異色三人組の同期会 ― 2018年08月01日
一カ月ほど前の夕方に突然携帯に連絡が入った。現役生活初期の頃からの付き合いのある同業他社の友人だった。「大阪梅田で共通の知人二人と呑んでいる。私の話題になり次回は三人で呑もうということになり電話した」とのこと。懐かしい顔ぶれでの呑み会の誘いに二つ返事で承諾し、昨日の呑み会となった。
14時に大阪駅構内で待ち合わせ西梅田の梅三小路の飲み屋で生ビールのジョッキで乾杯し、異色の顔ぶれ三人組の呑み会がスタートした。
電話を掛けてくれたのは、私が20代半ばの労組役員時代に知り合った大手流通業の知人で彼もまた私と同じ労組書記長だった。入社年次も同じで懇談を通じて私の同期入社の一人は彼の大学時代の親友であることが分かった。お互いのその後の進路は大きく異にしたものの、以来50年近いつき合いが続いている。
もうひとりの同期入社の友人は労組結成期に共に汗を流しあったひとりであり、同期としてのつき合いが続いていた。彼らと私の出身大学は大学こそ異なるが同じ中国地方の国立校で駅弁大学どうしという親近感もあった。
14時過ぎから始まった呑み会は5時半頃まで続いた。久々の邂逅はに尽きせぬ話題を堰を切ったように繋いでいた。利害のないマッチイーブンな関係が相互に歯に衣を着せない鋭いツッコミを繰り出させていた。二人から私に対し20年に及ぶ労組役員になぜ終止符を打ったのかというツッコミがあった。表面的な理由を許さない厳しさが込められていた。あらためて自分自身に問いかけながら答える他なかった。それは他では得られない貴重な懇談の場であることを意味していた。
三か月後の再会の約束がそれぞれにとってかけがえのない懇親の場であったことを物語っていたのではないだろうか。
14時に大阪駅構内で待ち合わせ西梅田の梅三小路の飲み屋で生ビールのジョッキで乾杯し、異色の顔ぶれ三人組の呑み会がスタートした。
電話を掛けてくれたのは、私が20代半ばの労組役員時代に知り合った大手流通業の知人で彼もまた私と同じ労組書記長だった。入社年次も同じで懇談を通じて私の同期入社の一人は彼の大学時代の親友であることが分かった。お互いのその後の進路は大きく異にしたものの、以来50年近いつき合いが続いている。
もうひとりの同期入社の友人は労組結成期に共に汗を流しあったひとりであり、同期としてのつき合いが続いていた。彼らと私の出身大学は大学こそ異なるが同じ中国地方の国立校で駅弁大学どうしという親近感もあった。
14時過ぎから始まった呑み会は5時半頃まで続いた。久々の邂逅はに尽きせぬ話題を堰を切ったように繋いでいた。利害のないマッチイーブンな関係が相互に歯に衣を着せない鋭いツッコミを繰り出させていた。二人から私に対し20年に及ぶ労組役員になぜ終止符を打ったのかというツッコミがあった。表面的な理由を許さない厳しさが込められていた。あらためて自分自身に問いかけながら答える他なかった。それは他では得られない貴重な懇談の場であることを意味していた。
三か月後の再会の約束がそれぞれにとってかけがえのない懇親の場であったことを物語っていたのではないだろうか。
あ~なたの!お名前は? ― 2018年08月02日

花ちゃんとFaceTimeしていた時だ。思いついて花ちゃんにじいちゃんの名前を教えることにした。「花ちゃん!じいちゃんの名前は〇○○○○やで。言ってみて」と何度か繰り返した。「じいちゃんの名前は○○○○です」と言えるようになった。続いてばあちゃん、母ちゃん、父ちゃんの名前も教えた。
そんなやりとりをしている時、花ちゃんが何気なく「あ~なたの!お名前は?」とメロディーをつけて口ずさんだ。とっさに保育園で同じような遊びをやっているんだと察知して、同じメロディで「じ~ちゃんのお名前は?」と尋ねた。「○○○○です」と上手に答えてくれる。
