散歩道の始めと終わりの幸運 ― 2009年09月06日

日曜の朝の7時前である。どこまでも高い抜けるような青空が広がっている。雲ひとつないこれほど澄み切った空を散歩道で眺めたのはいつのことだろう。
新天上橋を渡り有馬川緑道に入ろうとした時、郵便局横の大ケヤキが目に入った。濃い緑に包まれた大きな枝ぶりが真っ青の空をバックに見事に浮かび上がっていた。少し横手に御旅所の二本杉が行儀よく並んで上半身をのぞかせていた。大ケヤキと二本杉をこれほどくっきり被写体に収められたのは初めてだった。
散歩道の終点近くの住宅街下の貸し農園付近にやってきた。貸し農園での農作業を終えたばかりのご近所の旦那さんと合流した。篠山の里山で山菜狩りをご一緒した方だ。いつも朝の散歩で挨拶を交し合っている。今日も挨拶を交わしながら収穫したばかりの三本の茄子を戴いた。様々な形で付き合いの輪が広がることに無性に嬉しくなった。
散歩道の始めと終わりの幸運が今朝の浮き立つ気分を運んできた。
新天上橋を渡り有馬川緑道に入ろうとした時、郵便局横の大ケヤキが目に入った。濃い緑に包まれた大きな枝ぶりが真っ青の空をバックに見事に浮かび上がっていた。少し横手に御旅所の二本杉が行儀よく並んで上半身をのぞかせていた。大ケヤキと二本杉をこれほどくっきり被写体に収められたのは初めてだった。
散歩道の終点近くの住宅街下の貸し農園付近にやってきた。貸し農園での農作業を終えたばかりのご近所の旦那さんと合流した。篠山の里山で山菜狩りをご一緒した方だ。いつも朝の散歩で挨拶を交し合っている。今日も挨拶を交わしながら収穫したばかりの三本の茄子を戴いた。様々な形で付き合いの輪が広がることに無性に嬉しくなった。
散歩道の始めと終わりの幸運が今朝の浮き立つ気分を運んできた。
最近のコメント