北方謙三著「絶海にあらず 上・下」2021年04月08日

 北方謙三著「絶海にあらず 上・下」を再読した。平安中期に起きた瀬戸内海を舞台とした「藤原純友の乱」を描いた歴史小説である。純友の乱はほぼ同時期に関東を舞台に起きた「平将門の乱」と合わせて「承平・天慶の乱」とも総称されている。
 「将門の乱」はメディアでも取り上げられ比較的馴染みがある。ところが関西人には親しみのある瀬戸内海という舞台なのに「純友の乱」は、なぜかメディアの登場も少なく馴染が薄い。将門の乱が関東という広大な領地の覇権を巡る闘いであるというのに対して、「海の闘い」とも言える純友の乱は、乱の内容自体の分かりにくさがあるように思う。
 著者はこの点について独自の視点も交えて明快な解釈を展開している。端的に言えば、「海の在りよう」を巡る時の権力者と純友との闘いとして描かれる。朝廷を率いる藤原北家の氏長者・忠平はその権力を維持するための富を海の交易支配に求める。藤原北家の傍流に連なる低い身分の純友は権力や出世に無縁の自由人である。
 ふとしたことで忠平に恩を売った純友は、それが縁で伊予国の伊予掾に任ぜられる。純友が伊予で目にしたものは、広大な海を不条理な規制で管理する藤原北家の私欲であり、その権力のもとに生活の糧を理不尽に奪われている海の民の苦難だった。海こそが自分の生きる場所と定めた純友の闘いが始まる。水師や海の民を率いて自由な交易を通じて確保した莫大な富を武器に朝廷と藤原北家との闘いに挑む。朝廷の水軍との壮絶な闘いの末に純友は討ち死にしたというのが史実のようだが、著者は純友が密かに生き延びて中国の寧波に向かったという結末で結んでいる。
 思いのままに生きた純友の鮮やかな物語だった。