そんな経過があった後の昨日の朝の連ドラ「半分、青い。」だった。鈴愛の娘のカンちゃんが「あーなたのおなまえは?」と歌っているではないか。鈴愛が○○○○ですと答えた後、カンちゃんが「あらステキなお名前ね~」と口にする。思わず「これやったんやッ!」と隣の家内に声をかけた。
そして昨日のFaceTimeだった。花ちゃんに「あ~なたの!お名前は?」と声を掛け「〇〇花で~す」と答えた後、「あらステキなお名前ね~」と得意げに返した。
そんなやりとりをしている時、花ちゃんが何気なく「あ~なたの!お名前は?」とメロディーをつけて口ずさんだ。とっさに保育園で同じような遊びをやっているんだと察知して、同じメロディで「じ~ちゃんのお名前は?」と尋ねた。「○○○○です」と上手に答えてくれる。
そんな経過があった後の昨日の朝の連ドラ「半分、青い。」だった。鈴愛の娘のカンちゃんが「あーなたのおなまえは?」と歌っているではないか。鈴愛が○○○○ですと答えた後、カンちゃんが「あらステキなお名前ね~」と口にする。思わず「これやったんやッ!」と隣の家内に声をかけた。
そして昨日のFaceTimeだった。花ちゃんに「あ~なたの!お名前は?」と声を掛け「〇〇花で~す」と答えた後、「あらステキなお名前ね~」と得意げに返した。
舗道に横たわるセミ ― 2018年08月03日

早朝ウォーキングで目についた。舗道に仰向けに横たわるセミだった。うだるような暑さが続いているが、なぜか例年よりセミのむせかえるような鳴き声を聞くことが少ない。そんな中で目にしたセミだった。
思わずしゃがんで指先で触れてみた。まだ生きていた。足を少しだけ動かした。そっと掌に乗せて舗道の脇の草の中に置いた。
思わずしゃがんで指先で触れてみた。まだ生きていた。足を少しだけ動かした。そっと掌に乗せて舗道の脇の草の中に置いた。
弟夫婦と一緒に墓参 ― 2018年08月04日
弟の持病が進行し車の運転が困難になった。やむを得ず車を手放し運転を断念したとのこと。途端に遠距離の足の便が不自由になる。そこで従来それぞれにお参りしていた墓参を今回一緒にすることになった。
我が家の墓は姫路名古山霊園にある。朝6時半頃に自宅を出て加古川の弟宅に立ち寄った。仏壇にお参りだけしてすぐに夫婦四人で名古山に向かった。車中の話題はもっぱら兄弟のそれぞれの病の状況である。白内障の手術を控えている私と同様に弟も同じ手術を予定しているとのこと。DNAの共通性は如何ともしがたい。
墓掃除とお勤めを済ませて再び弟宅に戻った。これからの墓参の分担やら年に一度はランチを共にすることなどを打合せた。身近に迫った介護の在り方や孫の話題に花が咲いた。墓参という「家」のセレモニーが家族の縁(えにし)を招いている。
我が家の墓は姫路名古山霊園にある。朝6時半頃に自宅を出て加古川の弟宅に立ち寄った。仏壇にお参りだけしてすぐに夫婦四人で名古山に向かった。車中の話題はもっぱら兄弟のそれぞれの病の状況である。白内障の手術を控えている私と同様に弟も同じ手術を予定しているとのこと。DNAの共通性は如何ともしがたい。
墓掃除とお勤めを済ませて再び弟宅に戻った。これからの墓参の分担やら年に一度はランチを共にすることなどを打合せた。身近に迫った介護の在り方や孫の話題に花が咲いた。墓参という「家」のセレモニーが家族の縁(えにし)を招いている。
山本周五郎著「松風の門」 ― 2018年08月06日

山本周五郎著「松風の門」を読んだ。昭和10年代から30年代にかけて執筆された「武家もの」「下町もの」を中心とした13編の短編集である。
各作品はそれぞれに水準以上の質を備えているものの、特筆するほどの作品もなかったという印象である。ただ「解説」でも触れられているが作者の多彩な創作手法を味わえた作品集だった。
