五木寛之著「天命」 ― 2010年04月08日
五木寛之のエッセイ「天命」を読んだ。5年前の著作である。書店でタイトルを見て購入をためらった。重いテーマだと思ったからだ。結局購入し、3冊まとめ買いした同じ作者のエッセイ集の最後に読んだ。購入のためらいを引きずっていたかもしれない。
死と真正面に向きあったエッセイである。作者自身の体験を通した死のイメージが多面的な視点から描かれている。作者が初めて「死」を意識したのは13歳の軍国少年の時だったという。「特攻隊の一員として敵の空母に一直線に突っ込んでいくことが現実的で具体的なテーマだった。直撃し爆発とともに命が消滅する。それはいったいどのような感覚なのか。」といった意識が綴られる。
振り返れば私自身も「死」というものを具体的に意識したのは中学生の頃だったように思う。自分がこの世から消えるという逃れようのない死の恐怖に、眠りの前の布団の中でおののいていた記憶がある。以来、死は日常生活の中で潜在化しながらも不意に顔を覗かせる形で絶えず付きまとっていた。
作者にとっての死のイメージは、終戦直後の朝鮮半島からの引き揚げの死の行進の体験が重なっている。弱い、優しい、善良な人間ほど先に死んでいく死の不条理さ、理不尽さ、不公平さがテーマとなる。終戦直後に生を受け、平和で穏やかな日々を生きてきた私には、死の平等さ公平さが救いと思える。どんな権力者も成功者も強き者も、落後者や弱者と同様に死が訪れるという公平さである。私たちは、秦の始皇帝の不老長寿への渇望が見果てぬ夢であったことを知っている。その冷徹な現実があるからこそ、死を自分の独自のものとして捉えられる。
この著作のもうひとつのテーマは「宗教とは何か」ということではないか。作者は子どもの頃の体験を通して次のように語る。「夜、山を越えて隣り村に使いに行った。恐ろしい漆黒の山道で何度も足がすくみそうになる。そのとき、雲間から月の光が差してきて足元を照らした。道が見える。やがて遠くにめざす集落の明かりが見えた。すると今まで歩けないほどに疲れていたのに、歩く気力がわいてきた。この月の光、遠くに見える人家の明かりというのが、宗教の役割だと思います」。説得力のある巧みな比喩である。何かが心の中にストンと落ちたと思った。
死を比較的穏やかに見つめられる境涯に至ったという気がしている。死を恐怖する根拠でもある多様な欲望が、ひとつずつ手から抜け落ちていく年齢の故かもしれない。抜け落ちた空白を、かけがえのない何かが埋めてくれているようにも思う。読み進みながら多くの示唆が与えられた作品だった。
死と真正面に向きあったエッセイである。作者自身の体験を通した死のイメージが多面的な視点から描かれている。作者が初めて「死」を意識したのは13歳の軍国少年の時だったという。「特攻隊の一員として敵の空母に一直線に突っ込んでいくことが現実的で具体的なテーマだった。直撃し爆発とともに命が消滅する。それはいったいどのような感覚なのか。」といった意識が綴られる。
振り返れば私自身も「死」というものを具体的に意識したのは中学生の頃だったように思う。自分がこの世から消えるという逃れようのない死の恐怖に、眠りの前の布団の中でおののいていた記憶がある。以来、死は日常生活の中で潜在化しながらも不意に顔を覗かせる形で絶えず付きまとっていた。
作者にとっての死のイメージは、終戦直後の朝鮮半島からの引き揚げの死の行進の体験が重なっている。弱い、優しい、善良な人間ほど先に死んでいく死の不条理さ、理不尽さ、不公平さがテーマとなる。終戦直後に生を受け、平和で穏やかな日々を生きてきた私には、死の平等さ公平さが救いと思える。どんな権力者も成功者も強き者も、落後者や弱者と同様に死が訪れるという公平さである。私たちは、秦の始皇帝の不老長寿への渇望が見果てぬ夢であったことを知っている。その冷徹な現実があるからこそ、死を自分の独自のものとして捉えられる。
この著作のもうひとつのテーマは「宗教とは何か」ということではないか。作者は子どもの頃の体験を通して次のように語る。「夜、山を越えて隣り村に使いに行った。恐ろしい漆黒の山道で何度も足がすくみそうになる。そのとき、雲間から月の光が差してきて足元を照らした。道が見える。やがて遠くにめざす集落の明かりが見えた。すると今まで歩けないほどに疲れていたのに、歩く気力がわいてきた。この月の光、遠くに見える人家の明かりというのが、宗教の役割だと思います」。説得力のある巧みな比喩である。何かが心の中にストンと落ちたと思った。
死を比較的穏やかに見つめられる境涯に至ったという気がしている。死を恐怖する根拠でもある多様な欲望が、ひとつずつ手から抜け落ちていく年齢の故かもしれない。抜け落ちた空白を、かけがえのない何かが埋めてくれているようにも思う。読み進みながら多くの示唆が与えられた作品だった。

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