映画評「ワルキューレ」2009年03月25日

 第4水曜日恒例の大阪市大病院検査とシネマの日。「地獄と天国の日」である。地獄はもちろん月一回の抗癌剤インターフェロンの激痛注射だ。加えて今日は今月初旬のPET検査とCT検査の結果が知らされる。癌の転移の有無が宣告される。ドキドキしながら入った診察室で、主治医は開口一番「どちらの検査も問題ありませんでした」。良かった~ツ。先生は今日の診察を最後に転勤だ。来月からはここ3ヶ月ほど一緒に診て貰っていた若い女医さんにバトンタッチ。チョッとばかり不安がないではない。続いて向いの処置室で激痛注射となる。こちらも今日は研修生らしき若い女医さん。3回に分けて打つ注射が4回になったものの意外と上手。痛みが男性研修医より少ない。
 地獄を終えて極楽に向う。遅くなった診察で昼食時間がない。「ワルキューレ」をオンライン予約したなんばパークスシネマに駆けつけた。本当は「チェンジリング」か「オーストラリア」を観たかったのだが、どの上映館も時間帯が合わなかった。昼食らしきものを求めてロビーカウンターに行くと、真っ先にビールとフライドポテトのセットメニューが目に入る。一瞬の逡巡の後注文する。映画に集中しようと座席で上映開始直前までに一気に飲み終えた。後で考えるとこれが作戦ミスだった。
 ワルキューレは第二次大戦末期の敗色濃いドイツを舞台としたヒトラー暗殺計画の物語である。だからといって反ナチズムといったテーマ性のある作品ではない。むしろ暗殺計画遂行の可否と実行後のナチス政権転覆のための既存部隊を利用した軍事展開の行方を巡るスリル感こそがこの作品の醍醐味だった。その意味ではサスペンス映画といった範疇に入るのではないか。
 ストーリー展開に合わせてスクリーンには刻々と時間が刻まれる。中盤の暗殺計画が着手された頃から、飲み干したビールの、尿意という副作用がじわりと滲んできた。計画遂行に向けてスリリングな展開が繰り広げられる。私の腹部での闘いも徐々に緊張感を帯びてくる。計画は達成された。政権転覆の軍事行動がスピーディーに展開されていく。ベルリン市内の拠点が次々と確保されていく。私の心の中では、混み合ったシートで手に汗握っている観客たちを掻き分けてトイレに駆け込むことの可否を測る葛藤が続いている。スクリーンでは通信部隊を押さえきれなかった綻びがギリギリのところで政権側の反転を許している。そこからはオセロゲームの一枚の石が一挙に盤面をひっくり返すかのように形勢を逆転させていく。私の腹部のゲーム展開は意志の力が生理的欲求を辛うじて制御している。土壇場で作戦は失敗した。首謀者たちが次々と銃殺刑に処せられていく。ジ・エンドである。作品の終演を告げるスタッフ紹介の字幕が流れ出した。私の闘いも限界寸前を迎えた。真中のシートから慌ただしく観客を掻き分けて通路をめざした。トイレに駆け込んで一気に生理的欲求を解き放つ。作戦に失敗したトム・クルーズと違って、私の作戦は見事に勝利した。上映中、網膜と腹部でずっとハラハラドキドキが続いたこの作品は、やっぱりサスペンス映画だった。