とりわけ興味深かったのは作者が「一場面もの」と名付けた作品群だった。文字通り作品の舞台が一場面で展開する物語である。「ぼろと簪」は下町のごくありふれた居酒屋が、「夜の蝶」は下町の屋台の店が、「月夜の眺め」は漁師町の船宿が、「砦山の17日」は隣藩との領境の隠し砦が唯一の舞台となって展開する。
一場面だけを固定して一定枚数以上の物語を展開するということの困難さは想像に難くない。場面の詳細な描写を可能にする筆力や登場人物の設定と相互の関係性を巧みに描ける構想力が欠かせない。固定された場面と登場人物をもって尚、豊かな物語性を紡げる創造力が求められる。
四つの作品はこれらの要素を巧みに実現した物語性のある作品だった。プロの小説家の技量に舌を巻いた。
各作品はそれぞれに水準以上の質を備えているものの、特筆するほどの作品もなかったという印象である。ただ「解説」でも触れられているが作者の多彩な創作手法を味わえた作品集だった。
とりわけ興味深かったのは作者が「一場面もの」と名付けた作品群だった。文字通り作品の舞台が一場面で展開する物語である。「ぼろと簪」は下町のごくありふれた居酒屋が、「夜の蝶」は下町の屋台の店が、「月夜の眺め」は漁師町の船宿が、「砦山の17日」は隣藩との領境の隠し砦が唯一の舞台となって展開する。
一場面だけを固定して一定枚数以上の物語を展開するということの困難さは想像に難くない。場面の詳細な描写を可能にする筆力や登場人物の設定と相互の関係性を巧みに描ける構想力が欠かせない。固定された場面と登場人物をもって尚、豊かな物語性を紡げる創造力が求められる。
四つの作品はこれらの要素を巧みに実現した物語性のある作品だった。プロの小説家の技量に舌を巻いた。
民生委員・児童委員制度創設70周年記念式典 ― 2018年08月07日
西宮市の民生委員・児童委員制度創設70周年記念式典がアミティホールで催された。
1時半から開催された式典は我が民児協のエリアに属する山口こども太鼓クラブ”祭”の和太鼓演奏で幕を開けた。山口小学校と北六甲台小学校の3年~5年の子どもたちが見事なバチ捌きを披露してくれた。続いて学文中学校の和太鼓部の面々が音と動作の一糸乱れぬ演奏で会場を圧倒した。小学生と中学生の年齢差、週3回と週6回の練習差を否応なく見せつけられた。
式典が始まった。面識のある会長の主催者挨拶は、地域共生社会の実現に向けて他団体との協力を訴えるものだった。来賓祝辞では石井市長からけれんみのないポイントを押さえた挨拶があり、市社協理事長からはあいさつの後、民生委員への感謝状が贈られた。地域での民生委員と地区社協の連携の感謝と今後の期待を込めたものだ。
「70年の歩み」がスライドで紹介され式典用の記念誌にもまとめられている。広報紙創刊号の写真が掲載され、「念願であった広報紙を発行、タイトルを『ともしび』とした」とコメントされている。創刊号から3号までの編集責任者でタイトルの提案者でもあり、70年の歩みになにがしかの痕跡をとどめたことに感慨を抱いた。
式典を終えて、エンディングの演奏があった。上甲子園中学校の吹奏楽部のマーチングだった。華やかなユニフォームに身を包んだ生徒たちの迫力のある整然とした演奏が式典の感動的な締めくくりを飾った。
1時半から開催された式典は我が民児協のエリアに属する山口こども太鼓クラブ”祭”の和太鼓演奏で幕を開けた。山口小学校と北六甲台小学校の3年~5年の子どもたちが見事なバチ捌きを披露してくれた。続いて学文中学校の和太鼓部の面々が音と動作の一糸乱れぬ演奏で会場を圧倒した。小学生と中学生の年齢差、週3回と週6回の練習差を否応なく見せつけられた。
式典が始まった。面識のある会長の主催者挨拶は、地域共生社会の実現に向けて他団体との協力を訴えるものだった。来賓祝辞では石井市長からけれんみのないポイントを押さえた挨拶があり、市社協理事長からはあいさつの後、民生委員への感謝状が贈られた。地域での民生委員と地区社協の連携の感謝と今後の期待を込めたものだ。
