佐賀の旅⑧待望の吉野ヶ里遺跡 ― 2023年06月07日

旅の二日目の朝、テレビのニュースが吉野ヶ里遺跡の発掘調査で新たな発見があったことを告げていた。今日の最後の訪問スポットは偶然にもその吉野ヶ里遺跡である。
水郷の町・柳川を発って北に向かって40分ほどで吉野ヶ里遺跡に到着した。今回のツアー申し込みの主たる目的でもある待望のスポットである。バス車中でのガイドさんから聞かされた遺跡の発見にまつわるエピソードが一層関心をもたらした。
バスを降りた頃から雲行きが怪しくなった。今回のツアーで初めての天候不安である。携帯傘持参で駐車場から少し歩いてメインゲートを通過する。遺跡ゾーンを繋ぐ天の浮橋からは右手にテレビ等で見覚えのある巨大な祭殿はじめ復元された高床建物群が遠望できた。初めて目にした実写の感動の光景だった。
広い歴史公園の中をガイドさんの案内でひたすら歩いた。吉野ヶ里遺跡は弥生時代の大規模な環濠集落である。集落入口の環濠跡をしっかり確認した。途中のスポットは帰路に各自で見学するとのことで、最も北にある「北墳丘墓」に向かった。途中で突然降りだした大粒の雨に大慌てで携帯傘を広げた。北墳丘墓は保存された発掘現場を回廊越しに見学できる施設だった。身分の高い人物の墳丘墓には14基の甕棺が出土している。
北墳丘墓の南に「北内郭」がある。最も見学したかった建物群である。中心となる巨大な祭殿を梯子を伝って上った。突然の大勢の人影にギョッとさせられた。当時の装束をまとった大型人形たちが古代の祭事をつかさどっている場面の再現だった。北内郭の高床建物や竪穴住居をザッと見学して「南内郭」に向かった。
南内郭でも見慣れた建物を目にした。4棟もの物見櫓が復元されている。その内の一棟の急な階段を伝って物見台まで昇った。広大な歴史公園の復元集落の全貌が展望できた。1時間の見学時間があっという間に過ぎた。集合時間ギリギリにバスに戻った。
この日にニュースで告げられた吉野ヶ里遺跡の新発見は、その後の発掘調査で「限られた身分の高い人だけに使われた赤色の顔料を用いた棺おけ」が見つかったようだ。邪馬台国論争にも一石を投じる発掘とのコメントもある。
バスが予定通り5時半に博多駅に到着した。1時間の買物時間を駅構内で過ごしお弁当や缶ビールを調達し新幹線に乗車した。新神戸経由で神戸電鉄に乗り換え本降りの雨の中をマイカーで10時頃に自宅に戻った。”歴史ロマンとグルメのがばい佐賀二日間”のそれなりに充実した旅を終えた。
水郷の町・柳川を発って北に向かって40分ほどで吉野ヶ里遺跡に到着した。今回のツアー申し込みの主たる目的でもある待望のスポットである。バス車中でのガイドさんから聞かされた遺跡の発見にまつわるエピソードが一層関心をもたらした。
バスを降りた頃から雲行きが怪しくなった。今回のツアーで初めての天候不安である。携帯傘持参で駐車場から少し歩いてメインゲートを通過する。遺跡ゾーンを繋ぐ天の浮橋からは右手にテレビ等で見覚えのある巨大な祭殿はじめ復元された高床建物群が遠望できた。初めて目にした実写の感動の光景だった。
広い歴史公園の中をガイドさんの案内でひたすら歩いた。吉野ヶ里遺跡は弥生時代の大規模な環濠集落である。集落入口の環濠跡をしっかり確認した。途中のスポットは帰路に各自で見学するとのことで、最も北にある「北墳丘墓」に向かった。途中で突然降りだした大粒の雨に大慌てで携帯傘を広げた。北墳丘墓は保存された発掘現場を回廊越しに見学できる施設だった。身分の高い人物の墳丘墓には14基の甕棺が出土している。
北墳丘墓の南に「北内郭」がある。最も見学したかった建物群である。中心となる巨大な祭殿を梯子を伝って上った。突然の大勢の人影にギョッとさせられた。当時の装束をまとった大型人形たちが古代の祭事をつかさどっている場面の再現だった。北内郭の高床建物や竪穴住居をザッと見学して「南内郭」に向かった。
南内郭でも見慣れた建物を目にした。4棟もの物見櫓が復元されている。その内の一棟の急な階段を伝って物見台まで昇った。広大な歴史公園の復元集落の全貌が展望できた。1時間の見学時間があっという間に過ぎた。集合時間ギリギリにバスに戻った。
この日にニュースで告げられた吉野ヶ里遺跡の新発見は、その後の発掘調査で「限られた身分の高い人だけに使われた赤色の顔料を用いた棺おけ」が見つかったようだ。邪馬台国論争にも一石を投じる発掘とのコメントもある。
バスが予定通り5時半に博多駅に到着した。1時間の買物時間を駅構内で過ごしお弁当や缶ビールを調達し新幹線に乗車した。新神戸経由で神戸電鉄に乗り換え本降りの雨の中をマイカーで10時頃に自宅に戻った。”歴史ロマンとグルメのがばい佐賀二日間”のそれなりに充実した旅を終えた。
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