一風変わっている。従来の藤沢作品に見られる清貧で凛とした雰囲気は影を潜め、どこかせせこましくおっちょこちょいな雰囲気を漂わせた好人物なのである。その主人公が今は金貸しの御家人に嫁いでいる不幸な元許婚と結ばれる顛末は思わず顔をほころばせられる。読者の期待を見事に掬いあげた完結だった。