「70年の歩み」がスライドで紹介され式典用の記念誌にもまとめられている。広報紙創刊号の写真が掲載され、「念願であった広報紙を発行、タイトルを『ともしび』とした」とコメントされている。創刊号から3号までの編集責任者でタイトルの提案者でもあり、70年の歩みになにがしかの痕跡をとどめたことに感慨を抱いた。
式典を終えて、エンディングの演奏があった。上甲子園中学校の吹奏楽部のマーチングだった。華やかなユニフォームに身を包んだ生徒たちの迫力のある整然とした演奏が式典の感動的な締めくくりを飾った。
最速!10分の散髪 ― 2018年08月08日
白内障手術を二日後に控えて「手術前に散髪を済ませておいたら?」と家内が言う。汗が出る猛暑の最中の眼の手術で髪の毛をすっきりしておいた方が良いという理屈のようだ。イマイチ納得いかないが老いては嫁に従った。
徒歩10分のところに行きつけの大衆理容がある。9時の開店直後にドアを開けるとすぐに理容椅子に案内された。顔馴染みの理容師に「いつものように思い切り短めに」と告げる。「1枚ですね」と刈上げ1枚刈りの阿吽の返事。てっぺん部分こそ鋏刈りで時間を要するが左右と後頭部は大胆なバリカン一枚刈りであっという間に丸刈りに近いヘアスタイルができあがった。この間わずか10分の最速理容である。
家を出て帰宅するまで30分という驚異的な散髪だった。スッキリした。昔、吉野家のキャッチコピーに「早い!安い!美味い!」というのがあった。行きつけの大衆理容はさしずめ「早い!安い!適当!」というところか。
徒歩10分のところに行きつけの大衆理容がある。9時の開店直後にドアを開けるとすぐに理容椅子に案内された。顔馴染みの理容師に「いつものように思い切り短めに」と告げる。「1枚ですね」と刈上げ1枚刈りの阿吽の返事。てっぺん部分こそ鋏刈りで時間を要するが左右と後頭部は大胆なバリカン一枚刈りであっという間に丸刈りに近いヘアスタイルができあがった。この間わずか10分の最速理容である。
家を出て帰宅するまで30分という驚異的な散髪だった。スッキリした。昔、吉野家のキャッチコピーに「早い!安い!美味い!」というのがあった。行きつけの大衆理容はさしずめ「早い!安い!適当!」というところか。
花ちゃんの一足早い帰省 ― 2018年08月09日

朝5時半に自宅を出て大津に向かった。一足早くお盆の帰省をする花ちゃんを迎えに行くためだ。母ちゃんが準備した帰省の仕度を車に積み込んで花ちゃんひとりを乗せて帰宅した。
花ちゃんが楽しみにしていた庭先のミニトマトやブルーベリーを摘みを楽しんだ。ばあちゃんが準備したかき氷づくりも楽しんで出来立てのかき氷を味わった。
昨年11月に子ども写真館で撮った花ちゃんの七五三の写真を持ち帰った。赤い着物姿と黄色いドレス姿の花ちゃんが満面の笑顔を浮かべている。
今日から我が家は花ちゃん中心の賑やかで楽しい生活が始まる。
花ちゃんが楽しみにしていた庭先のミニトマトやブルーベリーを摘みを楽しんだ。ばあちゃんが準備したかき氷づくりも楽しんで出来立てのかき氷を味わった。
昨年11月に子ども写真館で撮った花ちゃんの七五三の写真を持ち帰った。赤い着物姿と黄色いドレス姿の花ちゃんが満面の笑顔を浮かべている。
今日から我が家は花ちゃん中心の賑やかで楽しい生活が始まる。
白内障手術の顛末記 ― 2018年08月10日

いよいよ白内障手術の日がやってきた。手術に伴う各種の同意書や1週間前から1日4回点眼中の点眼薬やフェイスタオル等の持参物を準備した。11時20分に家内の運転する車で神戸市北区の真星病院の眼科を訪ねた。滞在中の花ちゃんも同伴したがばあちゃんと一緒にいったん帰宅した。
すぐに手術前の瞳孔を開く点眼が始まった。20分おきに4回に渡って点眼する。12時半には持ち物全てをロッカーに預け手術用ガウン姿で診察室の片隅で点滴が始まった。手術が終わるまで続けられる抗生物質の点滴だ。1時10分頃に車椅子に乗せられて5階の手術室に向った。
紫色の手術着姿の医師や看護師たちが立まわっている手術室には
理容椅子のような手術椅子が4台ばかり並んでいた。その1台に座り椅子が倒された。執刀医が「それでは始めます」と告げ、看護士が心電図などの検査機の端末を身体につなぐ。いよいよ始まった。否応なく緊張感が襲ってくる。
今回の手術対象の左目がテープのような器具で開いたまま固定される。「麻酔をしますね~」という声と同時に左目にたっぷり液体が注がれる。開いたままの視界にはピンクの二つの光とぼんやりした天井風景が浮かんでいる。何やら眼球に異物が入り込み揺れ動く視界の中を徘徊している雰囲気が続いているが、痛みはない。ただ何とも言えない気持ちの悪さに包まれる。ひたすら「早く終わってくれ!」と祈るばかりだ。「もうレンズも交換して後は安定させるだけですから」という執刀医の声に救われた。最後に左眼がガーぜとテープと眼帯で保護されて手術が終わった。
車椅子で眼科診察室に向かう。看護士に時間を聞くと「1時半です」とのこと。予定通り10分余りの手術だったようだ。診察室で血圧を計り点滴を外してロッカー処理を済ませて待合室に戻る。清算書を受け取り会計窓口に向かった。1時半の約束通り家内と花ちゃんが会計前待合室で待っていた。家内に会計を任せ、ほどなくやってきた娘とも合流し無事に帰宅した。
以上、初めての白内障手術の顛末記である。2週間後には右目の同じ手術が待っている。
すぐに手術前の瞳孔を開く点眼が始まった。20分おきに4回に渡って点眼する。12時半には持ち物全てをロッカーに預け手術用ガウン姿で診察室の片隅で点滴が始まった。手術が終わるまで続けられる抗生物質の点滴だ。1時10分頃に車椅子に乗せられて5階の手術室に向った。
紫色の手術着姿の医師や看護師たちが立まわっている手術室には
理容椅子のような手術椅子が4台ばかり並んでいた。その1台に座り椅子が倒された。執刀医が「それでは始めます」と告げ、看護士が心電図などの検査機の端末を身体につなぐ。いよいよ始まった。否応なく緊張感が襲ってくる。
今回の手術対象の左目がテープのような器具で開いたまま固定される。「麻酔をしますね~」という声と同時に左目にたっぷり液体が注がれる。開いたままの視界にはピンクの二つの光とぼんやりした天井風景が浮かんでいる。何やら眼球に異物が入り込み揺れ動く視界の中を徘徊している雰囲気が続いているが、痛みはない。ただ何とも言えない気持ちの悪さに包まれる。ひたすら「早く終わってくれ!」と祈るばかりだ。「もうレンズも交換して後は安定させるだけですから」という執刀医の声に救われた。最後に左眼がガーぜとテープと眼帯で保護されて手術が終わった。
車椅子で眼科診察室に向かう。看護士に時間を聞くと「1時半です」とのこと。予定通り10分余りの手術だったようだ。診察室で血圧を計り点滴を外してロッカー処理を済ませて待合室に戻る。清算書を受け取り会計窓口に向かった。1時半の約束通り家内と花ちゃんが会計前待合室で待っていた。家内に会計を任せ、ほどなくやってきた娘とも合流し無事に帰宅した。
以上、初めての白内障手術の顛末記である。2週間後には右目の同じ手術が待っている。
白内障手術後二日目の驚異の風景 ― 2018年08月11日
昨日、左眼の白内障手術をした。麻酔が切れた時に痛みが出るかと思ったが特に痛みもない。ただ日常生活の不便さはやむを得ない。何せ左眼を大きな眼帯で覆われた右眼だけの生活なのだ。左右の感覚や奥行き感がずれている。加えて飲酒禁止も辛い。ネットで調べると眼帯生活と禁酒生活は一週間程度続くようだ。
今朝8時前に術後の経過観察のため家内運転の車で病院を訪ねた。待合室で看護士さんに眼帯を取ってもらった。恐る恐る左眼を開けてみる。驚異的な視界が広がった。あらゆる風景がくっきりした輪郭で鮮やかに目に入る。これぞ手術の成果なのだろう。思いついてスマホのニュースサイトを見てみた。こちらも近景の視力を維持している右眼のお蔭でくっきりと見えている。試しに右眼を手で覆って左眼だけで見てみると遠景優先の挿入レンズは当然ながら近景画面はぼやけている。この事態にふと思い立った。果たして2週間後の右眼の手術は必要なのか。遠近共にくっきり見えている今がベストではないか。
診察室で術後の経過診察を受けた。眼圧検査や眼球検査の結果は「順調です」とのこと。一週間後の再診と右眼手術の準備を告げられた時、思い切って打診した。「実は今が遠近ともによく見えてベストな状態です。予約の右眼手術のキャンセルは可能ですか」「いつかは右眼も手術が必要でしょうが、同時に手術が必要ではなく、本人の選択次第です。一週間後の再診で最終決定しましょう」とのこと。ついでに同席の家内が「お酒はまだ駄目ですね」と念押しするように尋ねた。「眼の手術と飲酒は関係ありませんので特に控える必要はありません」。ヤッタ~。そっちもOKなんや。
診察室を出て待合室で看護師から点眼や生活上の注意を聞いた。眼帯は就寝中だけで日中は不要とのこと。それなら日常生活の不便は殆どない。会計を済ませ帰路の車中で家内と話し合った。「手術後の交換レンズの機能も年数を経て徐々に衰えることもあるようだ。右目手術を遅らせることで結果的にながく視力を維持できる」。家内も賛同し、来週の再診時の方針が決まった。
自宅に戻り、早速デスクでPC作業をやってみた。こころなしか以前よりもくっきり見える気がする。眼鏡なしでは見られなかった3mばかり離れたテレビ画面も裸眼で驚くばかりの鮮やかさで見えるようになった。視力の驚異的回復、日常生活の不便さの回避、右眼手術の延期の効用等、初めての白内障手術は目下のところ極めて順調な成果をもたらしている。
今朝8時前に術後の経過観察のため家内運転の車で病院を訪ねた。待合室で看護士さんに眼帯を取ってもらった。恐る恐る左眼を開けてみる。驚異的な視界が広がった。あらゆる風景がくっきりした輪郭で鮮やかに目に入る。これぞ手術の成果なのだろう。思いついてスマホのニュースサイトを見てみた。こちらも近景の視力を維持している右眼のお蔭でくっきりと見えている。試しに右眼を手で覆って左眼だけで見てみると遠景優先の挿入レンズは当然ながら近景画面はぼやけている。この事態にふと思い立った。果たして2週間後の右眼の手術は必要なのか。遠近共にくっきり見えている今がベストではないか。
診察室で術後の経過診察を受けた。眼圧検査や眼球検査の結果は「順調です」とのこと。一週間後の再診と右眼手術の準備を告げられた時、思い切って打診した。「実は今が遠近ともによく見えてベストな状態です。予約の右眼手術のキャンセルは可能ですか」「いつかは右眼も手術が必要でしょうが、同時に手術が必要ではなく、本人の選択次第です。一週間後の再診で最終決定しましょう」とのこと。ついでに同席の家内が「お酒はまだ駄目ですね」と念押しするように尋ねた。「眼の手術と飲酒は関係ありませんので特に控える必要はありません」。ヤッタ~。そっちもOKなんや。
診察室を出て待合室で看護師から点眼や生活上の注意を聞いた。眼帯は就寝中だけで日中は不要とのこと。それなら日常生活の不便は殆どない。会計を済ませ帰路の車中で家内と話し合った。「手術後の交換レンズの機能も年数を経て徐々に衰えることもあるようだ。右目手術を遅らせることで結果的にながく視力を維持できる」。家内も賛同し、来週の再診時の方針が決まった。
自宅に戻り、早速デスクでPC作業をやってみた。こころなしか以前よりもくっきり見える気がする。眼鏡なしでは見られなかった3mばかり離れたテレビ画面も裸眼で驚くばかりの鮮やかさで見えるようになった。視力の驚異的回復、日常生活の不便さの回避、右眼手術の延期の効用等、初めての白内障手術は目下のところ極めて順調な成果をもたらしている。
最近のコメント